~機械の記録~ すべてを賭ける
後方から散弾式のビームが弾ける。
その前に、樹はスロットルレバーを思い切り上げる。
〔アル∑〕が最大出力で跳躍し、ビームを回避。先ほどまでいた月面が煙を上げる中、樹たちは体に伸し掛かる負荷に、血流が下腹部に下がって頭がくらくらする。
「——、見えた!」
彩子はそんな中でも、ノイズの走る通常モニタが捉えた景色を見つめる。
クレーターの底に広がる機械の都市『サテライト』だ。天へと延びるマスドライバーや各実験、建築施設が立ち並び、舗装された月面が艶やかに光を反射させている。
ここまで逃げに徹してきたが、それもおしまい。
彩子の電子戦用モニタに重なった景色の中から、目的のものを探す。止まない頭痛と戦い、機体の不調を制御しつつ、索敵を急ぐ。
「ここに逃げ込むとは、つくづく下賤な……」
〔アル∑〕を追撃してきたモーガン・ジェムの〔アッシュ・バスター〕はショットガンの発射を躊躇って、降下する〔アル∑〕を照準から外す。
だが、本拠地に足を踏み入れたのは自ら危険を冒しているのと同義だ。
「彩子、本当にこれでいいの?」
樹が着地の振動に耐えながら問うた。
攻撃を排して、敵拠点へ直行させたのは彩子の推測を信じたからだ。〔アッシュ・バスター〕にビーム兵器や単純な出力差で劣っている以上、それを打開する術が必要となる。
「敵だけ無敵ってのは、ずるいでしょう? 音、左手、九時方向のアンテナっ!」
「あい! でもでも、なんかくるっ!?」
音は彩子の指示に従う前に、拠点のあちこちから顔を出すランチャーの影を見つけてそちらにビーム・ライフルを放つ。
一台分を吹き飛ばしても、他の数十機とあるランチャーから榴弾が降り注ぐ。
「もうっ」
樹の操縦で、〔アル∑〕がホバー移動を開始。滑る様にして、『サテライト』の舗装路を進み、榴弾の爆発を回避する。連鎖する爆裂にあおられつつ、〔アル∑〕は手近な施設に手を突いて停止する。
自陣でも榴弾を構わず使うあたり、侵入者を生きて返す気はないらしい。
「今ので、限界なんて——」
樹は呻いて、ウィンドー表示されたサブ・スラスターの調子に目を細める。コンディションは最悪。ノズルは溶けて、見事に詰まっている。レゴリスを巻き込み過ぎたのが原因か。
加えて、〔アル∑〕の脚部が全体的に歪んでいる。ぎこちなく、フレームを軋ませて立ち上がるも、長期戦は不可能だ。
「樹、背後から敵機!」
「わかってるっ! 音っ」
「————んっ」
〔アル∑〕が振り返り様に、ビーム・ライフルから荷電粒子をばら撒く。
煌びやかに舞うそれらがデコイとなって、跳んできた散弾ビームを反発させる。しかし、〔アル∑〕はその衝撃に巻き込まれて、背後へと吹き飛ばされる。
「うぅ————っ」
体が砕けそうな衝撃が走る。
正面には〔アッシュ・バスター〕が盾から刃を引き出し、ホバー移動で突っ込んでくる。幸いというべきか、操縦者であるモーガンには『サテライト』を傷つけたくないという意思が見えた。
〔アル∑〕がサスペンションの撓んだ脚部で舗装路を滑り、左腕部のカタナを振った。
甲高い剣戟がスパークし、互いの態勢を仰け反らせる。しかし、パワーで負け始めている〔アル∑〕は一歩二歩下がって、腰が抜けてしまっている。
「先ほどまでの威勢はどうした!」
モーガンは〔アル∑〕の動きを瞬時に見抜いて、ショットガンを構えた。
しかし、〔アル∑〕の右脚部がふっと浮かぶと、青白い閃光が瞬いた。レールガンの閃光とともに、〔アッシュ・バスター〕は敵影を見失ってしまう。
熟達した操縦者なら迷わずそこでトリガーを引いていただろうが、モーガンはそうではない。
「今のうちに、あのアンテナを撃って!」
急激に傾く操縦席の中で、彩子は叫んだ。
〔アル∑〕はレールガンの反動で、情けなく後退りながら、ビーム・ライフルを指示されたアンテナへと向ける。
照準に入ったアンテナはパラボラ式で常にこちら側を捉えている。いや、正確には〔アル∑〕へ突っ込んでくる〔アッシュ・バスター〕にだ。
「小賢しいことをっ」
モーガンが叫んで、盾の刃で斬りかかる。
「させないっ!」
樹が咄嗟に〔アル∑〕のカタナでその一撃をいなす。加熱していないために、盾の表面を滑る様にしてカタナの腹が走り、火花が散った。
横間へとすぎる〔アッシュ・バスター〕に注意しつつ、ビーム・ライフルがアンテナへと発射された。
「…………っぐ」
モーガンはその攻撃に悔しさがこみ上げてくる。
この短時間で狙いをつけられたことには、やはり〔アル∑〕の操縦者は柔軟な感性を持っていると思わざるを得ない。
〔アル∑〕は機体を回転させて、乱暴に〔アッシュ・バスター〕を腕部で弾き飛ばすと横っ飛び。その後ろでは狙いをつけていたアンテナが吹き飛んだ。
「これでいいの!?」
「エネルギー循環がよくなってる。樹だって、マイクロウェーブっての知ってるでしょう?」
「頭痛、ちょとなくなた」
現状を確かめつつ、切り返してショットガンを向けてくる〔アッシュ・バスター〕を見据える。
三人は息を飲んで、反射的に〔アル∑〕のビーム・ライフルの照準を〔アッシュ・ばすたー〕に合わせる。ここでアンテナの性能を証明する必要があった。
もし読みが外れたなら、ショットガンの散弾ビームにやられる運命をたどるだろう。
そして、互いのビーム兵器が光を放出する。
光りが溢れて、激震が樹たちに襲い掛かる。
「う、わっ」
か細い悲鳴を上げると同時に、〔アル∑〕がしりもちをついた。
白く染め上げられ通常モニタが晴れていくと、まず目に飛び込んできたのは銃口を潰されたビーム・ライフルだった。散弾ビームの餌食となったらしい。
「何とか、立ってよ……」
彩子が電子戦用モニタに列挙される機体状況に苦心しながら、ダメージコントロールを行う。散弾ビームの影響はビーム・ライフルによってある程度軽減されていたが、いくらかの装甲を溶解し、内部を焼切っていた。
「敵、倒れてる……」
音が目にしたのは、仰向けに倒れている〔アッシュ・バスター〕の姿だった。その手にあったショットガンは中ほどから溶けて、使い物にならなくなっていた。
そのことが〔アッシュ・バスター〕のバリアーが機能低下し始めていることを示していた。
「本当に、マイクロウェーブで供給してたってことね。発信器がなくなれば、あとは自力だものね」
「これで正真正銘、一騎打ちってわけよ」
彩子は予想的中で喜びつつも、肌を焼くような緊張感に体が強張る。
目の前の敵が無尽蔵のジェネレーターを持っているとは考えにくかった。三〇メートルの大きさにしたとしても、核融合炉のような巨大エンジンを載せることはできない。かといって、今の〔アル∑〕が搭載する異質の『ガンメタル』が使用されているわけでもない。
考えられるとしたら、二つに一つ。
外燃機関によるエネルギー生成か、外部電源によるエネルギー供給。しかし、太陽光パネルのような装置は見当たらず、その上、樹たちを苛んでいる頭痛や腹痛について説明がつかない。
〔アル∑〕は立ち上がり、ビーム・ライフルをかなぐり捨てると、もう一本のカタナを右腕部に握らせた。
付け焼刃の二刀流。それでも、敵の圧倒的な力の差に勝つには、手数と返し技で決める方が得策だ。
「まさか、〔アッシュ・バスター〕にダメージを与えるとは……」
ノイズの入ったしわがれた声。
樹たちは目の前で立ち上がる〔アッシュ・バスター〕を睨んで、攻撃の手段を模索する。ショットガンを捨て、盾の刃で攻めるというのは目に見えていた。
「いいセンスじゃ。いつから気付いた?」
「時間稼ぎする気よ、樹っ」
「わかってる!」
彩子の忠告を聞いて、樹は〔アル∑〕を疾駆させる。今は互いの機体が消耗している時。特に〔アル∑〕は度重なる戦闘であちこちが悲鳴を上げている。回復のすきを与えず、叩き込むしかない。
激震が伝わる操縦席の中で、まだ余韻のように残る頭痛と腹痛に集中力が削られていく。
〔アル∑〕は加熱した二刀のカタナを振るう。左右の袈裟斬りが青白い軌跡を描いた。
対して、〔アッシュ・バスター〕は盾でその剣戟を弾いて、空いた右腕部で殴りかかる。
態勢が崩れた〔アル∑〕の胸部に鉄拳が炸裂。鈍重ながら、痛烈に響く一撃が樹たちを襲った。
「くぅううっ」
樹は激震に耐えて、メイン・スラスターを噴射してリカバリー。眼前に迫る敵機を睨んで、集中しろと言い聞かせる。
「お前たちは、すぐに暴力か?」
「何言ってんのよ!?」
彩子が叫ぶ。
〔アッシュ・バスター〕の横薙ぎの刃を、〔アル∑〕がカタナで叩き落とし、もう一本で突きを繰り出す。狙いは首部。
加熱した刃はまっすぐに首級を上げよと伸びていく。
だが、その切っ先が見えない何かにぶつかり、硬直する。弾けるスパークが蛇のようにうねり、〔アル|∑〕にまとわりつく。
「バリアーがまだ使えるの?」
「我欲を通そうとするから、目先のことしか捉えられんのじゃ!」
モーガンの声が轟くと、バリアーが一気に膨れて、突きを繰り出していたカタナがはじけ飛んだ。
「あ―———っ」
宙を舞うカタナが煌めくのを音が目で追うと、次の瞬間には強い衝撃が〔アル∑〕を突き飛ばした。盾が胴体を押しやったのだ。
「目先のこと……?」
「どうなってるの? 敵のエネルギー供給は立ったはずなのに————」
彩子は〔アッシュ・バスター〕の異常な力を感知して、周囲の索敵をもう一度行う。結果はすぐに出た。
彼女の顔から血の気が引いていく。
「そんな……、まだ発信器があるの?」
「彩子、来るっ」
音が忠告した瞬間、〔アッシュ・バスター〕がはっきりとバリアーの膜を張って、突撃してくる。それは荷電粒子の光。敵機の装甲からにじみ出るようにして、煌めいていた。
〔アル∑〕はカタナを構えて、その突進による剣戟を流そうとする。
「無駄なことをっ」
〔アッシュ・バスター〕の刃が赤い軌跡を描いて、まっすぐに突っ込んでくる。
〔アル∑〕はカタナの腹で流す。
瞬間、機体がドンッと弾かれた。まるで猛牛にでも跳ね上げられたように、〔アル∑〕の巨体が宙を舞った。
三人は歯を食いしばって衝撃に耐えるも、数十メートル先の鉄塔に〔アル∑〕が激突。その激痛に、視界が黒く、狭まっていく。
「この程度のことで〔アッシュ・バスター〕は潰れんよ。たった一つ終われば、満足とはつくづく愚かだ」
「う、うぅ……。誰が、愚かだって?」
樹は朦朧とする意識と視界の中で、言葉を絞り出す。
〔アル∑〕は装甲に気泡を浮かべて、センサーアイも点滅気味になっていた。今は鉄塔に支えられる形だが、左腕部はだらんと力なく垂れ下がっている。
〔アッシュ・バスター〕はその哀れ、無残な姿を正面にして、盾の刃を向ける。
「目先の結果に甘んじていることを、愚かと言わずなんという? 怠惰に生を繋ぎ、信念なき世を作り上げる。その結果が自らを破滅に導いているとなぜ、わからない」
「あんたみたいな奴のことでしょっ。一緒にしないで」
彩子は心肺蘇生の電流で一気に意識を覚醒させる。血の流れが沸騰したように頭が熱くなり、全身が焼けるように痛い。
その中でも即座にダメージコントロールを行うのが、彼女の精神力だ。
「人、殺す。悪い、こと」
音も今にも千切れてしまいそうな体の痛みに耐えて、スロットルレバーを握り、右腕部に残るカタナへとエネルギーを供給する。
「戦争を仕掛けた、あなたがいうことじゃないっ!」
樹が叫んで、〔アル∑〕に喝を入れる。
〔アル∑〕はカッとセンサーアイを輝かせると、鉄塔から抜け出し、その鋼鉄の足で突き進む。無策な突撃。それでもまだ動いてくれる。
呼応して〔アッシュ・バスター〕が動く。バリアーと無限に近いエネルギーを味方につけて、盾の刃を切りあげる。
「————っ!」
咄嗟に〔アル∑〕はその一撃をカタナで抑え込むと、横間へ飛んだ。プラズマの反発を受け、メイン・スラスターを噴射して、数棟の施設を飛び越える。
「ヒトという存在に、優劣をつけるためだ」
「勝手な理屈を並べてんじゃないわよ。そんなの————、そんなのは不幸を呼ぶだけよ!」
彩子はモーガンの言葉に反発して、電子戦用モニタに映る各発信装置の割り出しを急いだ。
その心中は、地球で戦った純血派の男を思い出していた。人種という壁を厚くして、民族主義を選ばれた貴族のように言う姿が目に浮かんだ。結果はただ人を不幸に巻き込むばかりだった。どんなにその主義に賛同する人がいても、暴力に訴えかけた時点の綺麗ごとで済ませられることではないのだ。
〔アル∑〕が開けた個所へ着地すると、背後から〔アッシュ・バスター〕は盾を構えて押しつぶそうとする。
「そうしなければ、自らの生活圏を脅かし、人類は窒息するぞっ」
「だから、宇宙に出たっ」
樹は〔アル∑〕を前に跳躍させる。
後方で〔アッシュ・バスター〕が前のめりに着地していた。不格好な姿をさらすのを、リア・カメラで確認するとつま先を捻って、機体を振り返らせる。
その先ではミサイル数発が発射されて、天へと飛んでいくのが見えた。
容赦ないカタナの一振りが、〔アッシュ・バスター〕の脳天へ振り下ろされる。バリアーに阻まれながら、最大出力で加熱されたカタナは青白い火花と赤い燐光をほとばしらせて拮抗する。
「これ以上の争いを生まないために。みんなが安心して暮らせる場所を作るためにっ」
「それは建前でしかない」
モーガンのひび割れた声とともに、〔アッシュ・バスター〕が姿勢を正して〔アル∑〕を吹き飛ばした。
「ああっ」
樹は短い悲鳴を上げながらも、スロットルレバーとラダーペダルを操作する。
〔アル∑〕は必要以上に膝を落として、衝撃を緩和させる。目の前に迫る〔アッシュ・バスター〕と対峙する。
互いの刃が交錯した。ドッとスパークが弾けては、剣戟は離れ、次の一閃が軌跡を描く。
「人を押し込める牢獄を作っていると、気づかないのか?」
「人種差別だけで、ものを言って!」
彩子は目の前の敵に対して、怒りをぶつける。
〔アル∑〕の剣線が空を切ると、〔アッシュ・バスター〕が盾で突き飛ばす。
「差別意識がいまだ残っているという現状を、お前たちは知らないのだ」
〔アッシュ・バスター〕がボロボロの〔アル∑〕を気押して、刃を振るった。その太刀筋は素人の適当な軌道で、必殺の一撃にはほど遠い。
一見すれば駄々っ子が棒っきれを振り前しているようにさえ見える。
「中東を見ろっ。欧州を、アジア圏を、世界を見てみろ」
「世界が見れるほど、あたしたちは有能じゃないわ」
「だからだ。有能であるわしが導こうというのじゃ」
モーガンは拮抗する〔アル∑〕を睨んでいった。
「何十年と世界を渡り歩き、技術振興をしてきた。じゃがな、そのすべてが戦争の道具になった」
「それで、こんな戦争を、『新人類』なんてのを始めたの?」
彩子は目を丸くして、問いただす。
「小娘たちにはわかるまいっ。この屈辱がっ」
〔アッシュ・バスター〕が潰れたマニピュレーターで再度〔アル∑〕を殴り飛ばす。
モーガンは自身の人としての生涯を振り返って、虚しさを覚える。どんなに技術が進んでも、人々に帰依させようとも、それを統率する組織は誰かを排除することしか考えていない。
仮初の地位と名誉を守るために、躍起になる。
そんな矮小な人類が宇宙にまで生活圏を伸ばしたところで、同じことが起きる。統合政府がある限り、人々の安寧はない。
「民主主義が生んだ怠惰な意識は、人々を堕落させる。いつまでも他人任せにする。自らが動かない」
「主義主張を大義名分と言い張って、人を殺していいわけないでしょうっ!」
「人類という枠組みでは人々を動かすことができないのだよ。そのためには、『新人類』という強者を作る必要があった」
モーガンの言葉が、彩子の言葉を蹴飛ばす。聞く耳など持たない。自分の信念こそが至高であり、人類をより良き方向へと導くと信じているからだ。
「————っ。そんな理屈に、逃げるなっ!!」
樹は反論して、〔アル∑〕の右腕部に握られたカタナを目いっぱいに振るった。
刻み込まれた幾多の戦闘によって生まれる流れる様な一閃が、〔アッシュ・バスター〕の盾に食い込んだ。
「何―———」
「あなたは所詮、誰もかれも信じてない。だから、自分の主義をたくさんの人に押し付けて苦しめた」
「彼らには真価があった」
「そなの、一人で、決める。ダメっ!!」
〔アル∑〕が左腕部に最後の力を込めて、〔アッシュ・バスター〕へ殴りかかる。
バリアーによって溶けていくマニピュレーターでも、その運動エネルギーで敵機を押し出すことができた。一度距離を取る二機は、間合いを計る様に互いの刃を構える。
その間にも、〔アル∑〕は左腕部を肩口から解除して、少しでも動きやすくする。
「そやて、誰か、殺す。自分の言うこときかない人、殺した」
「理想を理解しないものなど、『新人類』になりえない。この戦争を肯定しない」
「せんそ、いけないこと。それをした。あなた、まちがてる」
「間違っているなどと————」
「とーごーせーふと同じ……」
「————っ! 一緒にするなっ」
モーガンは激しい頭痛に襲われたが、機体を前に出すことを止められなかった。
〔アッシュ・バスター〕が盾の刃で薙ぎ払い。
それに対して、〔アル∑〕は機体を少し引いて、紙一重に回避する。
「そうやってムキになってるところが、同じなのよ」
彩子は敵の単調な剣線が予測通りで、少し余裕を取り戻していた。まだ止まない頭痛と腹痛に頬を引き攣らせていても、絶望感などなかった。
「みんな、思い通り、できない」
音は可能な限り、カタナへとエネルギーを集約させて、余計な循環装置を止める。
加熱したカタナが真っ赤になって、〔アッシュ・バスター〕の突きだされた右腕部を切り落とした。バリアーの効果を超える大出力が無理やり、切断させたのだ。
「ば、馬鹿な……」
「死んだ人、帰てこない。悲しいこと、忘れないっ」
音はここまで来た理由を思い出す。
母を失い、生き残りとして敵を討つために戦ってきた。生きている理由すら忘れてしまいそうなほど、この戦場は色々なことから目を背けることができた。地球でのこと、父親のこと、すべてが醜く、音の未来を曇らせて行った。
だが、ここに広がる悲しみも、未来の不安も、受け入れなければならないことなのだ。
そのことから目を背けて、人を傷つけることを良しとするのは傲慢なことだ。優れた人だとか、選ばれた人だとかが、決めていいことではない。人の価値を、たった一人の考えで決められるはずがない。
「減らず口をっ」
〔アッシュ・バスター〕が振るう刃に、〔アル∑〕は後方へ跳んで回避する。もう限界に近い脚部が崩れ、片膝をついた。
もらった、とモーガンは心中でつぶやく。今まで動いていた方が不思議なくらい〔アル∑〕は動いていた。運はモーガン・ジェムに味方をした。
それに対して、〔アル∑〕は自壊寸前のカタナを構えて立ち向かおうとする。
樹たちは覆いかぶさるように向かってくる〔アッシュ・バスター〕を見据える。
「……諦めない」
「ここまで、みんな頑張ってきたのよ」
「一人の未来、違う」
樹、彩子、音がつぶやく。
諦めない。どんなに苦しい状況でも、この体に通う血の流れが止まらぬ限り、機体が動く限り、そして、支えてくれる人たちがいる限り、何度だって立ち上がる。
瞬間、流星のごとき光が『サテライト』へと落ちてきた。
「なんだっ!?」
モーガンは驚いて、周囲の施設を破壊していく光の雨に目を見張った。
ビームの閃光だ。
〔アッシュ・バスター〕は動きを止めて、天を仰ぐ。襲来者を見つけたセンサーアイが弱弱しく発光する。
小さな地球を背に受けて、巨大な影が下りてくる。侵略者のように傲然と破壊の光をまき散らしながら。
傷だらけの戦艦〔リヴァイン〕がビーム砲で爆撃。その照準はあまりにもずさんで、あくまでも牽制の役割に撤しているようだった。
「敵の防空網を破壊しつつ、陸戦部隊を投下。これで終わりにするぞ!」
〔リヴァイン〕の艦橋では、レミントン・バーグが檄を飛ばして雄々しく指揮をしている。
艦橋ではダメージコントロールに手一杯なオペレーターたち。艦内でも火の手が上がる区画で消火作業をする対応班や、負傷した兵士を手当てする救護班の姿がある。敵の防衛線を突破し、あと一息という最後の力を振り絞ってここまでやってきたのだ。
それは同時に功を焦っている風でもある。
「奴ら……っ。何? マイクロ波が!」
モーガンは機体に恩恵をもたらしていたマイクロウェーブ受信が徐々に低下している事実に脳みその血管が弾けてしまいそうだった。
この空爆で受信機に命中しているというのだ。
次々と光に飲み込まれ、爆発していく『サテライト』はもはや崩落寸前の牙城だ。最新鋭の技術を集めた城は夢のあとのように消えていく。有機栽培をするドームも、試験〔AW〕を射出するトンネルも、受刑者が澄んでいた地下施設も、消えていく。
「…………」
音は周りで弾ける光芒に胸が穿たれる思いで見張って、しかし、呆然と立ち尽くす敵に今は向き合った。
故郷が味方の攻撃によって消されていくのは、辛いことこの上ない。
「樹、音、敵のバリアー出力が低下してるっ」
「音、お願い」
彩子と樹の声が音の心を震わせる。
「————あいっ!」
好機だ。これを逃せば、『サテライト』だけでなく、地球でも似たような光景が生み出されるかもしれない。
「これが人間のすることだっ!!」
モーガンの叫びが樹たちに届いて、三人は苦い表情を一瞬浮かべた。
しかし、すぐに真剣な顔つきになるとそれぞれがスロットルレバーとラダーペダルを操作する。ギチギチと筋肉が切れていくような痛みの中で、力を振り絞る。
〔アッシュ・バスター〕が獰猛な面持ちを向ける。
〔アル∑〕は三人の少女によって、鋼鉄の足を前に踏み出した。重い一歩。力強く、諦めない一歩が機体を敵機に向かわせる。
「たぁあああああああああああああああああああああっ!!!!」
樹たちは叫んで、〔アル∑〕は溶解寸前のカタナを一閃する。
〔アッシュ・バスター〕が盾を突出し、防御に回った。
灼熱の光が、刹那、その盾を、支える腕を切り裂く。すべてを無に帰すように、溶けた装甲がしたたり落ちた。それは盾であったり、切り裂いたカタナでもあった。
「この程度のことで、わしは————っ!」
「まだまだぁあああああああああ!!」
〔アル∑〕は右腕部を一度腰の方へ回し、リア・ラックに残る最後のエネルギーパックを握る。
樹は敵を見据えて、次の行動へ。
彩子は電子戦用モニタを睨んで、プログラム。
音は火器の安全装置を解除しにかかった。
そして、怯んだ〔アッシュ・バスター〕へと体当たりし、その腕部を回した。がっちりをホールドする。
「何をする気だっ!?」
モーガンの狼狽する声に、樹たちは目を瞑って、最後の攻撃に出る。
〔アル∑〕のメイン・スラスターを点火。最大出力で噴射される青白い光が、ぐんっと二機の〔AW〕を宙へと打ち上げる。アフターバーナーをかけて、さらに頭をかち割るような負荷が襲い掛かる。
「うぅ————っ」
「お前たち、まさか————、やめろっ!!」
モーガンはぐんぐん『サテライト』から離れていく上空で叫んだ。それが生への執着であることは間違いなかった。
その事柄によって、彼の脳内では激しい頭痛が起きる。これすらも、人間の欲望と認識されるのだ。死を前にして、感情的になることすら『新人類』は許されない。動物として、生きとし生けるもととして当然の摂理を逸脱しなければ、本当の『新人類』にはなれない。
しかし、それはもう新しい人類でも、生き物でもない。ただの機械でしかない。
〔アル∑〕は味方のビーム砲火を抜けて、メイン・スラスターが溶けて潰れるまで上昇をし続けた。
そして、ふわっと苦しみから解き放たれた一瞬が来た。
「小娘がっ!! わしは、わしはまだやらなければならんことがあるのじゃっ!!」
〔アッシュ・バスター〕が壊れた腕部で抱き着く〔アル∑〕の頭部を叩き、角をへし折り、センサーアイのカバーがひび割れた。
「こんなところで、お前たちと心中するつもりなど——」
すると、力尽きたように〔アル∑〕の右腕部が肩口から解除されて、機体は殴られた衝撃で急速落下を始める。
「————はっ」
モーガンは自分が生きている実感を得られて、熱くなっていた頭が急速に冷えていく。
そして、〔アッシュ・バスター〕に未練がましく巻きつく〔アル∑〕の右腕部を振り払おうとした瞬間。
「な、なんだとぉぉおおおおおおおおお!!!!」
光が膨れ上がった。
発光の源は、取りついていた右腕部。そのマニピュレーターが握りしめていたエネルギーパックの爆発だ。時限装置を使い、安全装置を外したエネルギーパックを暴走させたのだ。
〔アッシュ・バスター〕が爆発に巻き込まれ、さらに強大な光をまき散らす。一瞬にしてモーガンは、死というものに誘われて、その肉体も理想とした体も消し灰となる。
そして、月に浮かんだ小さな太陽は戦いの終結を告げる夜明けのように輝いた。




