~護衛~ 戦艦防衛戦 〈後編〉
〔イリアーデ〕の脱出準備が進む。それは迎撃態勢を捨て、敵の砲撃を容易にさせていた。自動照準では牽制の働きもできず、次々と〔イリアーデ〕に攻撃が当たる。
『新人類軍』はこれを好機と見て、一気に攻め入る。〔AW〕部隊の抵抗も弱まり、殲滅もあと一押しというところまで来ていた。
「クソッ! 〔イリアーデ〕にこれ以上近づけさせるな!」
ヤッシュは周囲の味方機に言って、試作機〔バーカム〕を〔イリアーデ〕に進ませる。
〔バーカム〕は『ローグ1』で建造された試作機で、〔ファークス〕の後継機として開発されている。全身は深い青色で、細身のシルエットはそのままに、バックパックのメイン・スラスターを大幅強化したものだ。運動性のは従来の〔AW〕を上回り、白兵戦向きの構造をしている。盾などの防具はオミットし、〔AW〕用ハンドガンや散弾手榴弾などを収めるハードポイントが数多くある。
しかし、ヤッシュ機はその特性を生かせないで、レールガンによる射撃戦に従事していた。潜在能力を引き出そうとしないやり方だ。
『地球平和軍』の〔AW〕部隊は指令がノイズ交じりで聞き取れずとも、〔イリアーデ〕の損害を見れば各自で防衛陣形を整えられた。
〔イリアーデ〕船体にまとわりつく〔ミリシュミット〕は防衛部隊の動きを見て、すぐに〔イリアーデ〕から離れていく。その中には、燕華の機体もあった。
「船はこれでいいだろう。あとは――――」
燕華はモニタに捉えた『地球平和軍』の〔AW〕部隊を見据える。電子戦装備のほとんどいない部隊など脅威ではない。『幻覚』やEMPによる妨害がなければ、誘導兵器も問題ではない。
「アームウェアだけ」
燕華は機体を『地球平和軍』の〔AW〕に進撃させる。味気ない戦艦を相手にするよりかずっとスリリングだと思ったからだ。それに続いて、数機の〔ミリシュミット〕が追随する。もちろん、ロングバレル・レールガンを持った〔ミリシュミット〕電子戦装備の影もある。
燕華機は右の太刀を担ぎ、左のナイフを前に突き出す構えを取る。先の切り込みのうっぷん晴らしのように、果敢に敵の布陣に飛び込む。
「来るか!?」
『地球平和軍』の〔ファークス〕一機が背部のラックからブレードを取り出し、迎え撃つ。残弾のないレールガンを捨て、白兵戦に持ち込んだ意気込みはいい。だが、決定的に〔ミリシュミット〕との間合いを計り間違えていた。
「いいよ。そういうのっ」
燕華は正面切ってくる〔ファークス〕を高く評価し、〔ミリシュミット〕を一気に加速させる。
二機の間合いが整った刹那、先に〔ファークス〕がブレードを振り下ろした。灼熱の赤い刃が、太刀筋の残光を残す。
対して燕華機は懐近くにまで飛び込み、左腕部のナイフで振り下ろされるブレードをいなす。刃を加熱するときに発せられるプラズマ干渉で、ブレード同士のつばぜり合いは基本的に両者の剣を弾いてしまう。だから、いがみ合いなどはない。
だが、燕華の場合、ナイフの腹と敵のブレードの腹をぶつけて、軌道をずらすものだ。剣術としては初歩的なものだが、見極めるのも、まして〔AW〕の操縦でするのは難しい。
「何――――っ」
〔ファークス〕パイロットの声を、燕華機が拾った。
燕華は口元を緩ませて、機体を動かす。〔ミリシュミット〕のメインスラスターで勢いをつけ、サブスラスターで角度調節。機体を前回りさせて、太刀は〔ファークス〕を縦一閃してみせた。そのままの勢いで〔ファークス〕の下方を取り、次へ向かっていく。
「あら、向かってこない?」
燕華機の特徴を見て、『地球平和軍』は遠距離攻撃に集中した。獰猛な虎が襲いかからんとしている緊張、恐怖が彼らにはあった。
燕華機は敵をかく乱するように飛び回り、隙あらば斬り込むタイミングを計る。
しかし、『新人類軍』はその行動を予期して、同じく射撃と回避運動で応戦する。残弾がお互い少なくなれば、いやでも白兵戦になる。そうなる前に、一撃必中の狙撃機が的確に相手の戦力を削いでいく。
「鈴隊長。お下がりください」
バディを組んでるロングバレル・レールガンを構えた〔ミリシュミット〕が『地球平和軍』の〔ギリガ〕のマニピュレーターを吹き飛ばす。
燕華にその声は届かず、彼女は気ままに敵をかく乱し続ける。
瞬間、その空域にいるすべての〔AW〕が異常な熱量を感知した。
全機がその場を離れ、拡散。その合間を通るように一筋の閃光が走って行った。
「ほぉ。戦艦が来たんだ」
燕華は第二波のビームを避けて、飛んできた方向を見た。だが、戦艦らしい機影はない。だが、巨大なものが飛来してくるのはわかった。ノズルの光が六つの花弁のように散った。
「海星かい、あれは?」
燕華にはそう見て取れた。
〔アル+1〕のビームは着実に戦場を混乱させていた。しかし、その介入は『地球平和軍』と『新人類軍』にとっても身動きが取れない状況を作り出していた。
「敵はばらけてるけど、味方までバラバラじゃない」
彩子は通常モニタに映る戦場を見て意見する。
「いいの。このまま一気に、敵に接近して追い払うよ」
樹が言って、〔アル+1〕はバリアブル・バーニアを噴射して、〔ミリシュミット〕の軍勢に飛び込んでいく。
「ちょと、待つ」
「何よ。この忙しい時に」
「船、守る。それ、大事」
音の発言に、樹はモニタの端っこで攻撃を受ける〔イリアーデ〕を確認する。だが、すでに敵の射程距離内に入り、集中砲火を浴びている。今さら進路を変更すれば、撃墜される。
瞬間、鋭い一撃が〔アル+1〕を掠めた。機体がバランスを崩し、滅茶苦茶に回転する。
「きゃあああああああ!」
三人は悲鳴を上げて、体にかかる重圧に耐える。
「図体がデカイだけか」
〔ミリシュミット〕部隊が好機とばかりに、〔アル+1〕に攻撃を集中させようとした。だが、陣形を立て直した『地球平和軍』が牽制。『新人類軍』は回避運動を取る。
「大丈夫ですか? すぐに援軍はきます」
リーン機が『地球平和軍』の部隊に合流し、攻撃に加わる。そのとなりでコフィン機も攻撃に参列した。
その知らせに〔AW〕部隊は希望の光を見て、『新人類軍』への抵抗の意志を燃やす。
「船の状況はどうですか?」
「なんだ、貴様らは?」
ヤッシュの〔バーカム〕が攻撃もそっちのけでリーンとコフィンの〔ギリガ〕に近づく。他の隊員たちは少ない残弾で、攻撃をして敵の侵攻を抑えているにもかかわらず。
「『ガーデン1』からの援軍です。あのデカイのも」
「アレが、か?」
リーンは言って、機体を下に向ける。すぐ下を行く〔ミリシュミット〕が九〇ミリマシンガンに驚いたように、後退していった。〔イリアーデ〕にもまだ攻撃が加えられているのに気付いて、リーンの中で焦りが潮騒のように迫った。
ヤッシュはというと、バランスを整えてすぐにも敵陣んに飛び込んでいく〔アル+1〕に思わず見とれた。あの巨体で、果敢に攻め込む姿はかつての英雄を彷彿させた。
「セルムット軍曹。船はもう航行不能だそうです。すぐにでも、乗員の救出に向かいましょう」
コフィンは近くのパイロットから聞いた情報をリーンに伝えた。
「ったく。そこまでわかってて、なんで行かねぇんだよ」
リーンは悪態をついて、近くで固まっているヤッシュの〔バーカム〕に言った。
「おい。誰だか知りませんが、すぐに〔イリアーデ〕の乗員救出に何人か連れて行ってください」
「え? あ、ああ」
ヤッシュはそこで、われに返ってリーンの提案を話半分に頷いた。
「よし。コフィン准尉。行くぞっ!」
「はいっ!」
リーン機とコフィン機は迫ってくる敵に向かって進んでいく。その雄々しい姿に感化されて、部隊の〔ファークス〕電子戦装備と通常装備一機ずつが後に続いた。
「援護する」
「すまない。残弾は大丈夫か?」
「いや、もう予備は残っていない……」
ついてきた二機はもうほとんどのレールガンの弾を撃ち尽くしていた。他の武装はヒートブレイドとマイクロミサイルポットと電子戦装備健在の敵に対して、心もとないものだった。
リーンは眉間にしわを寄せて、その無計画さが頭にきた。しかし、すぐ近くを横切る敵の凶弾に怒りは自然と『新人類軍』に向く。
「仕方ない、使ってくれ。規格はあってるはずだ」
リーン機は後方にいる〔ファークス〕通常装備に持っている九〇ミリマシンガンを差し出す。その間、コフィン機ともう一機の〔ファークス〕が二機をカバーする。
〔ファークス〕のパイロットはもちろん困惑した。
「そんな――――」
「まだ武器はある。撃てない銃持ってても仕方ねぇだろ」
「すまないっ」
〔ファークス〕はレールガンを捨て、差し出された九〇ミリマシンガンと呼び弾倉を受け取る。
リーン機はリア・ラックに保持していた榴弾砲を構える。コフィンもそうしたかったが予備の武器のない彼女の機体には無理だった。
「すみません。わたしは――――」
「いえ、僕は大丈夫です。これがありますから」
電子戦装備の〔ファークス〕がヒートブレードを握って見せた。敵が散開し、リーンたちを取り囲もうとする。だが、〔アル+1〕のビーム・ライフルがそれを防いで、バラバラにする。
「うっぷ……。大丈夫」
樹は胸に焦げ付く気持ち悪さを抑えて、リーンたちに英語で問う。
「ありがとうございます」
コフィンが代表して言うと、すぐに〔アル+1〕は離れいった。
『新人類軍』は敵のたった三機の増援に、流れが返られたとは思わなかった。数の上ではまだ五分。しかし、射撃武装の残弾が少ないのは同じことだった。
「あの機体、目障りだ!」
一機の〔ミリシュミット〕電子戦装備は、旋回して飛ぶ〔アル+1〕に接近する。獲物であるレールカノンを構え、『幻覚』で一気に勝負を仕掛けるつもりだ。
「一機、近づいてくるのがいるわ!」
彩子は言って、電子戦用モニタを睨みつける。敵の動きは好戦的で、他の機影も〔アル+1〕を狙う動きがあった。
樹は言われて、〔アル+1〕を接近してくる〔ミリシュミット〕に六基のバリアブル・バーニアと脚部サブ・スラスターを使い、素早く身を翻す。後ろ向きに流れながら、周囲に気を配る。
〔アル+1〕は音の操縦の下、ビーム・ライフルを接近してくる〔ミリシュミット〕に向ける。だが、回避運動を続けるため、照準が合わない。
「――――っ」
「もらった――――」
「撃って!」
〔ミリシュミット〕が〔アル+1〕を射程に捉えて『幻覚』を発動する。
同時に、ビーム・ライフル二丁から閃光が瞬く。
二機の間に戦慄が走る。
〔アル+1〕は麻痺を起こす。すぐに、彩子が対処に当たった。
方や『幻覚』を放った〔ミリシュミット〕は反動で出力が落ち、向かってくるビームを回避しきれなかった。構えていたレールカノンと頭部がビームに飲み込まれ、蒸発した。レールカノンを捨て、背部のエネルギータンクも解放する。
「やられた。ならば――」
〔ミリシュミット〕のパイロットはサブ・カメラの映像をメイン・モニタに映して、〔アル+1〕を捉える。
〔ミリシュミット〕が両マニピュレーターの十徳ナイフを展開して迫る。
機能が回復した〔アル+1〕。樹たちは回復した通常モニタに映る敵の姿を眼前に見た。
「敵っ!!」
彩子が驚きの声を上げるのと、機体が宙返りするのはほぼ同時だった。
敵の斬撃は空を切り、〔アル+1〕の背中をすり抜けてこうとした。
「これでどうっ!」
樹は叫んで、前部のバリアブル・バーニアを噴射。一気に機体が加速して、〔ミリシュミット〕の背中を左脚部で踏みつける。
「――――っ!」
〔ミリシュミット〕に走る衝撃に、敵パイロットは顔を顰める。
だが、次の瞬間には〔アル+1〕の左脚部に隠されたパイルが〔ミリシュミット〕の胴体を貫通し、パイロットは絶命した。
すぐに〔アル+1〕は右脚部で〔ミリシュミット〕を蹴りだし、上昇した。瞬間、〔ミリシュミット〕は爆発。周囲にその事実を知らしめる光を輝かせた。
「まだ、まだ……」
パイルを打ち出した音は確かな手ごたえを感じた。だが、心に重くのしかかる圧迫感が気持ち悪い。
樹と彩子も顔を顰める。
「あの機体、少しは……」
燕華は〔アル+1〕の一部始終を見て、背中がぞわりと泡立った。味方が落とされた怒りや悲しみなどはない。ただ、見事に落として見せた〔アル+1〕に対する敬意だけはあった。
燕華機が〔アル+1〕に接近する。
「また来るよ」
彩子の声に、樹も音もすぐに接近する不可思議な〔ミリシュミット〕に視線を動かす。そして、〔アル+1〕もまた、受けて立つようにビーム・ライフルを構えた。
クロッグはいまだブリッジに残り、〔イリアーデ〕の妨害機能を生かし、〔AW〕部隊の支援をしていた。そして、オペレーター用のヘッドセットから通信が入る。
『艦長代理。脱出船の準備、すべて整いました』
「わかった――――」
船内に激しい揺れと唸るような音がこだました。オペレーター席にあるモニタを見ると、メイン・ノズルが大破されたことが報告されていた。まだ、核融合エンジンに被害は及んでいない。しかし、撃沈されるのはそう長い時間を必要としないだろう。
クロッグはぐっと喉を鳴らして、ヘッドセット静かに告げる。
「お前たちはすぐにでも出られるよう、船に火を入れておけ。合図と同時に全ハッチを開放する。そして、この艦から一気に距離を取れ」
『了解。艦長代理、ご武運を』
「――――おう」
クロッグはそれだけ言って、ヘッドセットを外した。後は、脱出船の離脱と同時に、この〔イリアーデ〕を自沈させるだけだ。そうなれば、敵も脱出船にまで気を向けないだろうと考えていた。
問題は〔イリアーデ〕の爆発の規模だ。敵を巻き込むのはいい。だが、それで脱出船まで飲み込まれてしまっては元も子もない。一か八か。分の悪い賭け事しているようだ。
クロッグはそんな馬鹿な、不確かなことに出る自分を笑った。
「所詮、戦争も知らない。老いぼれだ……」
ふとオペレーター席のモニタに視線を向けると、ノイズの入ったレーダーに映る影が遠のいている。周囲を囲っていただろう敵のはずだ。
「どういうことだ?」
クロッグはモニタを食い入るように見て、レーダーの端っこに別の影がいくつも映っているのに気が付いた。その影は〔イリアーデ〕に接近し、敵であろう部隊を遠ざけていた。
「援軍か!?」
『全乗組員に告げる。すぐに脱出しろ。敵は押さえている』
ひび割れた通信がこだました。ヤッシュの声。クロッグは耳を疑ったが、戦況を見て確信する。
クルーは助かる、と。
クロッグは外していたヘッドセットを手にして、耳に当て、マイクに言った。
「総員、退艦準備。〔イリアーデ〕に隠れて、援軍と合流!」
『了解!!』
その返答はいくつも重なり、彼の小心を拭い去る。そして、全脱出船のハッチを開放した。
樹たちは、迫りくる〔ミリシュミット〕に異様なしつこさを感じた。右腕部だけを別の機体のものにしたアンバランスな機体は、何度〔アル+1〕のビーム・ライフルを放っても決して離れようとしない。
「しつこい! 強い」
音は通常モニタの上で踊る異形の〔ミリシュミット〕に照準を合わせて、またビーム・ライフルを放った。ビームの閃光がまっすぐにかけていく。
「思ったより早いね、それ」
異形の〔ミリシュミット〕を操縦する燕華はそう言って、軽々と閃光を避けて見せる。そして、一瞬のうちにブーストをかけて、〔アル+1〕に機体を肉薄させる。
「この人――――」
「彩子、『幻覚』やって」
「無理よ。後ろに、一機いる。やれるわ!」
彩子は燕華の後方に追随する機影を確認して、樹の指示を振り払った。
そうしている間にも、燕華機は〔アル+1〕の懐に飛び込んだ。体格差を見せつけられ、しかし、懐に入った瞬間、燕華は思った。
「大きいだけじゃあねっ!」
その声を三人は聞き、戦慄する。とっさに音がもう一丁のビーム・ライフルを至近距離で撃った。
燕華は知っていたかのように機体を瞬時に下げて、すんでのところをやり過ごす。モニタの上をビームの光が過ぎて行った。
そして、燕華機は一気に上昇。太刀をすり抜けざまに斬り上げ、左腕部のビーム・ライフルを真っ二つにする。加えて、〔アル+1〕の頭上を取った。
「――――っく」
樹は壊れたビーム・ライフルを捨て、〔アル+1〕を燕華機の正面に向ける。その時にはもうすでに、懐深くにまで入っていた。
「遅いっ!」
「まだぁああああああ」
残っていたビーム・ライフルが十徳ナイフによって切り落とされる。本命の太刀が迫る。
彩子は苦渋の決断で『幻覚』を発動。敵の動作は止まり、機体同士がぶつかった。
〔アル+1〕は前部の二基を反転させ、機体を押し出す形で噴射。左右の肩部二基も後退のために展開して、速度を重ねた。しかし、『幻覚』の代償で、うまく加速できない。
「あの機体、強過ぎるっ!」
彩子が不満を垂れた瞬間、〔アル+1〕の肩部バリアブル・バーニア一基が狙撃された。燕華の僚機のロングバレル・レールガンの一撃だ。
「ああああっ!!!!」
三人は理不尽な力に引っ張られる機体の振動に、首をすぼめる。
「なんだい? やられたの?」
回復した〔ミリシュミット〕の操縦席で、燕華はそうつぶやいた。
「鈴隊長!」
ロングレンジ・レールガンを持った〔ミリシュミット〕が燕華機に近づく。
「隊長はいらない。やったのか?」
「いえ。しかし、部隊はもう限界です。撤退命令をっ」
「ふぅん。そうか……」
燕華はモニタに映る〔アル+1〕が態勢を立て直して、腕部のヒートブレードを展開しているのを確認する。向かってくる気でいる。彼女の心にあった退屈なしこりが、疼いた。
「強い、強いけど――」
「負ける。できない」
「せめて、船の避難が終わるまではっ」
樹たちは強力な敵、それも二機を前にしても、心はまだめげていなかった。ここにいるのは、自分たちのため。だけど、こうなったのも『新人類軍』がいるせいだ。
「撤退の信号弾を上げておけ。あいつとは、もう少し遊んでいくよ」
「あっ。隊長」
「言いつけくらい守りな。あと、手出しするなよ?」
燕華は向かってくる〔アル+1〕に機体を発進させる。僚機は仕方なしに、信号弾を上げて撤退命令を下す。そして、その機影も潔く下がっていく。
「なんだ? 信号弾」
リーンたちは〔イリアーデ〕周辺に展開する敵を相手にしながら、敵の来ただろう方角に上がった閃光を確認した。
敵の部隊もそれを見て、手のひらを返すように次々と下がっていく。
「撤退していく?」
「クソッ。してやられた!」
二機の〔ファークス〕のパイロットが言った。
彼ら『新人類軍』の目的が『ローグ1』から逃げた残党を殲滅するためだったのなら、成功とは言い切れない。しかし、戦力になる〔イリアーデ〕を沈められては、『地球平和軍』にとって大きな痛手だ。
しかし、まだ気は抜けない。船員の脱出を確認するまでは、敵に警戒する必要がある。
リーンは深追いはせず、機体を動き出した脱出船と敵部隊との間に入れて、榴弾砲を構える。〔ファークス〕二機、コフィン機もそれにならって警戒態勢を取った。
「敵もこれで、完全に引き下がってくれればいいのですけど……」
コフィンが不安そうに言う。そして、モニタにまだ火線があることに気付いた。
ノズルの光が軌跡を残し、ぶつかり合っている。ちょうど、敵の撤退する進路上だ。
「あんな前で戦ってるなんて、あれ?」
「どうしました?」
コフィン機がしきりに周りを探っているのを察して、リーンは訊いた。
「あの子たちの機体が見当たりません…………」
リーンはそれが樹たちの乗る〔アル+1〕だと認識して、同じく周囲を探る。だが、あの異質な巨大の影はない。
「まさか――――っ!」
リーンはずっと前で繰り広げられている火線を凝視する。
「敵の部隊が一気に向かってくるよ」
「そう言われたって――――」
彩子の報告が入ると同時に、燕華機の太刀と〔アル+1〕のヒートブレイドがぶつかる。激しいスパークを放ち、二機ともその反発でバランスを崩す。
「頑張るじゃない、嬢ちゃんたち? 戦い慣れしてないようだけど」
燕華は機体を立て直して、すぐにも次の一閃を〔アル+1〕に放つ。彼女は目の前の巨大な機体に、少なくとも三人の若い女性が乗っているのを時折聞こえてくる無線で知った。だからといって、『地球平和軍』に加担している以上、同情も憐れみも向けるつもりはない。
〔アル+1〕は大きく下がって、敵の太刀を避け、さらに背部二基のバリアブル・バーニアで機体を押し出す。
「あなたは――――っ」
樹は余裕の敵に嫌気がさしながら、その確かな強さに焦燥感が競りあがる。
〔アル+1〕は両腕部のヒートブレードで薙ぎ払いを繰り出す。リーチの長さなら、燕華機の太刀よりもあるものだ。
「がむしゃらなのって、見ていて飽きないよ」
燕華は逆さまの〔アル+1〕の太刀筋を見て、二刀の剣先が重なっているとこに太刀をメインスラスタ―の推進力を乗せて叩きつける。
〔アル+1〕のヒートブレイドが溶断されることはなかったが、機体はでんぐり返しの要領で回転し、燕華機に突っ込む。
樹たちは下に転がる視界と衝撃に、ぞくりと背筋が凍りついた。
「――――あぁ」
「さぁ、かわいい声で喘いでよ」
燕華は迫りくる〔アル+1〕の背部を見据えて、左の熱した十徳ナイフを突き出す。
「うわぁあああああああああああああ!!!!」
樹たちは燕華の言葉を聞いて、恐怖で感情が爆破した。無我夢中にスロットルレバーを全開にする。
瞬間、〔アル+1〕の背部二基のバリアブル・バーニアが咆哮を上げるがごとくまばゆいプラズマ光を噴き出し、機体を押し出す。さらに、備え付けのデコイがばら撒かれ、ヒートブレードが最大出力に耐えきれず強制冷却に入った。
「――――っぐ」
さすがの燕華も驚いて、思わず操縦桿の操作を誤り、とどめを刺し損ねる。加えて、機体を叩く音に危機感を覚えて、すぐにも後退をかけてしまった。
〔アル+1〕はその間に、一気に燕華機と距離を離す。その衝撃と負荷に樹たちは苦しめられる。だが、ここで速度を緩めたら、敵が殺しに来ると思いスロットルは全開のままだった。
「あら、逃げちゃった」
燕華はバイザーを上げて目をこすりながら、遠ざかっていく光りを見た。それから周りを見ると、〔アル+1〕にちょっかい出すように射撃する味方部隊を大人げないと思った。
「ま、今回のところはお預けか……」
燕華はそう言って、機体を反転させ、撤退する部隊に合流する。
リーン機とコフィン機が撤退する敵部隊を追って、〔アル+1〕を探していた。すると、二機に向かってくる機影があった。多少ズレのある進路だったが、間違いなく〔アル+1〕だ。
「セルムット軍曹……」
「あいつら、無事だったか」
安堵の息を吐く二人は、機体を向かってくる〔アル+1〕に近づける。すぐにも並んで、『地球平和軍』が展開する空域戻る。
「おい。大丈夫か?」
「サハラさん? ミナモリさん? ウタノさん?」
呼びかけても、〔アル+1〕は減速することなく進み続ける。まさか、気絶しているのでは、とリーンとコフィンが憶測する。
「おい! 返事しろ!」
すると、めそめそと泣きじゃくる声が無線を通して聞こえてくる。
「やだぁ。死ぬ、やだぁ」
「うぅ、うっく。はぅ……」
「あぁっ。ひっく、ひっ……」
その声は悲痛で、怖い思いをしたのだとリーンは思った。
「大丈夫です。さ、帰りましょう」
コフィンもリーンと同じ考えを持って、優しく無線で呼びかけた。
やがて、リーン機とコフィン機に連れられて〔アル+1〕は部隊に合流した。
〔イリアーデ〕はもはや使いものにならないが、艦長代理であるクロッグ・ジョーリンを含む多くの乗員を助けられたのは不幸中の幸いだったろう。




