~狼煙~ 戦闘空域〈後編〉
リーンの〔ギリガ〕は激しく回転して、戦場を離れていたが、その進行方向に乗り捨てられた〔ファークス〕があった。
止まる術もなければ、相手に避ける意思もない。
当然、リーン機は〔ファークス〕に激突した。機体に衝撃が走る。
しかしそのおかげで、不愉快な回転が止まり、軌道が逸れると同時に速度が減衰してくれた。
薄れた意識が浮上して、リーンは静かな操縦席にいることを実感する。生きている実感とは別に、夢の延長にいるような気がした。
「うぅ…………」
リーンは重い頭を振って、正面を見据えた。通常モニタは何も映していなかったが、モニタの微弱な発光を見取って、側面のコンソールを震える指で操作する。
緊急バイパスに移行され、エネルギーが機体を駆け巡る。血流のように電気が循環し、各アクチュエーターが駆動し始める。
「これで、どうだ……」
リーンは水面に近づいていく感覚を覚えながら、最後のスイッチを弾く。
瞬間、通常モニタにプログラムの羅列が瞬き、回復に向かっていった。
「よし。まだいけるな」
今度はしっかりとした意志を持って、リーンは言った。
操縦桿とラダーペダルをしっかりと確かめ、通常モニタが復旧するのを待つ。
ふと操縦席のあちこちを見て、通常モニタの端っこに亀裂が走っているのに気が付いた。
「ヤバい。空気漏れは――――」
慌ててコンソールパネルを操作して、機体の状態をサブモニタに出力する。
「左腕部伝達異常に、装甲の軽薄、右脚部全損……、マシンガンもなし――っ! 空気漏れしてるじゃないか!」
今操縦席の中に空気がないことにぞっとして、酸素ボンベの残量を確認した。パイロットスーツのバックパックとシートは座った時に固定され、機体の持つ生命維持装置に接続されている。まだ余裕があることを確認。
「何とか、撤退しないと」
リーンはシートベルトを一度直す。すると、通常モニタが復旧が完了した。
ノイズがまだ完全に処理できていないが、ここがまだ戦闘空域であることを強く意識させられる。コンソールパネルで画像を調整して、何とか全体を認識できる程度にはなった。
戦火は思った以上に遠く、ちょうど『ガーデン1』の南側に流されたらしい。レールガンの閃光や〔AW〕の爆発を見上げている形だ。
「押されてるな。しかし……」
リーンは今すぐにでも戦線に復帰したかった。
しかし、機体の状態を考えるとかえって足手まといになるのは目に見えている。
戦略的撤退。間違いではない。正しい判断だ。
そう簡単に割り切れるなら、ムッサ・ムーデックの死、〔リンカー〕の避難者の死を意識することもない。だが、彼はその意識にとらわれてしまっていた。
「…………」
だから、中破した〔ギリガ〕に無理を押して、リア・ラックに装着されている榴弾砲を握らせた。
リーン機はまるで蛍光灯に引き寄せられる羽虫のように、戦場の光に引き寄せれて飛んでいく。
〔イリアーデ〕は戦場を進撃し、ビーム砲が確実に『ガーデン1』に届く距離まで来た。
「アーム・ウェア一個中隊を呼び戻せ、艦の護衛にあらせろっ!」
ゲイルは猛々しい声を上げて、指示を飛ばした。
「敵の本丸はもう目の前だ。各員、コロニーからの攻撃に警戒っ」
「熱源多数! ミサイルです!」
「コロニーからか!?」
距離が詰まったとはいえ、ミサイルを有効に使える範囲には入っていない。妨害が利いている空域でも、直進で飛来させることは可能だ。だが、誘導兵器としての意義を損なう形となる。
ゲイルはその早いタイミングに驚きはしたものの、脅威を感じない。
事実、直掩部隊がすぐに反応して各個撃破、または軌道を狂わせてくれた。
ミサイルが爆発。閃光が戦場に華々しく散る。〔イリアーデ〕から距離のある爆発は、何の効力もなくその光を失っていく。
しかし、オペレーターが声を上げて、ブリッジを震撼させる。
「光の中から、敵アーム・ウェア部隊が進軍!」
「目くらましのつもりかっ」
ブリッジのオペレーターたちは一瞬、その特攻かぶれの方法に唖然とする。ミサイルの爆発の中を突っ切って来るのは、機体が爆発に巻き込まれていたかもしれないことだ。
ゲイルは近くのオペレーターたちの手元がお留守になっているのを見取って、檄を飛ばす。
「何をしているっ! 一個中隊の護衛を急がせろ! 前線部隊のためにも、後ろを守らなくてどうする!?」
〔イリアーデ〕が沈んでは、前線で戦う兵士に、そして散った同朋に何の手向けができる。
ゲイルの言葉に、オペレーターたちはすぐに気を取り直して、自分の役割を再開する。
進軍してきた『地球平和軍』の〔AW〕部隊は、すぐに護衛部隊と交戦に入る。ノズルの光が縦横無尽に展開され、宇宙を彩る。
「戦闘開始から、どれくらい経つ?」
ゲイルはオペレーターに問うた。
一人のオペレーターがすぐさま答える。
「二十三分四十秒を回りました」
「よし。そろそろ、操縦者たちにも疲労が出てくるだろう――――」
「艦長! 後方より、接近してくる機影がありますっ!」
下段のオペレーターが鬼気迫る声を張り上げる。
それには、ゲイルも驚きを隠せない。増援が来るという報告は受けていないのだから。
「何! 味方か!?」
「わかりません。識別信号、確認できません。それに、デカイっ!?」
「船ではないのか?」
「速すぎます。それに、この形状…………、船ではありません。アーム・ウェアです! それも巨大な!」
オペレーターの驚きっぷりに、ゲイルは逆に冷静になって映像回線を立体モニタに回すよう指示。
映し出されたのはまだ遠いらしく、かなり映像が歪んでいた。
しかし、その大きさと特異な形状に、彼は一機体だけ思い当るものがあった。
「まさか……、あのテスト機――――っ」
瞬間、歪んだ映像から光が瞬いた。
それはすぐにこの〔イリアーデ〕にも関係した。
「後方から高熱源反応。来ますっ」
オペレーターが言う。
〔イリアーデ〕のそばを一筋の光が過ぎ去り、交戦空域で霧散した。
間違いない。荷電粒子ビームの閃光だ。
「今ので、出力何パーセント?」
「あい。きゅじゅさん」
戦闘空域に近づく機影、〔アル+1〕は最大の得物であるビーム・ライフル二丁を両腕部に構えて、飛行していた。
ビーム・ライフルは背部のテール・バインダーに収納されていたものであり、供給パイプが弾倉とバインダーとを結ばれている。このテール・バインダーは巨大な『ガンメタル電池』でもある。
ビーム・ライフルは強大なエネルギー消費量を必要とするため、このような処置が施されている。もともとビーム兵器は、コロニーや〔イリアーデ〕のような巨大な発電施設、核融合炉などを持つものに装備されるものだ。しかし、次期主力武装として、〔AW〕にもビーム兵器を持たせようと研究が行われいた。それが、〔アル+1〕の最後のデータ収集だった。
樹は音の出力値を聞いて、なるほどと研究者として納得する。
「ちょっと、本気で戦争してるじゃない…………」
彩子は目の前で走るノズルの光が、命のやり取りをしているのだと直感した。
もう戦いたくないなどと泣き言を言える状況ではない。この現実から目を背ければ、死が一気に迫ってくる。
「もうエネルギーも少ない――――。一気に突破する!」
「やれるわけにも、いかないでしょうっ!」
「行くっ!」
三人は恐怖に飲まれまいと声を張って、戦場に飛び込んでいく。
樹はスロットルレバーを最大にして、機体を加速させる。
〔アル+1〕は展開している六基のバリアブル・バーニアから青白い閃光を上げて、流星のような光を引いていく。鮮麗で、伸びのいい加速。
そのGに、三人は歯を食いしばって耐える。意識が飛ぶことはなかったが、視界がぼやけそうになる。
〔ミリシュミット〕以上の速度を叩きだして、一気に〔イリアーデ〕の防衛網に接近。
「ねぇ、船があるけど――、どうすんの?」
「そんなの相手にしてる余裕なんてない。ほら、来た!」
樹は通常モニタに映るノズル光の数に、体中から冷や汗が流れた。
それは彩子も音も同じこと。すぐそばに、自分たちの命を狙う敵がいる恐怖に打ち勝たなければならない。
「音。射撃よろしく」
「あい」
「彩子。機種判別といざって時のために、デコイと『幻覚』、使えるように」
「そういうの。前もって言ってよ!」
彩子はいきなりの指令に、頭が空回りしそうになる。だが、熱を帯びた思考はすぐに機種識別に乗り出していた。通常モニタに映っている機影が電子戦用モニタと重なって、即座に機種を検索してくれる。
そうしている合間にも、敵の直掩部隊、〔ミリシュミット〕は各々の武装で迎撃に入る。飛んでくる大小様々な弾丸。光りを帯びているものもあれば、ないものもある。
樹は〔アル+1〕にビーム・ライフルを構えさえたまま、背部二基のバリアブル・バーニアを一瞬停止させ、百八十度反転と同時に閉じる。一瞬の出来事だ。
慣性運動によって維持された速度のまま、畳まれた二基を一気に噴射。がくんと〔アル+1〕が急激に降下する。
「うぅ――――っ」
この急転向に、三人は思わず肺の空気を吐き出してしまった。
急激に降下したことで、敵の直掩部隊の攻撃は一撃も当らない。
「なんだ、あの操縦は!? 出鱈目をする」
一人の敵パイロットが樹の操縦をそう評した。
「敵の機種、ライブラリにないわよ?」
「新型……、〔ミリシュミット〕が」
彩子が苦しい喉を震わせて報告する。
さすがにテスト機のデータライブラリに新型機が登録されているはずもない。だが、樹には十分な情報だ。
〔アル+1〕は展開している直掩部隊の下を取り、背部二基のバリアブル・バーニアを展開。また一気に、加速する。
〔ミリシュミット〕各機がすぐに包囲陣形に移行して、左右、正面から銃弾の嵐をお見舞いする。
「ちょっとばかり、きついよ――――」
樹は言うなり、スロットルレバーとラダーペダルを豪快に使い分ける。
〔アル+1〕はバリアブル・バーニアの角度を瞬時に変えて、上下左右へと荒療治の方向転換を見せる。左右には、背部、肩部、前部の三基を使って飛んでいき、三つ葉状に残光を空域に焼き付けた。
「もうすぐ、敵のど真ん中にでるわよ!」
彩子は電子戦用モニタを見て、唸った。
素早い〔アル+1〕の動きは、彼女の予想を超えて、すぐにも包囲網に突っ込む。
正面に敵四機が待ち構える。
音は通常モニタに表示されているターゲットカーソルの照準を合わせる。だが、敵の攻撃を避け続ける機体では、照準があってもすぐにこちらから外してしまう。それでも、正面にいる敵を見失うことはない。
出力を抑えて、ビーム・ライフルの銃口を定める。
「――――っ」
音は敵機を落とすつもりで、トリガーを引いた。威嚇なんて生ぬるいことを考えていては、親の仇だってとれない。
〔アル+1〕の構えているビーム・ライフル一丁が光りを放つ。
正面の敵はすぐに回避して、それでも攻撃の手を休めることはなかった。いくらビーム兵器とはいえ、回避不可能ではない。レーザービームだったら、光を見た瞬間に消し飛んでいただろうが。
音は舌打ちして、もう一丁のビーム・ライフルを撃つ。どちらも速射性がないため、交互に射撃して間をあけないようにしているのだ。
ビームは強い光を放って突進するも、また避けられてしまう。
敵の機動力の高さに、音はますます苛立つ。
「音。その調子で突破口を開いてっ!」
「――――あい」
樹は機体をロール回避をさせらがら言う。視界が回り、敵の姿が通常モニタから外れる。
そうなりながらも、〔アル+1〕の連射は止まらない。可能な限り敵を散り散りにする。
撃墜するつもりでいた音も実戦の空気を飲み込み始め、敵の強さを正確に捉え出す。臆病風に吹かれて、敵を計れれば素人の少女にしては上等だろう。
「なんだ? アレでまだ撃ってくる?」
正面で構えていた敵操縦者たちは、連射されるビームに冷静に対処して避ける。だが、すぐ真横でビームが通過すると、灼熱の微粒子が飛び散り、機体の装甲を蒸発さえる。致命傷にならないものの、レールガンとは違う桁違いの破壊力に絶対的な余裕はない。それが、攻撃のゆるみにつながる。
その余裕のなさに、樹たちの気合いが一気に攻め込んだ。
「ヒートブレード、展開」
「あい」
「『幻覚』は?」
「わかってる!」
射撃とロールをやめた〔アル+1〕は、六基のバリアブル・バーニアを広げて、噴射。正面の部隊に飛び込む。その時、右腕部のビームライフルをテールバインダーに収めて、すぐに装着されているヒートブレードを展開した。
間合いはもう射撃できるものではない。白兵戦だ。
「邪魔してっ!」
樹は右腕部を抜刀するように腰部に回して、目の前の〔ミリシュミット〕に狙いを定める。味方機が近いゆえに、周りで展開していた敵部隊からの射撃はない。
瞬間、彩子は間近の敵にかかる程度の出力で『幻覚』を放った。
「な、ああっ!」
目の前の敵操縦者の声が、樹たちに届いた。ぞくりと背筋が凍りつく。
戦闘空域で人の声が聞こえる。斬りかかろうとしている機体には、人が乗っている。その意識が電光石火のごとく三人に駆け巡った。
敵操縦者は静止した通常モニタに映る〔アル+1〕を目の当たりにして、本能的に危機感を持った。
恐怖、だった。
剣を抜き放とうとする樹たちも、襲われる敵操縦者も。どちらも、命が一気に燃え上がる瞬間を、怖いと感じた。
「ふざけるなぁあああああああああ!」
樹がその恐怖を握りつぶすように、それ以上の怒りを込めて絶叫する。
〔アル+1〕は青白くスパークするヒートブレイドの刀身を、敵の〔ミリシュミット〕の胴体に一閃。すぐさま、六基のバリアブル・バーニアを噴射して横間合いに飛び去る。出力が多少落ちていたが、包囲網を引き離すだけの力は残っていた。
〔ミリシュミット〕が火花を散らして、胴体を真っ二つにされた。それも一瞬で。
そして、ワンテンポ遅れて斬られた〔ミリシュミット〕は爆発した。
〔アル+1〕はその光芒を背に受けて、敵艦〔イリアーデ〕に接近する。
気持ちが悪い。ウィンドー表示される後方の様子に、罪悪と怒りがないまぜになる。
しかし、その整理もつかないまま〔アル+1〕は〔イリアーデ〕の弾幕に飛び込んでしまった。さらに、後方の直掩部隊からの追撃もあった。
「もうっ! 少しは考えなさいって!」
彩子は自分に言い聞かせる半分、敵に八つ当たりの意味を含める。
「うぅっ。あう……」
〔アル+1〕が被弾する。操縦席を揺さぶった。
音はごちゃごちゃな感情をぶつけるように、左腕部のビーム・ライフルを〔イリアーデ〕に向けて放つ。発射されたビームは〔イリアーデ〕の横っ腹に直撃し、外壁を蒸発させる。
「やられたか?」
「左舷F通路に直撃! 損傷軽微」
〔イリアーデ〕のブリッジで、ゲイルは過ぎ去ろうする〔アル+1〕を睨む。
先の直掩部隊を掻い潜った覇気はなく、機関砲もその巨体にダメージを与えている。だが、その六つの羽はコロニーに向かうことをやめる気配はない。むしろ、執念を感じた。
「迎撃を緩めるな。敵が正面に出たらミサイルをくれてやれ。もうすぐ時間だ。迅速にな」
「了解」
ゲイルの指示通り、〔イリアーデ〕の弾幕は緩むことはない。
出力の下がった〔アル+1〕に、次々と弾丸が襲いかかる。回避運動が遅れて、被弾する数が増えていく。
「――っ! 第二装甲まで貫通されてる。樹、振り切ってよ!」
「ええ――、っつ」
機体が激しく揺れ、三人の意識が漠然と死というものを捉える。
「二人とも、振り切るよ!」
樹は自分と彩子、音を鼓舞する。
敵の声を聴いた瞬間から、集中力が乱されている。今はまだ、気が抜けない状況だ。彼女は一息吐いて、背中を這い回る不快感に苛まれながらも操縦に力を注ぐ。
〔アル+1〕は六基のバリアブル・バーニアを点火して、〔イリアーデ〕から離れる。それは同時に、後方で追撃していた直掩部隊を振り切ることにもなった。
数秒で〔イリアーデ〕を後方に捉えて、機関砲の弾幕から逃れることに成功。
しかし、警報が三人の操縦席に鳴り響いた。
「何? 熱源が高速で接近中!?」
彩子がサーモセンサーを確認して言う。
「飛でくる!」
音がサブモニタを見て、呼応する。
細長いシルエットは間違いなくミサイルだ。
樹も確認して、顔を顰める。すぐに〔アル+1〕を上昇させて、ミサイルの軌道から外す。妨害が利いている戦闘空域では誘導兵器はまっすぐにしか飛べないと思ったからだ。
だが、その予想に反して、ミサイルはしっかりと〔アル+1〕を追尾してくる。
「どういうこと!?」
樹は読みを間違えて、今まで以上に冷静さを欠いた。
機体も先の『幻覚』でバーニアの出力にも影響が出ている。振り切れない。
「彩子。デコイっ」
言われて、彩子は慌ててスロットルレバーにあるデコイのスイッチを押す。だが、いつまでたっても六基のバリアブル・バーニアに備わっているデコイが放出されない。
「どうしたの? 早くして!」
「それが、できないのよ!」
樹はそんな、と唇を動かす。
音も焦りがこみ上げてくる。
「はやくっ」
「ああん、もうっ!」
彩子はデコイのスイッチを何度押しても反応しないのに見切りをつけて、別の操作に移る。原因究明などしている余裕はない。
もう〔アル+1〕の近くにまで接近している。
「音。右脚部のレールガン使ってっ」
「な? あ、あい」
樹の言葉に、一瞬戸惑ったが音は従った。
〔アル+1〕には数々のデータを収集するために、多くのギミックを搭載している。その中でも、なぜ右脚部にレールガンをつけたのか、樹にもわからなかった。ただ、地上で使われていたころはパイルを打ち込むことができた。左脚部がそれを受け継いでいる。その打ち出す過程とレールガンの射出方法が似ていたらしい。
音はコンソールパネルを操作して、ラダーペダルと右脚部レールガンを連動させる。
通常モニタに出されたウィンドー表示を頼りに、ミサイルの一つに狙いを定めてペダルを踏み込んだ。
〔アル+1〕は振り向くことなく、右脚部を伸ばすと足の裏からプラズマを纏った弾丸を吐き出した。
だが、どのミサイルにも着弾せず宇宙の暗闇を駆けて行ってしまう。
「むずむず」
音は愚痴って、次弾の準備に入った。
だが、急にミサイルが軌道を乱し、あらぬ方向に飛んで行って爆発する。
「何? どうなってるの?」
樹は出力の回復してきた回路に合わせて、加速をかけながら言った。
「間に合ったわ」
彩子だけが事情をしている風の口ぶり。実際、彼女がミサイルの軌道を変えたのだ。
「まさか、瞬間EMP兵器を使ったの?」
「仕方ないでしょうっ。こうでもしなきゃ、やられてたわ。だから、ぎりぎりまでひきつけてたのよ」
その言葉に、彩子のここ一番の強さを見た気がした。
だが、今のでもエネルギーを消費している。加えてレールガンだ。もうエネルギーはほとんど残されていない。不十分な充電でよく持った、と樹は思う。
ミサイル群を振り切ったが、今度は『地球平和軍』と敵が交戦する激戦区に突入しなければならない。
「二人とも、まだ終わりじゃないから」
「わかってるわよ。エネルギー残量もわずか……、か」
「音たち、諦める、しない」
三人は目の前に広がる戦場を見て、さらに緊張する。
爆発がいくつも起きて、レールガンの青白い光が駆け巡り、激しいノイズの中で時折聞こえる声。本当に正念場だ。
だが、背後で巨大な閃光が走る。それは戦闘空域を包み込むかのような輝くを放つ。〔AW〕が撃墜された光ではない。撤退の照明弾だ。
「あの光……、何?」
樹にはその意味が分からず、疑問を口にしていると次々と〔アル+1〕に敵が向かってくる。
慌てて機体を操作して、敵の軍団の遥か下方に潜って距離を取る。今はこうすることで、やり過ごすしかない。
実際、引き上げていく敵部隊と『地球平和軍』の小競り合いが少しあったが、お互い深追いはしなかった。樹たち同様、体力的にも精神的にも限界が来ているから。
樹は〔アル+1〕を振り向かせて、敵艦である〔イリアーデ〕の動きを観察した。
すでに〔イリアーデ〕は百八十度回頭して、撤退の動きをしている。
「どうなってるのよ……。何が、こうなったの?」
彩子は気が抜けそうになりながら言う。
この戦闘の真意を三人はおろか、『地球平和軍』が知る由もない。
〔アル+1〕が戦火の過ぎ去った宇宙を慣性運動に従って流れていった。




