~戦う心~ 怒る少女
エアコンが利きすぎているのか、露出する手足がひんやりする。彩子は腕を摩って、暖を取る。シャツにショートパンツと夏らしい格好があだとなった。
彩子は今、折り目正しい四角い取調室で、壁を向いて会話記録を取る軍人と直接会話をする軍人たちによって取り調べを受けている。中央の対面デスクを挟んで、無性に腹立たしい笑みを浮かべる軍人を正面にしているのは、さらに気が滅入る要因となった。
「アヤコ・ミナモリ。あなたの戦闘実績はあぁ、大丈夫です」
なまりのある日本語を話す軍人。しゃべるのには慣れていない様子。恰幅のいい男で、彩子とは違い寒さを感じていない様子だ。
彩子はいまだ残る頭痛に顔を顰めながら、あくび交じりに口を開く。寝過ぎたのか、はたまたエアコンの寒さか、体中がなまっている感触までする。
「ああ、そうですか」
軍人の眉がぴくりと動いたが、彩子はかまうことなく伸びをする。
「しかし、もっと重大なことがあります」
「ふぅん」
「あなたは純血の日本人です。テロに参加していましたよね? この資料にあります」
軍人は手元のタブレット端末を操作して、彩子が宇宙に送られるときに作成されたプロフィールをデスクの中央に置いた。
彩子はそれを一瞥して、伸びをやめる。何かと思えば、と今度は首の運動を始める。
その不真面目な態度に取り調べをしている軍人は、笑顔を崩すことはなかった。だが、厚い肉の付いた顔は震えている。
「だから、テロ組織についての情報をお願いします」
「いいけど。知ってることだけね」
「はい。もちろん」
彩子は改めて、軍人に向き直って口を開く。
「あたしが知ってるのは、童祇和豊ってやつがテロ活動をしているってことだけ」
「…………、それだけ?」
「ええ。他のことはわからないわ」
彩子は淡々と言って、また腕を摩り始める。
軍人は彼女の様子を窺って、慎重になれない言葉を喉の奥から絞り出す。
「あなたは、その人物と知り合いですか?」
「知り合いっていうか、なんというか…………。まぁ、殺したい相手ってところ」
「すみません。そのような言い方はやめてください」
「だって、面識なんてほとんどないのよ。つーか、会いたくないわ」
彩子は自分を陥れた男のことを思い出して、無性に腹立たしくなってきた。口にするだけでも汚らわしいクズ野郎のことを話さなければならないのは、もっと屈辱的だった。
軍人は険しい表情をする彩子に一歩踏み込ん話をする。
「そのミスター・ドウギがあなたに、爆破テロをさせ――――」
刹那、彩子がデスクに渾身のこぶしを振り下ろした。
ドガンッと安い金属音が鳴り響く。デスクに置いてあったタブレット端末が一瞬浮かんで、またデスク上に戻る。彼女のこぶしは手から血が滲みだすほど強く握りしめられていた。
軍人は目を丸くする。眼前にいるのは、鋭い眼光を持った狂犬のような彩子だった。
「っざけんじゃないわよっ!! あたしは何もしてない!! あいつがっ、あの下衆野郎が――――!」
「わ、わかりました。落ち着いて」
手のひらを間に出して、落ち着いてとジェスチャーする軍人。
だが、彩子の怒りは収まらない。このことを持ち込まなければ、不愉快だと思って感情的にならなかっただろう。だが、目の前の男は彼女の一番触れられたくない部分に、土足で踏み込んできた。
「あんたら軍人だって、犯人だとかどうだっていいんでしょう!? だから、たくさん敵作って。だから、宇宙で戦争できるんでしょうがっ!!」
彩子はデスクに膝蹴りを入れて、さらに険しい顔つきになる。今度はデスクの足が浮き上がり、仰々しい音を立てる。
記録係の軍人も危うい雰囲気に体をデスクのほうに向ける。だが、彩子の今にも向かいの軍人を噛み殺さんとする剣幕に、席を立つことができない。
「し、しかし、あなたは怪しい……」
言わなければいい弁明を取り調べの軍人は言って、彩子が身を乗り出して掴みかかる。胸倉をつかまれ、ボタンが弾ける。甘い柔らかな香りが間近に漂った。
「いい加減にしなさい、ええっ!! どこにその証拠があるっているのよ!」
その一言に、軍人はきっぱりと言い放つ。今度は強い口調でだ。
「あなたの友人があの場であなたを待っていたからだ」
「だから――――」
「彼女にプラスチック爆弾の入ったカバンを持たせて。お前が、友人を殺したんだろうっ!」
軍人も我慢の限界とばかりに、唾を飛ばして言い放った。
「――――っ!」
彩子は一気に青ざめて、血のにじんだこぶしを振りかぶり、
『やめろっ。これ以上の取り調べは無理だ』
記録係の軍人が英語で叫んで勇気を奮い、彩子を取り押さえる。彼女の細い体はすぐにも、床に押し付けられた。
「離しなさいよっ。あたしは――――、あたしは殺してなんか……」
彩子は言いかけて、ふと親友の笑顔が脳裏によみがえる。和らなかな頬とちょっと目立ったそばかす、整った顔立ち。まだ一か月しか経っていないのに、ずっと昔の記憶のようだった。
「あたしは…………」
全身から力が抜ける。殺してないと否定しても、親友は帰ってこない。そんなのはとっくにわかっているのに、何を否定したいのだろうかと彩子の心がしぼんでいく。
『ったく、純血派のテロ要員はこれだから……。ああそうか』
ついに我慢の限界とばかりに取り調べをしていた軍人も英語を話しだす。そして、軍服の襟を直しながら、何かひらめいた。
『どうした?』
記録係の軍人が彩子に伸し掛かりながら問う。
すると、取り調べをしていた軍人は卑猥な笑みを浮かべて、彩子を見下した。
『ほら、他のガキどももさ、利用してんだよ。いずれは、混血の二人を裏切って地球に帰ろうっと算段だろうよ。おっかねぇな』
彩子には断片的にしか聞き取れなかった。
凌辱的だ。知らないところで、彩子は貶され、辱められる。社会的立場を一方的な意見だけで犯す。『地球平和軍』の悪癖は、そうした勝手な思い上がりが蔓延しているところだ。
「…………」
彩子は黙って、悔しさを噛みしめることしかできなかった。
『ガーデン1』の居住区で建物らしいものはハブとリングを繋げるスポークの近くが多い。そのほかは広大な自然が広がっている。太陽ミラーから反射された光をずっと地続きの居住区内に取り込み、その下で湖や川、緑地帯に放牧地と生命の息吹を育んでいた。遠望を見ても霞んだ地面が壁のように見え、側面には崖が切り立っているのだから、妙な狭苦しさは否めない。
正午過ぎの日差しが、乾いた暑さをもたらす。
樹と音はコフィンを彼女が借りている寮に送り届け終え、一路『地球平和軍』基地の中央棟に向かう。中央棟に行けば、彩子に会えるからだ。
樹は暑い中でもつなぎの作業着をしっかりと着込んで、腰にぶら下げた工具の数々を鳴らしていた。
方や音は作業着の上半身部を脱いで、ベルト同様に腕の部分腰にを巻きつけている。上半身のシャツ姿からは、彼女のたわわなボディラインが強調されていた。
「樹、あの人、だいじょぶ?」
傍らを歩く音が樹の袖を引っ張る。あの人、とはコフィンのことだ。
「大分疲れてたようだから、休めば大丈夫」
「ほんと?」
樹は頷く。
音も安心したように頷いた。
すでに、基地の敷地内なのだが、等間隔に同じ型をした建物が並び、現在地を見失いそうになる。だが、案内板もあり、最悪コロニーのハブにつながるストーク・エレベーターを目印にすれば完全な迷子になることはない。
とことこ遠足気分で二人が歩いていると、急に後ろからクラクションが鳴り響いた。周囲には樹たち以外の人影も、車もない。
樹たちは反射的に足を止めて振り向く。
一台のジープが静かに、近づいてくる。おそらくクラクションを鳴らした車だろう。ガソリンエンジンを積んでいない電気自動車なので、屋根もなく厳つい外見に似合わず静かな走行を見せている。
そして、樹たちの横に来ると停車した。
瞬間、樹は乗っている人物を見て、一気に苦い表情を浮かべる。
「樹っ!!」
ジープの後部座席に座っていた青年が、感動の叫びをあげて降り立った。青い双眸が涙を溜めて輝いている。
「ヤッシュ・カルマゾフ…………」
樹は忌々しい相手を前にして、動じることはなかった。だが、気分は最悪。
降りてきた青年、ヤッシュは音を乱暴に押しのけて、嫌な顔をする樹の手を取った。
突き飛ばされた音はその場にしりもちをついて、ヤッシュと樹を不思議そうな瞳で見上げた。
「よかった。避難船が落とされたときは本当にどうしようかと」
ヤッシュは涙ながらに言って、まじまじと樹の顔を覗き込んだ。彼には神様が与えたもうた奇跡に違いないと思った。
「樹、誰?」
音が立ち上がって、ヤッシュを指差す。
すると、ヤッシュは樹の手を握ったまま、音のほうを向いた。日本語で理解できなかったが。
「樹、この子は?」
両方に紹介を頼まれた樹はまず、ヤッシュの無礼な手を振り払う。それから、樹は音によって、耳打ちする。
「英語しかわからない奴だから、合わせて」
音も小さな声で返答して、改めてヤッシュのほうを向いた。その先で嫉妬深い表情を浮かべているので、音はその気迫に押され、樹の後ろに回り込んだ。初対面の相手になぜ、ここまで嫌悪されなければならないのかわからない。
樹は不満顔のヤッシュをさらに陰湿な瞳で見据える。
「はぁ…………。この子、詩野音。いろいろあって、一緒にいるの」
「そうか。できることなら、あまりくっつかない方がいい。レズビアンと間違われる」
「れず?」
ヤッシュの心配そうな瞳が樹に訴えかける。過剰な反応。はた目から見ても十分に気持ち悪い嫉妬心。
樹はぞわぞわと背中を虫が這いあがる感覚を覚えて、全身鳥肌が立った。幸い、音にはレズの意味を理解できていないようで、首をかしげている。
「ねぇ。この人、誰? れず、何?」
音が好奇心で問う。
「あぁ……、コレ? ヤッシュ・カルマゾフ。『地球平和軍』の少佐らしい。ちなみに、レズは女が好きな女のこと」
樹は投げやりに早口で言う。何を説明しているのだろう、と心の中で落胆。自分の身の上は知られたくないし、目の前の優男との関係を話したくもない。
音はそんな樹の心境など知る由もなく、感心したように頷いた。
すると、ヤッシュがすかさず付け足す。
「樹、俺が未来の夫だってちゃんと言わなきゃ」
「と、夫!? 樹、お嫁さん!?」
音は仰天して、思わず日本語で叫んだ。自分と同い年の女の子に将来の旦那さんがいるのは、音の常識外だ。結婚というものを考えたこともないので、なおさら彼女の驚きは新鮮だった。
樹は後ろから大声を浴びせられ、耳が痛くなった。余計なことを言ってくれたものだと、内心毒づく。ヤッシュの自分よがりには幻滅さざるを得ない。
「勝手に言ってるだけ。妄想よ」
樹は日本語で音にささやく。
しかし、驚きのあまり音は顔を真っ赤にして、呆けている。樹の言葉など、耳に入っていない様子。
「まぁ、もうすぐ結婚するわけだけどね、未来って言っても。これは重要なことなんだよ」
ヤッシュが格下を相手にする、高慢な態度を示した。彼にしてみれば、将来の妻が男を惑わすような体つきをしている女の子と一緒にいるのはとても我慢ならない。きっと体を売り物にしている女だ。だから、今のうちに引きはがす必要がある。
「いいかい。樹は今までずっと一人で頑張ってきた。孤高なんだよ。それなのに、君みたいな子が纏わりつく。はっきりいって、彼女は迷惑している」
「めい、わく?」
音がはたとわれに返って、反芻する。
樹はヤッシュの発言に、頭が沸騰しそうになる。自分勝手な解釈ばかりして、他人を道具のようにしか扱えない男だから、樹だって初めから相手にしてくないのだ。
「そんなことない。わたしは音と彩子と一緒が楽しいし、友達だよ」
樹は振り向いて、音に優しく心からの言葉を贈る。確かにずっと一人で頑張ってきた。だが、決して一人が好きだったわけではない。異常な家庭に育ったがゆえに、友達と呼べるような人との関わりがなかったから、一人にされてしまったのだ。
「何を言ってるんだ、樹。君は花嫁修業のために、こんな辺境にまで来たんだろう?」
ヤッシュのなんともお幸せな発言。花嫁修業で、ロボット工学研究して宇宙までふつう来ないだろう。常識を持てないくらい、彼は樹にご執心なのだ。
樹はヤッシュを完全無視して、音の心配をする。
「ほら、ちょうど車あるし。行こう」
「あ、あい……」
運転手の軍人が飽き飽きした表情で見ていたが、すぐにエンジンをスタートさせる。軍人から見てもヤッシュの愛情とも呼べない変質は気分が悪かった。
「おい。ちゃんと話を聞いているのか?」
ヤッシュは無視されていることに気付いて、樹の肩に手を乗せる。
樹はそれを無言で振りほどいて、音を後部座席に乗せる。相手にするもの疲れるので、存在そのものが消えてくれるのを切に願った。
ヤッシュは困惑気味に助手席のドアに手をかけた。だが、そこを樹が割り込んで突き飛ばす。いきなりの行動に驚いて、今度はヤッシュがしりもちをついた。
「――――っな!」
驚きの声を上げているうちに、樹は助手席に乗り込み、ドアを閉めた。ふと横を見れば運転手の軍人がヤッシュの様子を見て含み笑いを浮かべていた。バカな上官が女の子一人に、尻もちつかされているのはちょっとしたうっぷん晴らしになったらしい。
樹はそんな軍人の油断をついて、すぐさま運転席へ体を滑り込ませる。
「――おいっ!」
軍人は膝の上に乗っかる樹に驚きの声を上げる。
樹は関係ないとばかりに、そのまま軍人の足ごとアクセルを踏みつける。全力で踏みつけ、ジープが急発進する。軍人、樹、音の体が後ろに引っ張られる。〔AW〕の負荷に比べれば、どうってことない。風が一気に吹き抜けていく感触が襲った。
バックミラーを一瞥すると、呆然と立ち尽くすヤッシュの姿があった。そのあり得ないといった表情に、樹は唾でも吐きかけてやりたい気分になる。
「馬鹿っ!! お前な――――」
「うるさい」
軍人が慌ててハンドルを握ろうとする。だが、樹が底冷えするような声とともに、軍人の鳩尾に肘鉄をくれてやった。
その様子を音はびくりと肩を跳ね上げて、凝視した。彼女の知っている優しい樹に似合わない行動だ。
軍人はいきなりの強襲になすすべなく、あまりの痛みに全身から冷や汗を流し硬直する。
「さっさとどいて。運転ならできるから。…………オートマなんだ」
樹はチェンジレバーとクラッチがないことに気付きて、さらに遠い位置にあるアクセルに足をめいっぱい伸ばす。ジープは忠実に加速し、ぐんぐん速度を上げていく。だが、樹の体も沈み、ハンドルこそ握っているが速度計すら見えずらい位置にいる。
これくらいやらなければ、目障りな男から逃げられないのだ。
「ほら、どいてよ。それでも、軍人?」
「て、てめぇ…………」
呻く軍人に、もう一撃肘鉄を喰らわせる。そろそろ、男の膝の上の感触に嫌気がさしてきた。気持ち悪い。軍人からすれば、太ももに刺さるドライバーの痛覚に不快感を抱いているのだが。
軍人は一度唸って渋々といった様子で、助手席に移動する。背こそ小さい女の子に、こうもあっさりジープを乗っ取られるのは軍人として、男として恥ずべきことだと思った。
樹は軍人がどくのに伴ってジープの速度を落とし、さらにシートの位置を整え視界を確保する。まだアクセルとブレーキの位置が遠いが、問題ないだろう。
音は風が緩やかになったのを見計らって、運転席と助手席の間に体を入れる。
「樹、らんぼ、ダメ」
「は?」
音が恐る恐る注意すると、樹のこれまでにない苛立った返しが来た。バックミラーから覗く彼女の顔は冷徹で、機械のような無表情だった。
音は委縮して、風に遊ばれる髪を押さえて後部座席にちょこんと座りなおす。
「音」
「あ、あい!」
「シートベルト。あと、助手席の軍人を見張って。ちょうど死角で見えないから」
樹はシートベルトを素早くつけると、アクセルを踏み込んだ。徐々にジープの速度が上がっていく。
そうしている間も、音は視線を泳がせて樹の獰猛な一面に戸惑う。
「あう…………」
「返事は?」
音はびくびく震えながら、シートベルトをして助手席の軍人に視線を向ける。とても説得できる状況ではない。今は樹に従って、自然に落ち着くのを待つことにした。
助手席の軍人は、隙あらばジープを急停車させようと考えていた。が、眼帯をした少女の横顔を見たとたん、そんな気は一気に失せて行った。死人のような顔だった。救いのない哀愁を漂わせている。
「ごめんね、イライラして」
樹は口の中でそうつぶやいて、作業着のポケットから紙袋を取り出し、膝の上に置いた。運転しながら、紙袋の位置を流し目で確認。次いで片手を紙袋の中に突っ込んで、数粒の金平糖を摘み取る。
前を見据えて、金平糖を口の中に放り込む。甘味が口の中で広がり、金平糖を転がす。少しでも気を落ちつけたい。苛立った結果の行動力は、正直樹自身呆れてしまう。いい方に向けばいいが、周囲の人に迷惑をかけるやり方まで平然としてしまう。一人でやってしまう。
「…………」
乱暴な風。誰もが不安な面持ちを抱え、その音に自然を耳が傾く。その中で、紙袋を探る音と、金平糖が噛み砕かられる音が定期的に聞こえたのは、幻聴ではない。
ジープはそのまま中央棟へと疾走していった。
置いていったヤッシュの行方など知る由もない。




