~佐奈原 樹~
『第八デッキ、与圧確認。ハッチ解放します』
警報が鳴り響き、回転灯の明かりが無人の格納庫内を巡った。
ついで、重苦しい巨大鉄扉が開かれると、カタパルトに乗った機体が流れ込んできた。
全長三十メートルの巨体は作業用にしては大き過ぎる。また武骨なデザインであった。辛うじて人型であることが確認できる。が、その上体を覆う高機動外装は機体全体をずんぐりとしたシルエットにしていた。
前後左右に取り付けられた六つの推進装置バリアブル・バーニアに、背部にあるテール・バインダーと呼ばれる収納装置、加えてマニュピレータに装着されたヒートブレードが密集しているさまは、もはや地上兵器だったことを忘れ去っている。さらに言うなら、補助推進装置で膨らんだ脚部もそうだろう。
頭部も三本の角を生やした鬼のようで、センサーアイが四つもあれば、厳つい顔つきにもなる。そして、側頭部には回折カメラがついている。地上で使われていたのなら、そこまで必要もないのだが、宇宙に出るとこれはこれで、便利なのだ。
「…………」
格納庫の天井から出っ張ったコントロールルームで、佐奈原樹は搬入された機体を見下ろす。
まだ十六歳ながら月の建設基地『サテライト』に赴任し、次世代〔AW〕の開発チームに参加している。
幼さの残る顔には、海賊を連想させる眼帯が右目に宛がわれている。
「ずいぶんと世話になったが、これで見納めだな」
そういうのは開発チームのリーダーだ。
彼の話をよそに、搬入された機体〔アル+Ⅰ〕の頭部と左右の胸部のハッチから、テストパイロットたちが月の重力でふわりと下に降りていくのを、樹は目で追った。
さびしいことに、いつもは入れ替わりで入ってくる整備スタッフたちの姿はない。
「もう老朽化もひどいんだ。そろそろ、別の機体でテストしないと進まないだろ?」
「でも、昔の英雄だったんでしょ? 英雄のなれの果てってこんなものなのね」
同チーム所属しいる男女が、実直な感想を述べる。
その隣で樹は役目を終えた機体〔アル+Ⅰ〕に、愁いの瞳を投げかける。赴任してから、データ収集機として宇宙を飛び回る〔アル+Ⅰ〕を見ては、胸がドキドキしたものだった。六つのバリアブル・バーニアから吹き出されたプラズマの光が、宇宙に流れていくさまは美しく、いつも目を奪われていた。
だが、こうしてデータ収集機としての役目が終わってしまえば、あとは解体されてコロニーか『サテライト』の建築材料となってしまう末路を受け入れるしかない。
「ああ。ミス・サナハラ、何かある?」
リーダーが言いにくそうに問いかける。
樹は無表情で首をかしげた。
彼のなまりのある英語にすこし理解が遅れているのだ。間を置いて、樹は口を開く。
「いいえ。特にないわ」
その無機質な返答に、リーダーも苦笑いを浮かべるしかない。
この気遣いは、樹にとって屈辱的だった。何もわからない子供ではないのだ。やることはわかっているし、やれないことならここにはいない。
「もう無愛想なんだから。ホームシック?」
女性スタッフが冗談まがいに言ってくる。
宇宙という厳しい環境にいれば、多かれ少なかれ地球に帰りたい気持ちが湧いてくる。樹だって、そのことは否定できない。
だが、家族を恋しく思ったことはない。断じてないのだ。
そのことが癪に触って、樹は鋭い視線を射て、無言の圧力をかける。
「まぁ、そういうなって。彼女だってこのチームの一員だろ? 無愛想なのも、恥ずかしさの表れだよ。年頃の子ってのはそういうもんさ」
男性スタッフが樹の情動を察したのか、言い訳がましいことをいう。それを聞いたスタッフたちは、納得したように頷く。
樹は馬鹿にされているとしか思えなかった。
この開発チームの根底には、確実に佐奈原樹を追い出したい願望がある。彼らだって、十六歳の女の子を押し付けられれば、嫌気のひとつも出てくる。
樹だって、開発チームにこだわるつもりはない。この月の建設基地に来たのだって、家出みないなものだ。自活できるだけのスキルがあったから、あとは家族の手の届かないところに行けばいいと、地球を離れてロボット工学に没頭する生活を得たのだ。
「お嬢様、ですものね」
女のスタッフが嫌味たっぷりに言った。
彼女の行動力はしかし、周囲からは樹の力ではなく、彼女の家柄というものがあったればできたことだと認識している。
親の七光りと言われるたびに、樹はみじめな気分になる。そんなものに頼った記憶はどこにもない。
「さて、それじゃぁブリーフィングルームに移動しくれ。新しいアイデア、期待してるよ」
リーダーは言って、コントロールルームの電源を落とし始める。
それを機会に、開発スタッフは面倒そうな足取りでコントロールルームを後にしていく。
樹は最後、〔アル+Ⅰ〕を見下ろして、
「ごめんね……」
とつぶやいた。




