~宿敵~ 死線の先にあるもの〈中編〉
ビームの光が瞬いて、横間を過ぎれば、赤い〔ミリシュミット〕の動きはずっと快活になって接近してくる。
〔アル∑〕を操縦する樹たちは、その速さと反応速度に肝を冷やしつつ、機体を反転させて、右脚部を新たに向ける。
「————っ!」
音の操縦で右脚部のレールガンが発砲。
青白い光が噴射すると、赤い〔ミリシュミット〕は機体を渦巻くように動かして旋回する。滑らかな動きの中で、僚機の〔ミリィフロップ〕電子戦装備がロングレンジ・レールガンで牽制射撃を遂行する。
「すごい————っ」
彩子は呻いて、敵の連携を称賛する。敵として立ちはだかるのは迷惑千万だが、洗練された動きは魅了するものがあった。
それを越えなければならない。
向かってくる砲火を〔アル∑〕はバリアブル・バーニアの角度を変えて回避運動に入る。そこへ、〔グスタフ・ドーラ〕の分隊支援火器が加わって致命傷は回避する。
たった二機の〔AW〕。されど、その二機に数十機と撃墜されている現実があり、樹たちはその身で恥じて遭遇したときの緊張感を思い出す。
「赤い機体は、わたしたちが引き受けます。准尉は電子戦装備をっ。それでいいでしょう、彩子、音っ」
「やるしかないじゃないのよ」
「あい。出し惜しみ、しないっ」
〔アル∑〕は両腕部のビーム・ライフルを放った。
伸びる二条の光線が、赤い〔ミリシュミット〕と〔ミリィフロップ〕電子戦装備を引きはがす。
「無理はしないでくださいっ」
「わかってますって」
彩子からの返答を聞いたコフィンは〔グスタフ・ドーラ〕の照準を〔ミリィフロップ〕電子戦装備に定めて、フルオートで弾丸を叩き込む。
分裂する敵のバディに、樹たちは妙な誘惑を感じながら、機体をそれぞれの狙いへと進める。
「お嬢ちゃんたちと戦うのは、これで何度目になるだろうね?」
燕華は機体の負荷に顔が抑え込まれる感覚を覚えながら、懐かしさを感じていた。
赤い〔ミリシュミット〕が旋回する。その手に太刀を構えて、ビーム・ライフルを構える〔アル∑〕へと立ち向かう。
その大きな姿に委縮などしない。四つ目のセンサーアイが、三つの角が、側頭部の回折カメラが、鬼を連想させた。
正真正銘の鬼がどちらかを決着をつけるように、互いの機体が睨みあう。
〔アル∑〕がビームを発射する。
赤い〔ミリシュミット〕はマイクロミサイルを放って、それを減衰させて回避。爆炎とビームの粒子にまぎれて、距離を測った。
「————音、右、四時方向っ!」
「あいっ」
樹は二人の会話を聞いて、〔アル∑〕の向きを変えて、その方向へ脚部を向ける。
その動きに合わせて、音が右脚部レールガンを星の輝きの中を行く赤い〔ミリシュミット〕へと照準、発射する。
「ほほぅっ! やっるぅ」
燕華は機体の太い左腕部でその弾丸を弾くと、頭部バルカンで応戦する。しかし、左腕部へのプラズマの伝導率は低く、へしゃげてしまった。それでも、十分に使える。
驚くべきは彼女たちの反応がいいことだ。
〔アル∑〕はビーム・ライフルの弾倉を交換しつつ、コフィンの〔グスタフ・ドーラ〕の動きを追った。飛び込んでくる弾丸は追加装甲の前では豆鉄砲も同然で、大した損傷にならない。
「コフィン准尉は?」
「後方で、敵と交戦中————っ。赤いのが来る!」
彩子の声に、樹と音が身構えて、機体の正面を敵機へ向ける。
「他人を気にしてられるかい?」
燕華はふっと短く息を吐いて、操縦桿とラダーペダルを繊細に操作する。
〔アル∑〕が装填の終わった右腕部のビーム・ライフル一丁を構えた。同時に閃光が迸る。
赤い〔ミリシュミット〕の軌道は一呼吸も前に翻って、ビームの閃光を背に飛び出していた。放たれたビームが、〔アル∑〕にとって目つぶしになってしまう。
「————上っ!?」
「くっ。音、カタナ!」
「あ、あい」
音が狼狽しつつ、右腕部のカタナ一対を展開。エネルギーの供給を注いだ。
〔アル∑〕が方位を変えて、赤い〔ミリシュミット〕を捉える。だが、真っ暗な宇宙の中でスラスターの閃光が散って、気づけば横間を過ぎていた。
ドンッ。
〔アル∑〕の左肩部のバリアブル・バーニアが切断され、宇宙へと舞った。その衝撃が操縦席に伝わり、樹たちを苦しめる。
「————っく」
「まだまだ、甘いのよん。あたしから、目を逸らすなんて」
燕華は宙できりもみする〔アル∑〕をメイン・モニタの側面に捉えつつ、機体を旋回させる。
渦を巻いて動く赤い〔ミリシュミット〕に対して、左腕部のビーム・ライフルが断続的に発砲される。乱雑な射撃が上下左右を抜けていく。
もちろん〔アル∑〕はそれを囮に、自身が動いて何かを狙っている。
燕華は、彼女たちの腹の中を探るように残りのマイクロミサイルを放って、機体をバディの〔ミリィフロップ〕電子戦装備から離れさせる。
「誘い込んでる。二人とも、一気に行くわよ」
樹の掛け声に鞭打たれたように、〔アル∑〕は右肩部のバリアブル・バーニアを自ら排除して、残り四基と脚部のサブ・スラスターで加速を駆ける。
彩子はマイクロミサイルの軌道を攪乱して、自爆させる。
高速で迫る〔アル∑〕に対して、赤い〔ミリシュミット〕の動きは淡泊に、後ろ向きに下がってじらした。
「樹、『幻覚』を使うわよ」
「ダメッ。それが通用する相手じゃないって、知ってるでしょう?」
「撃つ!」
〔アル∑〕は二丁のビーム・ライフルを撃って、敵の軌道を計った。大きな動きは見せず、相変わらず後ろ向きに誘い込んでいる。
しかし、〔アル∑〕の加速力でその距離はすぐにも縮まる。
今度のビーム・ライフルが収束率を上げて、細い槍のようになって放たれると動きがあった。
「その鎧、邪魔でしょう?」
「聞こえた。敵の距離に入ってる」
彩子はヘルメットのスピーカーから聞こえた燕華の声に心臓が飛び上がった。
彼女の間合いに飛び込んでいる、と樹たちは悟った。
赤い〔ミリシュミット〕は突進してくる〔アル∑〕に対して、急停止とスラスターを噴射して宙返り。
「なんのっ」
樹もその動きに対して、バリアブル・バーニアの角度を変えて、〔アル∑〕を反転。左脚部を敵機へと向ける。
刹那の一突き。
赤い〔ミリシュミット〕の太刀と〔アル∑〕の左脚部パイルが交差して、火花を散らした。その火の粉は一瞬で消滅して、モニタの影となった。
互いに激震を歯を食いしばって耐えて、操縦桿を切る。
一瞬で互いの機体が間合いを取って、〔アル∑〕は右脚部レールガンで牽制射撃をする。
「左脚部サブ・スラスターにダメージ? なんて反射神経してるのよっ」
「一筋縄でいく相手じゃないって、言ってるでしょう」
彩子がダメージコントロールしている間にも、赤い〔ミリシュミット〕は距離を詰めだす。右腕部が握る太刀を背中に回して、刀身を隠した。
「フフフッ。さぁ、さぁさぁさぁっ!」
燕華は痺れるような頭痛にめげることなく、機体をジグザグに振って〔アル∑〕のビーム・ライフルを掻い潜る。
「入り込まれたっ」
「むぅっ」
〔アル∑〕が展開している右腕部のカタナで突きを繰り出す。
巨大ゆえにそのリーチは大きいものだ。
だが、赤い〔ミリシュミット〕はそれすら左腕部のラックから迫り出したヒートナイフで受け流し、大きく懐に飛び込んだ。
「甘い甘い————」
燕華が楽しげに言うと、ドッとメイン・モニタを閃光が迸った。白濁に染まる画面に彼女は目を細めて、一度機体をプラズマの反発作用に任せて離脱。
牽制とばかりに頭部バルカンを放つ。
〔アル∑〕は目くらましに使った前部バリアブル・バーニアの反転が遅れて、バルカンの弾がノズルを傷つける。
「————っ」
彩子はバリアブル・バーニアへの推進剤供給を絶つと、すぐに切り離しを実行。
〔アル∑〕が残りのバーニアで後退すると、回復した赤い〔ミリシュミット〕が後方から追い上げてきた。
「後ろっ」
音が左腕部のビーム・ライフルで応戦するも、その勢いは止まらない。
「うまく、対応するようになったじゃないか」
燕華は言って、〔アル∑〕の右足の動きに注目した。何度となく見せられたレールガンが、彼女の警戒心に触れる。
赤い〔ミリシュミット〕が大きく旋回する。
予想通りの右脚部レールガンが放たれて、空を切った。激戦が繰り広げられる宇宙へ青い閃光が飲み込まれていく。
「読まれてた? 敵、強い」
音は足元に広がる宇宙の中で、自由自在に泳ぐ赤い〔ミリシュミット〕を見て戦慄する。
どんな攻撃にも、どんな対応策を練っても、敵は回避して攻撃を果敢に仕掛けてくる。音には自分たちがその攻撃を喰らわないよう逃げるので精一杯な気がした。
「だから、越えなきゃなんないの。あの人は」
樹はぐっとスロットルレバーを握って、周囲の様子を観察する。
もう追加装甲は重いだけだ。バリアブル・バーニアを半分も失った今、頼れるのはその防御力のみ。
射撃主体の状態では、おそらく敵わない。
その考えは彩子も音も持っていた。しかし、赤い〔ミリシュミット〕の太刀筋や動きを見たとき、自分たちがそれに対応できるか不安だった。それなら、距離を取って詰めていく戦術を展開するのだが、すでにその手の内も残り少ない。
「樹。分離して、攻撃しましょう。音もそれでいけるわよね?」
「あい。なとか、する」
「そうするしかない、のね。失敗したら、覚悟してちょうだいよ」
三人は〔アル∑》を反転させ、迫りくる赤い〔ミリシュミット〕を待ち構える。
「何をする気かしらないけど、やれるのかい?」
燕華は宇宙の中を滑っていく〔アル∑〕のシルエットを睨み付けて、自機の速度に緩急をつける。
タイミングを窺う。
すると、〔アル∑〕は右腕部のビーム・ライフルをテール・バインダーに収納すると、追加装甲と分離する。
一本のワイヤーで追加装甲を凧のように操る。そして、収納されていたビーム・ライフルが発射される。
「小細工の好きなこと」
燕華は動じることなく、ビームの閃光を回避して、本体に狙いを定める。
と、本体の〔アル∑〕が肩部の残りのマルチ・ハープーンを展開して、もう一丁のビーム・ライフルに接続していた。
細い光線となって降り注ぐビームを潜りながら、赤い〔ミリシュミット〕は突進を仕掛ける。
間合いは遠い。だが、〔ミリシュミット〕の最大出力ならすぐにでも接近できる。
「来たっ」
「いくよ、音っ」
「まかせてっ」
〔アル∑〕はぐんと追加装甲に引っ張られるようにして移動すると、可動部の広がった左腕部でビーム・ライフルをつけたマルチ・ハープーンのワイヤーを回した。
大きく円を描いて回りだす、ビーム・ライフル。
燕華はその動きに目を奪われた。何か仕掛けてくる、と直感して頭上からのビームを割けると一度横間へと飛んだ。
「左ぃっ!」
樹の気勢とともに〔アル∑〕がその方向へ機体を向けると、回しているビーム・ライフルを放った。
バシュゥッ。
音のタイミングで打ち出されたそれは光の刃となって、赤い〔ミリシュミット〕へ飛来する。音の操縦技能と彩子が回転速度を割り出していたからこそ、出来る妙技である。
「————っ」
燕華はビームの鎌鼬に息を飲んで、操縦桿を引くタイミングが遅れた。
赤い〔ミリシュミット〕が持つ太刀がビームの刃を前に、バターのように切断される。直線の動きよりも幅のある鎌鼬は、これまでにない衝撃だった。
心臓がドクンッとはじけた。喜び、一瞬の恐怖が血の流れとなって全身を駆け巡る。
「剣を獲られたか……。けどっ」
燕華は〔アル∑〕の鎌鼬を知って、その軌道を頭に叩き込めば、何も恐れるものはなかった。
背部ラックから、戦利品として〔ファークス〕実験型から奪ったヒートソードを新たに握らせると再度突撃を駆ける。
「次は下から斬り上げる!」
樹の号令のもと、回しているビーム・ライフルを繋ぐマルチ・ハープーンのワイヤーが伸びる。
自然、その回転する輪は大きくなり、最後は大きく下から切りあげる一撃となる。
「ここっ」
「————っん」
彩子の指示で音は一気にビーム・ライフルの出力を上げる。
収束率を下げた拡散ビームが刃となって、赤い〔ミリシュミット〕の真下から迫る。〔アル∑〕との距離もあり、樹たちは決まったと思った。
「その軌道は、甘すぎるっ」
燕華は喉を潰すように叫んで、機体を少し傾けると左腕部のヒートナイフで横を通過しようとするビーム・ライフルを切り落とそうと振り上げた。
「ここが本命よ!」
彩子が叫んで、機体を引っ張る追加装甲のビーム・ライフルを撃った。斬り上げの一撃は陽動に過ぎない。最後の一撃は、気の向いていない頭上からの射撃だ。
だが、赤い〔ミリシュミット〕は振り上げた左腕部をビーム・ライフルにではなくワイヤーへと振り下ろして、巻きつけた。その程度で頭上からの射撃が止めらるはずがない。
「ワイヤーって言うのは、こういう使い方もできる」
燕華はヒートナイフでワイヤーを一度切断すると、マジックアームで〔アル∑〕と繋がるワイヤーを掴み、巻き上げる。それはウィンチのように機械的に、高速でマジックアームが回転させるものだった。
ぐんっと赤い〔ミリシュミット〕が前に躍り出て、後方を虚しくビームの閃光が走った。一瞬の判断力は燕華に軍配が上がった。
「避けられた!?」
「ワイヤー、切て!」
音が金切り声で言うと、彩子は慌てて向かってくる赤い〔ミリシュミット〕とのワイヤーを切断。
ワイヤーが虚しく赤い〔ミリシュミット〕の手に収まっていく中、〔アル∑〕は右脚部を上げてレールガンを放とうとする。
「遅いっ」
赤い〔ミリシュミット〕の握るワイヤーがうねった。蛇のように蠢いて、行儀悪く挙げられた右脚部を打つ。さらにマニピュレーターの逆回転と腕部の動きでワイヤーは巻きつき、からまる。
ワイヤーが張り詰める。
「このくらい、だいじょぶ」
音は照準に入った赤い〔ミリシュミット〕に向かって叫ぶとトリガーとなったラダーペダルを踏み込んだ。
瞬間、赤い〔ミリシュミット〕が大きく左腕部を下げて、ワイヤーを使って上昇する。スラスターの力ではない。腕部の力だけで、浮き上がって見せた。
「————っ」
樹が息を飲んだ瞬間には、レールガンの弾丸は外れ、赤い〔ミリシュミット〕はメイン・スラスターを噴射して間合いを詰める。
彩子が追加装甲で援護しようとした時には、敵機の頭部バルカンが追加装甲とを結ぶマルチ・ハープーンの発射装置を狙撃していた。追加装甲は子供の手から離れた風船のように宇宙へと流れる。
危険な一撃。
肩部にあったばかりに、破壊された発射装置の破片がバルカンの流れ弾が頭部に殺到する。
「きゃぁっ」
「樹っ!?」
樹のいる頭部操縦席に電流が迸り、通常モニタから煙が拭いた。〔アル∑〕の頭部が損傷したのだ。
彩子は加熱したヒートナイフを振りかざす赤い〔ミリシュミット〕を睨んで、『幻覚』を発動した。機体を麻痺させる電波が敵機に襲いかかる。
「使ってくれなきゃ、死んじゃうものね」
燕華はメイン・モニタに映る破損した〔アル∑〕の頭部を恍惚の瞳で眺めて、回復を待った。もしここで殺されても、彼女は構わないと思った。
もともと死ぬものだ。惜しいとは感じない。
「樹、大丈夫なの!?」
「樹、樹っ!!」
彩子は〔アル∑〕を一時的に操縦して、赤い〔ミリシュミット〕との距離を取る。
樹は通常モニタの隙間に流れていく煙を見て、顔を顰める。モニタの破片が彼女の左腕に突き刺さっていた。
「だい、じょうぶ。それよりも、敵は?」
「すぐに来るよっ」
「了解っ」
彩子の切羽詰まった声を聴いて、樹も空元気に声を張った。
空気漏れはシート下から布を取り出し、漏れているか所に詰める。立ち込める煙を空調で清浄させると、ひび割れた通常モニタと左側面が真っ暗になっているのを確認する。
「彩子、音、こっちは左半分が死角になってる。対応、お願い」
「わかた。樹、怪我ない?」
「今はそういうこと気にしてる場合じゃないでしょっ」
樹はスロットルレバーを握って、操縦権を取り戻すと〔アル∑〕の不器用な動きに喝を入れる。
目の前から赤い〔ミリシュミット〕がヒートソードを構えて向かってくる。
「これで、どうでるかい? お嬢ちゃんたち」
燕華は追加装甲のなくなった〔アル∑〕の細身ながらも力強いフォルムにぞくぞくした。死に際の操縦者ほど、底力を発揮するものはない。
互いの気力は十分。
周囲の戦況がピークを迎えて、戦火が強く輝く。




