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マシン・レコード  作者: 平田公義
第四章
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~戦う心~ 整備ドックにて

 『ガーデン1』整備ドック内のそこかしこで、〔AW〕の機体整備が行われ、次の作戦の準備が着々と進められていた。広い無重力空間で、整備員を乗せ、機材を引っ張るエアボード(人が数人乗れる板に手すりをつけて、数十機の空気推進器をつけたもの)が飛び回り、〔AW〕を数機クレーンが囲い、クレーンとの間には一部を除いて網が張られている。明るい照明がいくつも灯り、作業着のオレンジ色を際立させている。


 無重力空間で作業するにしても、人の力だけでは移動すらままならない。推進装置を背負ってやるには、かなり邪魔なのもあり、基本的に整備員たちは機体やクレーン、網を足場にして移動している。


「アブソーバーの替えもないの?」

「えぇ…………」

「じゃぁ、コンデンサーは?」

「それも、まぁ……」


 (いつき)は壊れた〔アル+1(プラスワン)〕の修理を請け負っていた。作業服を身にまとい、腰には工具がいくつもついている太いベルトをしている。戦闘の疲労感は取れていたが、今度はここの整備員たちの対応で気苦労が絶えない。


 彼女はちょうど〔アル+1(プラスワン)〕の頭部に手をついて、一人の整備兵と話している。


 (いつき)の目の前で、タブレッド端末を持っている整備員は心底困った表情で彼女を見下ろしていた。隣近所で帰還した〔AW〕が、回収された残骸で修繕作業をしている。『ガーデン1』の台所事情は厳しく、〔AW〕一機直すのにも節約する羽目になっている。


 それが(いつき)の要望は、ほとんど新品の部品ばかり。それも消耗品だ。


 (いつき)は台所事情を知っていたが、譲れないところはある。研究者としての本分というべきか、追求しだしたら是が非でも自分の意見を通そうとする。実際、〔アル+1(プラスワン)〕用の規格品はある。それでも妥協して、バリアブル・バーニアのノズルやビーム・ライフルの銃身にしても使えなくなった〔AW〕やコロニーのビーム砲を流用して修理している。信頼性の低いことこの上ない。


 だが、操縦者の命に密接する重要な部品は新品に変える必要がある。


「わたしは〔アル+1(プラスワン)〕を修理するよう、あなたたちの上司に言われたの。どうして、用意できないの?」

「こればっかりは、どうにも…………。だって、ほとんど内装品でしょう?」

「…………。わかった。もう何もしない。勝手にして」


 (いつき)は〔アル+1(プラスワン)〕の機体を這うように流れていく。


 残された整備員は電子パットを見下ろして、ため息をついた。


「ったく、ガキが偉そうに……。中のベトロニクスだって、好き勝手いじりまわされてんのによ」


 その声は(いつき)には届かず、すでに山なりに膨らんだ胸部を進んで、脚部の方へ頭から降りて行った。上も下もないのだが、一応〔アル+1(プラスワン)〕の頭部のほうが上だ。


 整備員たちが追加装甲のちょっとした隙間に手を突っ込んで作業しているさまを見て、思わず深く重たい息を吐き出す。


 この〔アル+1(プラスワン)〕、バリアブル・バーニアとテール・バインダーを含めた高機動追加装甲である『プラスワン装甲』が外れないようになっており、整備がしにくい。どういう魂胆があるのかは不明だが物理的な手段、溶接とかではなく、どうもメインコンピューターがシステムロックをかけられているらしい。外そうにも、その解除操作が分からない以上、誰も手出しできない。下手に分解しても、使い物にならないかもしれない。


 だから、先の整備兵も中身についてはあまり乗り気になれなかったのだろう。


「おい。もう一回だ!」

「行くぞっ! せぇのっ!」


 そんな男の声が聞こえて、(いつき)は首をかしげた。ちょうど、足の裏の方からだ。するりと〔アル+1(プラスワン)〕の足の裏に回ると、奇妙な光景が広がっていた。


 右脚部に二人の整備員。そして、オレンジ色の作業着の胸から下がなぜかレールガンの銃口から生えている。さらに、隙間からまとまった長い髪の毛が出ている。整備員たちはその下っ腹を抱えて、引っこ抜こうとしていた。


「痛いっ! いたぁああああああいっ!!!!」


 レースガンの銃口から少女の声がこだました。


 その聞きなれた声を聴いて(いつき)はあわてて、二人の整備員のもとによって一人の肩につかまった。すると、整備員たちは生えている下半身から手を放して、(いつき)のほうを見た。


 瞬間、下半身は体を曲げ、足を機体にしっかりつけて尻を突出す動きをしている。自力で出ようと奮闘しているようだ。


「ちょっと、もしかしてこれ――――」

「ん、おう。お前の連れだよ」

「レールガンの掃除をするとか何とか言って、体がはまっちまったらしい」

「助けるぅ…………、助けるぅ?」

 

 弱り切った(おと)の声とともに足が浮かんだ。弱り切ってもはや自身が助かるかにも疑問を持ち始めている。


 (いつき)は呆れてものも言えず、特大のため息をついた。


「整備できるって言ったから連れてきたのに。どうするの、これ?」

「見捨る、しないで……」

 

 (おと)が嗚咽気味に言う。精神的にかなりまいっている。狭い空間にいるのは、もうこりごりだというのは(いつき)にもわかる。何せ、彩子(あやこ)も含めて〔アル+1(プラスワン)〕の操縦席に一日近く缶詰にされていたのだから。


「見捨てるわけないでしょ。それじゃぁ、もう一回できる?」


 (いつき)は整備員二人を流し目する。すぐに彼らは頷いた。準備よし。

 

 (いつき)も加わって、三人で(おと)の体を抱え込み、脚部にしっかりと足をつける。(おと)は男の人に抱き着かれて、恥ずかしいだろうが我慢してもらうしかない。


 だが、整備員二人は(おと)から女の臭いを感じられず、細い腰つきや張り出した尻を触って、女の子なんだと思ったくらいだ。


「痛いのは、我慢ね? それじゃぁ――」

「いっせーのっ――――」

「――――せっ!」


 二人の男と一人の少女が全力で(おと)を引き抜こうとする。


「~~~~~~~~~~っ!!」


 声にならないうめきを上げる(おと)


「わわっ――――」


 瞬間、(おと)の体が銃口から引き抜かれ、そのままの勢いで(いつき)たちは流れて行った。ほどなくして四人の体は張られていた網に引っ掛かった。引き抜かれた(おと)の手には柄の長い槍のようなブラシが握られていた。銃身の中を掃除するためのもだ。


「何とかなったが……」

「邪魔しに来たのか、嬢ちゃんたちは――――」


 二人の作業員が(いつき)(おと)の体をどけて立ち上がる。


「ごめんなさい…………」


 (おと)はブラシを抱えて、宙でうずくまる。結っている髪が彼女を包むように浮かぶ。戦いで死というものを意識してから、そればかりが頭の中で反芻して、少しでも紛らわそうとした結果だろうか。だが、彼女なりに考えて、手伝えることはしようともした。結果はこのありさまだが、整備の邪魔をしようなどとは微塵も思っていない。


 整備員たちはいじけた子供を見るような、厳しい目をして作業に復帰していった。


「どこ行くの? ブラシをこっちに出して」


 (いつき)は徐々に離れえていく(おと)に手を伸ばして、ブラシを出すように言った。(おと)に悪気がないのは理解しているつもりだが、彼女も無意識に苛立って厳しい目を向ける。


 (おと)は汚れた顔を拭きながら、ブラシの柄先を(いつき)に伸ばした。


「ほら、こんなことで泣かない。もうすぐ、地球に降りられるんだから」


 (いつき)は目に涙を貯めている(おと)を見据える。足先を網に絡ませてから、柄先を掴んで引き込む。


 この整備が終われば、改めて地球に帰ることができる。正式な許可はまだだが、(いつき)はレミントンと口約を交わしていた。堅物の軍人にしては、粋な計らいをすると思った。


 引き寄せられた(おと)は申し訳なさそうに、網に足をつけて俯く。


「ごめんなさい」


 そういうと、(いつき)が仕方なしに、ぽんと頭に手を置いた。


「次は気を付けて。それよりも、地球に降りたらいろいろと――――」

「すみません。サナハラさん」


 その呼び声に、(いつき)たちは下を向いた。

 ちょうど、足元の網向こうにエアボードに乗った軍服のコフィンとクロッグ、それに不満顔で作業着を着ているリーンの姿があった。彼らはちょうど、(いつき)たちを見上げる位置にいた。


 見覚えのある顔に、(いつき)は屈んで顔を近づける。


「何か?」

「あ、その、こちらのクロッグ大尉がお礼をと……」


 コフィンは手のひらを上品に翻して、クロッグを示す。


 クロッグは疲れた顔を少し和らげて、軽く会釈した。彼自身、〔アル+1(プラスワン)〕の操縦者に興味があったが、学生くらいの少女が操縦していたのには驚かされた。


 (いつき)は見覚えのない軍人を前にして緊張する。文句を言いに来たのかと考えたが、この状態について無礼だのなんだのと口うるさくないあたり、さして厳しい人ではなさそうだ。逆に、自分たちの祖父の年くらいあるしれない人物に、自然と気を使うようになってしまう。


「ここだとアレなので、向こうで合流させてください」


 (いつき)は網の切り口を指す。


 コフィンたちはうなずいて、すぐにエアボードを指示された方へ移動させる。


(いつき)……」

 

 (おと)が不安そうにブラシを抱き込む。軍人という類は、彼女にとって難しい人種だ。『奴隷階級(スレイブ)』としてこき使われてきたことを思い返すと、いい印象がない。


 (いつき)(おと)の手を取って、ゆっくりと網を蹴った。


「お礼だって言うんだから、一応ね」

「うぅ……」


 連れられて舞い上がりながら、(おと)は唸った。


 (いつき)だって、『奴隷階級(スレイブ)』を使役していた側の人間だ。(おと)の人生を想像すれば、彼女とて憎むべき対象だろう。


 (いつき)(おと)の立場を思えば、軍人を擁護するべきではないのかもしれない。しかし、地球に降りるにしても、軍の厄介にはなるのだ。少しでも慣れさせておくべきだろう。


 うまく網の切り口に一直線で到着して、(いつき)(おと)はコフィンたちと視線を同じくした。


「ん? パイロットは三人と聞いていたが、もう一人は?」


 クロッグが(いつき)たちを見ていった。


「今は多分、取り調べかと……」

「取り調べ、ですか?」

「宇宙酔いがひどくて昨日おとといと寝込んでて。それで、今日になったって」


 (いつき)は淡々と告げて、彩子(あやこ)のことを思う。命令違反の罰則と称して、『ガーデン1』までの長い航路を〔アル+1(プラスワン)〕の操縦席内で過ごした三人。無重力状態になれていた(いつき)(おと)は彼女の話す童話を聞いて熟睡できた。だが、彩子(あやこ)は腹が据わらない状態や急に熱くなる頭、めまいや吐き気に襲われ、一睡もできずに帰還した。


『ガーデン1』についた時は、『フフフ。これで身長が伸びたわ、きっと…………』などとうわごとを言っていた。


 すぐにも、(いつき)(おと)は詳しい取り調べを受け、『サテライト』のことや〔イリアーデ〕戦についての話は終えている。


「んだよ。慣れてもいねぇのに、宇宙で戦闘かよ」

「セルムット軍曹っ!」


 コフィンが慌てて、リーンの発言を注意する。


 リーンはつまらなさそうに目を細めて、口をへの字に尖らせる。


「生半可なやつを投入したってこのざまじゃぁな」


 リーンが顎で〔アル+1(プラスワン)〕を示す。


 (いつき)は挑発的な彼の態度に怒りを覚えて、ため込んでいたイライラを吐き出す。


「直してるでしょ? 地球からのストックがあるんだから問題ない」

「そーゆーことじゃねぇよ、バカ。てめぇらのその平和な頭が問題なんだ。せっかくの機体がぼろぼろじゃ報われねぇってこと」

「屁理屈ばっかり。偉そうにしちゃってさ」


 (いつき)はリーンを睨みつける。リーンも(いつき)にガンをくれてやる。一触即発の雰囲気。


「やめてください、セルムット軍曹。クロッグ大尉もいますから」

(いつき)、怖い。やめる」


 コフィンと(おと)が二人の間に入って宥める。二人には冷静そうな(いつき)がすぐに感情的になったのに違和感を覚えた。


 (いつき)とリーンはお互い牽制するように睨みあい、リーンは仕方なしに視線を外した。


「あやまらないのですか?」


 コフィンが険しい表情を無理やりに作る。子供相手にむきになるのは、やはり大人げない。(いつき)たちはそもそも民間人だ。関係のないことに巻き込まれて、それでも手伝ってくれている。その気持ちを踏みにじるリーンが許せなかった。


 リーンはコフィンの顔を見るなり、目を三角にして彼女の頭をひっぱたいた。


 意外にも重い一撃にコフィンは首をすぼめて、はっとなってリーンを見つめる。


「階級上のあんたも、もう少し自覚を持ってください。ったく」


 リーンはエアボードを蹴って、身近なクレーンに移動する。エアボードが自動でそのかかる力に反応して、機体バランスを立て直す。


 その様子に(いつき)(おと)も不快感を覚えて、コフィンによる。ただ仲裁に入っただけのコフィンを何も叩く必要はないはずだ。


 すると、クロッグもエアボードを蹴って、リーンの後を追った。


「ちょっと――――!」

「すまないが、礼は改めてする。彼女を寮まで送ってくれ」


 (いつき)の呼び止めにクロッグはそれだけ言い残した。


 (おと)は暗い表情を浮かべるコフィンの横に立って、ブラシを抱えて不安そうに首をかしげる。


「だいじょぶ?」

「ええ。すみません、ごちゃごちゃしてしまって…………」


 コフィンは朗らかに言ったつもりだったが、実際は声は震え、瞳を潤ませている。人にわけもわからず叩かれて、彼女は激しく動揺していた。〔AW〕での戦闘とは違い、ここには何かわけがあるはずだ。しかし、疲れもついに限界を迎えて急に力が抜ける。


 (おと)がブラシを捨て、ふわりと浮いたコフィンの手を取る。


「だいじょぶ、違う。休む、ひつよ」


 (おと)は献身的になって、コフィンの体を支える。


 (いつき)は身勝手な男連中を一度睨みつけて、エアボードの操作盤の前に立っていた。


 彼らは身近なクレーンに手をついて、軍人よろしく厳格な表情で話しこんでいる。それがコフィンについてのクロッグからの説教ならまだ許せる。だが、リーンの反応は明らかに驚きのもので、説教を受けている感じではない。


「最低っ。行こう」


 (いつき)はエアボードを操って、上がっていく。

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