~宿敵~ 死線の先にあるもの〈前編〉
『地球平和軍』の動きは目に見えて、ガサツだった。
船艇を防衛する陣も構築していなければ、飛び出してくる〔AW〕部隊の精彩を欠いた横隊の何とも貧弱なこと。
「補給中に敵が攻めてくると、考えていなかったのかね?」
鈴燕華は自機の赤い〔ミリシュミット〕の操縦席でつぶやき、〔シーカー〕から転送された座標位置を入力する。少しでも、有利に戦いを進めるなら自身の居場所を知る必要がある。まして、妨害の張られた宙域では、有視界と光学カメラが捉えるシルエットから敵や味方の動きを把握しなければならない。
「諸君、最後の戦だ。存分に楽しめ。あの世への通行料は敵の首級でも渡してやんな」
燕華はこめかみを押さえて、頭痛と戦いながら、各小隊員たちに伝達。
最後の戦い。無益無用な戦乱だとしても、彼女の人生を飾るなら今しかない。
小隊員たちからの返答が帰ってくる。誰も悲嘆などには屈しない。信念と信条を抱いて、この地で散ることを良しとする。
それはある種の美学ではあった。誰かに認められるためではなく、自らが高潔さを意識する根本。共有意識である。その小さなコミュニティの中で培った偏見が、練熟したのだ。
赤い〔ミリシュミット〕がまず〔シーカー〕から離脱し、一つ前に出る。〔シーカー〕に固定していた太刀を持ち、軽く振った。続いて、〔ミリィフロップ〕七機が離脱して、バディを組む。
「ハロルド。あたしに付き合ってもらうよ」
「隊長となら、どこまでも」
赤い〔ミリシュミット〕の横に、ロングレンジ・レールガンを構えた〔ミリィフロップ〕電子戦装備がついた。操縦者の男はそれが男冥利に尽きると感じていた。
「よし。〔シーカー〕隊、頼むよ」
「敵艦、捕捉。隊長、ではまた……ッ」
「ああ。また会おう! 全機、出陣だっ!! ここが死に場所だ!!」
燕華は叫んで、操縦桿を押し出す。
赤い〔ミリシュミット〕が一気にメインスラスターを噴射して、宇宙を駆ける。そのあとを広範囲に、広がる〔ミリィフロップ〕部隊が続いた。
その閃光の向こうで、弾けるミサイル群の尾が迸った。
「敵船艇よりミサイル!」
「アームウェア部隊に迎撃させろ。こっちは迎撃できる状態じゃないんだ」
「機関室! すぐにも出すぞ! 砲台が動けばそれでいい」
展開していく〔AW〕部隊に守られるようにして、接舷している〔マーダー〕艦橋では迎撃の準備を急がせる。動力炉の点検をしていたがために、動くこともままらならない。
主砲のビーム砲座も展開できない今、できることは港に近づいてくるだろう敵を機関銃座で牽制する程度。
それは燕華たちにとって、都合のいいことだった。
「奇襲戦に慣れていないなんて、馬鹿じゃないの」
燕華は『地球平和軍』の展開の遅さに呆れた。
赤い〔ミリシュミット〕は後続の〔シーカー〕が発射したミサイル群が撃墜されたのを見取って、大きく旋回する。部隊が大きく波紋のように広がり、それぞれの死闘へと赴く。
すぐにも、数機の〔ファークス〕、〔ギリガ〕、〔バーミリア〕の混合編成が正面に現れる。押っ取り刀で出てきたために、彼らは不慣れな操縦者との連携を余儀なくされているようだった。
一斉射撃が襲い掛かる。
赤い〔ミリシュミット〕は僚機の援護射撃に背中を押されて、大きく前に出た。向かってくる弾丸の嵐を左腕部で弾いてはジグザグの軌道で攪乱する。
「————っ!」
燕華は頬の肉が引っ張られるのを感じつつ、〔バーミリア〕通常装備の放ったマイクロミサイルを頭部バルカンで狙撃。
爆発が連鎖する。数珠状に光が瞬く合間を縫って、一気に懐へ。
「速いっ!?」
「遅いんだ」
目の前に捉えた〔ファークス〕通常装備から漏れた絶句を耳にした。
赤い〔ミリシュミット〕はバラバラに散っていく他の機体をしり目に、右腕部が持つ太刀を一閃。機体を翻しながら、敵機を真っ二つにすると素早く後退する。
「もうやられたのか? あれが夜叉か!」
〔バーミリア〕通常装備の操縦者は、敵射線から機体を回避させながら興奮した。
赤い〔ミリシュミット〕が味方の機体が爆散する光に照らされて、劫火を背にした鬼のように見えた。
その出で立ちはまさに鬼神。『地球平和軍』の内部では、猛虎や鬼神、悪鬼羅刹と恐れられる敵軍のエースだ。
どうもうな赤いシルエットが、放ったロングバレル・レールガンの閃光に消える。見失ったのだ。
「どこへ?」
〔バーミリア〕通常装備が敵の砲火におびえながら、旋回していると後方で大きな爆発が起きた。
その一瞬の光の合間に、素早く移動する赤い〔ミリシュミット〕の影。
「これで、本気じゃないだろうね? 平和軍」
燕華は撃墜たした〔ギリガ〕のことなどすぐに忘れて、僚機の〔ミリィフロップ〕電子戦装備に足止めされている〔バーミリア〕に視線を合わせる。
同時に背部のミサイルポットから数発のミサイルを射出。
〔ミリィフロップ〕電子戦装備の射撃が止まり、その機体は燕華との合流を計る。手にしているロングレンジ・レールガンの弾倉をその隙に補填する。
まっすぐに飛び出したマイクロミサイルはすぐに、電子戦《EW》装備のEMPで攪乱されて自爆していった。
すると、その光に引き寄せられるように他の部隊が駆け寄ってきた。
「そうこうなくっちゃね!」
燕華は喜び、勇んで、赤い〔ミリシュミット〕を駆り立てる。
流れは『新人類軍』に軍配があった。
進撃する赤色の〔MB〕が率いる部隊の気迫はいつにもまして凄まじい。迎撃に出た『地球平和軍』の部隊はその勢いに押されて、陣形を崩し、下がる一方だった。後方からの支援が乏しいのもあるが、理由のうちに入らない。
敵の一騎当千の兵たちの連携と着実な攻撃、一人一人の空間把握。後方より進行する〔シーカー〕の的確な支援砲火、補給。
彼らは戦場を踏みしめて、互いの気を探り合うようにして自由自在の軌道を描いていた。
勝利も敗北も越えて、たったの一兵になろうともこの戦いにすべてを賭している風格。
だから、フォースもリーンも目の前に展開する〔ミリィフロップ〕バディの目にも鮮やかな戦いに、固唾をのむ。
また一つ、閃光が破裂する。たった二機で一個小隊を軽々と平らげたのだ。
「セルムット曹長。怖気づいちゃぁいないよな?」
「やってやりますよ。援護、頼みます」
フォースはリーンの上擦った声を笑いつつ、こちらを捉える〔ミリィフロップ〕を睨んだ。心臓が早なり、肺に伸し掛かる負荷に頭がぼやけてくる。
恐怖していると自覚する。
彼の〔バーミリア〕電子戦装備とリーンの〔バーカム〕はその手に火器を構えながら、味方が引き返してくる合間をすり抜けて行った。
「あの機体は〔バーカム〕か?」
「ハンス坊やと、どう違うか」
〔ミリィフロップ〕バディは軽くハンドサインで互いの意志疎通すると二手に散開する。
同時に、〔バーカム〕は自然、通常装備に、〔バーミリア〕電子戦装備は同じく電子戦装備へと火器を放った。
サブマシンガン、アサルトラフルの連射が大きく〔ミリィフロップ〕の軌道を逸らす。背後で破裂する閃光を受けて、浮き彫りになるシルエットに影が色濃く落ちる。
不敵な笑みを浮かべているように、フォースとリーンは感じた。
「一対一の勝負ならっ」
リーンは気迫で負けじと〔バーカム〕を突進させて、脚部のミサイルサイロを開いた。マイクロミサイルの連撃が発射され、まっすぐに敵予測進路へと躍り出る。
〔ミリィフロップ〕通常装備は機体を上下させつつ、胴体の下からデコイを巻いてマイクロミサイルをやり過ごすと、手にしているロングレンジ・レールガンを放った。
爆炎の中を無造作に飛来する青白い閃光は、〔バーカム〕に当たらずとも驚かせる。
その止まったところを、今度は〔ミリィフロップ〕通常装備のマイクロミサイルが強襲する。
熱源接近。その警報が、〔バーカム〕の操縦席に木霊した。
「————っ。このっ」
リーンはぞわっと背後を駆け巡る悪寒に突き動かされて、操縦桿を引く。
ドッと強い震動とともに、〔バーカム〕は逆噴射で後退しつつ、両腕部を振ってビーム・トンファーの重金属粒子を拡散。バリアーに使った。
接触とともに爆発するマイクロミサイルの威力は、〔バーカム〕の追加装甲を焼いた。
操縦席内が上下左右にもまれて、リーンの頭を揺すった。メイン・モニタも閃光で真っ白になり、回復までに数秒の時間を有した。
そして、復帰したメイン・モニタの正面にはロングレンジ・レールガンを構えた敵の姿。
「何っ!?」
「詰めが甘いぞ!」
〔ミリィフロップ〕通常装備の操縦者は言って、操縦桿のトリガーを引いた。
「何の————」
同時に、リーンはフットペダルを踏みしめ、操縦桿を前後に押し引きする。
〔バーカム〕がメイン・スラスターを噴射してその場を急速離脱すると、レールガンの弾丸がすり抜けて行った。
そこで焦らず、狼狽しないのが今回の敵だった。
〔ミリィフロップ〕通常装備は決められたはずの射撃を外しても、冷静に機体を流して、〔バーカム〕に連射する。
これにもリーンは霞がかった視界で、〔バーカム〕のサブマシンガンで応戦する。
熟練した操縦者の腕は、絶えず敵を倒すための行動を繰り返す。外したなら、次の一手と用心深く、それでいて反応速度もいい。
リーンは頭を振って、背後を取ろうとする〔ミリィフロップ〕通常装備の動きを警戒する。
その動きを追うようにして、フォースは〔バーミリア〕電子戦装備を操っていたが、相手にしている敵の粘り強い射撃戦は苦労が絶えない。
「…………っ」
フォースは口を堅く閉ざし、ただ足元から上がってくる敵機の異様な気迫に集中する。
〔バーミリア〕電子戦装備は伸縮式の盾を展開し、そこに装着していた指向性機雷『CB6』を一つ、宙域に置き去った。
「機雷か——」
〔ミリィフロップ〕電子戦装備の操縦者はそれを看破して、先にEMPを発動。
その電波を受けた『CB6』が爆発した。
「まさか、見抜かれるとね……」
あまりの機転の良さに、フォースも呆れてしまう。
吹き上がる爆発を回避する〔ミリィフロップ〕電子戦装備の動きを一瞬捉えたものの、すぐに見失ってしまう。危機感がこみ上げてくる。
〔ミリィフロップ〕電子戦装備は機動力を生かして、側面へと回り込むとロングレンジ・レールガンを構える。
だが、〔バーミリア〕電子戦装備の動きが急停止。射線が一瞬にして外れる。
「そこだ————っ」
フォースは内臓が裏返しになりそうな気持ち悪さを味わいながら、〔バーミリア〕電子戦装備のアサルトライフルを掲げさせて、射撃。
「いい感をしているっ」
〔ミリィフロップ〕電子戦装備が足元を取られながらも、左右に回避していく。フォースの狙いはよかったが、如何せん判断が遅かった。
フォースも自分の体に来る負荷に歯噛みしつつ、〔バーミリア〕電子戦装備に敵を追撃させる。今度は立場を逆にしつつ、しかし、〔バーカム〕を視界の端に捉える。
ここで見失うようなことがあっては、バディの意味がない。
バディの意識が高い敵の動きを思えば、単独行動をとらせるのは危険極まりないことだ。
「これが八機もいるのか……」
フォースは周囲で展開する味方部隊を一瞥しつつ、〔ミリィフロップ〕電子戦装備に食らいつく。
敵のペースは短期決戦と見抜いていても、苦しいことだった。
「機体の調整は、大丈夫なわけ?」
「もう敵が迫ってるの。出撃しなきゃ、マズイ」
「けど……」
樹たちはそう言いながら、不安を隠しきれない表情をしていた。整備不十分を自覚していながら、戦況の激変を知ってはでないわけにもいかない。
パイロットスーツに身を包みながらも、作業で流した汗の感触はまだ消えない。
『ローグ1』の発着港へ出た〔アル∑〕は巨大なエア・ロックに進入した。そのそばには、修理を終えた〔グスタフ・ドーラ〕の姿もあった。
その操縦者、コフィン・コフィンはヘルメットのバイザーを下げつつ、三人の通信に入る。
「こちらで、可能な限り支援します。無理はしないでください」
「わかってます。けど、コフィンさんだって怪我がまだなんだから、無茶しないでくださいよ」
彩子は閉じる背後のエア・ロックを確認しつつ、コフィンの激励を心配する。
ゴーッとエア・ロック内の空気が一挙に排出されて、真空状態になっていく。それを〔アル∑〕では彩子が電子戦用モニタで、〔グスタフ・ドーラ〕ではコフィンがサブ・モニタで確認していた。
音が口を尖らせて割り込む。
「そーちょー、好き、わかる。けど、むぼ」
「無謀だなんて言わないでくださいよ。わたしだって、まだまだリーンさんのこと知らないんですから」
「ハッチ、開くよ。コフィン准尉は後方を。彩子、音はいつも通り、頼むよ」
樹は通常モニタに映る宇宙空間を見て、固い口調で言った。
目の前に広がる閃光の数は少ないが、そこにある物々しい感触は今まで感じたことのないものだった。
少数で攻めてきた敵。赤い〔ミリシュミット〕の存在がこの戦場に交じっているのが、樹にこれまでにないプレッシャーを与える。
操縦者たる鈴燕華の狂気を思い出すと、切なくなる。
だから、ここで決着をつけなければとスロットルレバーを握る手に力を込める。
「行くよっ! 〔アル∑〕、発進しますから」
バッと六基のバリアブル・バーニアを広げる〔アル∑〕はエア・ロックの床を蹴って、宇宙へと飛び出した。それを追い越すようにして〔グスタフ・ドーラ〕が前に出たが、〔アル∑〕のバリアブル・バーニアが点火されるとすぐに後ろに追い抜かれ、後ろにつく形となった。
下がってくる味方機を見下ろす形で二機が戦闘宙域へと飛び込んで、右往左往する火線に体が引き締まる。
そして、一分もしないうちに、敵の砲火が襲い掛かってくる。
「三時方向。距離、四〇〇————っ! さっそくお出ましよ、樹!!」
彩子は電子戦用モニタに映る情報を読み取って、空元気に声を張った。
その情報は後続の〔グスタフ・ドーラ〕にも転送されて、ひび割れたデータとなっていたが、コフィンは目に力を込めて確認する。
「赤い機体、ですか」
コフィンの胸の内に、この接触は心臓に悪かった。
しかし、音も樹も妙に時間がかかるよりも、さっそく出会えた赤い〔ミリシュミット〕にむしろ感謝した。
「音、射撃をお願い。出し惜しみはなしでっ」
「あいっ」
〔アル∑〕は両腕部にビーム・ライフルを持つと、正面へ回り込んでくる二機の敵を捉える。
容赦ないビームの閃光が瞬いて、まっすぐに戦場を駆けて行った。
光に乗じて、〔グスタフ・ドーラ〕は〔アル∑〕の横について、分隊支援火器を保持する。
それは彼女たちが倒せるとは思っていない証拠だ。
案の定、敵機の〔ミリィフロップ〕電子戦装備と赤い〔ミリシュミット〕は軽々と避けて見せて、『ローグ1』を背にする〔アル∑〕と〔グスタフ・ドーラ〕を次の獲物に選定する。
「ここで逢えるなんて、最後の贐には嬉しいじゃないか」
鈴燕華は興奮して、髪を掻きあげる。汗の玉が弾けて、のぼせていた頭に冷たい感触。
死を前にして、こうして最高の相手に巡り合えるのは最上の喜びだ。
赤い〔ミリシュミット〕が太刀を構えなおす横で〔ミリィフロップ〕電子戦装備はロングレンジ・レールガンの弾倉を交換する。
対して、〔アル∑〕は鷹揚にビーム・ライフルを構え、〔グスタフ・ドーラ〕の援護を受けて接近する。
「あなたは————っ」
「さぁ、派手にやろうじゃないかっ!!」
互いの声が重なり、銃火が噴き出した。




