~機械の記録~ 激化の衝突
衝突する艦砲射撃に勇気づけられるようにして、『地球平和軍』の〔AW〕部隊が徐々に『新人類軍』の防衛線へと進行しだしていた。
「各機、散開。旗艦を守れっ」
ハンス・ルゥはその勢いに負けじと、隊員たちに檄を飛ばす。
艦隊へと取り付こうとする〔バーミリア〕バディを蹴散らし、ハンスの〔バーカム〕電子戦装備は僚機を伴って〔リジェネート〕へ後退する。
数機の〔シーカー〕が沈められて、彼の中で焦りがこみ上げてくる。このまま、力押しで負けてしまうのではないかと。
弾幕を貫いて飛来してくるビームを回避しながら、まばらに見える敵機のノズル光を頼りに発砲を繰り返す。
「敵出って、手負いのはず。それがここまで来る」
ハンスは僚機のマイクロ・ミサイルに隠れるようにして、機体を〔ファークス〕小隊の背後へ回り込んだ。敵機はマイクロ・ミサイルに集中して、〔バーカム〕電子戦装備の存在を感知していない様子だ。
「後ろも取られるくせにっ」
つんと鼻を突きぬける痛みを伴ってハンスは、〔バーカム〕電子戦装備のガトリング砲をばら撒いた。面白いように着弾する弾丸の雨は一瞬のうちに四機の〔ファークス〕を撃墜。
彼らにも余裕がないのだ。だから、戦闘の指向性は常に戦艦に注がれて、〔AW〕部隊への対応はおざなりにしている。優先するのは駆逐ではなく、突破であると言わんばかりの戦法だ。
ハンスは彼らの脆弱で先見性のない行動にはほとほと呆れた。お蔭で、仕留めるのは容易いことではあった。
「こんな連中に、負けるわけがない————」
ハンスは自身に言い聞かせるように言って、〔バーカム〕電子戦装備をジグザグに飛行させて、艦の横隊へ攻撃を仕掛ける敵〔AW〕部隊を掃討しにかかる。
瞬間、警報が鳴り響いた。
〔バーカム〕電子戦装備が無理やりに機体をねじり、僚機の〔ミリィフロップ〕通常装備は即座に応戦に入っていた。横隊から突き上げるようにして伸びた青白い光が、二機の合間をすり抜ける。
「あれか? もう一機の!」
機体を傾け、僚機のロングレンジ・レールガンで散開した見覚えのあるシルエットを捉える。
もう一機の〔バーカム〕だ。
初めて煮え湯を飲まされて以来、その存在を忘れたことはない。我欲が表だって、ハンスの頭が警告の頭痛を呼んだ。
ハンスはそれを素直に受け入れて、落ち着けと言い聞かせながら、応戦してくる〔バーカム〕に狙いを定める。今迄の敵と変わらない。狙って、引き金を絞れば撃墜できる敵だ。
脳裏で反芻する言葉とは裏腹に、味方の〔ミリィフロップ〕通常装備の操縦者が言った。
「隊長、下です」
緊迫感のない淡々とした声に、ハンスは虫唾が走った。
だが、次の瞬間には〔バーカム〕電子戦装備の背中を数発の弾丸が飛翔していった。機体が自動反応で回避行動をとったが、その隙をついて敵の〔バーカム〕が突っ込んできた。
「チッ————」
生憎と彼の〔バーカム〕には接近戦用の装備は搭載されていない。
遠距離射撃に特化させ過ぎたのが、〔バーカム〕の持ち味である瞬発力を接近戦で殺すことになった。だが、電子戦装備にでも、十分対応できる。
ハンスはコンソールパネルを素早く弾いて、『幻覚』を発動させる。
直情的な突撃であったがために、〔バーカム〕の動きはすぐに鈍くなった。正確には惰性で流されるだけの状態に陥ったのだ。
彼我の距離が縮まるも、ハンスの〔バーカム〕電子戦装備は向かってきた機体を蹴り飛ばして、互いの距離を取らせた。
だが、距離を開けたことで下方からの援護射撃が苛烈さを増した。〔ミリィフロップ〕通常装備がそばに寄って、向かってくる弾丸を腕部の防護プレートで弾いた。
そして、その機体も遠間からの攻撃から流されていく〔バーカム〕の護衛に回り込んだ。
重々しく構えた分隊支援火器がずっしりとした武骨な機体にあっていた。それだけに、制御の難しそうな気性を感じさせる。ハンスの感じるのは、コンセプト的には自機と同じだということ。
その姿に、誰かの後ろについていくことしかできなかった自分とを重ねる。
「いまさら——」
ハンスはもう誰かに付き従う立場にはない。今組んでいる操縦者、ひいては彼の部下たちを先導する立場にある。
「隊長。一機離れていくのがいます」
「確認している」
〔バーカム〕電子戦装備は寄り添う形になった〔バーカム〕と武骨な機体とは別に一度近づき、離れて行った〔バーミリア〕電子戦装備のことを言った。
一度間隔があいた銃弾の雨を抜けて、反撃の機会をうかがう。敵機の中心に回り、注意を引いた。
だが、〔バーカム〕とその僚機の動きは油断も慢心もない。息を合わせて、むしろ待っている感じすらある。艦砲射撃が激しくなる中で、彼らの機体は〔AW〕部隊の減らす役割を帯びているとハンスは直感する。
でなければ、すぐにハンスたちを見限って戦艦へ攻撃を仕掛けているはずだ。
「いいだろう。お前との因縁はここでつけてやるっ」
ハンスは意気込んで、自機のガトリング砲を〔バーカム〕に向ける。
その動きに呼応して、敵のバディも動いた。軽やかな動きと的確な援護射撃を繰り出してくる。
ハンスは僚機とともに、敵機を強敵だと認識する。
月面は酷く静かだった。クレーターと濃い影がちらつくものの、〔AW〕も砲撃もない。
着陸した〔アル∑〕は短距離跳躍を繰り返して、徐々に敵の総本山である『サテライト』に接近をかけていた。
「妨害はだいぶ和らいだけど……。『サテライト』の方では、何か起きてるみたい」
彩子は電子戦用モニタを睨んで、周囲の状況を知らせる。
樹は通常モニタに映る灰色と黒色の世界の地平線を見据える。『サテライト』までの距離はそう遠くはない。一気に跳躍すれば、ものの数分で到着するだろう。
しかし、周りを包む静寂が心を重くする。宇宙の静寂とは違う、もっと本質的な無音の世界。人知れず悟られず、何かが蠢いている気配だけが肌にぴりぴりと伝わる感触だ。
「樹、何か見える」
最大望遠で確認を取っていた音がつぶやいた。
恐れと緊張が入り混じった声音に、弾んだモニタの画像を樹と彩子は注視する。何もない月の地面から飛び上がった映像からは、そっと『サテライト』の施設が顔を見せ始めていた。
だが、それだけではない。
「何かいる!?」
樹が視界に入れたのは、『サテライト』より先で破裂した光芒。何かしらの攻撃であるのは間違いないのだが、自分たちに差し向けられたものではない。
「誰か、他にも来てるってこと?」
彩子の見解には、樹と音も同意だ。
おそらくは『ガーデン1』からの侵攻部隊だろう。それにしては、派手なアクションはない。少数で乗り込んできたと感じられた。
〔アル∑〕は一度月面に着陸すると、メイン・スラスターを噴射して大きく跳躍した。もう迷っている暇はなかった。誰かしらが交戦しているのならば、今の隙に敵拠点を制圧することに越したことはない。火事場泥棒のような行為でも、機会を逃してはまたずるずると犠牲者を増やすだけ。
高度が上がると、いよいよ『サテライト』の全貌を通常モニタが捉える。
「彩子、どう?」
「武器らしいものは————、いや、待ってミサイルッ」
彩子は『サテライト』のあちこちから競り上がるサイロを発見すると同時に、ミサイルが一斉射される。
〔アル∑〕は向かってくるミサイル群をEMPで攪乱すると、機体を降下させる。頭上で爆裂するミサイルに押されるように、月面へ半場落下するように降りる。
「これで、敵もアームウェアを差し向けてくるかも」
強張った樹の声はより強く気持ちを縛った。
気構えはできていても、やはり敵地に踏み込むことは勇気のいることだ。先の攻撃も彩子が対応したから、敵の対空砲火から逃れることができた。
しかし、それを逃れた今次に来るのは何か。
「来たっ!」
音が叫んだ。
なだらかな地平線の向こうより数機の〔ギリガ〕と〔ファークス〕が流れ込んできた。あって中隊規模、十二機前後がレゴリスを巻き上げて、かけてくる。
〔アル∑〕もビーム・ライフルを構えて、敵射線から外れるように走り出す。
そして、〔アル∑〕めがけて、レールガンや九〇ミリマシンガンの豪雨が襲い掛かる。
「みんな必死なんだ。だから、あんな機体を持ち出す」
「敵が散開。二時方向から、マイクロミサイルッ」
「彩子に任せる。音、撃って」
「負けられない、よね」
音は言って、ビーム・ライフルを敵機へと発砲。
向かってくる弾丸を焼きながら、ビームは敵部隊の手前に着弾。巨大な粉塵を巻き上げて、目くらましとなる。
その一方で錯乱させたマイクロミサイルが宙で爆散する。
〔アル∑〕は壁のように押し迫る粉塵と闇雲な銃撃から逃げるように近くのクレーターに滑り込んだ。この一帯には身を隠せそうなクレーターが多数ある。例え三〇メートルはある巨体でも隠れて、応戦することはできる。
巻き上げた粉塵がぱらぱらと降りかかる。
樹と音は頭上を見上げて、敵の攻撃が緩まる機会をうかがう。
「ビームの影響? 敵の熱反応もわからないわ」
彩子は電子戦用モニタで戦況を確認しつつ、ビームで焼かれた粉塵の厄介さを思い知る。詳しい戦力差も、どれだけの武装を有しているのかも、現行ではほとんどわからない。
接近戦を仕掛けるにしても、電子戦装備には注意を払わなければならない。
〔アル∑〕は息をひそめて、クレーターの崖に寄りかかり、舞い落ちる粉塵に埋もれる。敵の銃撃が緩みだし、こちらの出方を窺っている雰囲気になる。
「彩子、音、準備して」
「何するのよ?」
彩子は思わず声を潜めて、樹に問うた。こちらの声が聞こえるはずもないが、どうしても近くに敵がいると思うと委縮してしまう。今ここにいるのはたったの三人。たったの一機。
音も固唾を飲んで、因縁の地に降り立ったことに気持ちが揺らいでいた。母親が殺された場所、自分が育ってきた故郷。灰色の世界で、自分が銃の引き金を引く日が来るなど今にして思えば、おかしな話であった。
そして、樹はスロットルレバーを強く握る。逃げ場所などない。いいや、ここからもう一度逃げ出そうとは思わない。
三か月前に脱出したときと違う。
「ビーム・ライフルで脅しをかける。あとは、出たとこ勝負」
覚悟を決めろ、と樹は言っているのだ。
音と彩子は短く息を吐いて、スロットルレバーを握る手に力を込める。
「行くよっ!!」
樹の掛け声とともに〔アル∑〕はクレーターから上体を晒す。
敵との距離はあと五〇〇メートルにまで縮んでいた。それは同時に、敵操縦者にとって度肝を抜かれることでもあった。
正面の〔ファークス〕、〔ギリガ〕の動きが鈍る。別働隊がその異変に気付くが遅い。
〔アル∑〕は澄んだ視界に迫る敵機の横隊にビーム・ライフルを発射した。樹たちの覚悟を受け取ったように、一条の光が月面を走った。




