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マシン・レコード  作者: 平田公義
第二章
17/152

~狼煙~ 『新人類軍』

『ガーデン1』のドックは、戦闘で損傷した機体と輸送船の受け入れで混雑していた。宇宙で初めて実戦が行われ、整備員たちもうまく立ち回ることができないでいるのだ。


 それは戦闘に参加した兵士たちもそうだ。ここ数十年平和だったのが、一変して戦火にいきなり投入されれば、生き残っても心に傷を負った者も出てくる。


 (いつき)たちも何とか、〔アル+1(プラスワン)〕の信号弾を発見してくれた〔AW〕のバディによってこのドックまでたどり着くことができた。


『エア・ロック、開きます。整備兵の誘導に従ってくださいね』


〔アル+1(プラスワン)〕の無線が管制室からの指示を受信する。柔らかい女性の声に、(いつき)たちはようやく安心というものを実感できた。


「わかりました」


 (いつき)がすっきりと返答する。


 すると、目の前の隔壁が開き、ドックの内部が明らかになる。仰々しく四角いドックは無重力を利用して、数多くの〔AW〕と小型輸送船を四方に係留させている。


「結構でかいわね…………」


 彩子(あやこ)は感嘆の声を漏らし、ヘルメットを脱いだ。


「当たり前でしょう。あ、この人かな?」


 同じくヘルメットを脱いだ(いつき)は〔アル+1(プラスワン)〕の頭部に取り付いく一人を通常モニタの左端に捉える。

 オレンジの作業服に身を包んだ目の堀が深い青年だ。何ごとか口を動かしいるのが見て取れる。 


「? 彩子(あやこ)、音声拾って」


 言われて、彩子(あやこ)は少し時間をかけて、聴覚センサを起動させる。


『おい、聞こえてんのか? この先の三十番区画だ! 返事!』


 青年の怒鳴り声が操縦席に響く。

 (いつき)は顔を顰めた。八つ当たり気味の言い方が気に食わないのだ。


「外部スピーカー、入ってる?」

「ちょっと待って……」


 彩子(あやこ)が待ったをかけて、また忙しく電子戦用モニタとにらめっこ。

 その間に、(おと)もヘルメットを脱いで、周囲に視線を巡らせる。よく見れば、ここにいるほとんどの軍人たちが、目を向けていることに気付いた。


『早くしろよ! 後がつっかえてんだ』

 

 言葉が分からなくとも青年の怒鳴り声が、疲れた脳みそを揺るがして、彩子(あやこ)を不愉快にさせる。


「はい。これで、どう?」


 外部スピーカーから彩子(あやこ)の声が流れたが、青年はその大ボリュームに耳を塞ぐ。しかも、日本語ともなれば、何を言っているのか理解できない。

 彩子(あやこ)はその様子を見て、スピーカーのボリュウムを下げる。あとは、(いつき)に任せるしかなかった。


「あと、よろしく」

「わかった」


 (いつき)は一度息を吸って、英語で青年に返答する。


「失礼。それじゃ、移動します」

『んぁ? 女かよ!?』


 青年が驚きの声を上げる。耳を傷めたらしく、耳たぶをひっぱていた。

 見慣れない機体に、女性が乗っているのはそんなに珍しいことなのだろうか。


 (いつき)は疲れた手足でスロットルレバーをゆっくりと上げる。


〔アル+1(プラスワン)〕がゆっくりと前進を開始。その揺れは取り付いている青年には、予想以上のもので、振り落とされそうになる。


『おい。もっと丁寧に操縦しろ。ったく、これだから女ってやつは……』


 この発言にカチンときた(いつき)。今すぐにでも頭部を振って壁に叩きつけやろうか、と少し怖いことを思いつく。しかし、実行できるほど彼女の意志は盛大ではなかった。


 黙って、〔アル+1(プラスワン)〕を指定の場所まで流して、ついでに進むたびに周囲から顰蹙(ひんしゅく)を買う。


『おい! 気負つけろっ』

『こらこらこらこら! 機材にぶつかるな!』

『おい、送電ケーブルを――――』


 瞬間、後ろの方で何かがスパークして、軍人たちがてんやわんやする。

 一般的な〔AW〕の倍はある〔アル+1(プラスワン)〕の巨体は扱いに困る。これが小型輸送船ならエア・ロック近くに係留させるのだが、いかんせん『地球平和軍』にとっては謎の多い機体だ。調べるためにも、奥の方へ流すしかないのだ。


「ねぇ。(いつき)……」

「後ろ……」

「話しかけないで。集中しないと……」


 彩子(あやこ)(おと)の忠告を無視して、(いつき)はさらに神経質にラダーペダルを踏み、スロットルレバーを下げる。

 

『おーし。止めろー』


 青年の指示に従って、〔アル+1(プラスワン)〕に逆噴射をかけて機体を止める。

 すると、側面のクレーン数機が〔アル+1(プラスワン)〕を挟み込むようにして伸びて、機体を固定する。それから、また縮んで機体を壁に引き寄せる。壁にはガラス窓があり、そこがクレーンを操縦する管理室兼控室のようだ。


 すぐそばに扉もあって、そこからまたオレンジ色の作業服を着た整備員と群青色の軍服を着た軍人が無重力のドックに何人も入ってくる。


 その様子に、三人は緊張が走る。大軍となって押し寄せてくる軍人を前にすれば、それだけで物量の危機感を彷彿させる


「二人とも、降りよう」


 (いつき)は言って、コンソールパネルを操作してハッチを開いて、操縦席の電源を切る。

 同じように彩子(あやこ)(おと)も同じ工程をする。


「隊長、誰が乗ってきたんですかね……」

「さぁな。方角的には、月から来たそうだ」


 外で待機する軍人の中に、ガイアとコフィンの姿があった。ここにいる人の大半がやじ馬で、戦場に突撃してきた機体の操縦者を一目拝みたかった。彼らも興味本位だ。


 彼らの知る〔AW〕の印象をはるかに上回る巨体とそのハッチの数に、軍人、整備員もどよめきだつ。


「なんか、出にくいなぁ」


 彩子(あやこ)は無重力での移動に苦労して、機体の出っ張りという出っ張りを伝って、ハッチから出ていく。すると、目の前にはさかさまに浮遊している軍人や整備兵の姿があって、思わず目が点になった。


「なんだ? おい。まだ子供じゃないか!?」

「日本人か? ほかは?」


 彼らの英語に、彩子(あやこ)は気が動転して、挙動不審気味に首を動かす。そのくせ、ハッチの縁につかまって、硬直している。小学生に囲まれた猫のような状態だ。


「人、いぱい」

 

 今度は(おと)が緊張気味にハッチの縁を押して、クレーンの方へ流れる。緩やかな動き。無重力で長い髪がふわりと浮かぶ。

 軍人たちは一瞬顔をこわばらせて、彼女から避けるようにクレーンから離れる。


「また子供? しかも――」

「血、よね。顔についてるの……」


 そういわれて、(おと)は汗で滲んだ血痕を拭う。手袋に血がつき、足についている小さなポーチを見た。その中には母、琴葉(ことは)の髪の毛が入ったケースがある。

 暗い表情を浮かべて、琴葉(ことは)が死んでしまったことを改めて痛感させられる。


 彩子(あやこ)は少し離れている(おと)を見て、急に胸が締め付けられる思いにかられた。意を決して、ハッチを蹴って(おと)の元へ。


「うわわっ」

「――――な」


 だが、思った以上に蹴る力が強かった。方向はよかったが、(おと)に突進してしまう。

 そのまま、お互い絡み合うように流れて行って、壁に激突する。二人の体がバウンドして、また緩やかにドックのほうへ流されていく。


「ごめん。大丈夫だった?」

「あい。だいじょぶ」

「何してるの、二人とも!?」


 (いつき)が頭部ハッチから出てきて、叫んだ。

 彩子(あやこ)(おと)はお互いじたばたと足掻くが、無重力状態では何の意味もない。

 特に彩子(あやこ)はこの不自由な状態に、冷や汗の玉を飛び散らせている。


「これで、全員か? にしても、何言ってんだ?」

「日本語だろ。ほら、みんな日系っぽそうだし」


 (いつき)は一度操縦席に戻って、推進装置を持ち出す。背中の小さな生命維持装置を覆うように背負って、しっかりとはめ込む。あとは左右に伸びる操縦桿を握って、推進装置から噴射されるガスで体を移動させる。


「ほら、捕まって」

「え、ええっ」


 近づいてくる(いつき)に手を伸ばす彩子(あやこ)。その彩子(あやこ)にしがみ付く(おと)。その光景を、軍人たちはただのじゃれあいとしか考えなかった。


 だが、コフィンは彼女たちが互いに手を取って、ここまで来たのだろうと推測する。どんな偶然で彼女たちが出会ったのかは推し測れないが、戦場に飛び込んでまでこの『ガーデン1』を目指したその意思はもっとも評するべきことなのかもしれない。


 (いつき)彩子(あやこ)の手を引いて、推進装置で〔アル+1(プラスワン)〕にたむろする軍人たちを無視して、控室のドアを目指す。


「どいて。見世物じゃない」


 (いつき)は集まっている軍人たちに英語で吐き捨てて、ドア周辺から立ち退かせる。その瞬間だ。ドアが開かれて、一人の整備兵が血相を変えて飛び出してきたのは。

 

「おい! みんな来てくれ!」

「なんだよ?」

「放送だよ、放送! さっきの敵から!」


 それを聞いて、(いつき)は全速力でドアに向かっていく。


「どうしたのよ!?」


 急な勢いに、彩子(あやこ)は思わず舌を噛みそうになる。

 

 しかし、(いつき)は答えず、真剣な表情を浮かべたまま、ドアを破るように入り込んだ。


「うきゃーっ!」


 一緒に突撃した(おと)が奇怪な声を上げる。彩子(あやこ)(おと)は思わず手を放してしまい、控室の壁に叩きつけられた。


 (いつき)だけが、推進装置を使って停止する。


 中にいた軍人たちは目を皿にして、彼女を凝視する。だが、すぐに天井から下げられているモニタに視線を移して、その放送を傾聴した。


『――――、我々は新しい統治を実現するため、この強行手段に出た。今の「地球平和軍」ならびに統合政府は、宇宙開発の場を犯罪者たちに押し付け、その命をないがしろにする。挙句は、嫌疑がかけられた人物をよく調べもせず、送りつける――――」


 モニタにはしわがれた老人が、何かのエンブレムを背に淡々と話している様子が移されている。モーガン・ジェムだ。


 次々と入ってくる軍事たちをよそに、(いつき)は映っている老人を凝視した。頭の隅っこに記憶されているような気がするのだ。


「何、このおじいさん?」

「じぃじ?」


 彩子(あやこ)(おと)(いつき)の隣に流れてくる。

 だが、(いつき)は無反応で、モニタを睨みつける。その雰囲気に気おされて、二人もモニタに視線を送る。


『ゆえに、この歪んだ体制を変えなければならない。しかし、肥大化した統合政府は烏合の衆でまとまり保守体制になっている。これらを我ら「新人類軍」が粛清し、後世の合理的秩序を作る。そのための第一陣であり、「サテライト」ならび「ローグ1」の占拠である――――』


「嘘だろっ!? 『ローグ1』が占領された!? まさか!」

「ここでの戦闘は、囮だったのか!」


 モーガンの主張の意味よりも、コロニー一つを占領されたことと、ここで繰り広げられた戦いが本命ではなかったことに、軍人たちは動揺を隠せなかった。確かに敵の引き際が微妙なタイミングだった。しかし、実戦経験の少ない軍人が多かったために、あまり疑問にもならなかった。


『なればこそ、我々「新人類軍」はここに、統合政府への宣戦布告を宣言する!』


 モーガンが言い終えると、放送は途切れた。


 (いつき)は老人の世迷言のために、多くの人が結託して、人殺しをしたのかと思うと、心の奥底から怒りがこみ上げてくる。


 彩子(あやこ)はモーガンが何を言っていたのかもわからなかったが、隣でこぶしを握り締めている(いつき)を見て、気持ちがざわつく。


 (おと)も意味不明の理屈で、母親を殺されたことに涙をためて怒りを覚える。


 戦争というものが偏屈な人間の手によって起こされる事実を少女たちは知った。


 

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