~機械の記録~ 強くなっても……
「敵艦艇の防衛網に突っ込みます!!」
「それでいいっ! 一気に進軍しろっ」
レミントン・バーグはこれ以上にない興奮を持って怒鳴り散らした。
月を眼前に控えて、彼の指揮する〔リヴァイン〕は敵戦艦の防衛陣を見下すようにして進行する。下方からは砲撃の嵐が舞い上がり、艦の底を傷つける。
しかし、直掩部隊並びに制圧部隊として動く〔AW〕部隊が敵艦艇の砲撃を制限するとともに、取り囲むようにして飛行する敵〔AW〕部隊と交戦する。
「後続! 何をしている?」
「艦長、〔シーカー〕船隊、足止めを喰らってます。このままでは、本艦が持ちません!」
オペレーターたちは口々に言って、激震の走る艦橋に体を竦ませた。
「クソッ! 艦の腹に当ててきやがった!」
毒づくオペレーターの声が響いた。それに続くように、対応するほかのクルーたち。
「閉鎖弁を下ろします」
「対応班は怪我人を運び出せ」
性急過ぎたか。
レミントンにそんな葛藤が生まれた。〔イリアーデ〕の特攻によって、敵旗艦と船艇の一部を葬り去ることができたのだ。この機を逃して、いつ攻勢に転じろというのか。
彼らの死を無駄にしないためにも、ここを突破しなくてはならない。冷静な指揮官としての任を放棄しているようなものだ。
〔イリアーデ〕に残り敵諸共散った兵士たちに嘆きと哀悼を手向けるよりも、彼らの活路、彼らの意志、彼らの覚悟をその胸に刻み込んで艦隊は進む。
接近する敵〔AW〕部隊には、機銃砲座が火を噴いた。主砲のビームは腹の下で喚き散らす船艇を蹴散らす。
火力では勝っていても、やはり物量と濃厚な火器の群れには〔リヴァイン〕と言えど厳しいものだ。
後続の〔シーカー〕隊も進撃を諦めて、〔リヴァイン〕の針路を確保することに行動し始めた。敵との相対距離が縮まった場所で戦闘することも危険が伴う。
〔シーカー〕の主操縦士、副操縦士は味方の〔AW〕部隊に弾薬を供給し、可能な限り援護射撃。隊列を立て直し、立体軌道で囲い込み漁のように展開していく。
「何? 残る? 艦長、〔シーカー〕船隊より、我ここで貴殿を援護する、です」
「————っ。敵の動きは!?」
「本艦への攻撃は継続。しかし、陣形が崩れ始めています」
「針路、確保っ。行けます」
操舵士が叫んで、レミントンを惑わすうやむやが吹き飛んだ。
「よし。各機銃座、弾幕を張れ。本艦は敵拠点へ進軍する。陸戦部隊も準備させろ!」
彼の命令が飛ぶと、艦橋クルーが応答し、次々と作業にかかる。
〔リヴァイン〕は敵艦艇、〔AW〕の猛攻の中を突き進む。目の前の月を目指して、速度を速めていく。
立て続けに起きる爆発を背にして、〔アル∑〕は次の標的に狙いを定める。
ビーム・ライフルの銃口が定まると、容赦ない一射が手近な〔ファークス〕電子戦装備を貫いた。
「電子戦装備はこれで全部?」
「まだまだ、右に一機。後ろにも、二機」
樹の声に、彩子が答える。
左手で爆発する〔ファークス〕電子戦装備を一瞥した〔アル∑〕は大きく跳躍し、敵の砲火から逃れる。
しかし、地上からの集中砲火が襲い掛かる。
〔アル∑〕は宙で姿勢を翻し、後方で固まる四機の〔ギリガ〕の部隊を捉える。スラスターを巧みに使い、右脚部の角度を整える。
「————んっ」
音が最良のタイミングで、右脚部レールガンを発射。
レールガンはしかし、発射前には見切られており、〔ギリガ〕部隊に傷を負わせることはできなかった。
よろめく〔アル∑〕を樹が立て直し、着地点を見据える。足元に映る灰色の地面、ちらつく敵機の影に心臓が締め付けられる。
前後左右からくる弾丸が機体を掠め、時にめり込み、貫通する。
彩子は仕方ないと、着地直前で『幻覚』を発動する。周囲に広がる電波の波動が敵機を飲み込んだ。
左右から挟み込もうとしていた〔ギリガ〕二機と〔ファークス〕一機が火器を構えたまま固まる。
「音、左の敵をっ」
「あい。わかてる」
〔アル∑〕がスラスターを噴射して、着地する。同時に右腕部で構えているビーム・ライフルを腰に回すようにして、左手に展開してる部隊に一射。出力を抑えた一撃は的確に電子戦装備の〔ギリガ〕を屠った。
正面からの攻撃には、メインとサブのスラスターによるホバー移動でジグザグに回避。ホバー移動は高速で移動できるが、レゴリスを機体に取り込んでしまう可能性もあった。被弾していることもあって、機能に障害が出るリスクがある。
音は通常モニタにポップアップされらエネルギーパックの残量を見て、口元を歪める。
彼女は迷わずビーム・ライフルが装着しているエネルギーパックを解除すると、新しいものと交換する。予備弾倉は二つ。すべて使い切る前に、残りの六機を仕留めなければならない。
敵は圧倒的な強さを持っているわけではない。月面での動きは鈍く、不自由している風に見えた。
〔アル∑〕はホバー移動で、重機が放置されている採掘場のクレーターへ入り込むと着陸する。
〔AW〕の巨体が何十機と張り込めそうな巨大な堀りは、自然にできたものではなく力任せに削り取られた証だ。
ずしんと骨に響く振動が三人に走る。
レゴリスが舞い上がる中、〔アル∑〕はビーム・ライフルを構えつつ、左腕部にカタナ一本を握った。
「周囲のもの、使えそう?」
「コンベアとか、とんでもなくデカイ何かとか、あたしにさっぱりよ」
「BWE、使う、できない?」
「何よ、それ?」
「とんでもなくデカイって言ってたやつよ」
敵が近づいていると知りつつ、彼女たちは周りのものを分析する。
BWE、バケットホイールエクスカベーターはクレーター、露天掘りの採掘場を任された巨大採掘装置だ。その〔アル∑〕を軽く凌駕するアームは壁となる表層に無数のシャベルを突き立てたまま停止している。武骨で鉄骨を緻密に編み合わせたようなその神秘的な外観を眺めつつ、〔アル∑〕はアームの下へもぐりこむ。
すぐにも、追ってきた敵のうち三機がクレーターの中へ。
「まずは正面っ!」
「あい!」
〔アル∑〕は素早く機体を横っ飛びさせて、着地した〔ギリガ〕通常装備をビーム・ライフルで射抜いた。出力は押さえて、的確にメイン・ジェネレーターを蒸発させる。
敵の反応が鈍かったのは、クレーンによって視認が遅れたからだ。
爆発。
それによって、飛び込んできた二機の〔ギリガ〕が煽られて、着陸がもたつく。吹き荒ぶレゴリスと爆発の光に〔アル∑〕を見失う。
〔アル∑〕も至近距離からの爆発に態勢を崩しそうになるも、BWEの基部、機体の胸部にまで及ぶキャタピラにカタナを突き刺す。無理やりに停止を駆けると、今度は跳躍する。
「んっ!?」
「敵の居場所は捕捉している。大丈夫」
音の引き攣った息遣いを聞いた彩子は即座にフォローする。
足元に映る巨大なアーム。網目のような鉄骨の向こうで、〔ギリガ〕二機が移動を開始する。こちらにはまだ気づいていない。余程、障害物や重力下の戦闘に慣れていないと窺える。
音は足元の照準線が一機の〔ギリガ〕と重なると、ラダーペダルを踏み込んだ。
〔アル∑〕の右脚部レールガンがパッと眩い光を放った。
真っ白に潰される通常モニタだったが、音には敵を射抜いたという自信があった。
また一つ光が暴れて、BWEを揺るがした。目先のアームを光が飲み込んだ。
樹たちは映像に防眩処理が施されているとはいえ、苦しいものだ。
〔アル∑〕がアームの付け根に着地すると、ゴウンッと歪んだ。機体は自動で姿勢を保ったが、月の重力下でも〔アル∑〕の重量は重いと実感させられる。
「ほかの敵はどうなの————っ!」
樹は言葉を遮って、スロットルレバーとラダーペダルを豪快に操作する。
わずかに横手に見えた機体のその軌跡が、彼女の瞬発力を試す。
〔アル∑〕は左から切りかかる〔ギリガ〕通常装備のヒートナイフに対して、加熱したカタナを突きだす。
当然、リーチの長いカタナが青白い閃光とともに一突きで〔ギリガ〕の操縦席を貫く。メイン・ジェネレーターを傷つけない一撃は誘爆を呼ばなかったが、それだけに生々しい機体の痙攣が三人の瞳に焼き付く。
だが、接近警報が恐怖心を解き放つ。
「————っ!」
「マイクロミサイル。アーム上に敵機が来る」
彩子は飛来してくるマイクロミサイルをEMPで攪乱する。
『幻覚』とEMPと連続使用でメイン・コンピューターの処理速度が急速低下。周囲で自爆するミサイルはともかく、アームを足場に飛び込んできた〔ファークス〕通常装備に対して行動が重くなる。
しかし、音が素早く右腕部に装着しているもう一本のカタナを展開。ヒレのようにカタナを伸ばす。
〔ファークス〕通常装備のヒートブレードと衝突。
〔アル∑〕は〔ギリガ〕を捨て去るも、プラズマの反発でさらに沈む足場に態勢が崩れる。
「くっ——」
樹は着地し、ヒートブレードを構える〔ファークス〕通常装備を睨んだ。この距離では、ビーム・ライフルを撃っても誘爆に巻き込まれる。
片膝をつく〔アル∑〕に敵の一閃が来るかと思いきや、〔ファークス〕通常装備は飛び上がった。大げさな斬撃かと思った。
だが、樹はアームの向こうで榴弾砲を構える〔ギリガ〕の姿を見て絶句した。その瞬間には榴弾砲は発射されて、マズルフラッシュが瞬いた。
「このっ」
樹は機体を傾けて、無理やりBMWから落っことす。
浮遊感が襲ってくると同時に目の前が真っ赤に燃え上がり、〔アル∑〕が吹き飛んだ。直撃は受けていない。次々と降りかかる破片が勢いよく飛来、側頭部の回折カメラを破壊する。辛うじて、センサーアイは死守したものの、視界は格段に落ちた。
〔アル∑〕が月面に背中から叩きつけられると、樹たちにも強烈な痛みが走った。ショックアブソーバーの調子がダメになっている。おそらく、月面に降下した際のダメージでおかしくなったのだろう。
仰向けになる〔アル∑〕に〔ファークス〕通常装備のヒートブレードが襲い掛かる。
樹たちはパイロットスーツの生命維持装置で無理やり頭に血を通わせると、すぐに行動に移った。
〔アル∑〕は左腕部のカタナを過熱させて、ヒートブレードをすり抜けるように突きを繰り出す。その向こうではBWEの壊れたアームが月面に豪快に落下。
〔ファークス〕通常装備にカタナが突き刺さる。そのままずるずると深みにはまっていくと、ヒートブレードは虚しく〔アル∑〕の腹部の横に突き刺さる。ちりちりと装甲が梳かされるも、致命傷ではない。
「————うっ」
彩子は覆いかぶさろうとする敵機を見て、思わず敵操縦者のことを考えてしまった。
気持ちの悪い感触に嵌る暇を与えず、〔アル∑〕は機体を起こして、〔ファークス〕通常装備を無理やり投げ飛ばした。
「まだ敵はいるよ。しっかりしてっ」
樹の必死な声が響くと、クレーターの淵から二機の〔ギリガ〕が榴弾砲を構えていた。
〔アル∑〕は飛ぶよりも早く、マルチ・ハープーンを壁に発射する。
榴弾砲が降ってきた。
「————ぎっ」
カエルが潰れたような声を上げる音。
〔アル∑〕がスラスターを噴射すると、マルチ・ハープーンの巻き上げとともに滑走する。樹は彼女の判断を理解できたからこそ、できることだ。
背後の爆発に押される〔アル∑〕だったが、その閃光は敵にとって邪魔な目くらましとなる。
〔アル∑〕は右腕部のカタナを収容し、くるりと回転。そして、壁に背部をぶつけるとそのままビーム・ライフルを掲げて、不用意に前に乗り出す〔ギリガ〕通常装備の頭部を吹き飛ばす。
それだけで、ビームの粒子は操縦席に到達しているはずだ。
「まだまだ————っ」
マルチ・ハープーンを切断する。
落下してくる敵機と後退するように〔アル∑〕は跳躍。
血の流れをお腹に下げられるような鈍い感覚を受けながら、樹たちは最後の一機を視界に入れる。
その機体は飛び上がってくる〔アル∑〕に何を思っただろうか。
半身を晒すように前に出て、伸びあがる加熱したカタナの刃を。
〔アル∑〕はメイン・スラスターで加速すると、〔ギリガ〕通常装備の半身を乱暴にカタナで突き飛ばし、クレーターから脱出する。
宙でバラバラになった敵機が数十メートル先に落下する。その無残な骸からは、怨念らしいものはない。
ただ機械が動かなくなったという実証だけが転がっている。操縦者の死体らしいものがこぼれていないのは、樹たちを少しは楽にした。
「…………」
三人は今になって、十二機の〔AW〕を相手に勝ったことを自覚する。達成感はない。ただ、開放的なものを感じるだけで、またすぐに閉塞の感情が襲い掛かる。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
樹は短く息を吸って、スロットルレバーを操作する。
〔アル∑〕が走り出す。右手にビーム・ライフルを携え、左手にカタナを下げて、目指すは敵の本拠地だ。
その一歩一歩の振動に、彩子も音も表情から恐怖がなくなり、真剣な眼差しを正面に向けていた。




