~機械の記録~ 少女たちの見た宇宙
崩壊は一瞬の出来事だ。
敵の首領たるモーガン・ジェムが戦死したことで、残された『新人類軍』に希望などなかった。『サテライト』になだれ込んでくる『地球平和軍』の陸戦部隊に拘束、制圧されて、理想は崩れ去る。
何もなすことなく、夢を見たヒト。
それは自らが施したインプラントチップによる合理的な思考が、下した末路である。戦力差や、大成することのない理想を彼らは手放したのだ。
戦闘が繰り広げられていた宙域にも、伝令が飛び、即時休戦となる。
スペースコロニー『ガーデン1』、『ローグ1』で待機している同志たちにも素早く通達された。
宇宙にはいくつもの残骸が浮かび、暗がりの中で漂い続ける。どれだけの人が死んだだろうか。どれだけの血を流しただろうか。
今は誰もそのことを考えない。
『地球平和軍』に沸き起こるのは、勝利を謳う歓声と感涙。ここまで苦楽を共にした兵士たちは肩を抱き合い、終止符が打たれたことに感激した。
地球で待つ家族、愛おしい人に会えるだろう。
散っていった戦友にいい報告ができるだろう。
そして、ここにいる自分を何よりも誇るだろう。
往々にして、敵戦艦を連行し、集結する『地球平和軍』の艦隊がゆっくりと月を目指す。この地が始まりであり、終わりの地となった場所を知るために。
灰色の表面には濃い影が落ちる。魚群を思わせる群れの数々を、一機の〔AW〕が仰向けになって見上げていた。
〔アル∑〕だ。両腕を失い、レゴリスに埋もれ、爛れた皮膚のように装甲は溶け、両足は形を残していても動く気配もない。
その中で、佐奈原樹は目を覚ました。
「う、うぅん……」
樹は痛む体をよじって、朦朧とする意識を五感を呼び覚まそうとする。
全身を包んでいたエアバックがしぼんで、腕の自由が利き始める。ぼんやりとする視界は真っ暗で、自分の手足も見えない。明かり一つない閉鎖空間だった。
「あ、あぁ……」
乾いたのどを震わせて、瑞々しい空気を吸った。
ヘルメットのバイザーに酸素残量、心拍数などなど、自身にかかわる情報が浮かび上がる。体を締め付ける様な感触がし始めて、ここには空気がないことを悟った。
それでも、生きている。
「みんな、は————、つっ」
樹左腕を押さえて、苦悶の表情を浮かべる。傷口が開いたか、と訝しみながら、ぎこちない右腕で天上と思われる個所に手を伸ばす。
すこし体を浮かすと、そっと指先が天井に触れて、撫でるように開閉レバーを探した。指先がカバーの淵を触って、それを外すと指先の痺れる感覚を頼りに全体重をかけてレバーを引いた。
ドッと鈍い振動が腕から伝わった。
緊急開閉装置。ハッチに仕込まれた火薬プレートを爆破して、無理やり開けるものだ。小規模の爆発で、ちりちりと一瞬だけ火花が散った。
樹は爆発を確認すると、這いずるようにして体を動かして、ハッチに押す。予想以上に重く、びくともしない。
「ダメ、か……」
吐息を漏らして、樹はハッチにもたれ掛った。もう体力もない。無線も内線も利きそうにない状況だ。密閉空間の冷たさ、息苦しさの中に無線の微かなノイズが聞こえて、不安を誘う。
意識が戻ってくると、ただ絶望的な状況だという現実が突きつけられる。
先ほどまで戦っていたことが嘘のように、孤独な空気が漂う。がむしゃらに〔アッシュ・バスター〕、モーガン・ジェムに挑んだ。最後に見た光景は、敵機が仕掛けた時限爆弾の光に飲み込まれえ、真っ白になった瞬間。
走馬灯を見た気もする。地球に残した母や父、リーンとコフィン、フォースの笑顔が向けられて、死んでいったアリスの呆れた顔を見た気もする。
だけど、その先で待っていた二人がそっと手を差し伸べて、笑いかけてくれた。
今も目を閉じるとはっきりと見えて、意識が遠のいていく。ツンケンした少女と、長い髪の少女。ここまでずっと一緒に戦ってきた掛け替えのない友達の姿を。
「……よ! このっ!」
「あ、開かないぃ……」
樹が沈んでいく意識に身を委ねようとした瞬間、ヘルメットのスピーカーから聞きなれた声が聞こえる。
「彩子……? 音……?」
つぶやいて、ハッチへ体を寄せる。
バキッ、ゴキッと金属が歪む音がヘルメットを震わせる。不気味な音。だが、心強い響きを持っていた。
「ん? 樹!? よかった。ねぇ、生きてるわっ!」
「わかてる。樹、ちょと待つ。今、開けるぅぅっ!」
彩子の嬉々とした声と、音の力んだ声。
二人は〔アル∑〕の頭部ハッチにしがみついて、折れたブレードアンテナの残骸で歪んだハッチをこじ開けているところだった。
てこの原理で隙間に残骸を突き刺し、傾いている足場に必死に食らいつくようにして二人は全体重を乗せる。
ギギ、ギ……。
ビンの蓋を無理やり開けるように、ゆっくりとあけられていくハッチ。
「ん、んうっ」
樹もハッチを背中で押し出し、微力ながら這い出ようとする。
諦めるのは早い。まだ動く手足がある。まだ働く頭がある。
何より、必死に助けようとする友達がいる。
三人で乗り越えてきた。たくさんの苦楽を共にして、たくさんの思い出を手に入れた。どんなに辛く、厳しい現実にも立ち向かう力があるではないか。
少しずつ、三人の力が合わさり、ハッチが開かれていく。希望の光が、真っ暗な操縦席にかすかながら差し込んだ。
そして、
「うわっ!!」
「とれた!?」
「あぅう!?」
頭部ハッチが根負けしたように外れて、三人はふわりと落ちていく。
まずハッチが埃を巻き上げて落下すると、次にお折り重なるようにして、樹、彩子、音が落ちた。
肺から空気が一気に吐き出されて、引き攣った悲鳴を各々上げる。
特に樹は二人の体重に節々の傷む体が悲鳴を上げる。
「は、早くどいてっ」
「まず音がどきなさいよっ」
「あーい……」
そういって、音、彩子は体を回転させて、樹から降りる。
二人もまともに動ける体ではなかった。筋肉は重く、吐く息は乾いて、体中の血の流れが停滞している感じがあった。
三人は横並びに仰向けになって、かすかな日陰を作る〔アル∑〕を見た。トレードマークともいえる三本のブレードアンテナは壊れ、頭頂部、側頭部は凹んでいる。正面から見れたなら、内部構造がむき出しの顔を見れただろう。
樹は体を起こそうにも、力が抜けて視線の先を行く船団の影を見つめる。
「終わったのかな?」
「見たいよ……。かすかだけど、無線が傍受できるわ」
「せんそ、終わり。敵、つかまた」
そう口にして、湧き上がるものは何もない。
勝利という言葉が脳裏に過っても、彼女たちは心から嬉しいとは思わない。終戦は喜ばしいことだけど、ぽっかりと空いた心の隙間を埋めてはくれない。
「いろんなことあって、結局はこんな終わり方なんだ……」
「敵の残党は潔く投降。はぁ……、なんていうか、あんまりよ」
彩子はヘルメットを押さえていた手をだらりと地面に投げ出して、上を行く影を見る。
「誰も、こうして生きている人を探してなんてくれないんだから……」
「浮かれてるの。戦争が終わったのだから」
「でも、ちょと、さみし」
音は名残惜しそうにつぶやいて、〔アル∑〕を見やった。
故郷に帰ってきたという実感はとうの昔のようで、目の前で残骸と化した〔AW〕を見ては、目頭が熱くなる。
「ありがと、〔アル〕。ほんとに、ありがと……」
感謝の言葉を口にしても、帰ってくるものなどない。
〔アル∑〕は役割を果たし、朽ちていく機械でしかない。敵を倒すために作られた兵器であり、その本懐を遂げたのだ。宇宙に上がり、最後の最後まで勇敢に戦った。
「ねぇ? 直せないかしら、〔アル〕をさ?」
彩子も音の言葉を聞いて、自分の中にある寂しさを自覚する。
ただの機械であったはずの〔アル∑〕は、色々な経験を与えてくれた。プログラミングの解除や設定で徹夜続きだった日々も、扱いに手こずったことも。
今はくすんだ色をしているけど、心にしみわたる強い記憶になっていた。
すると、樹は顎を引いて〔アル∑〕を見た。憧れていた機体を操縦して、駆け抜けてきた日々が蘇ると、彩子の言葉は胸に痛かった。
直してあげたい。もう一度、この三人で宇宙を飛たい。
だが————、
「やめよう。もう戦争はないんだから、休ませてあげなくちゃ」
樹たちにとって、辛く身勝手な選択なのかもしれない。
戦争が終われば、今ある兵器はまたコロニー建設に戻っていく。もとより、〔アル∑〕は役目を終えた機体だ。
英雄として祭り上げられるのも、実験機として稼働することも、また虚しいものを生み出す原因となりかねない。
この地で眠りについて、その記録を後世に伝える。〔アル∑〕の残された使命は、樹たちの義務は、それだけだ。
戦乱のエースだとか、英雄という肩書はいらない。
ただありのままの真実を伝えなければならない。
「あの人は、自分の意志を誰かに託すことをしなかったから……」
樹は最後の敵モーガン・ジェムのことを思った。
彼は一組織を構築するだけの力を持っていた。だけど、理想だけを掲げて、人を統べることしか考えていなかった。彼女よりも長く生きて、多くの経験をして、それは誰かに伝わったのだろうか。
戦った樹たちですら、そのことはわからない。
だけど、きっと彼は一人だった。最後の最後まで、『新人類』という美辞麗句に魅せられた人を駒として扱ったに過ぎない。
「樹、〔アル〕、直さない?」
音の後ろ髪を引く声音に、樹は一瞬心が揺らいだ。
そこに、明朗な彩子の声が響いた。
「音、戦争が終わって、みんな疲れてんのよ。〔アル〕もいい加減戦いは嫌でしょうし」
「うぅ……、わかた」
未練たらたらな声は、樹と彩子の本音を代弁しているようだった。
たくさんの未練が残って、少女たちはこれからそれらと向き合っていくだろう。
終わりよければすべてよし、というわけには、まだいかない。
樹は両手を彩子と音に伸ばして、二人の手を力いっぱい握った。腑抜けた手から、握り返してくるのがわかって涙が溢れてきた。
ここにいる。ここで、生きている。
三人は涙で歪んだ宇宙を見上げる。幻想的な光景だ、といまさらながら思う。黒い影の船がゆっくりと流れていく。鯨の群れを水底で眺めているような、神秘的な気持ちがこみ上げてくる。
そこへ、二機機の〔AW〕が降下してくるのが見えた。
見知ったシルエット。〔グスタフ・ドーラ〕と〔バーミリア〕のコンビだ。
樹たちは一度、顔を見合わせる。バイザーで見えない表情でも、三人はその向こうに浮かぶ笑顔をわかった。握り締める手と過ごした時間がそう直感させる。
苦しいことも、楽しいことも全部ひっくるめて、思い出なのだ。
その記録は〔アル∑〕が覚えている。確かに過ごした時間と激闘を忘れないために。
レゴリスを巻き上げて着陸する二機に樹たちは全身に力を込めて立ち上がり、互いに支え合うようにしてその場に立つ。
「行こうっ」
「ええっ!」
「あいっ!」
樹、彩子、音は力を振り絞って、一歩を踏み出した。




