~宿敵~ 精鋭部隊
鈴燕華は一人、一隻の〔シーカー〕の手入れを終えると自機の搬入作業に移ろうとしていた。
『新人類軍』をやめると決めた以上、月に踏みとどまっている理由もなくなった。それは自由であり、帰る場所もなくなったことに他ならない。だが、彼女に後悔はない。むしろ、やっと双肩にかかっていた圧力がようやっと落ちて、自分のために動けると喜び勇んでいる。
パイロットスーツを着て、月面の整備された区画を月面車で走るのもこれが最後だ。鋼の舗装路にいくつもの施設がまばらに立ち並び、ふと視線を遠くに向ければ、野菜を収穫していたドームが見えた。
「もう少しすれば、冬野菜も収穫できるだろうね」
燕華は月面車のハンドルを切って、崖と一体になっている格納庫へ方向を向ける。そこはあの実験機、〔アル∑〕が飛び立ったカタパルトを有している場所だ。
もちろん、彼女はそのことを知らないし、ただ〔ミリシュミット〕を整備する空間として確保できたから使っているに過ぎない。
燕華は月面車のコンソールを操作して、目の前にそそり立つ分厚いエア・ロックを開放するとそのまま進入。四角いスペースの中が真っ赤に照らされて、与圧される。
ヘルメットに空気の轟音が響き、燕華はほっと胸を撫で下ろす。
照明がぱっと明るい色へ変わると、そのまま内側の扉が開く。
「さて、あとは可愛い〔ミリシュミット〕を迎えるだけねん」
燕華はヘルメットを取り、短い髪を掻きあげながら、月面車を発進させる。しばらく変わり映えのない通路が続き、やがて寂れた格納庫へと出た。
そこにはたった一機の赤い〔ミリシュミット〕がワイヤーで吊るされていた。使い古されたその機体は彼女がこれまでを戦い抜いた証であり、幾多の屍を超えた証拠だ。
武骨な右腕部、改良された頭部、シリンダー状の外部タンク、背部ラックに実装したヒートソード。そして、真っ赤に燃える真紅のボディ。
燕華は月面車を愛機の前で止めると、ゆっくりと降車する。
「ずいぶんと、ボロボロ……。よく、あたしについてきてくれたよ」
半年もたたない間にも、燕華の無茶苦茶なチューンアップや操縦によく耐えてきた。操縦者の機体に応えてくれた。
彼女にとって、これほどにいい機体はないだろう。同時に、この機体を整備してくれた整備班にも感謝の一つも送りたい気分だった。
燕華が見上げていると、遠くの方から誰かが近づいてくる足音が響いてきた。一つではなく、いくつものまばらな足音。雄々しさと力強さが伝わる足並み。
「どうしたんだい? 別れの挨拶なら、やめた方がいい」
燕華は足音の方へ顔を向ける。
そして、彼女の目の前にパイロットスーツの男女数人が胸を張って立ち止まる。今まで率いていた精鋭部隊の部下たち。燕華直轄の兵士たち。しかし、それも数時間前の話で、すでに彼らは新しい部隊長として選ばれたハンス・ルゥの配下にあった。
そのハンスも納得のいかない顔で、参列している。
一人の男性がしゃんとして、口を開いた。
「我々は鈴隊長と行動を共にいたします。どうか、我らをお連れください」
「最後までなにとぞ、御身とともに……」
彼らは離反する鈴燕華についていくことを覚悟していた。
燕華は一瞬目を見開いて、頭痛の止まない頭を叩いた。
「まいったね。お前たち、頭は確かか?」
「はい。問題ありません」
女性パイロットは言うが、流れる汗や苦悶の表情は誤魔化しきれない。
彼らが離反の意志を持つということは、頭の制御チップの痛みと戦うことを意味している。並大抵の精神力ではすぐに屈服してしまう痛みだ。
それを承知で彼らは彼女のもとに集った。
逆にその意思がないものの表情などは、燕華からもすぐにわかった。
「ハンス。お前はどうしてここに来た?」
名指しされたハンスは涼しい顔つきで一歩前に出て、進言する。
「あなたから彼らを説得するよう、お願いしに」
「ハハハッ! 随分とまぁ」
燕華のハンスの優等生発言に、思わず笑い出す。
彼に部隊を任せたのは、もう十分に兵としての自覚を持っていると思ったからだ。しかし、いざ対面するとまだまだ幼い部分が残っている。
だからだろう。
彼に統率力がないばかりに、ここにいるパイロットたちは燕華のもとに集まった。
「お前たち、新しい隊長さんを困らせるもんじゃない。あたしは『新人類』とかいうのになれなかったんだ。お前たちは『新人類』とかいうのになりたいんじゃないのかい?」
「ハッ。隊長の存じるとおりであります。しかし、自分は『新人類』とは隊長のような方だと信じております」
「あたしが、か?」
燕華の呆れた顔に、ハンスを除いたパイロットたちが声を張った。重なり合った男女の声が寂れた格納庫に木霊する。
「冗談——っ」
燕華はばかばかしそうに吐き捨てる。これはハンスのセンス以前におかしくなっているとしか言いようがない。
「いいえ、あなたは常に先陣を切り、我々の身を案じ、我々を導いてこられました。そのお姿こそ、『新人類』に必要なものだと思いませんか?」
「そんなのクラブをする学生でもできることだ。お前たちにだって、可能性がある」
「その言葉が何よりも、あなたが隊長たる力であります」
「…………」
燕華は彼らの妄信具合に肩を竦めて、苛立った顔を見せるハンスに視線を送る。
「こんな部下だが、指揮する気力があるかい?」
「鈴さんっ!」
ハンスは自身のセンスを否定されたようで、声を荒げた。
「後釜とはいえ、あなたが言ったように俺だってできます」
その威勢の良さをかってのこととだが、どうにも隊員たちにはその情熱は伝わらない。
ここに来た以上、責任を取るしかないのが燕華の心境だ。
「お前たち、あたしはこれから『ローグ1』へ進駐する『地球平和軍』に殴り込みに行く。しかし、はっきり言っておく」
燕華の凛とした声に、誰もが傾聴し息を飲んだ。
そして、彼女は堂々たる態度で口を開く。
「死ぬぞ。万に一つ、生きて帰れない。それでも、ついてくるか?」
「本気ですか!? 殴り込みって」
ハンスだけが、まともな反応を示す。
戦力差は歴然。たった一個、二個小隊が特攻を仕掛けてもどれだけの損害が出せるというのか。そもそも『新人類軍』を離脱する彼女が、殴り込みというのもおかしな話だ。
燕華は屈託のない笑みを浮かべる。
「そういう反応ができるから、お前は隊長に向いていると思ったんだがね。まぁ、あたしもそろそろ人生潮時かと思うし、それに、最後くらい派手に暴れたくてね」
「ふしだらな理由で……」
「もともと、そういう女なのさ」
燕華は満足げに言って、隊員たちを見渡す。
「お前たち、どうする? 怖気づいたのなら、ハンスに従え。それでもわからない馬鹿なら、地獄までついてきなさいな」
その一言にハンスが凍りつく。
彼女は信仰する部下諸共特攻する気だ。冗談ではない。常人とは思えない思想に、彼の思考が追い付かない。
「了解、隊長!!」
同時に隊員たちは一斉に敬礼をすると、力強く答えた。
彼らはこの時まで、鈴燕華の傘下で戦い続けた。それだけではない。彼女とともにした時間は、彼らに勇気と自信、誇りをお持たせてくれた。『奴隷階級』ばかりのパイロットたちは軍人から虐げられて、自らの罪を贖罪しなければならなかった。
それは楽なことではない。『新人類軍』でも彼らは歯車だった。
そうした中で、燕華の強い意志と誰一人歯車として見ない心意気は救いだった。彼女が命を捨てるのならば、その心とともに散るのも惜しくはない。
燕華はたった十数人の男女を見ては、それがすべてな気がした。これまで共に戦ってきた戦友。幾多の戦場を駆けた猛者たちが、今の『新人類軍』を崇拝するだろうか。
すでに彼らはただの歯車ではなくなった。
自分の意志を貫き、苦痛も苦難も一身に受けて立ち向かう勇敢な兵士である。彼女がたたき上げた民兵たちだ。
「ならば、諸君。発進準備を急げ! すでに〔シーカー〕一隻を確保している。足りない分は各自で調達。三十分後にはここを発つ」
燕華は真剣な眼差しを彼に向けて、言い放つ。
「この命の限り戦い、蒙昧な輩の目に我らが姿を焼き付けようぞ」
雷のように轟く隊員たちの声。
燕華はそのびりびりとくる衝撃に、胸の奥がすっとする。頭痛など比べ物にならないくらい、強い自信を彼らから受けた。
そして、ハンスだけはこの集団に溶け込めず、苛立った瞳を鈴燕華に向ける。
各員が散って、それぞれの準備に取り掛かる中、燕華はハンスと向かい合う。
「悪いねん。あいつらは、あたしがあの世まで送っていくから、お前さんはグレッグの傘下に入りな。腕は買ってくれるぞ、あの少尉様は」
「あなたはどうして、そう軽薄なんですか?」
「そう見えるなら、お前さんは信じるものに何ができる?」
そう残して、燕華は背を向ける。
彼女は彼女の道を歩きだし、ハンスもまたこの『新人類軍』のありようを信じた。だから、彼の中で鈴燕華は過去となって、見切りをつけるべき事柄だと客観的に捉える。
それに反して、ハンスの瞳は燕華の背とそれに続く数人のパイロットたちから離れなかった。




