~宿敵~ 最後に向かって歩き始める
響く金属音と怒号の中、樹と音は〔アル∑〕の頭部でぼんやりしていた。戦闘を終えて一時間しかたっていないいうのに、『ローグ1』の港区画では受け入れた損傷機の整備に狩り出されていた。
整備員たちは文句たらたらに働き、パイロットはその補佐に出る。
樹はパイロットスーツの上半身を脱いでTシャツ姿のまま、包帯の撒かれた左の二の腕を軽くさする。痛みは引いたが、触れると妙に熱い。モニタの破片を取り除いたとはいえ、気になって仕方ない。
その隣では、音が宙に浮いた自身のパイロットスーツをTシャツ、ショーツのあられもない姿をさらしていた。膝を抱えて、お尻が浮く。
「こいつは…………。おいっ、右手は御釈迦だぞ」
「左肩のハープーンもだ」
「顔くらい整えてやれよ?」
「それくらいの機材は残ってるさ」
樹たちの足元から整備員たちの大声がこだまする。
樹たちの〔アル∑〕もようやっと受領が下りて、急ピッチで作業が進められる。もともと既存の機体とは違うのだ。時間の消費は凄まじく、ならばと他の機体を先に仕上げた方が効率的というものだった。
そこに、パイロットスーツの上半身を脱いで、キャミソールを晒す彩子が手にランチケースを持って、〔アル∑〕の足元から天井へと上がっていく。
「ご苦労様です」
「おうっ。左足のパイルは替えがないけど、いいのか?」
「時間ないんでしょう?」
「そうだけども……」
彩子は脚部の整備に打ち込む男性に言って、膝の装甲に手を伸ばし、さらに上昇。
「まったく、作戦は予定通りにするって何考えてるのかしら……」
不満たらたらに頬を含ませて、彩子は愚痴る。
〔アル∑〕が時間を切り詰めて整備されているのも、他の機体の整備が忙しいもの、すべては初期の作戦を遂行するためである。
月への総攻撃。『ガーデン1』と『ローグ1』の二方向から月の『サテライト』を強襲。敵を制圧するの内容なのだ。だが、『ローグ1』は先の精鋭部隊の奇襲によって、何機もの〔AW〕を失い、あまつさえ旗艦である〔マーダー〕にまで被害が出てしまった。
本来なら作戦は遅らせてしかるべきことだ。それでも、月から『新人類軍』が攻め込んでこないとも言い切れない。むしろ、衰弱した『ローグ1』部隊を殲滅しに来る可能性もあった。
彩子は煩悶しながら、自身が座る操縦席から一人の整備員が出てきて驚いた。
「ふあぁっ!」
「ごめんよ」
整備員の方は冷静に言って、〔アル∑〕の下半身へと下っていく。
彩子はその人を目で追って、すぐに視線を戻すと〔アル∑〕の頭部からはみ出た音のお尻が見えた。
「ちょっと、音! なんて格好してるの?」
「あい?」
音が器用に体を捻って、彩子の方を向くと脱力仕切った表情で首をかしげる。何を注意されているのか、わかっていない様子だった。
彩子が胸部を蹴って、頭部のブレードアンテナまで上り詰めるとそこで浮遊した。
「パンツ、丸見えよ」
「だて、暑い……」
「あたしだってそうよ。けど、女の子がこんなところで……。はしたないと思わないの?」
彩子は音のふわりと広がる長い髪と無重力に波打ったTシャツの胸元から見える胸の谷間を睨んで、腰に手を当てる。
音は宙に浮いたまま手足をばたつかせて、ムッとする。
「はしたなくない。ほといて」
「まったく、この子はっ。樹もなんか言ってやんなさいよ」
彩子は〔アル∑〕の頭部を張って、足を適当な窪みにひっかけると音の手を摑まえる。
樹はへっと素っ頓狂な声を上げて、彩子と音を視界に入れた。
「何? 考え事してて、聞いてなかった」
「あんたまでさぁ」
彩子が呆れたとばかりに大きくため息をついて、仏頂面の音を引き寄せる。それから、樹の隣に腰かけて、反対側に駄々っ子を座らせる。
音は頬を膨らませて、宙に浮いているパイロットスーツを引き寄せて、胸に抱いた。
「次の作戦。あるんだよ?」
「わかってる」
樹は少し険のある口調で言う。言われなくても、次に何をするべきかくらいは熟知している。
と、彩子がランチボックスから黄色いものを差し出した。艶やかに輝くトウモロコシだ。ちょうど手のひらに収まるよう切り分けられている。
「ここの食糧庫を探して、見つけたの。茹でてあるから、食べられるわ」
「……ありがと」
「ほら、音も」
「おお。ありがと、彩子」
音は差し出された茹でトウモロコシを目を輝かせて受け取ると、真っ先に齧り付いた。プチプチとした食感と舌の上で広がる甘味が熱っぽい体を癒してくれる。
彩子も片手で齧り付きながら、口元をほころばせる。
「なんだか、立場が逆転しちゃったね」
「ん? そういえば、そうかもね」
樹のつぶやきに、彩子は過去を思い出しながら言った。
「何かとこういうことしてたの、樹の仕事だったものね。ってか、あたし、今も音のお守りばっかりさせられてんだけど?」
「彩子、酷いっ」
音が聞き捨てならないとトウモロコシを口から離して、怒鳴った。
「あんたは変わってないってことよ。良くも悪くも」
「音、ちょと大人、なた」
「胸を張らないで、胸を」
彩子は音の自慢げな上体逸らしに青筋を立てる。
樹はふっと笑顔を浮かべて、〔アル∑〕を摩った。冷たく、固い感触が手のひらに伝わって、時々ごつごつとした肌触りは爆発の中を突っ切った時にできたものかもしれない。
「もう三か月になるもの。私たちが出会って……」
「そんなにか……」
「早いねー」
しみじみと月日が経つ速さを実感して、三人はトウモロコシに齧り付いた。
戦闘の余韻はどこへやら。先ほどまでぎりぎりの戦いをしていたというのに、今は体の火照りとまだ鮮明に覚えている記憶だけ。
感情はいつの間にか、空腹を満たすことで穏やかになっていく。
「赤い機体を倒したんだよね?」
「それだって、三か月前は手も足も出なかったわ。でも、現実にあたしたちは勝ったの」
「勝た、あの人、強かた」
思い起こすと、実感のわかない話だ。
三か月前に初めて遭遇してから、幾度となくぶつかった相手。三人の力だけでは退くことも難航したあの赤い〔ミリシュミット〕に勝利したのだ。〔アル∑〕の追加装甲と武装の半分を失って、どうにか倒せた相手。
樹はその操縦者、鈴燕華のことを思い出す。
「ねぇ、音? 鈴燕華って人、知らない? 赤い機体の操縦者だったんだけど……」
「うぅ……? 知らない。どして?」
「もともと受刑者だったから、音なら、どんな人か知ってるかなって……」
「余計な詮索はやめましょうよ。殺した人のこと、考えるなんてさ」
彩子はトウモロコシを頬張って、目を三角にする。
彼女の言うとおり、考えるべきことではない。逆に、敵の操縦者に対して妙な抵抗感が生まれてしまうかもしれない。
それでも、樹は断片的に残る彼女の姿が脳裏に焼き付いて離れない。
「そうだけども。あの人、何か、いい人だったんじゃないかなって……。そうは思わない?」
「…………」
彩子と音は視線を合わせると、項垂れた。食べかけのトウモロコシを手にして、何かを思い出すようにくるくると手の上で遊んだ。
「いい人って言うか、まっすぐな人だったと思う。良くも悪くも」
「おしまい、言てたかも」
おしまい。
彼女は最後の最後まで戦って、戦死した。おしまいとは、そういうことだったのだろうか。
だとしても、たった八機の〔AW〕と二隻の〔シーカー〕で奇襲することに勝算があったのだろうか。初めから自滅覚悟で挑んでいたとは思う。何が彼女たちをそこまでさせたのか。
樹たちには、その点が今でもわからない。
ただひとつわかることは、
「あの人、最後まで人間でいたかったんじゃないかな? 新人類なんて馬鹿げてるって思ったのかも」
「だったら、一緒に戦ってくれても、よかったんじゃないかしら?」
「無理。その人、せんせ、殺した……」
音はぐっとパイロットスーツを抱きしめて、目元を険しくする。
樹と彩子だってそのことを思えば、きっと感情的になって拒絶しただろう。
だが、樹はトウモロコシを一口齧ってから、ゆっくりと口にする。
「先生の敵を討ったけど、何か変な感じ。悲しくも、うれしくもない。今さらだけど、あの人の話、もう少し聞いてみたかったな」
「正気なの、それ?」
狼狽する彩子の隣で音が肩を張った。ぞわりと毛を逆立てるようにして、長い髪が広がる。
「うん。だってそうしなかったから、結局殺し合いだった。許せるなんて思わない。『新人類軍』だってそう。けどいつか、新人類とか超人とか、人の上に立つ存在になろうと思わなくても、みんなで苦難を乗り越えられたらいいのにね」
「理想論だよ。結局、新人類だって人の欲望の塊なんだから……」
「けど、音たちみたいに、仲良くなれるかも?」
「そこまで単純にはいかないよ」
彩子が呆れ口調で言う。
すると、樹ははむはむとトウモロコシを最後まで食べきって、二人を見る。
「わたしたちは、妙な出会いだからね。変に共調意識が高かったのもあるかも。それでも、わたしたちはここまで来た」
その踏みしめてきた道のりがつい昨日のように頭の中で蘇る。
記憶はいつだって綺麗なものばかりではない。それでも、生きて戦って、戦争に戻ってきた。
「三人だったからこそ、できたことも多い。だけど、わたしは二人と過ごせたから一緒に戦えた。だからあと一息、がんばろう」
「当然でしょう。あたしがいなきゃ、誰が二人についてけるってのよ」
彩子が食べつくしたトウモロコシの芯を振って、偉ぶって見せる。
と、音だけは嬉しそうな、悲しそうな表情を浮かべる。細くなる目は少しうるんで、手元のトウモロコシを見つめていた。
「そしたら、お別れ、かも?」
あ、と樹と彩子が口を半開きにして呆ける。
戦争で出会えた縁。だけど、それを繋いでいるのもまた戦争なのだ。しかし、それは今現在の話。
樹はふっと微笑んでいう。
「戦争が終われば、気軽に会えるでしょう。その時は、どこか旅行にでも行こうよ」
「旅行ねぇ……。それよか音は樹と一緒に暮らしてたりして?」
「それ、いいかも」
音が瞳を輝かせて、樹に熱視線を向ける。
樹はうっと隻眼瞳を引きつらせて、隣で悪戯な笑みをたたえる彩子を視界に捉える。
些細な時間。もうすぐ、最終決戦だというのに三人の中に絶望はない。勝利を確信しているからではない。自分たちの力を過信しているのとも違う。
この三人でなら、きっと大丈夫。和やかな時を過ごし、激動の刹那を共に駆け抜ける。
その先にある未来に向かって、走ることができる。
作戦までほとんど時間が残されていない。
しかし今だけは、ほんのわずかな時間だけでも、彼女らにとって掛け替えのない幸せなのだ。そのひと時を知っているからこそ、大切な人と支えてくれるたくさんの人、そして、未来を預けた人たちのために最後の決戦へとその心を決めることができる。
周囲から立ち込める金属の臭いに、三人はその手を〔アル∑〕にのせる。
「最後までよろしくね、〔アル〕」
樹が代表してそうつぶやいた。




