~護衛~ 出撃の時
地球近くを飛ぶ軍艦。地球の引力に船体が引っ張られそうになっても、その航路を取り続けるのには、別に殊勝な考えがあったわけではない。いつの間にか、軍艦、宇宙間重巡洋艦〔イリアーデ〕がその星の力に引き寄せられていたからだ。
クルーである『地球平和軍』の軍人は、自分たちのコロニー『ローグ1』に攻め込んできた『新人類軍』から逃げるので精一杯だった。航海術や衛星測位、太陽と月の位置、恒星の位置を観測することがおろそかになっていた。
それでも、やっと合流してきた『サテライト』調査部隊によって、緊張は解け始めていた。
「敵はまだ追ってくるか?」
〔イリアーデ〕の二段ブリッジの上段、その艦長席に座る男、ヤッシュ・カルマゾフ少佐がブリッジクルーに問うた。二十代後半のすっきりした顔立ちと引き締まった体躯、青い双眸は貴族らしい風格を持っていた。それもそのはず、ヤッシュは良家の生まれでその権力をもってして、若輩ながら少佐の地位にまでなった男だ。
彼を含めた調査団は『ローグ1』占拠と『ガーデン1』侵攻を知って、迅速にこの〔イリアーデ〕の動きに気付いて、行動できた。それは評価できる。しかし、彼が『ローグ1』を離れたために、指揮系統は混乱し、敵の陸戦隊の侵攻を容易にしたのも事実だ。
だから、命辛々逃げ出してきた〔イリアーデ〕のクルーたちは、ヤッシュの身勝手さを呪っていたが、指示する責任者が来てくれたことには感謝している。
一人のクルーが観測モニタを見ながら、追撃してくる『新人類軍』の輸送船隊の数を確認する。
「はい。数は六つ。小型の輸送船だと思われます」
「アーム・ウェアの数はわかるか?」
「距離が遠くて、判別できません」
「わかった。引き続き、警戒を怠るな」
ヤッシュは言って、眼前に浮かぶ立体モニタを眺める。彼とて、『新人類軍』の追撃部隊の目を盗んで、この〔イリアーデ〕に合流している。だから、敵の規模は大体把握しているつもりだ。
地球を中心とした立体天体図には、縮尺された『ガーデン1』のホログラムもあった。しかし、地球よりのコースは大幅なタイムロスを予見させ、支援部隊が来る前に、敵と接触するのは目に見えている。
「使える機体は十六機。予備を入れても二〇機……」
ヤッシュは艦長席についているマイクを取って、艦内に通達する。
「アーム・ウェアパイロットはデッキに集合。いつでも出撃できるようにしておけ」
「ちょ、少佐――」
近くを移動していたクルーが困った顔を浮かべる。
不安を煽るような指示で、艦内のクルーたちに動揺が走る。
ヤッシュはマイクのスイッチを切って、移動しているクルーに顔を向ける。
「敵がそばにいるんだ。少しでも、緊張感を持った方がいい。『ローグ1』の時のように、逃げられないぞ?」
「それは、そうですが……」
何か言いたげな表情を浮かべながら、そのクルーは上段の一席に座る。言ってることはわかるが、ヤッシュが言うと説得力がない。勝手に調査団に参加して、指揮を放棄していたのだから。
「ならば、用意に越したことはない。避難船だって、沈められて…………」
ヤッシュは今は忘れようとしていたことを思い出してしまう。合流してから知ったことだが、避難船〔リンカー〕が撃墜されたという報告があった。『ガーデン1』からの暗号通信が届いたときに、そうした報告も入っていた。
それは、ヤッシュを絶望のどん底に叩きつけるものだった。彼が調査団を率いて出発したのは、避難する研究員の中に、彼の想い人がいただろうからだ。たった一人の女のために指揮官が動くというのは、褒められたものではない。
そういう事情を、クルーたちもなんとなしに知っているので、あまりきつく言えないでいる。
ヤッシュはいかん、と顔を両手で叩いて気を取り直す。悲嘆にくれるのはそのあとですればいい。
『新人類軍』の追撃部隊は逃げ出した〔イリアーデ〕を距離を置いて、追跡していた。小型輸送船〔シーカー〕六機は列になって編隊を組み、隣の船に有線通信のケーブルを張っていた。無線の傍受を回避するための処置だ。
「フフッ。随分とまぁ用心の足りない部隊ね」
この追撃部隊を指揮する鈴燕華は傍受した暗号文を読んで、苦笑した。三十路を迎えても老いを感じさせない彼女の姿。短い髪を結い、高飛車な瞳とすっきりとした容姿は、とても活気にあふれていた美貌の持ち主だ。
燕華は〔シーカー〕の操縦士に顔を近づけ、耳元でささやくように言った。
「そろそろ、出撃する。留守はお前らに任せるよ」
「は、はい……」
「りょ、了解」
操縦する二人が渇いたのどで言う。
燕華は二人を見比べて、八重歯をちらつかせる。
「あたしがいなくなると、さみしいかい?」
顔を近づけられている操縦士は彼女の、女性の香りに心音が高鳴りっぱなしだった。その隣の操縦士も顔を強張らせて、見まいとしながらも、意識は彼女を向いていた。二人とも閉口するしかない。
燕華はかわいいものだとくすりと笑って、前面にあるスイッチの数々に目を走らせて、有線回線のスイッチを入れる。
「悪いけどそれ、貸してくれる?」
顔を強張らせる操縦士はすぐに、ヘッドセットを燕華に渡す。
燕華は笑顔を崩さず受け取って、マイクを唇に近づける。
「聞いてるかい、諸君? この部隊を任されている鈴燕華だ。これより、敗残兵を狩りにいく。準備はできているか?」
その通信に、平坦な返答が五つ返ってきた。そのお固い思考は直前に控えた戦闘と任務遂行で気負っている感じが、ひしひしと伝わってくる。
「おやおや、大丈夫かい? 戦う前から萎えてんじゃないよ。帰って誰かを抱きたいなら、やる気だしな。ここで死んでも、気持ちよくならないだろうさ」
燕華がそういうと気まずそうな咳ばらいが聞こえた。
「さて、気になる配置だが、一番、二番機のアームウェア各機は船隊を守れ。他部隊は敵を沈める。単純だろ? しかし、船隊の安全が最優先だ。六番機が危険と判断した場合、信号弾を持って撤退とする。敵増援が介入してきても同じだ」
その声は軽快なものだったが、責任者らしい重圧があった。この部隊は先の戦いで実戦を経験したばかりで、戦いの空気を知っている。それでも、兵器として〔AW〕を扱うことに関しては素人だ。
燕華は一度ゆっくり息を吸って、静かに全船に言った。
「『地球平和軍』には大きい借りがある。奴らはあたしたちを『奴隷階級』と罵り、見下し、ないがしろにしてきた。その借りを返してやろうじゃないか。怖がるな。あたしたちのほうが、経験は長いんだ。それをわからせてやれ!」
その言葉に、雄々しい返答が返ってきた。士気が奮い立つ。気合十分だ。
鈴燕華率いる追撃部隊は彼女を含めてこの宇宙に流刑された人たちで構成されている。確かに兵器として〔AW〕を扱うのは素人だ。しかし、過度の労働で培った操縦技能なら、地球上がりの軍人よりもずっと腕が立つ。新型機である〔ミリシュミット〕を用いて彼らを圧倒できるのは、機体の性能とその熟練した操縦者の技能あってこそだ。
燕華は上機嫌になって、彼ら熟達した民兵に言う。
「状況を開始する!」
『ガーデン1』を出発した増援部隊は、最大船速で〔イリアーデ〕援護に向かっている。すでに出発して数時間が経過し、隊員たちは緊張しっぱなしだった。戦闘にならないことを祈りながら、早くこの狭い小型輸送船から出たい衝動がせめぎ合っている。
増援部隊は三隻の小型輸送船〔シーカー〕船隊で、搭載しているのは十機の〔AW〕と〔アル+1〕一機と中隊規模だ。〔アル+1は二隻の〔シーカー〕に牽引される形で、輸送されている。そのため、本来〔AW〕四機搭載できる〔シーカー〕には三機しかない。
樹はこの編成に疑問を持って、一隻の〔シーカー〕に彩子と音、加えてガイア小隊が同乗している。
「ねぇ。あの人たちなんなの?」
彩子は眠たげな眼をこすりながら、樹に耳打ちする。前の席にガイアとリーンの頭が確認できる。コフィンは席を外している。
「見張りでしょう、わたしたちの」
樹もあくびを噛み殺しながら言った。三人そろって仮眠をとっていたが、無重力状態の寝心地になれず、すぐに樹と彩子は目を覚ましている。しかし、音は慣れたもので、壁際で静かな寝息を立てている。死人のような安らかな寝顔だ。
「そうじゃなくて、さっきから黙ってなんだろうってことよ」
「別に話すこともないでしょう? というか、あなた英語話せないから意味ないよ」
「ぐぅ。確かに……」
彩子は悔しそうに言って、腕組みする。
すると、後ろのドアからコフィンが姿を現し、休憩室に入ってきた。機体の状態を自分に合わせるのに、手こずっていたようだ。彼女は、樹たちの席を通り過ぎようした。しかし、少し迷ってシートに手をかけて体を引き戻す。
「こんにちは」
コフィンに英語で声をかけられ、樹と彩子はびくりと肩を震わせて彼女を見上げた。
コフィンは通路に足をつけて、シートに手をかけたまま直立姿勢を取る。ふありと彼女の三つ編みの髪が無重力で浮かんだ。
樹は一度彩子と目を合わせて、それからコフィンを見上げた。
「どうも……」
たどたどしく口を開いて、コフィンの反応を待った。何の目的があって、目の上のたんこぶである自分たちに声をかけたのか不思議だった。
「えぇと、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。あ、わたし、コフィン・コフィンです」
早口にコフィンが言う。彩子に聞き取れたのは、彼女がコフィン・コフィンという名前だということだ。はたから見ても樹たち以上に緊張している。
「そうですか。わたしは佐奈原樹。隣が皆守彩子――」
そこで、彩子は軽く会釈する。コフィンもまた相槌を返す。
「それから、寝ている子が詩野音です」
「サナハラさんに、ミナモリさん。ウタノさんですね」
コフィンは三人の顔を見渡して、名前と顔を確認する。
樹は彼女のその様子を見て質問する。
「わたしたちに何か用ですか?」
「え? 用、ですか?」
コフィンは驚いて、どうしたものかと眉間にしわを寄せて考え出す。少しお話をしてみたいと思っていたが、いざそうなると何を話したらよいのかわからなくなっていた。
悩む彼女を見て彩子が樹に耳打ちする。
「この人、本当に軍人かしら?」
「パイロットスーツ着てるから、アームウェアの操縦者なんだろうけど……」
「似合わなくない?」
「似合わない、かもね」
二人はささやき合って、コフィンをそう評した。
それから、樹がコフィンに向かって言った。
「別に無理に話さなくてもいいです。わたしたちは、もう覚悟できてますから」
「え…………。そう」
その樹の淡々とした口調に、コフィンが寂しそうに吐息を漏らした。
「ちょっと、何言ったの?」
彩子が日本語で、樹に問う。樹の英語はスタンダードだったが、うまく訳せなかった。
「気を使ってるみたいだから、大丈夫ですって言ったの」
「そうなの?」
その時、休憩室に、警報が鳴り響いた。
『敵追撃部隊に動きあり。各機、出撃!』
全員の表情が緊張に強張る中、音が眠たげな眼を開いて起きた。
「間に合うのかよ!?」
リーンがいち早く立ち上がって、後方に流れていく。そのあとをガイアが続いた。
「コフィン准尉、早くしろ!」
「は、はいっ」
二人がコフィンの横を過ぎて、奥に入っていく。
「ほら、しゃんとして。出撃だよ」
「起きなさい! 寝ぼけてる場合じゃないわよ!」
「…………うぅん。母?」
樹と彩子に体を揺すられながら、音の寝ぼけた瞳がコフィンを捉えていた。
「カカ……? えっと……」
コフィンは日本語の、それも限定的な言い回しに困惑する。何を意味するのかもわからない。ただ、その甘えた声が耳に残った。
音も意識をはっきりとさせて、状況の変化を認識し始めていた。
「音、すぐに出るよ。戦うの」
「あぅ――。あ、あいっ」
樹の呼びかけに、はっきりと答える音。その隣で、彩子はヘルメットを被り、気密保持を万全にする。
「あなたも、行かなくていいの?」
「あ、ええ……」
コフィンは樹に言われて、呆然とした面持ちで答える。彼女たちのてきぱきとした動きに違和感を覚え、さらに自分が場違いな人間であることを認識する。そう理解してもなお、彼女はその場を動けないでいた。
そうしている間にも、樹も音もヘルメットを被って、気密保持。三人で互いを点検しあう。点検が終わるとすぐにへシートを超えて、後ろへ流れていく。
「――――さ、三人ともっ!」
そこでようやく、コフィンは声を張って彼女たちをドアの前で呼び止める。
「なんですか? 急がないと――――」
樹が代表して言う。三人は不安そうな表情を浮かべるコフィンが腹立たしかった。軍人がしっかりしないから、樹たちが駆り出されたのだ。いまさら怖気づいて戦いたくないなど言った時には、ぶん殴ってやりたい。
しかし、コフィンも樹たちを見据えて、すぐに表情を引き締める。迷いがあったのは、決して戦いが怖いからじゃない。
「無理しちゃダメですよ。あなたたちはなるべく、〔イリアーデ〕近くにいて敵から逃げてください」
「…………」
「何? なんていったの?」
彩子の質問に誰も答えない。
コフィンが樹たちのもとに流れて行って、すっと小指を立てて彼女たちの前に差し出した。戦いに巻き込んでしまったのは、『地球平和軍』が不甲斐ないからだ。だから、コフィンは三人の味方でいたいと思う。きっと、彼女たちの周りは敵だらけに見えてしまうだろうから。
樹はぐっと奥歯をかみしめて、コフィンを睨みつけた。
「最初からそのつもり。遊撃隊にまでしたくせに……」
樹はコフィンの手を払って、彩子と音の手を取る。
「ちょ、ちょっと」
「樹……」
混乱する彩子と心配そうな音の声。
「行こう。こんな人、どうだっていい」
樹はきっぱり言って、奥に二人を引き込む。中途半端な同情をかけられるのはとても惨めだった。コフィンはそうやって、独善に浸って自分を正当化させたいだけだ、と樹は思った。
「…………」
コフィンはそんな樹と戸惑う彩子と音の姿がドアで見えなくなっても、しばらくその場を動けなかった。




