~決戦~ 一喜一憂
戦乱が近づいてくると心臓が高鳴り、頭の中がぼうっとする。興奮か、恐れかもわからないその体の調子をリーン・セルムットは懐かしく思った。
彼の操る機体〔バーカム〕が〔マーダー〕の格納庫に入って、誘導灯を振る整備員の指示に従って、固定カタパルトへとその脚部を落とした。
ズシンッと鳴る鉄の音とおもに、腰を浮かせる柔らかい衝撃が走る。
リーンはメイン・モニタに流れる人のきびきびと一心不乱な様子に、目を奪われた。戦いが近い。それもこれで終わるかもしれないという希望ある戦いだ。働く整備員も操縦者も、一様に無駄のない動きをしようとしている。
そう見えるだけで、誰もが現実のすさまじさを予見し、それと向き合おうと必死なのだ。
戦争が人を変えるというのは、目の前の現実を受け入れるよりも今の自分を否定することから始まっているような気がした。抱いてはいけない感情、情念を頭で切り離して、現実に合わせようと順応性を高める。
リーンはそんな哲学や偏見もおこがましいことを考えて、ようやく機体のハッチを開ける。
と、すぐにも担当の整備員が来て、ハッチの縁につかまる。その男は〔バーカム〕を初期のころから支えているメカニックマンだった。
「すぐに調整に入る。どこか、不具合はあるか?」
「いいや、十分だ」
リーンはパイロットスーツのジョイントを外し、体を浮かして、同じようにハッチにつくと整備員を見る。
「追加装甲がいいんだ。これも、あんたらのおかげだ」
「よせよ、気色悪い。本体の方が大丈夫なら、操縦桿やペダルの遊びは?」
「それは————、特には。サブ・モニタの映りが悪いくらいか……」
リーンが顎に手を当てて、調子を思い出す。
整備員はニタニタと笑って、彼の肩を叩いた。軽々しくも重みのあるそれは、過剰な感じがあった。
「わかった。直しておく」
「よろしく頼む」
リーンはそう言って、隣に固定される〔グスタフ・ドーラ〕に視線を送った。重々しい外見とは裏腹に、繊細な動きでカタパルトに脚部を固定し、静かに降り立った。
排熱ダクトから熱風が吐き出されて、周囲の空気が熱くなる。
「おらっ。行ってやんな」
整備員がニタニタと笑って、リーンを小突いた。
それにはリーンも意図がわかって、少し恥ずかしくなる。ふと湧き上がってきた特別な感情は、強張っていた体を解してくれた。
「機体の整備に立ち会わなくていいのかよ?」
「何、俺の恋人みたいなもんだぞ、コイツは。お前さんよりは理解がある」
整備員は〔バーカム〕の固い装甲を叩いて、強がりの笑みを浮かべる。
「時間もないんだ。少しは冷静に話す時間はあったほうがいい。悔いを残すぞ」
「…………ありがとよ」
リーンは整備員の肩に手を乗せると、そのまま〔グスタフ・ドーラ〕の方へ流れた。無為に言葉を重ねる以上に、整備員の心意気はひしひしと伝わった。
彼が〔グスタフ・ドーラ〕に取り付くころには胸部のハッチは開いて、操縦者であるコフィン・コフィンが顔をのぞかせていた。ヘルメットはリーン同様しておらず、搬入作業だけという雰囲気。
その隣に褐色肌のガタイのいい整備員がよって、簡単な打ち合わせをし始める。
「ここのジョイントなんですけど、緩んでるみたいです。射撃管制装置は良好です。あ、新しい機体のバックアップデータをお願いします」
「わかった。随分と変わったな、准尉」
「そうでしょうか?」
コフィンが褐色肌の整備員に微笑むと、リーンが近づいていることに気づきいて顔を動かす。
「リーンさん」
「すまない、邪魔するつもりはなかったんだけど……」
リーンはハッチにつかまって、無重力に体を浮かせる。
コフィンと褐色肌の整備員はそんな彼を物珍しそうに見る。特に整備員はなにか思うところがあったのだろうか、口の端を緩ませるとすぐに彼女に向き直る。
「それじゃ、あとはこっちでやっとく。何かあったら、連絡するからな」
「ですけど……」
「ヘルメットを忘れんな」
褐色肌の整備員はコフィンの頭を軽くつかんで回れ右をさせる。
コフィンが子供のようにあしらわれるのを怒っているような恥ずかしがっているような、気難しい顔をして一度操縦席に戻った。
その隙をつくように、整備員は隣に立つリーンに囁く。
「生きて帰って、幸せにしてやんな。そのために、機体は万全にしておいてやるかよ」
「いい人過ぎじゃねぇか?」
リーンが照れ隠しに早口に言うと、コフィンがヘルメットを抱えて出てくる。きょとんとした瞳を男二人に向けて、小首をかしげる。
と、褐色肌の整備員はコフィンを見て言う。
「若い男女の、勢い任せなのが面白くってな」
「なんですか、それ?」
「勢いがついたら、あとはお前さんらで足並み揃えるしかないってこった」
質問したコフィンはますます首を傾けて、難しそうに瞳を細める。
リーンは意地の悪い性格をしている、と肩を竦めて、コフィンの横に回り込んだ。
「わかってるよ。コフィン、借りてくぞ」
「俺のじゃねぇよ、曹長。自分のもんにしろって」
褐色肌の整備員が白い歯を見せると、操縦席の方に流れた。
コフィンがおどおどと両者を見比べる。何の話かさっぱり分からず、ついてきてない様子だ。それだけ、彼女が初心であり、純真である証拠だ。
リーンはコフィンの細い腰を優しく抱いて、一度彼女を見た。
「移動する。痛くはねぇか?」
「い、いえ、だだ、大丈夫です、はい」
コフィンが裏返った声をする。
リーンは気が引きけたが、〔グスタフ・ドーラ〕のハッチを蹴ると頭部の方へ上がる。整備員数人が荷物を運んでいくのを待って、さらに壁際のキャットウォークへ移った。
振り返れば、熱気を帯び始めた格納庫があった。
「あんまり時間もねぇし、その……」
「わたしは少しでも長く、リーンさんと一緒にいたいです」
コフィンがぐっと押し殺した声で言った。
触れ合う体から伝わる彼女の精一杯の強気と弱気。戦闘が始まるのが急に怖くなってしまったのだろう。それはリーンにも言えることだった。
このまま好きな人と一緒に生きていたい。だが、それを叶えるためには困難に立ち向かわなければならない。愛情が足を引っ張る。
思わずリーンの腕に力がこもり、強くコフィンを抱き寄せた。それから、周りに自分たちの怖気を悟られぬようキャットウォークを蹴った。
しかし、周りを見ればリーンとコフィンの他にも男女でいる人もいる。整備員同士、操縦者同士、または整備員と操縦士とリーンの見かけでは数組あって、そのどれもが必死な顔をしている。
弱気を見せない。強気だけで、どうにか乗り切ろうとしている。だが、それでも相手には見透かされているような愁いが漂う。
中にはリーンたちの同様体温を確かめるように体を密着させているのもいる。
それを現実として、受け入れるのは辛いことなのかもしれない。愛情を捨ててまで、命を捨てる覚悟ができるだろうか。昔のリーンなら、馬鹿げていると自らの死に場所を探すように攻めに転じていただろう。
今は、隣にいるコフィンを捨ててまで、失ってまで戦いたくはない。その胸を突く痛みは次第に大きくなって、現実から逃げ出したい気持ちになる。
「よぉ、お二人さん」
と、前方から冴えない雰囲気の中年男、フォース・ロックが流れてくる。
リーンとコフィンは慌てて離れると手すりにつかまって、止まった。
「隊長、ミーティングの方は?」
「ああ? んなもん、とっくに終わってる。三人娘も機体の準備中だ」
「追加装甲を壊してしまったことは……」
コフィンは先の戦いで自分たちが無理やり〔アル∑〕の追加装甲を使い、ビーム・ライフルで残存勢力を葬り去ったことを思い出す。それだって、追加装甲には重いダメージを受けて、バリアブル・バーニアを壊されてしまった。幸いというべきか、バインダーとビーム・ライフル、エネルギーパックの残りは守ることができた。
フォースはケラケラと笑って、腰に手を当てる。
「あいつらが気にすタマかよ。今あるもので、精一杯やってる」
「強いんだな、あいつら」
リーンはつぶやいて、樹たちのことを思う。
出会ったばかりはただ駄々をごねる煩い娘程度だった。それが戦いを重ね、日を費やし、だんだんと風格を持ち始めた。才気があったというのもある。逃げることはせず、地球からまた宇宙に上がってきた。
その精神力には少年兵上がりのリーンでも、驚かされた。
フォースは笑いを絶やすことなく、暗い面持ちのリーンとコフィンを見る。
「そうさな。だが、あいつらだけが強いのか? 俺には、お前らがうらやましいくらい強いと思うね」
「そうでしょうか? わたしは何も……げふっ、えふっ」
コフィンが尻すぼみに言って、咳き込んだ。まだ完全に治癒されていないようだ。
リーンが慌てて、彼女の背中に手を当てる。生命維持装置が邪魔で擦ってやることはでいないも、背中を丸めるコフィンの助けがしたかった。
フォースは言った。
「大事なもんが傍にいるとな、そういう風に手を貸してやる。そういう強さってのは、アームウェアに乗ってる時と変わらないな」
「変わらない?」
リーンはコフィンの肩に腕を回して、ゆっくりと丸めている彼女の背中を伸ばす。
それとは対照的に胸につっかえるものが湾曲して折れそうな感じがあった。
「なんのためのバディだ。お前ら、俺と会う前からよろしくやってたんだろ? 今さら何を疑ってんだ?」
フォースの言葉に、リーンは目を見張った。
リーンは自分の力のなさを思い出す。ただ一人で突き進み、一人で多くと戦おうとしていた時。だけど、一人で気負っても自滅を呼びだけで危険でしかない。
それをコフィンとともに乗り越えたのだ。二人は弱いのかもしれない。だから、惹かれたし、拒絶もした。
リーンはゆっくりとコフィンに視線を移すと彼女の無垢な瞳が映り込んだ。弱々しい瞳。それでも、その瞳に映るのはリーン・セルムットその人。
何を今さら、このことから逃げる必要がある。
何を今さら、戦いから自分の気持ちを否定する必要がある。
リーンは確かにコフィンを愛して、まだまだともに時間を過ごしたい。生き残るんだ。悲嘆にくれるのは、お門違いといもの。
「そうですよね。今さら、だよな」
「はい。わたし、決めましたもの」
コフィンが強く言って、頷いた。
その様子をフォースがニタニタと笑うも、その顔も徐々に柔らかく優しいものになっていく。遠くにいる誰かを思うように、父親の顔がそこにあった。
「気を引き締めていけ、セルムット曹長、コフィン准尉。次で終わりにするからな。三人娘に後れを取るな!」
その言葉に、リーンとコフィンは姿勢を正して了解と返答する。
そこまで言って、フォースが二人に顔を寄せてぼそりという。
「ま、小休止を取るのもいいが、異性間交流はほどほどにな。ここには重力ブロックはないからな。寿命が縮むぞ」
そのいらない忠告に、リーンとコフィンは顔を真っ赤にして口をそろえて叫んだ。
「「そんなことするかっ!」」
大声に誰もが視線を向けて、二人はさらに困ったように視線を泳がせるとそそくさと格納庫から逃げ出していった。
取り残されたフォースはキーンとする耳鳴りに顔を顰めながら、悪戯な笑みを浮かべた。
「まだまだ、若いねぇ。踏み越えてみりゃ、大したこともなくなるだろうに」
一人下卑た想像をしならが、自機の点検へと移動する。
急を要する準備は人の心を焦らせもするが、短い時間が決して足りないとは思わない。その時間にできる精一杯を過ごし、そして長い時間を迎えようとするのだから。




