~機械の記録~ 小さな結果でも
防衛線を超えるのは、もはや時間の問題だった。
「敵の数が少ない? それでも、やるってのか」
フォース・ロックは〔バーミリア〕電子戦装備を駆って、直掩が薄くなった〔シーカー〕一隻にグレネードランチャーを叩き込む。
グレネードが炸裂し、武装した〔シーカー〕が沈んだ。
フォースは急遽組んだバディの影を見つけて、合流する。調査船団からの知り合いだったがゆえに、コンビを組むのは容易だった。
「敵はどうなってる?」
「降参する気はねぇようだ。こいつら、イカレてやがる」
フォースは横についたバディの〔バーミリア〕通常装備とともに、敵の〔AW〕を牽制しつつ周囲を確認する。
『地球平和軍』の旗艦である〔マーダー〕がビーム砲を一斉射し、敵防衛網に風穴を開ける。しかし、まだ敵旗艦〔リジェネート〕が落ちたわけではない。
〔マーダー〕のビーム砲撃に対して、〔リジェネート〕は回避運動を取りつつ、応戦している。後退の兆しはなく、むしろ背後に回り込もうとする動きにも見える。
「これが『新人類』とかいう連中なら、やることなすことろくなもんじゃないっ!」
フォースは敵の妄執が戦場という場所でしか増幅できないものだと感じた。
彼らは決して人間には戻らない。戻ろうとはしない。
フォースは頭を振って、〔バーミリア〕電子戦装備に接近する〔ミリィフロップ〕通常装備を発見。その半壊した姿で、なけなしの火器を奮うのを痛々しく思う。
「そんなにまでして、人間が嫌かっ」
散開する〔バーミリア〕バディは接近してきた敵機を迅速に撃破し、抵抗を続ける敵機へと攻撃を仕掛ける。銃を向けてくるなら、こちらも応戦しなければ生きていけない。
これがこの場所のすべてであり、理由だ。
本能的に処理されることであり、理性のタガなどいつの間にか外れ、生存本能が優先される。
『新人類』がヒトよりも優れた存在たり得るのならば、本能に縛られない理性を有した存在であらねばならなかった。
いくたの戦場を渡り歩いた男が見る世界は、代わり映えしない。それでも、と信念を持ち、帰るべき場所、守るべき場所を想いつづける。
ただ逃げてはいけない局面にいることを自負して、機体を操るのだ。
「いい加減にしてくれ……」
〔バーミリア〕電子戦装備に殺到するマイクロミサイル。
それらをEMPで攪乱すると、フォースは破裂する光芒を頭上にして機体を滑らせる。〔バーミリア〕電子戦装備、僚機の動きはともに良好だ。
しかし、フォースは高速で流れる景色とその負荷によって軋む肉体に顔を顰める。
「曹長たちはうまくやってくれてるだろうな」
その中でも、彼は自分の部下を案じた。
月に先行した樹たち、〔アル∑〕のこと。そして、味方〔AW〕を狩る〔バーカム〕電子戦装備に挑んでいったリーンとコフィン両名。
それぞれに意志に任せて行動をとらせたのを、彼は後悔しない。そこまで子供でもないと確信があったからだ。彼らは自分以上にこの宇宙での戦争を渡り歩いている。だから、信じてみたいのだ。
周囲の〔AW〕の数を見ても、脅威には感じない。
リーン・セルムットは敵旗艦〔リジェネート〕近くの宙域で、〔バーカム〕電子戦装備と交戦していた。頭上から狙い撃ちにしてくるガトリング砲と敵の〔ミリィフロップ〕通常装備のロングレンジ・レールガンの砲火にさらされて、回避運動を続ける。
「くぅっ!」
リーンは短く息を吐いて、メイン・モニタに映る敵機を目で追い、操縦桿を動かす。
〔バーカム〕がサブマシンガンで〔ミリィフロップ〕通常装備に狙いをつけて発砲する。放たれる弾丸はすぐに見切られて、回避される。
しかし、それでよかった。
「頼むぞ、コフィン」
後方で控えるパートナーの名を口ずさんで、リーンは囮を続行する。
〔バーカム〕と距離を置き、しかし、決して離れ過ぎない絶妙な位置についた〔グスタフ・ドーラ〕は対物狙撃銃を構える。
操縦者であるコフィン・コフィンは呼吸を止めて、照準線と重なった〔バーカム〕電子戦装備に発射した。
マズルフラッシュが瞬き、貫通力抜群の弾丸が飛ぶ。
しかし、〔バーカム〕電子戦装備は機体を振って、小さな所作でその弾丸を避けて見せた。
コフィンの表情に曇りがさす。こちらの動きを見越していたにしても、ここまで弾道を読まれていることが不自然だった。
〔バーカム〕電子戦装備の操縦者、ハンス・ルゥには遠距離から攻撃を仕掛けてきた人物の行動原理を把握したという自覚が生まれた。
「やはり、こちらを優先して攻撃してくる。サポート役に徹するならば、定石のやり方だ」
ハンスは〔バーカム〕電子戦装備を敵味方の弾丸が錯綜する宙域に走らせて、補助武装であるロングバレル・レールガンで〔グスタフ・ドーラ〕に攻撃を仕掛ける。
すでにマズルフラッシュの位置や弾道到達時間から考えても、そう遠くないと確信があった。
自分がかつての上司の後ろをついて回っていたころより染みついていた習性が、相手からも感じられた。同じ思考の持ち主ならば、妨害の張られた宙域でも簡単に発見することができる。
「あっ、うぅ」
〔グスタフ・ドーラ〕は真横からの攻撃に驚きながら、致命傷だけは避ける。脚部の装甲に掠り、バランスを崩した程度だ。
コフィンは急いで機体を動かして、回避運動に入る。
「モードチェンジ、SAW」
コフィンの潰れた声に〔グスタフ・ドーラ〕は反応して、間近で瞬いた閃光を避けつつ、対物狙撃銃から分隊支援火器に持ち替える。
支持アームが働き、脇のレールを移動して後退するように重火器が〔グスタフ・ドーラ〕の腕部に収まる。照準を逆さまに映る〔バーカム〕電子戦装備に合わせる。
どちらも射撃特化機体。
互いに距離を詰めることはせず、自分の間合いに追い込んでいく。ガトリング砲と分隊支援火器の弾丸が交差し、機体を翻弄する。
「コフィン————っ。邪魔だ!」
リーンは〔ミリィフロップ〕通常装備の銃撃に肝を冷やしたが、〔バーカム〕は腰回りの追加装甲を解除することで気を逸らした。
〔バーカム〕は直角軌道で距離を詰める。まるでUFOのような機敏な動きに、敵機も狙いが定まらない。
〔バーカム〕がサブマシンガンを収めると、両腕部のビーム・トンファーを準備する。方や向こうもヒートブレードを構えて、待ち受ける。射撃では無理だと判断したのだろう。
「————ぐっ」
リーンの身体が過剰な負荷に悲鳴を上げる。
目の前が真っ赤に染まる中、操縦桿を倒す。
〔バーカム〕が両腕部を振り上げると、ビームが霧状に噴射し、刃となる。
だが、タイミングは敵機の方に優勢だった。〔ミリィフロップ〕通常装備は姿勢制御スラスターで〔バーカム〕の腹に潜り込むように屈み、ヒートブレードを振った。
一瞬にして、〔バーカム〕の脚部が切断される。
「ごぉぉおおお————!!」
リーンは警報と激震に塗れた操縦席で絶叫し、勢いに肺が潰れそうになる。
〔バーカム〕がバランスを崩して、〔リジェネート〕の方へ流れていく。〔ミリィフロップ〕通常装備はそれを追おうと機体を反転させる。
「リーンさんっ!?」
コフィンは真横から来るガトリング砲の嵐よりも、足を失った〔バーカム〕が〔リジェネート〕の艦砲射撃に突っ込んでいくのが怖かった。そのあとを追尾する〔ミリィフロップ〕通常装備の軌道も気になる。
〔グスタフ・ドーラ〕は〔バーカム〕電子戦装備に牽制射撃をばら撒くと、一気に〔バーカム〕へと接近を駆ける。
「一人に拘るから、隙ができる」
ハンスは〔グスタフ・ドーラ〕のがら空きになった背中にロングバレル・レールガンの照準を合わせようとする。
瞬間、バッと〔グスタフ・ドーラ〕のメイン・スラスターが閃光を発した。アフターバーナーをかけて、戦場を突き抜ける。
「チッ。目くらましか」
ハンスは目を瞬かせて、〔バーカム〕電子戦装備で追撃を開始する。
高速で移動する〔グスタフ・ドーラ〕は周囲の火線を流れるように潜り抜けていく。それでも、何発か弾丸を喰らい、よろける場面があった。
「く、くぅ————」
コフィンは脳を揺さぶる激震に耐えながら、やっと動き出した〔バーカム〕を見据える。
追撃してきた〔ミリィフロップ〕通常装備と白兵戦にもつれ込みつつ、うまく逃げ出せない。大振りのヒートナイフとヒートブレードが接触するたびに弾けるスパークが煌めく。
その背後にある〔リジェネート〕のビーム砲門がこちらを向き始める。
撃たれれば確実にリーンが殺される。
コフィンの中で意識が弾けた。
「モードチェンジ、AMR」
再び〔グスタフ・ドーラ〕は対物狙撃銃を構えると、照準を〔バーカム〕の背後に合わせる。しかし、時折照準線と重なる〔バーカム〕がいて、引き金を絞るタイミングを躊躇う。
「隙が出た」
ハンスは〔グスタフ・ドーラ〕の鈍い動きを見て、容赦なくガトリング砲を叩き込む。まだ離れていたが、脅すにはちょうど良かった。
コフィンは背後からくる射撃に心臓が握りつぶされそうなほど緊張しながら、しかし、標的を見誤らない。優先すべきはビーム砲座。その大筒が〔バーカム〕を捉える。
破壊しなければならない。愛する人がいるから。その人のことを信じているから。
その瞬間、〔グスタフ・ドーラ〕の対物狙撃銃が光の矢を放つ。
「————っ!?」
リーンが敵機の操縦席にヒートナイフを突き刺した瞬間、〔バーカム〕の足元に一筋の光が走った。鮮やかな軌道。
刹那、〔バーカム〕は巨大な閃光を真横から受けて、煽られた。
「敵艦の砲台が、落ちた!?」
視界の端では確かに、巨大な筒が解けていくのを見た。〔AW〕が装備するものではない。ビーム兵器特有の強い発光だ。
それはリーンにとって、いい視線の運び方をさせてくれた。
〔グスタフ・ドーラ〕が迷うことなく、その閃光へと進んでいく。流されていく〔バーカム〕を受け止めるためだ。真っ白な光の中に浮かぶ濃い影を目印にして、コフィンはひたすらに操縦桿とラダーペダルを倒す。
ついに、〔グスタフ・ドーラ〕と〔バーカム〕が激突し、もつれあう。
「リーンさん、お、お怪我は!?」
コフィンが喉から必死に声を出す。
しかし、リーンからの返答はなく〔バーカム〕がメイン・スラスターを噴射して、機体を捻る。それが手一杯だと言わんばかりに。
瞬間、〔バーカム〕に銃弾の嵐が殺到した。
「——————がっ、はぁっ!?」
リーンの苦しそうな息遣いがコフィンの耳を打つ。
コフィンの頭の中が嫌な想像が駆け抜けて、心臓が止まりかける。
「あぁ――っ」
死なないで、とコフィンは心の中で叫んだ。
その咎める声は伝わることはなく、〔バーカム〕は次に〔グスタフ・ドーラ〕を突き飛ばすと、下方から接近してくる敵へと向かっていく。
「まだ生きてるかっ?」
ハンスは兄弟機とはいえ、しぶとく銃傷から火花を飛び散らせるリーンの〔バーカム〕を睨んだ。
このしぶとさがハンスをたまらなく苛立たせる。大人しくしていれば楽なものを、一矢報いようと抗おうとする姿は醜くいものだ。そして、その姿によって仲間を失い、煮え湯を飲まされた自分への屈辱を思い出させる。
激しい頭痛が彼の脳髄を焼いた。
ハンスはだからどうした、と感情的になって〔バーカム〕電子戦装備からガトリング砲とロングバレル・レールガンを捨て去った。代わりに大振りのヒートナイフを引っ提げて、向かってくる敵に対峙する。
いつまでも後方で重火器を振り回している男ではない。前に立ち、敵を屠る勇ましい隊長となる。そこにはどんな姑息な手段もいらない。自分の腕だけで殺してやるという過剰な自信が満たしていた。
「ハァッ」
リーンは血反吐を吐きながら、目の前から向かってくる敵機を睨み付ける。どんなに強かろうと、どんなに速かろうと、こいつには確実にないものがある。
「寂しい奴だな……。新人類ってのは……」
「なにっ!」
ハンスが狼狽したのは、リーンのノイズ交じりの声が聞こえたからではない。
〔バーカム〕が急上昇をかけて、正面が開かれる。
その先で〔グスタフ・ドーラ〕が荒ぶる敵味方の火線を背にして、対物狙撃銃を構えていた。凛として、覚悟を決めたようにその銃口はブレない。
まさか、これも作戦だというのか。
「悪いな……」
リーンの声とともに、〔グスタフ・ドーラ〕の対物狙撃銃のマズルフラッシュが瞬いた。
「——————っ!!!!」
もはや何を言ったのかわからない。感情が爆発すると同時に、ハンスの身体も光りの中へと砕ける。
〔バーカム〕電子戦装備は腹部の操縦席に大穴を開けて、勢いに負けて吹っ飛んでいく。爆発することなく、その力のない流され方は糸の切れた操り人形。
「…………俺は、弱ぇからよ」
リーンは重くなる瞼を閉じそうになりながら、流れていく〔バーカム〕電子戦装備を見送る。何度か衝突した敵は呆気なく、誰一人彼を迎え入れることはない。
寂しいことだ。誰かの後ろについて戦っていた時のハンスは強かった。もしも、彼がスタンドプレーに走らなければ、確実に殺されていただろう。
リーンを乗せた〔バーカム〕は背部にあるメイン・スラスターから漏電をほとばしらせていたが、奇跡的にも誘爆はしない。すでにほとんどの配電系統はちぎれて、ジェネレーターからの供給は途切れていた。
だから、〔バーカム〕も苛烈な戦場を流れるしかなかった。無抵抗に、残骸も同然に。
「リーンさんっ! 返事をして、リーンっ!!」
と、微睡みかけたリーンの耳に、ひび割れたコフィンの必死な叫びが聞こえた。
〔グスタフ・ドーラ〕が対物狙撃銃をかなぐり捨てて、ボロボロになった〔バーカム〕を抱いた。
「声を、聞かせて……」
コフィンは涙ぐんで、半壊した〔バーカム〕の頭部を見つめる。リーンが死んでいるとは思わない。思いたくない。
戦争が終わったわけでもない。ちゃんと向き合った交際をしたわけでもない。
こんな別れなど認めたくない。
その意識が膨れ上がっていく中で、無線にかすかな息遣いと優しい声がした。
「俺には、あんたがいるからな。死ねねぇな……」
コフィンの瞳から涙の粒が舞う。
リーンは体の揺すって、五体満足であることを確認する。それでも、背後から吐出した破片が深々と内臓を傷つけているのがわかって、深く息を吐いた。
〔グスタフ・ドーラ〕は慎重に〔バーカム〕を抱きかかえて、〔マーダー〕まで帰投する。彼らは確かな結びつきで勝利を掴んだ。
ハンス・ルゥの脱落を機に、戦況は大きく『地球平和軍』側に傾いた。〔AW〕は余計な注意がなくなって、戦艦を潰すことに専念できた。また、〔グスタフ・ドーラ〕のビーム砲破壊が功を奏して、敵の防衛力は低下していた。
小さな活躍しかできなくとも、リーンとコフィンは互いが生きていることに満たされていた。大きな結果なんかいらない。
小さな生の喜びにだって、人には十分なことだ。




