~宿敵~ 決戦を控えて
多くの人々が戦争の終わりを予見していた。
『ローグ1』の奪還、調査船団の編入とあって、戦力も士気も高まって、残る『新人類軍』の最後の砦たる月に攻め入るだけ。手を伸ばせば、終戦と勝利を得られるところまで来ている。
流れは『地球平和軍』にあって、敗戦ムードなど微塵もない。
『ローグ1』では特にそれが顕著で、軍備を整えるために接舷した〔マーダー〕はミサイルの補填を急いでいた。スペースコロニーの工場区画を稼働させて、製造させればあっという間だ。『新人類軍』が残していった〔AW〕も改修作業が行われて、次の操縦者への委託が始まっていた。
決戦の時は近い。敵もそのことを重々承知しているはずだ。
港区画と工業区画の合間にあるドッグで〔アル∑〕は運び込まれた追加装甲の換装をしていた。
「はーい、ストーップ!」
天蓋に吊るされたレールクレーンに吊るされた追加装甲と固定されている〔アル∑〕の位置を比較して、樹がコントロールルームに大手を振って知らせる。
疑似重力の働かない空間なので上下などあったものではない。
〔アル|∑《シグマ〕の頭部に立つ樹は天井に見える追加装甲の大きさと照明の強い光に目を細めて、インカムを口元に寄せる。
「彩子、レーザー回線で誘導して。ドッキングセンサーってやつ」
『了解。〔アル〕も綺麗にしてもらったから、動きがいいわ』
インカムの向こうで、彩子の陽気な声が聞こえた。〔アル∑〕の操縦席にいるのだ。
〔アル∑〕は先の戦いを終えて、真っ先に機体を分解してオーバーホールした。もともとガタガタだった機能を無理やりに動かしていたのだが、人工知能の『オリジナル』の蓄積データから最良のサンプル回路の設計図を提供され、見た目こそ変わらないが、メイン・コンピュータとプロセッサーの改良が施された。
それはひとえに見守るといった彼らなりの助力だ。
と、追加装甲の上にいる人影が大きく手を振って、樹のインカムに話しかける。詩野音だ。
「樹ぃ! ここ、平気?」
「ええ。そのまま待機して。誘導レーザーが受信されているか、うなじのあたりにあるパネル開いて確認して」
「あ~いっ。わかた」
その言葉が走ると同時に、〔アル∑〕の肩部から細いレーザー光が照射され、天井の追加装甲に伸びた。
音はパネルに体を這うように移動させると、受信していることを確認。
「受信、確認」
「合体させるわよ? 音、気をつけなさいよ」
彩子が忠告して、ドッキングシークエンスを作動させる。
レーザー回線に乗ったその命令が追加装甲に伝達。追加装甲は吊るされた状態で、前後に展開して、〔アル∑〕の胸囲に合わせる。クレーンのジョイント部分が伸展して、対応する。
「わわっ」
音は装甲につかまって、急に展開した首周りに目を白黒させる。ガンッと強い衝撃が細い腕に伝わる。
「大丈夫?」
「だいじょぶ」
樹は天蓋を見つめて、音の浮かんだ体を捉える。黒い影が浮き彫りになって、それがゆっくりとテールバインダーの方へ回った。
樹は小さく頷くと、コントロールルームに手を挙げた。降ろしてくれ、というサインだ。
コントロールルームの作業員が小さく手を上げると、ゆっくりとクレーンがピストンを伸ばして、追加装甲を降下させる。
「進路よし。システム、同調」
「こちも、問題なし」
彩子と音が互いの立ち位置から機体のコンディションを報告する。
樹は二人の声を耳にしつつ、舞い降りる鋼鉄の羽衣が赤い糸に導かれるのを見守る。彼女の立つ頭部に光が集中し、周りが暗くなる。
「音、おいで」
樹は〔アル∑〕に被さろうとする追加装甲を見回して、音を呼んだ。ドッキングになれば、追加装甲の上は危険だ。
「あいっ」
インカムと正面から弾んだ声が飛んできた。
いや、音がテールバインダーを蹴って、樹のもとへ跳んだのだ。ふわりと広がる彼女の髪は扇のように広がって、艶やかに照明を反射する。
「おっとと」
樹は音を受け止めると、そのまま〔アル∑〕のアンテナに背中を預ける。ふっくらした音の頬が樹の頬と重なる。
暖かく柔らかい感触は、とても心地よいものだった。
その間にも〔アル∑〕に追加装甲が着せられる。
彩子は操縦席でシークエンスを続け、各センサーを合わせて肩部にあるマルチ・ハープーンのハッチを開ける。
先端の銛が顔を出すと、そのまま追加装甲のアタッチメント兼操作ケーブルとなる。
「樹、ちょっと揺れるかもよ?」
「大丈夫。それよりもちゃんとしてよ」
「わーってるわよ」
他愛のないやり取りが新鮮に感じられて、名残惜しく思ってしまう。
もうすぐ決戦。月への総攻撃が始まろうとしている。おそらく、これまでにない激戦となり、自らの命を捨てる覚悟をしなければならない。
不吉な予感が過り、樹は思わず音を強く抱きしめる。
「樹、どした?」
音は無邪気に問いかける。
同時に追加装甲が引き締まるように〔アル∑〕の胸周りに接続される。脇をかかえるように伸縮ベルトが回り、ロックボルトと装甲との間にクッションが施される。
プシューッ!
追加装甲の放熱フィンが温風を吐き出し、機体との密度を調整する。締め付けが強すぎても弱すぎても、宇宙空間での機動力を発揮できない。
周りの気温が熱くなった。
樹は音の体を放すと、にこっと笑って見せる。
「なんでも。絶対、勝とうね」
「…………あいっ!」
音は一呼吸逡巡したが、ぱっと明るい声で答えた。
インカム越しに聞いている彩子も肩の力を抜くようにして、深く息を吐き出す。
「まったく……。簡単に言うけど、樹さ、ちゃんと追加装甲のメンテナンス頼んだの?」
「どういうこと?」
「確認したんだけど、ほとんどの部品がお下がり同然なの」
電子戦用モニタに映る追加装甲のステータスは、地球から運び込んだときよりも格段に劣っており、見た目は綺麗になっているが、肝心の中身は依然と変わりない。
樹はインカムを押さえて、〔アル∑〕の頭部を這うように動いて、肩部のバリアブル・バーニアへと下る。音もそのあとに続く。
その個所は、赤い〔ミリシュミット〕によって切断された箇所だ。
「どうなの?」
彩子は追加装甲のサブ・コンピューターの回路を繋げつつ、問うた。
「あぁ……。ほんとにくっつけただけね。そっちで操作できそう?」
「やってみる」
すると、樹と音の目の前にある巨大なバーニアが軋んだ音を立てて、展開する。いつジョイントの関節が外れてもおかしくない異様な音と動きに鈍さに、頭痛がしてくる。
「ひどい……」
音のコメントに、ますます樹の頭痛が加速する。
「仕方ない。せめて、ジョイントの整備だけでも頼みましょう。他に問題点は?」
「あたしの見た限りでは、十数個あるけど? 何で、こうも扱いがずさんなのよ」
「『ガーデン1』の方で、〔アル〕を模して作った模造品に力がそそがれてんでしょう」
「そんなの聞いてないわ」
彩子は上擦った声を上げて、樹と音は顔を顰めて、インカムを思わず外した。
それからゆっくりとインカムを耳に当てて、樹が話す。
「あのバカお坊ちゃまが自慢げにメール寄こすのよ。軍の機密とか言うけど、どうせ今の司令官のごますりをいいように解釈したんだろうけど」
お坊ちゃまというのは、ヤッシュ・カルマゾフのことだ。
『地球平和軍』の本拠地である『ガーデン1』の近衛としているが、仕事内容はただの周辺宙域の巡回警邏。前線で戦う樹たちとは違い、命の危険は少なく、逃げようと思えば真っ先に逃げられル役職だ。
そんな彼はその暇を持て余してか、虚構の権力を使って〔AW〕一機を製造したのだ。台所事情を思えば、まだまだ苦しい軍内部でその愚挙は許すまじことだ。戦力としてどれだけのものか、機体性能よりも乗るだろう操縦者を思うと資材を大気圏で燃やすのも同じことだ。
音も頬を膨らませて、憤慨する。
「ずるいっ!! 〔アル〕、かわいそ」
「文句言っても始まらないけど、あんたの許婚でしょう? どうにかなんなかったの?」
「便宜上でも許婚なんて使わないで。頭が痛くなる……」
樹は額に手を当てて、熱っぽさを感じる。
音が心配そうにのぞき込む中、彩子の真剣な声が響く。
「こんなんで、あの赤い機体と遭遇したら、洒落にならないわ」
赤い機体。赤い〔ミリシュミット〕。
樹はそれ以上にその操縦者である女性の姿が真っ先に浮かんで唇を噛んだ。艶やかな東洋系の女性、鈴燕華の存在感と恩師であるアリスを殺した仇。
それと渡り合うには、万全のコンディションで挑まなければ、勝利などつかめそうにない。
幾度となく戦い。そのすべてが惨敗だった。彼女は戦闘に酔いしれている以前に、意志の強い操縦者だ。どんな状況だろうと戦いに対して、即決力があった。
「だから、整備も急がせるし、わたしたちも〔アル〕の整備をしなきゃいけないでしょう? もう負けるわけにはいかないんだから」
樹は〔アル∑〕のコンディションよりも、自分たちの気持ちが弱気になっているのを感じた。
音も彩子も、最大にして最強の敵である赤い〔ミリシュミット〕には勇気が湧いてこない。
だが、いずれまた遭遇するだろうと彼女たちは体の奥底で疼く運命を感じた。
初めて死の危険を感じさせた相手、大切な人を奪った敵、そして、反発し合う宿敵として、今度こそ決着をつける。
樹たちはそれぞれに、覚悟を決めて、準備を急いだ。




