~護衛~ 戦闘の傷跡
〔イリアーデ〕の脱出船を含めた『地球平和軍』の船団は一路、『ガーデン1』に向かっていた。青い地球を背にして、戦闘空域だったところをゆっくりと進んでいた。
〔イリアーデ〕防衛に当たっていたパイロットは疲弊し、使えそうにない機体は〔シーカー〕に牽引されることなく、宇宙に乗り捨てられた。これからさらに数時間、下手をすれば半日、一日がかりで帰投することになる。〔シーカー〕でも精神的につらい航行を、脱出船のようなさらに狭い船となるとなおさら兵士、乗員の精神疲労は尋常ではないだろう。
「今回は援護感謝する。乗員の多くも助かり、まさに不幸中の幸いだった」
ヤッシュはのんきに笑顔を浮かべ、向かい席のガイア、船団を率いる隊長の男と握手を交わした。彼の隣にはクロッグの姿もあった。彼らのいる〔シーカー〕は旗艦として先行している。そしてその周りには、三機の〔AW〕が護衛についていた。
隊長の男が眉をひそめて、ヤッシュを見据えた。自分よりも若く、階級が上なのはかなり手腕の持ち主だろうと思っていたが、見当違いだとすぐに見切りをつけた。
ガイアも噂の軍属貴族の実態を見て、不愉快になった。
「いえ、それでもかなりの被害が出ました。〔イリアーデ〕は確実に帰投させたかったのですが、残念です」
隊長は本音を言って、クロッグを見た。
艦長代理をしていた彼は責任を感じていたが、あの状況では沈むことは確実だと諦めてもいた。
「申し訳ありません。以後、注意いたします」
「いや、責めるつもりはない。こちらとしても、まず人命第一に動きましたから」
隊長は心にもないことを言って、クロッグに責任をなすりつける。その言動はヤッシュを擁護しているようにも見えて、ガイアはますます顔つきが険しくなる。
ヤッシュがにこやかに言う。
「そうだぞ、ジョーリン大尉。君の判断は迅速だった。彼の言うこともわかるが、過ぎてしまった以上次の手を考えるしかない」
その前向きな発言は確かに必要なことだった。
『新人類軍』の戦力は現状、『地球平和軍』より上だろう。月の『サテライト』と『ローグ1』の占領によって自給自足ができるだろうし、兵器のストックもある。さらに言えば、月のヘリウム3を使って核兵器を作ることだって考えられる。
隊長の男はヤッシュに初めて共感を得て頷いた。
「カルマゾフ少佐。早急に解決するためには、先手を打つ必要があります。兵力を集結し、軍備を整えるべきでしょう」
「その件については、バーグ少佐とともに、一度地球に降りて検討しようと思っている。本部が及び腰である以上、直談判しなければなりません」
ガイアは逃げるつもりかと思ったが、今のヤッシュはそれなりに考えてはいるようだ。真剣なまなざしで、今の『地球平和軍』が窮地にあることを見据えているようだった。
すると、クロッグが咳払いをして、別の話題を振った。
「失礼ながら、今外にいるアームウェア三機のパイロットに会いたいのですが、よろしいか?」
「何?」
隊長の男が怒りを含んだ声を上げる。
クロッグは疲れた表情で、しかし、その悟りを開いたかのような瞳がガイアと隊長をたしかに捉えていた。
「彼らが介入したことで、流れは変わっていきました。彼らの持つ運、と言いますかな? 多くのパイロットが鼓舞されたとお見受けしますが」
ガイアと隊長は一気に顔を顰めて、クロッグを睨んだ。その悟った言い分は、軍規を脅かすものでしかない。規律と連携を取れないようでは、組織というシステムは働かないと思っているからだ。
「過大評価ですよ、それは。彼らは独断専行したに過ぎない。規律を全うできない兵士には、罰則が下るのが軍というものです。彼らには、『ガーデン1』の到着までの護衛を申し付けています」
「それは…………。随分と過酷なことを。特にあの〔アル+1〕とかいう機体はぼろぼろだった。危険はないのか?」
ヤッシュが外で飛ぶ〔AW〕三機のパイロットのことを思って言った。
ただでさえ狭い操縦席に数時間座リ続けるのもつらいのに、宇宙というとてつもない空間にいるというのは、肉体的にも精神的も脱出船以上の負担を強いることになる。下手をすれば、精神が破綻してしまうかもしれない。
ガイアが静かに補足する。
「あのデカブツに関しては、搭乗者が工作員である可能性も含めてそれでよろしいのです。他の二機は不甲斐ないことに自分の部下であります。少しお灸を据えるべきだとは前々から思っていましたので、ご心配には及びません」
「…………。わかりました。しかし、帰投できましたら改めて労いをさせてください」
クロッグは目の前の軍人たちの心の奥底を覗いたように、重い瞼を閉じた。
「諸君。作戦自体は完了したが、思った以上の犠牲を払ってしまった」
燕華たち〔AW〕部隊が船団に帰投したとき、部隊の数は三分の二になっていた。少数でかなりの数を落とした先鋭部隊だが、やはり犠牲というものは出てしまう。
燕華はそうして消えて行った仲間に関して、感傷的にならなかった。淡々と誰が死んでいったのかを確認して、終わり。それまでの奴らだったと割り切ってしまった。自分が急に冷血になったのかと思えば、他の生き残った人たちもとくに気にした風ではなかった。
「すまないが、いったん手を休め、死んでいった民兵に黙祷をささげる」
自分の乗る〔シーカー〕の操縦室の無線を使って、全六隻に通達する。部隊員たちはとくに反発することなく、その提案に従った。
「黙祷…………」
燕華たちは形式的にも、簡単な黙祷を部隊で行った。哀悼の意を表するとも、自分たちを鼓舞するものでもない。きっと人間の習慣なんだ、と燕華は考える。
黙祷を終えると、燕華は民兵たちに労いの言葉を言って、休むよう指示した。
「はっ。しかし、操縦まで交互にすると危険なのでは?」
「どうせ敵は追ってこない。気楽にしな。それに――――」
燕華は自嘲めいた笑みを浮かべて、操縦士たちを見つめる。
「毎日、薬飲んで心の安定を求める生活はしたくないだろう? あたしみたいに、さ」
それだけ言って、彼女は休憩室に流れて行った。
帰路に就く船団の少し先をリーンとコフィンの〔ギリガ〕、そして樹たちが操る〔アル+1〕の姿があった。
「ったく。お偉いさんはこれだから……」
「仕方ありませんよ。命令違反したんですから」
コフィンはヘルメットのバイザーを上げており、手には携帯食を握られていた。今は慣性航行と機体の自動操縦で動いているため、両手を使わずとも進むことができる。彼女は一口大に携帯食を割って、口の中に放り込む。
リーンは無線越しに聞こえる咀嚼音に、思わず毒気を抜かれ、ヘルメットのバイザーを上げる。飲料水が入ったパックをシートの下から取り出す。パックのキャップを外し、さらに細口の吸引ストローを伸ばして口にくわえる。
「それにしても、もぐもぐ……ごくんっ。大丈夫でしょうか、あの子たち?」
「わかりませんよ。さっきまでぴぃぴぃ泣いてたんですよ」
「もくもく……っん。だから、心配になりませんか?」
先ほどからぱくぱく携帯食を食べながら会話しているので、リーンにはコフィンの真剣みがわからない。
「知りません。そういうの」
リーンは素っ気なく言って、パックの飲料水を吸う。栄養ドリンク特有の甘さが口に広がる。
「ひどいです、セルムット軍曹」
コフィンは痺れてきたお尻を一度浮かせて、座りなおす。携帯食の箱が無重力の操縦席に浮かんでいる。あと数時間も狭い操縦席にいると思うと、先がつらい。
リーンはムッと顔を顰める。そして一気に飲料水の入ったパックがしぼんだ。
「ほっとけばいいでしょう? あいつらが生半可な気持ちで前線に出たんです。いい教訓になったでしょうとも」
リーンの口元からパックの吸引ストローが離れ、ふあふあと浮かぶ。
コフィンもその言い方にカチンと来て、怒鳴りつける。
「そういう無神経なところどうにかしてください。あの子たちだって、必死だったんですよ」
「あのですね。別に俺は頑張りを認めないとは言ってませんって。ただ、こういう場所なんだと、あいつらは怖い思いをしてやっとわかっただろうってことです」
リーンの意見に、コフィンは思わず閉口する。その見方は間違っていない、と思う。樹たちの頑張りは、無鉄砲で無理に気負っている感じがしていた。
「ああいう子供が前に出たっていつか落とされます。これっきりにしてもらいたいですよ、本当に」
リーンはぶっきらぼうに言って、浮かんでいたパックを掴んだ。それに怒りをぶつけるようにして握りつぶす。
コフィンはなんだかんだ言っても、結局のところいろいろ考えているんだとリーンを見直して、
「セルムット軍曹、優しいんですね。それに、かっこいいです」
浮かんでいる携帯食の箱を手にして、甘い声でささやいた。
リーンは聞こえないふりをして舌打ちし、手元のごみをモニタに叩きつけてやる。自然と頭が熱くなるのも無視した。
〔アル+1〕の操縦席で、樹たちはリーンたちの会話を盗み聞きしていた。三人ともヘルメットを取り、赤くはれた目元を時折指先で擦って、鼻水を啜る。
「それで、ひく、あの人たち――、あんだって?」
彩子は落ち着かない喉で、リーンたちの会話の内容を問うた。まだ寒気がして、時折ぶるりと全身を震わせる。
「二人して、わたしたちの心配。大人の余裕ってものかも」
「そういうの?」
「そなの?」
音も震えの止まらない体を一人抱きしめて、樹に言った。
樹は毅然として見せながらも、震える手を必死に握りしめていた。
「惚気てるんだから、そうでしょ」
「ってことはあの金髪さん、恋人と一緒に戦争してるの!?」
「びくり!」
「恋人かどうかはわからないけど、意識はしてると思うけど」
「や、やだっ! 何その危険っ」
彩子は急に頬が熱くなって、頭を振る。ありえない。こんな命のやり取りをする場所に、恋人同士で来るなんて、無理心中としか彼女には思えなかった。でも、そういう状況で愛ってものを確かめてるのかなと、危ない妄想まで出てくる。
「ダメダメダメダメっ! か、考えるな、あたし……」
「樹。彩子、変」
「そうね…………」
音の質問に、樹は覇気のない返事を返す。
『――――あいつらが生半可な気持ちで前線に出たんです』
リーンの言葉を思い出すと、確かにと思ってしまう。自分のためと決めたのに、必死で前に出てみれば、〔アル+1〕がぼろぼろにやられてしまっている。
あの異形の〔ミリシュミット〕のパイロットも、樹たちが戦い慣れしていないのを知っていた。わかってしまう。どんなに強い機体でも、パイロットがダメらな動きだってダメになると。
「こんなこと――――、でも…………」
樹はぼやいて、ずっと先にある月を見た。
「樹……」
急に黙り込んでしまった樹に、音は怯えた声で呼びかける。だが、返事は帰ってこなかった。静寂がかつての記憶を呼び覚ましかける。自分の息遣いが嫌に耳に残る。
彩子もどうにか落ち着きを取り戻し、うつむいた音の映像に気付く。胸が締め付けられる。戦いが終わっても、恐怖を抱いたままでいて、友達ひとり支えてやれない。
「音、少し休みましょう。樹もさ、疲れてるのよ」
気休め程度の言葉をかけると、音がさみしそうにぼそりとつぶやいた。
「お話、して……」
「は? お話?」
「母、いつもしてくれる」
「えぇーっと……。童話ってことよね? やってみるわ」
音は少し微笑んで、頷いた。
彩子は知ってる限りの童話を思い出す。こんなことしかできない自分。価値があるのかないのかもわからない、ちっぽけな自分がどうにか生きている。
ふと、後ろの〔ギリガ〕二機を見て思ってしまう。もしかしたら、愛情うんぬんより、戦場の恐怖を二人で乗り越えようとしているのかな、と。そばに誰かがいて、その人が大切だから一緒に頑張ろうってことなのかもしれない。
だとしたら、彩子はまだ口で言ってる以上に、樹と音を大切に思っていないのだろう。それは悲しいことだ。そして、正しいことのように思えた。
「…………。そ、それじゃ、いくわよー」
努めて、彩子が童話を話し始める。
音はもちろん、樹もそのしどろもどろな話し方を静かに聞いていた。
乗組員を失った宇宙間重巡洋艦〔イリアーデ〕はゆっくりと地球に引き寄せられていった。そして、数時間ののち、〔イリアーデ〕は地球の大気圏に突入し、バラバラと船体を崩し空で大爆発を引き起こす。そして、見えない毒を空に撒くと同時に、宇宙での戦争を人々に知らしめた。




