~護衛~ 確認事項
無機質な部屋だ。デスクや事務用の棚、応接用のソファーとテーブル。角張ったものが多いからだろうか。機械的な色ばかりで、床の白さと照りかえる蛍光灯の明かりがいやに目立つ。
レミントン・バーグは居住区にある『地球平和軍』基地の自室で報告書を読み上げていた。
先の放送、戦闘被害、避難船の撃墜、『サテライト』からの脱出者――――。
深夜を回って、居住区内も真っ暗だというのに、仕事続きだ。
それでも、レミントンは勤勉に報告書を読む。こういう事態に備えて、彼ら軍人がいるのではないか。事態の鎮静化に向けて、動けるときに動かなければならない。
ノックの音を聞き、彼は報告書を持ってデスクから立ち上がる。
「どうぞ」
レミントンは応対して、中央に設置されている応接ソファーに移動する。
「失礼します――――」
ドアが開かれると、ガイアとコフィンが入室し、すぐさま姿勢を正して敬礼した。
「ご苦労」
レミントンも軽く敬礼して見せて、ソファーに腰を沈める。革張りのソファーが深々と沈んだ。
「そこに座ってくれ。いろいろと確認したいことがある」
レミントンに支持された向かいのソファーに、ガイアとコフィンが座る。部屋の明かりが少しまぶしく、夜中とあってかコフィンは目を瞬かせる。
「眠いか?」
「あ、い、いえ。失礼しました」
レミントンの指摘に、コフィンは慌てて謝罪する。
「今日は色々とありすぎた。疲れも出る」
「…………」
「お言葉ですが、バーグ少佐。彼女も立派な軍人です。そういう偏見はお止めになったがよろしいのではないでしょうか?」
ガイアが戸惑っているコフィンの助け舟のつもりで、割って入る。そういう余計な気遣いが、コフィンの立場を狭めているとも知らず。
レミントンは真剣な表情を崩さず、そうだなと頷いた。
「さて、君たちを呼んだのは、この報告書の確認なんだが……。本当に避難船は撃墜された、と?」
手に持っていた報告書を軽く叩いて、質問する。
ガイアはレミントンの試すような口調に、眉を吊り上げる。
「報告書通りであります、少佐殿。そのために部下を一人、失いました」
ムッサ・ムーデックのことだ。リーンの報告では、彼は避難船〔リンカー〕に乗り移り、人数確認をするところだった。
コフィンはそれを思い出して、暗鬱な表情を浮かべる。隣人が死んだ事実は、やはり心にしこりとなって残っていた。
レミントンは二人の反応を見て、報告書をテーブルに置く。つい癖で、両の指先を合わせた。
「なるほど……。撃墜時は、中尉と准尉が〔イリアーデ〕と接触をしたそうだな。その時、何らかのアクションを起こしたか、君らが?」
「と、言いますと?」
「敵を触発するようなことはしなかったのか、と聞いている」
「そんなっ! わたしたちは、ただブリッジに状況確認を求めただけです」
コフィンがレミントンの詰問に首を振る。何でもないはずだった任務が、まさか大規模戦闘に発展するなどと〔イリアーデ〕に接触したとき思いもしなかった。
「言いがかりも大概にしてもらいたい」
ガイアも疑われていることに怒りを覚えて、鋭い目つきでレミントンを睨みつける。
レミントンは冷えた瞳で再度二人を眺めて、合わせていた指先を解いた。
「すまない。君たちを疑ったことは、私の落ち度だ。許してほしい」
「…………」
険悪な雰囲気が充満する。コロニー近くで戦闘が展開される事態になって、みな一様に神経をすり減らしている。今は内部を疑うべき、時ではないのだ。
ガイアもコフィンも事実を話している。レミントンの部下に対するこの信用のなさが二人には不適切な上官の態度に思えた。
すると、この空気を割くようにドアがノックされた。
ガイアとコフィンは反射的にドアの方へ視線を送る。
「どうぞ」
レミントンは膝に手を置いて、ドア向こうの人物に言った。誰が来たのかを知っているかのような態度にコフィンは小首をかしげる。
「失礼します――――」
くぐもった声が聞こえる。次いで、ドアが開かれた。
「遅れて申し訳ありません、バーグ少佐」
聞き覚えのある声に、思わずガイアとコフィンは体をその方向へ向けた。
そこには、リーン・セルムット軍曹が慇懃に敬礼をしている姿があった。その額には包帯が巻かれている。
「セルムットっ! 生きていたのか!?」
ガイアが盛大に声を上げる。
リーンはあの戦闘で消息を絶ち、生存の可能性を疑っていた。捜索部隊が戦闘空域を回ったが、彼も彼の搭乗する〔ギリガ〕も発見されなかったからだ。
リーンはガイアの声に一瞬、顔を顰めたが敬礼したまま答える。
「はっ。自分は運よく自機が動いたため、生存することができました」
「彼は中破した機体で、戦線に加わり、いい働きをしてくれた」
レミントンが淡々と言う。
「ありがとうございます、少佐殿」
リーンは威勢よく言って、少し誇らしげだった。
コフィンは言葉が出ず、口を半開きにして彼を見つめる。生きている。ただ、それだけで彼女はうれしかった。
「君もそこに座ってくれ。色々と積もる話があるだろうが、後にしろ」
「はっ!」
リーンは返答して、ガイアの隣に歩み、ソファーに腰を下ろした。
レミントンはガイアたちに確認の意味を込めて頷き、話を再開する。
「さて、どこまで話した?」
「避難船撃墜の件であります」
「ああ、そうだった。それで、だ。君たちは避難船が撃墜されたのを目の当たりにして、ここまで引き返してきた。そうだな?」
「はい。相違ありません」
ガイアが代表して、応対を進める。
リーンもコフィンも上官が適任だろうと思って、口を挟まないようにしているのだ。
レミントンはさらに、ふむと小さく俯いてすぐに顔を上げる。
「よく……、振り切れたな」
「はぁ? アーム・ウェアのほうが機動力がありますし、輸送船もありましたので」
「敵には新型のアーム・ウェアがあったのにもかかわらずにか?」
レミントンの発言に、ガイアたちははたと気づかされる。
新型〔AW〕、〔ミリシュミット〕の機動力を彼らは先の戦闘でいやというほど思い知らされた。〔イリアーデ〕に機動力がなかったにしても、〔ミリシュミット〕を出撃させて落とすことも可能だったはず。なのに、それをしなかった。
「君らは彼らの存在を知らせるために、生かされた可能性がある」
「何のために……」
コフィンが不安に高鳴る胸を押さえて、つぶやいた。
「おそらく、『ローグ1』の戦力を分散させるためだろう。事実、『ローグ1』に救援を要請して、大部隊がこちらに向かってくれている」
「だから、ですね。敵の撤退が妙なタイミングだったのは」
「あくまで憶測だ、セルムット軍曹。先の放送で『ローグ1』の占拠が公表されたからと――、あと脱出者の乗ってきた機体のメモリーに、いくらか手掛かりになるものもあってな」
「脱出者の機体から、何か分かったのですか?」
ガイアが腰を浮かせて質問する。
レミントンはテーブルにある報告書を、彼らの前に寄せて読んでくれと顎をしゃくった。
真ん中に座るガイアが報告書を取って、左右のリーンとコフィンがそれを覗き込んだ。すうと鼻に通る薬品の臭いと、甘い香りがガイアの鼻をくすぐる。
報告書を捲っていくと、脱走者についての報告がまとめられたものがあった。機体の機種、脱走者の身辺調査報告、および供述事項。そのすべてが、まるで『地球平和軍』の知らなかった事実を埋めるのと、『新人類軍』なる組織の主張を裏付ける内容だった。
「これは…………。信じられませんな」
ガイアは一通り読んだ感想を言った。リーンもコフィンも同意だ。
「私も、そう思う。しかし、そう――、この撃墜破片のと船らしい黒い影の写真は無視できないだろう」
「合成という可能性は?」
リーンが言う。
「ないな。彼女たちが乗ってきた機体、〔アル+1〕はどの〔AW〕シリーズにも属さず、すべての機体の基礎となった始祖の機体だ。OSは最新だが、そこまで手の込んだことができるものじゃない」
「いえ、『サテライト』で用意されたものかと」
「でも、これ、わたしたちが接触した座標に近くありませんか?」
コフィンが報告書に記載されている、暫定的ではあるが座標を言う。
リーンはムッと口を尖らせる。しかし、彼女の分析が外れているとも思えなかった。この座標で落とすことを想定して作っていたのなら、運命を予知する頭の持ち主だろう。
「彼女たちは逃げてくる最中に、〔リンカー〕の救難信号をキャッチしている。もちろん、機内レコードが発信していたものだ。そのメモリーも〔アル+1〕に残っている」
「では、この写真の影は?」
ガイアが添付されている一枚の写真、船らしい影が映っているものをテーブルに置いた。
レミントンは静かに、彼の見解を述べる。
「敵の船だろう、『ローグ1』に向う。〔リンカー〕であることが、分析の結果八〇パーセント以上。おそらく、船体に〔AW〕を取り付かせていたのだろうな」
そういわれて、リーンはテーブルに置かれた写真を断って、手に取る。
目を凝らしても、全然ぼやけた輪郭しかわからない。機体が取り付いているのかどうかなど、優れた分析器にかけてもわからないだろう。
ガイアとコフィンも、先の放送が冗談に聞こえなくなっていた。
「では、『ローグ1』占領は本当かもしれないと?」
「地球の本部は否定的だったが、そう考えた方がいいだろう。先の放送に出てきた人物、モーガン・ジャムはJ&P社の元代表取締役だったらしく、この騒ぎが起きるまで宇宙事業にも大きく貢献した人物だ」
J&P、ジェム&ポール社は世界でも指折りの重工業メーカーだ。当然〔AW〕の生産も行っている。宇宙事業にも積極的で、会社を大きく発展させている。そこの元代表取締役ともなれば、かなりの高給どりだったろう。
「そんな人がなぜ、こんなことを…………」
コフィンは不思議で仕方なかった。何不自由なく、余生を送れるであろう人が宇宙で蜂起しなければならないのかと。
「わからない。ただ、奴なら確かに人脈もここの施設のことも知っていてもおかしくはない。それに、個人的に『地球平和軍』に不満を持つ人も多いだろうからな。特に、宇宙に送られてきた奴らならなおさらだ」
「ほとんど暴動でありますな」
ガイアが呆れて言う。
レミントンも同意だと頷く。
「そういうことだ。彼らは粛清を謳うが、方便だろう。それよりも、今はもっと重大な問題がある」
レミントンが険しい表情で三人に言った。本当のところは、しっかりと部隊編成を決めてから通達するつもりだったが、彼らガイア小隊を招集することは決めていたので決心したのだ。
ガイアたちも真剣な表情で、目の前の少佐に向き直る。
「それは一体なんでしょうか、少佐殿」
「先に言った『ローグ1』の応援部隊との連絡が取れなくなっている。敵と交戦状態にあるかもしれん。ついては、こちらから部隊を派遣し、必要とあらば援護することとなった」
「応援部隊への増援派遣――――、ですか?」
コフィンが苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
さすがのレミントンも、彼女の反応は的を射ていると思った。
「そうだ。こちらが要請した以上、責任がある。それに同朋を死なせるわけにはいかない」
「同意であります、少佐殿。自分もその派遣部隊に編入させてください」
リーンが強い口調で、レミントンに志願した。頭の怪我などお構いなしに、勇猛を奮い立たせる。
コフィンはその言葉にどきりとした。怪我を押して、自ら志願する彼の思考が理解できない。しかし、面と向かって、それも上官たちがいる手前、咎める言葉を飲み込んでしまう。
「そのつもりだ。ガイア小隊にはこの派遣部隊に参加してもらう。ほかの部隊にも声をかけて、明朝には作戦を開始するつもりだ」
「明朝とはまた……。大丈夫ですか?」
ガイアが不安げに問う。自分の部隊がまた危険な場所に行くこともそうだが、仮に『ローグ1』からの応援部隊が交戦しているとしたら、早めに手を打つべきではないか。
レミントンは淡々と言う。
「ここもかなりの被害を受けて、兵も装備も疲弊している。迅速な展開は難しい。それにここを攻めた戦艦は、月に向かうつもりでいるらしい」
「敵艦の心配はない、と」
「ああ。現在確認されている軍艦〔イリアーデ〕は全部で三隻。一隻は敵に、もう一隻は造船場で最終チェック中、そして最後がこちらに向かう一隻だ。敵も小型輸送船の少数部隊で、攻撃を仕掛ける可能性がある。それなら、多少の時間は持つ」
説明を聞いて、リーンは納得しながらも険しい表情になっていた。冗談ではない。もう『新人類軍』なる武力組織が展開して、世界の粛清を謳っている。長期戦に持ち込まれては、確実に不利な状況だ。
レミントンはそんな彼の若い情熱を見取って、静かに付け足す。
「なお、この作戦には『サテライト』からの脱出者を投入する」
その発言に誰もが言葉を失った。
報告書によればその脱出者、樹たちはまだ子供、しかも女の子だ。何を持って、戦場に子供を放り込むのかわからない。
「正気でありますか!? 確かにこの子たちの身元は不鮮明ではありますが、わざわざ――――」
意外にも、ガイアがいち早く声を張り上げて反論した。
「そう。不鮮明なのだ、彼女たちは。一人は研究者、一人は犯罪者、挙句一人は出生も曖昧だ。わかるか? この子供たちが、敵の工作員である可能性もあり得るのだ」
「それだけの理由で――――」
コフィンの目つきが鋭くなる。いくらなんでも、それは突飛な発想に思える。
しかし、レミントンは冷静に続ける。
「少年兵など、珍しくもない。それに、避難船に乗らなかったところで怪しい。そういう曖昧模糊を晴らすためにも、彼女たちの誠意を見せてもらう必要がある」
疑いを解きたければ、結果を出せ。彼の心情だ。加えて、戦力面でも〔アル+1〕は有力。人員も少なく、装備も疲弊しているなら、使えるものを利用しないでどうする。
リーンも女の子を戦場に向かわせるのは、さすがに抵抗があった。戦闘は軍隊がすべきことで、容疑者がすることではない。何より、裏切られた時のリスクも伴う。
レミントンはガイアたちの不満な顔を一瞬見て、また両の指先を合わせる。
「これは決定事項だ。不満はあるだろうが、従ってもらう。以上だ」
そういって、レミントンはガイアが持つ報告書とリーンの持つ写真を取り上げて、ソファーを立つ。
ガイア、リーン、コフィンも一歩で送れる形で立ち上がり、敬礼する。そこに敬意はなく、ただ目の前の上官ほど怖いものはないと畏怖が込められていた。




