~狼煙~ 影と光と……
『サテライト』を脱出した〔アル+1〕は月の周回軌道を脱して、『ガーデン1』を目指していた。もし、樹たちの覚醒が少しでも遅れていたら、月の周回軌道をまだ回っていたことだろう。
南半球が暗い地球を正面に捉え、徐々にその大きさを増しいく。この漆黒の宇宙に青い宝石を思わせる。先駆者が奇跡の星だといったのは、間違いじゃないと樹たちも実感できた。
「追ってくる機影は、本当にないの?」
「何度も言わせないでよ。ほんとのほんとに、ないんだってば」
彩子は不慣れなスロットルレバーによる操作に、顔を顰める。
電子戦用モニタを下して、彼女は周囲の索敵をしているのだが、デブリはキャッチしても〔AW〕や宇宙船の反応は全くない。
映像つき内線を使って三人は、周囲の状況を吟味した。それぞれウィンドウ表示されたレーダー画像と顔を見て、敵の存在はないと判断した。
「はぁ……。これで少しは余裕ができたかな」
樹はヘルメットのバイザーを上げる。それにならって、彩子と音もバイザーを上げた。
慣性航行に入って、三人はやっと安心感を得ることができた。
追手が来ないなら、衛星航法システムを頼りに『ガーデン1』に向かうことができる。一度でも戦闘に入ってしまったら、戦闘空域を抜けるまで自分たちの位置が分からず、簡単にたどり着くことはできない。
「それよりも、お腹大丈夫なの?」
「え? えぇまぁ、大分落ち着いたけど……」
樹の落ち着いた反応を聞いて、彩子は内心ほっとした。
しかし、彼女のむちゃくちゃな行動を振り返ると、思わずムッとなってしまう。無茶を一人で引き受けている感じが、無性に嫌なのだ。
「そ。元気なら、いいけどっ」
「何、その態度? あなた、大丈夫?」
「? 彩子、怒る?」
「二人して何よ……。心配して、損したわ」
彩子はツンケン言って、画像つきの内線を切ろうとした。
しかし、音が急に待ったをかける。
「待た! これ、船違う?」
「え? 脱出船が近くにあるの?」
樹が食い入るようにレーダーを画像を見た。
しかし、やはり船の影はない。
「見間違いじゃない? 索敵範囲を上げてみる?」
「違う違う――――。あっ。絵送る、忘れてた」
音はレーダー画像のことではなく、自分が見ていた望遠画像のことを言っていたようだ。
樹と彩子は呆れながら、通常モニタに映し出された新しいウィンドーに視線を射た。
それはほんの数秒前のスクリーンショットで、画像はぼやけて星の輝きが目立っていた。しかし、その左端で星の光を遮る小さな影が確かにあった。〔アル+1〕から、かなり離れているようだ。
「これ、本当に船かな? 方位だって、全然『ガーデン1』に向かう方向じゃないし……。てか、画像粗すぎて、そう見えるだけじゃないかしら」
「なら、フィルターかけて解析して」
「できるの? そういうハイテク機能?」
「アーム・ウェアはすでにハイテクなんだけど……」
樹の皮肉屋めいた発言に、彩子は自分の無知さに恥ずかしくなる。いや、樹の言い方にも、十分イラッときた。
「わーってるわよ。やれるんでしょう」
彩子は威勢よく言って、作業に取り掛かる。だが、慣れない機械の操作に、いらだちながらマニュアルと見比べて作業をした。
その際、樹は手伝うことはしなかった。少しでも、彩子に自分の技量を開拓してほしいのだ。それが放任的でも一番身につく方法だと、彼女は考えている。
そして、彩子も誰に頼るということもせずしてしまう。彼女の主義なのだろう。
予想以上に時間をかけて、電子戦用ディスプレイに移動させたスクリーンショットを解析する。
「で、できたぁ…………」
彩子は苦行から解放されて、思いっきり脱力する。
解析はコンピューターが自動でやってくれるから、あとは待つだけ。
それが数分と掛からずに終わったことに、彩子は機械の有能さに嫉妬した。
「うぅ。あたしの作業もやりなさいよ…………」
「〔アル〕に言っても仕方ないでしょう? それで、結果は?」
樹の催促に、彩子は悔しいながらも解析画像を内線共有した。
映った画像は、鮮明に影をくっきりとしており、輪郭がはっきりとしている。
『不可解な影』は円錐型で、底の方に光を出しているように見えた。
三人は頭の端っこでこの形状から一隻の船を思い浮かんだ。
「ぐるぐる船?」
「クラッカーみたいな宇宙船よね?」
「うん。たぶん、〔リンカー〕。データ照合してみて」
「また、雑用ぉ……」
彩子はため息交じりに言って、画像の影を〔アル+1〕のデータバンクと照合させる。
瞬時に結果が出され、〔リンカー〕の見取り図が三人の通常モニタにウィンドー表示された。
「避難船かしら?」
「わからない……。向きから考えると、『ローグ1』に向かってるようにも見えるけど」
「ぐるぐる、迷子? 助けいく?」
音の発言に、誰も答えられない。
距離的な問題と積載している空気の量的問題。確かめに行こうにも、樹たちには余裕がない。
樹は悩んで、ようやく口を動かす。
「無理。こちらもそこまで余裕ないし……。彩子」
「ん? 何?」
「メールを送ってほしいんだけど、できそう?」
「衛星つたってハッキングしろってこと? 無理無理。そこまで器用じゃないわ、あたし」
彩子は首を振って断る。
レーザー回線にしても、ここのネットワークは独立しているようなものだ。送り先のアドレスが分からなければ、特定するしかないのだ。〔アル+1〕にそういう索敵スキルがあったとしても、今の彩子には無茶な相談だった。
無線を使おうにも、〔アル+1〕の出力では不可能。
樹もそうよね、と肩をすくめた。
二人の反応を見て、音が不安そうに目を伏せる。
自分たちのことすら、満足にできないのに他人の面倒を見れるはずがない。彼女にだって、それくらいの判断はできた。
「だいじょぶ、かも?」
「航行する分には、こっちよりずっと安全」
「そうよ。あたしなんて、ステーションからアレに二日間乗って月まで来たんだから」
樹と彩子がきっぱりと断言する。
それを聞いて、音は少し気が過ぎたのかもと思い直す。
彼女だって、乗船経験はあるが、いかんせんコロニー建設に従事するとなると体力温存のため船内ではほとんど睡眠をとっていた。だから、あまり船の良し悪しがわからない。
「あい。わかた」
音に笑顔が浮かぶと、樹は安堵に息をつく。
彩子は気恥ずかしくなって、悟られないよう周囲の索敵に力を注いだ。
「それじゃ、この件はこれでおしまいにしましょう」
三人は通常モニタから幅を利かせ始めたウィンドー群を閉じて、元の視界を得る。
青い地球が正面に映し出され、樹は懐かしさを感じた。
すると、索敵をしていた彩子がレーダーに異常な数のデブリを観測する。
「? ねぇ、なんか正面にゴミがかなり散乱してるみたいよ」
「何、それ? 昔の衛星の残骸?」
彩子の発言に、樹は意識を戻される。
いち早く音が望遠して、状況を確認する。
「…………? バラバラ、いぱい」
「だから、何のそれ?」
樹は二人の言っていることが、いまいち要領を得ないので、同じく望遠をする。
地球の青を背景に浮かぶ残骸。原型も定かではない。打ち捨てられた板っきれのようなものもあれば、岩塊のようなものまで、大小さまざまだ。しかし、それらすべてが密集して浮かんでいるのは不自然だった。それに数も相当量で、衛星一つから出る量ではない。
「なんだろう? 二人とも、少し動かすよ」
樹は望遠を解除して、スロットルレバーとラダーペダルを操作する。
〔アル+1〕の閉じていたバリアブル・バーニアの背部二基を百八十度反転する。それからノズルが噴射されて、機体が後ろから押されるようにして加速した。
時間はそんなにかからなかった。
問題の宙域につくと、前部の二基を百八十度反転させて逆噴射をかけて機体を停止させた。
三人は周りを見渡して、それら残骸を確認する。
とくに彩子はパルスを発信させて、その跳ね返りの数を計って正確なデータを割り出す作業に入っていた。
「妙ね……。どうしてこんな――――」
「ちょっと。変な信号を受けたんだけど」
彩子はそう言って、詳しい情報を検索した。
樹と音は周囲を見ながら、その解析を待った。
解析終了。
瞬間、彩子は一気に血の気が失せるのを感じた。見てはならないものを見てしまったような後悔が、どっと押し寄せてくる。
「どうしたの?」
樹が問う。
彩子は固唾をのんで、口を戦慄かせて言葉を紡ぐ。
「宇宙航行第03番輸送船〔リンカー〕の救助信号…………」
ぞわりと背筋に悪寒が這い上がり、樹は〔アル+1〕の頭部を無作為に動かす。揺れなどどうだっていいとばかりに、今度は機体全体を動かす。
彩子の言葉の確証を得たいのだ。今周りにあるものが、〔リンカー〕の残骸だと信じたくなかった。これが脱出船ではないと、信じたかった。
しかし、確証など救難信号を受信した時点で十分だ。樹の頭では結論は出ているのだ。
「わわっ!」
音が急な揺さぶりに声を上げた。
と、一瞬通常モニタがあるものを捉えた。ほんの一瞬だ。普通なら見過ごしてしまうようなものだ。しかし、音にはその刹那に、その一瞬が捉えた映像が何か理解してしまった。
ぐにゃぐにゃになった宇宙服。それが人間だったことに気付いてしまった。
「――――あっ」
短い悲鳴を漏らして、音はあまりの恐ろしさに震えだす。
宇宙服の中身がどうなっているのか、考えたくもない。人間だった言えるほど、原型がないのだから。あるとしたら、骨も肉もめちゃくちゃに混ざった状態か、お粥のようにどろっとした液状かもしれない。
彩子と音が戦慄する中で、樹もあるものを捉えた。
挙動不審だった〔アル+1〕が動きを止めて、地球の方を眺める。
その青の中で、いくつもの光が弾けた。小さな光だが、ずっと強い閃光だった。
樹は何かに取りつかれたかのように、急いで光りがあった場所をクローズアップした。
ウィンドー表示されたのは、小さいがドーナッツ型のコロニー『ガーデン1』とさらに小さい新造艦〔イリアーデ〕。そして、宙域に舞う光の筋、閃光。
「戦ってる……。嘘でしょう?」
樹は脱力して、その様子を眺めた。保護を求める先は戦場。これ以上にない絶望感が彼女に降り注いだ。
「やっと……、やっと助かるって思ったのにっ!」
彩子はうつむいて、涙を流した。こぼれる雫が無重力で浮かび上がる。
音は恐怖よりも、心の奥底で湧き上がる怒り、憎しみに頭が回らなくなっていた。こんな風に人を殺せるのは、母琴葉を殺した連中だと思った。
自分のすべてを奪った連中への復讐心が、彼女の純粋過ぎる心を蝕む。
「ゆる、さない――――っ!」
音の憎悪の声に、樹ははたとわれに返った。
そう。許さない。やっとの思いで脱出して、人の死を垣間見てなお、この歪んだ現実を突きつける輩を許せるはずがない。
「…………行こう」
静かに告げて、樹はヘルメットのバイザーを下した。怒りに燃える隻眼を隠すように、手に足に体に力を込める。
「ちょっと、本気? 無茶苦茶じゃない」
「無茶、違う! やるの! 絶対、やるっ!」
冷静さを失った音が憎しみの籠った声を上げて、同じくバイザーを下す。火器の調子を確かめて、戦闘準備まで始める。
彩子だけは、首を振って二人の行動を否定する。
「二人とも、どうしたの!? お願い! 考え直して!」
だが、彼女の懇願を無視して、〔アル+1〕のバリアブル・バーニア六基すべてが展開し、軌道修正のために機体を傾ける。
「彩子。バイザー下げないと、きついよ」
樹の冷え切った声に、彩子は映像つき内線の向こうに映る彼女を見た。
バイザーが邪魔して、表情が見えない。音も同じだ。
それが異様に怖くなって、彩子は嗚咽を堪えてバイザーを下す。
「二人とも、行くよ」
その一言が告げられると、〔アル+1〕は全速力で戦場へと飛んでいく。
地球に引かれるように、機体は加速を増していった。




