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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十九章
141/152

~決戦~ やらねばならない

 ハンス・ルゥの感情は穏やかではなかった。


 彼は向かってくるだろう敵、『地球平和軍』を待ち構える一兵卒として防衛陣に入っていた。 


 展開する部隊は二つ。どちらも戦艦一隻に、十数機の小型船艇。防衛網は月から数千キロ離れた宇宙の地球側とラグランジュポイント4へ広く、そして立体的に陣形を整える。ハンスがいるのは後者だ。


 それより少し先の防衛線には機雷原を敷き、武装した駆逐人工衛星が設置されている。それらは妨害(ジャミング)の中にあっても、無差別に向かってくる敵へとマイクロミサイルの雨をお見舞いする。


 他にも、発信機付きデコイ、自動操縦に設定した陽動〔AW〕、マイクロウェーブ発信機を搭載した〔シーカー〕などなど、敵をかき乱すには十分な武装を用意している。


『新人類軍』の防衛網は鉄壁とまではいかないも、十分に『地球平和軍』の戦力差を詰めていた。


「各機、用心しろ。敵は少数とはいえ、油断できないぞ」


 ハンスは彼の指揮する〔シーカー〕小隊、〔AW〕の数十六機編隊の面々に無線で檄を飛ばす。とはいえ、彼は今〔シーカー〕の操縦室にいるために返答があるのは、他の〔シーカー〕の主操縦士からの事務的な返答だけだ。


 高揚感などない。機械的に敵が来れば迎撃するシステム。


 ハンスはマイクを副操縦士に返すと、深々とため息をつく。


「後釜とはいえ、これか……」


 ハンスは自身の身に余るような隊長就任に、少なからず怖気ていた。そのことで頭痛がするのは、おそらく組織的ではないからだ。個人の問題であって、他者の起因ではない。


 そもそも、(リン)燕華(イェンファ)が離脱することが決まって、その精鋭部隊を預かるはずだった彼はこれくらいの部隊を動かす力がなければならない。


 ハンスの横につく〔シーカー〕の主操縦士、副操縦士は黙って、作戦の時を待っている。目の前に見える宇宙の深淵に憑りつかれたように、また敵が動くだろう光を待つように。


「先が思いやられる」


 そう思うことで、自分の責任を今の部下たちに押し付けたいがためだ。


 指揮官、上官として才能がないのだろうか。才能云々の問題は頭痛のする頭から追い出して、とにもかくにも『ローグ1』から進行してくるだろう敵に備えるのが、何よりの務め。


 ハンスは軽く首を回すと、休憩室(レストルーム)に移動する。


 ピンと張りつめた緊張感。一歩踏み込んで、彼は今の部下たちが少なからず、この戦いに不平不満を感じていると察する。誰もかれもが迷走するように目を瞑り、何かに思いをはせている。


 こんな時、(リン)燕華(イェンファ)ならどうしただろうか。


 ハンスは燕華(イェンファ)のことをふと思い出してしまい、すぐに頭を振った。


「あの人はもういないんだ。俺が、やるんだろ」


 ハンスは自分に言い聞かせて、凛然と振る舞ってシートに体を沈める。後ろから来る冷えた空気は錯覚か、彼の首元を掠める。


 体を強張らせて、短く息を吐く。


 すぐにも戦いが起こるかもしれないというのに、ハンスは自らの部下におびえていた。難しく考えることではないも、手足のように動かそうと思った時、彼らは本当にそう動いてくれるだろうか。


 精鋭部隊の面々は、少なくとも個人的な判断力に長けていた。その個人というのも、常に周りに対して目の届く範囲、行動と律する理性があって、私情で動いているわけではなかった。だから、ハンスもそうした中でもまれていたために、判断力はあると自負している。


 同時に、そうした理性的な人材がハンスの軍門に入らなかったのは、やはり痛烈な傷だ。


 認めてもらえなかった。その一点で、ハンスは自信を無くしている。


「…………この戦いで証明してやる」


 ハンスは一人つぶやいて、肘掛を強く握りしめた。


 自信の喪失は単に、自由奔放な元上司の強さにまだ引け目を感じているからだ。彼女は強かった。どうしようもないくらいに強く、最後の最後で自らの意志でその命を散らせた。


 その働きがハンスたちが受け持つ防衛網に少なからずの安心感を持たせていることは、酷く滑稽な話だ。


 死してなお、彼女は『新人類軍』に奉仕した。同時に『新人類』になるのを拒んだ。矛盾を抱いて、しかし志を奮っていた。だから、精鋭部隊の面々は彼女に付き従ったのかもしれない。


 ここに理念がないと決めつけて。


 ならばこそ、ハンスが『新人類軍』の勝利とともに、地球に住む人間たちに正しさを証明して見せよう。官僚主義に食いつぶされる社会など打ちこわし、より優れた存在のもとで生きることが人類を存続させるのだと。


 ハンスはパイロットスーツの再チェックをして、自身を鼓舞する。


「俺が強いということを」


 それは敗北感を味あわされた敵、『地球平和軍』の〔バーカム〕に向けての言葉でもある。ツンッと鼻に抜ける様な頭痛がした。




『新人類軍』と『地球平和軍』の戦力差を埋めるには策略と個々の働きにかかっている。それは明白な事実であり、人材不足を否めない『新人類軍』には策を講じて相対するしかないのだ。


 地球側に展開する部隊を取り仕切るグレッグ・F・フォンセは静かに、旗艦である〔リジェネート〕の発令所の指揮官シートに体を固定していた。この船は航行用の艦橋とは別に発令所が設けられ、例え、どちらが潰れても最低限の航行機能は維持する。


 同時に、どちらかが生き残れば戦闘は続行できる。


「敵の動きはどうだ?」

「敵、距離四〇〇〇〇を維持して、硬直。機雷撤去の動きも、ありません」


 グレッグはオペレーターの報告をなんとなしに聞いては、メインモニタに映し出された『地球平和軍』の戦力を眺める。戦艦級と呼べるのは〔リヴァイン〕と〔イリアーデ〕一隻ずつと小型輸送船〔シーカー〕が数隻。〔AW〕の保有数はわからないが、かれこれ二日は大きな動きを見せない。


 彼らは挟撃をもくろんで、『ローグ1』から出港した〔マーダー〕と〔シーカー〕を待っていようにも考察できる。


「賢い動きをしているとは思えんな……」


 グレッグは脳髄をフルに働かせて、とにかく目の前の敵を観察することに集中する。


 もし今ここでしかければ、『新人類軍』を揺さぶれると普通は考える。分散した戦力を少しでもひき付けて、不利に働いている〔マーダー〕勢力を援護するべきだろう。


 (リン)燕華(イェンファ)の身勝手な離脱が引き起こした戦闘は、少なくとも『地球平和軍』に打撃を与えているのだ。だからこそ、焦りや不安、強引な作戦の発動が予測できた。


 いや、グレッグならそうなっていたという話。そうなっているという話。


 彼は働かせていた脳髄を貫く痛みに、自身が感情的にあっていることを知る。


「…………っ」


 グレッグはこめかみを押さえて、忌々しげに目を細める。


「くだらないな。こんな時に、死んだ女のことなど」


 彼の小さな独白を、周りのクルーたちは無視する。


 敵の動きがいつあってもいいように、二日も構えているのだ。今さら指揮官の愚痴ひとつで揺らいでいる暇などない。


 決戦は目の前に構えている。今は互いの心理戦ともいうべき時だ。


 グレッグはしかし、そうした精神面が脆くなっていることに不快感を感じていた。


 燕華(イェンファ)の特攻が万に一つ生存できるものではないことくらいわかっていた。それで生き残れるような女なら、まず手放さなかったはずだ。


 生き残れないと知っていたから手放したというのか。


 そんな邪念が頭を過った瞬間、オペレーターが静かに言った。


「敵に感あり。ビーム、来ますっ」

「————っ。各員、第一戦闘配備。ビームはただの梅雨払いだ。本命は————」


 瞬間、展開する戦列の先、数万キロメートル先で爆裂が起きる。迸るいくつもの機雷の光芒と防御人工衛星の雑多な迎撃があった。


 ビームの閃光が戦列の目と鼻の先まで来たが機雷などで拡散され、光の霧となる。


 グレッグはその光をモニタしていたために一度口を閉ざす。


「本命はまだだ。第二波、来るか!?」

「————来ました! 熱源多数。ミサイルです」


 冷静に対処して見せるオペレーターを見て、グレッグはようやく集中力を取り戻す。


「各機銃座、準備しろ。第二波迎撃後、ダミー・アームウェア、放出」

「了解。カタパルト、聞こえているか?」


『地球平和軍』の第二波攻撃が機雷源と人工衛星によって撃ち落とされ、生き残った数発が向かってくる。そのミサイル群は〔リジェネート〕と〔シーカー〕船隊のアンチ・ミサイルと機銃によって相殺される。


 いくつもの閃光がバッと膨らんで、しぼんでいく。地球がその光の中から見えてくるのと時を同じくして、黒点のような影が見えた。


「敵艦隊、進軍開始!」

「ダミーを出せ」

「了解」


 グレッグの指示が飛んで数秒後、〔リジェネート〕のカタパルトから自動操縦の〔ミリシュミット〕、〔ファークス〕、〔ギリガ〕が放出される。中隊規模だ。


 様子見で出した機体はプログラムに従って、電子戦(EW)装備は妨害(ジャミング)を張り、『地球平和軍』の艦隊へと弧を描くようにして進軍する。だが、何もない一帯の宙域ではすぐにそのノズル光の軌道を読まれて、発見されるだろう。


 今度は数十秒待った。


「観測班より。敵アームウェア展開を確認。大隊規模と推測されます」

「よし。マイクロウェーブ、準備しろ」

「敵さらにアームウェアを投入との知らせが入りました」

「かまわない。出てくれるなら、好都合だ」


 グレッグは敵の迂闊さ、勢いを笑いたかった。


 流れが完全に『地球平和軍』に傾いていたのは重々承知だ。


「無遠慮な自信は、怯えている奴にしか効かないな」


 グレッグはつぶやいて、シートの肘掛にある受話器を取って格納庫へとつないだ。


「アームウェア部隊は準備を急げ。マイクロウェーブ照射後、艦隊の第一波攻撃を行う。その三〇秒後には出撃」

「ダミーはどうします?」


 格納庫でまだ溜まっている機体のことだ。もちろん、その使い道もグレッグは考えている。


「そいつは艦を守るデコイに使える」

「了解っ」


 気合の入った声を聞くとグレッグも小さなことは考える隙はない。


 戦争が起これば男に箔がつくというもの。今まで燕華(イェンファ)のような女に頼っていた自分を呪う。


 自らが指揮を執って戦うからこそ、グレッグ・F・フォンセは『新人類』という理想を追い求める。そのための『新人類軍』だ。


「マイクロウェーブ、照射準備完了」

「敵、ダミーと接触。三機撃墜されました」


 矢継ぎ早に報告が飛んだ。


 グレッグは受話器を戻すと、オールバックの髪を撫でながら言った。


「マイクロウェーブ、照射。各員、気を引き締めていけっ」


 発令所に一体感ができた。


 少なくともグレッグにはオペレーターたちの迅速な反応に、そう感じた。もう女に未練など抱かない。


 決戦を制することだけを考える。それが参謀の役割だと自戒する。 

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