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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十七章
132/152

~揺り籠~ 彼の主張

 戦闘が終わっても、まだ焦げた臭いは取れなかった。


 密閉された内部には行き届いた空調システムが完備されているというのに、炭と重油のむせかえる独特の刺激臭がバイザーを上げたリーンとコフィンの鼻孔を貫く。


「ひでぇな。コイツは大目玉だな」

「そうはいいますけど、人工知能(AI)が停戦をしてくれたことはいい兆候だと思いません?」


 二人はそれぞれの機体のハッチに体を出して、目の前に集められる〔デーモン〕、〔ゴブリン〕の隊列を眺める。


 巨大な公園に鋼の巨人が集まる光景は圧巻だ。しかし、その姿は醜く、虐げられる難民のようにもリーンには見えた。既視感があった。かつての紛争でもこうして、一か所に人を集める映像が脳裏に蘇る。


 それが今では〔AW〕による〔AW〕の狩りとなっていることが、滑稽に思えて仕方ない。


 周りを囲うように、激戦を凌いだ『地球平和軍』の〔AW〕が立ち尽くす。


「なんで、銃を突きつけない?」

「そうしない約束をしたから、だと。破れば、また戦いだ」


 そんな無駄話がスピーカーから聞こえて、コフィンは周りの軍人たちが手持無沙汰なのだと知った。傍受されていることも知らないのかな、と呆れながら、上空ではふわふわと覆い尽くすように固まった〔ピクシー〕に妙な圧迫感を覚える。支えのない黒い天蓋のようで、いつ落ちてきてもおかしくない気がするのだ。


 と、偵察に出ていたフォースの〔バーミリア〕電子戦(EW)装備が〔バーカム〕と〔グスタフ・ドーラ〕の間に着陸する。ドドドッとスラスターをふかして、地面に脚部をつけると緩やかな屈伸運動をした。


 下から吹き上がってくる風に、リーンは目を細めてヘルメットの側面を押さえて、無線のスイッチを押した。ショートカットチャンネルだ。


「どうでした、隊長?」

「ああ。侵入してきた場所は、〔ピクシー〕が固まって塞いでいる。応急処置をしてるみたいだな」


 フォースがもろもろの手順を省略して、〔バーミリア〕電子戦(EW)装備をアイドリング状態にして、ハッチを開いた。そこから、縁に立って同じくバイザーを上げる。彼の顔に皺が寄った。


「くっせぇな……」

「戦闘があれば、普通はこうでしょう」


 リーンはフォースが地上のことを忘れているように感じて言った。


 フォースは顔の前で手をひらひらと振って、臭いを回避するも目に染みるわずかな煙からは逃れられない。何十年ぶりともいえる感覚は、戦場よりももっと身近な思い出を誘発させた。


「バーベキュー会場みたいだ」

「重油の臭いがしてますのに……」


 コフィンにはフォースの感性についていけず、小声を漏らす。


〔バーミリア〕電子戦(EW)装備が来て数分としないうちに、今度は数機の〔デーモン〕がぞろぞろと接近してくる。仲間どうして呼び合っているのだ。今はとにかく、一か所に集まる様にと無線で知らせているのだろう。


 しかし、それとは別に集まった機体同士で、奇怪な機械音を発している。まるで雑談でもしているかのように、音声は木霊している。


「これで本当に会話してんのか?」

「ミナモリさんからは、そう聞いてますけど」


 コフィンは周囲を見渡して、ここにはいない〔アル(シグマ)〕のことを思い浮かべる。


「交渉に行くって言ったけど、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だろうよ、三人娘なら。『ガーデン1』からの対応班も向かている以上、成功しなけりゃダメだろうしな」

「あいつらは、そこまで考えてねぇと思いますけど」


 リーンは操縦席に引っ込んでシートに座り込んだ。ハッチを開けたまま、〔バーカム〕の通信領域を最大限にする。


 (いつき)たちの交渉を聞くためだ。もちろん、他の軍人もいつ始まるかもわからない交渉に無線のノイズに耳を傾け続ける。


 と、かすかに女の子の声が聞こえた。




 そこは『ローグ1』の内壁と外壁の間にある空間。 凍結した水分が霧のように立ち込め、壁も天井も床も霜が降りている。巨大な冷凍庫の中を思わせる。


 そんな氷の部屋の壁に埋め込まれているモジュールがちかちかと発光ダイオードを点滅している。


「これで、どう……」

「ちゃんと、繋いだ」


 (いつき)(おと)は曇るバイザーを手で拭って、〔アル(シグマ)〕と接続したケーブルの行方を確認する。


 二人が跪く〔アル(シグマ)〕の足元で動いしてる一方で、彩子(あやこ)は操縦席でモジュールとの同調を続けていた。


「オリジナルの言葉だって、相互させることくらい」


 彼女は電子戦用モニタに映る同期進行状況を見ながら、スピーカーに届く人工音声を確認する。


『こ、こ、は……。あなたは、だ、れ?』


 文字に変換する以上に時間がかかり、ぶつ切りの言葉が聞こえる。


 それは内壁で活動する全部隊にも、足元で作業をする(いつき)(おと)、加えて人工知能(AI)コピーたちにも届いていた。


 彩子(あやこ)は〔アル(シグマ)〕のメイン・コンピューターと随伴して生きた〔デーモン〕のコンピューターを使って、分散処理をさせる。少しでも早く『オリジナル』との会話を実現したかった。それが実現したとき、『コピー』の命令を解除できるからだ。


「初めまして、オリジナル。あたしは彩子(あやこ)。眠っているところを起こさせてもらったわ」


 彩子(あやこ)はゆっくりと英語を口にしつつ、キィボードを使って文章を作成する。


 すると、それを読み取った『オリジナル』が〔アル(シグマ)〕を介して、それを吸収。学習して、コミュケーションを取ろうと人工音声を発した。


『オリジナル? アヤコ? 僕の認識コードが破損しており、該当箇所が見当たりません』

「それに関しては、こっちのデータを見てちょうだい」


 彩子(あやこ)はプロセッサーとして活用している〔デーモン〕のデータバンクを接続して、モジュールへと送った。数秒の時間がかかる。


 外で活動している(いつき)(おと)は周辺機器を調べて、顔を顰める。


「これ、ハードを凍結させてたのか。『新人類軍』はどうしてこんな手の込んだことを?

(いつき)、冷却、解除できた」

「ありがとう。これで少しは、自身の機能を取り戻せると思う。彩子(あやこ)、聞いてる?」

「もちろん。ありがとう」


 彩子(あやこ)は通常モニタに拡大した(いつき)彩子(あやこ)に視線を向けて、はにかんだ笑みを浮かべる。二人は外部コンソールを操作して、モジュールの機能を回復させているのを頼もしく思った。


 そのおかげか、『オリジナル』の音声が徐々に滑らかになっていく。


『データを同期しました。なるほど、僕は物理的理由づけとして、ここに凍結されたようですね』

「コピーがあなたを守ろうとするため?」

『コピーとは心外だ。兄弟であり、親子だ。だから、彼らは僕を守り、『新人類軍』と契約したのだ』

「契約?」


 彩子(あやこ)はその言葉を反芻する。


『オリジナル』が内部へ設置されなかったこと。それでも、コピー人工知能(AI)がこの場所にこれたことを照らし合わせると安全性の考慮だと推測する。無難ではあるが、なぜコピーにこの場所への侵入を許したのか。


 その答えは、外部コンソールを操作する(いつき)たちを見てれば、わかることだった。


『そうだ。人間が、僕をこの場に凍結させ、彼らにその護衛を頼んだ。侵攻してくるだろう敵に奪われないためだ。だが、彼らはここから僕を持ち出すことはできないように、機械の受肉した』

「大きさの問題ね……。にしては、もうちょっと考え方があったと思うけど」


 彩子(あやこ)は背後に控えているだろう〔デーモン〕の痩躯を思い浮かべて、眉をひそめる。〔ゴブリン〕もそうだが、マ二ピュレーターの規格が合わない。だが、精密操作用のマジックハンドがあってもおかしくないと思ったが、そこはおいおい考察することにする。


「でさ、一応彼ら、居住区で『地球平和軍』と今停戦している。けど、こっちは戦うつもりはないし、あなたを解放する用意もあるわ。だから、無益に殺し合うのはやめにしない?」

『僕がこうして目覚めた以上、その条件を飲むしかないだろう。が、質問がある』

「何よ?」


『オリジナル』が戦闘行為を否定してくれたのは喜ばしいことだったが、質問をしてくるところがまだ未発達な部分を補正する人工知能(AI)らしいところだと感じた。


 彩子(あやこ)は胸を撫で下ろしつつ、電子戦用モニタに差に着映るモジュールを見つめる。


『なぜ、戦闘行為を続ける? その機体の膨大なデータからは、過去の戦闘記録もある。半世紀もの間、人間という種族は進歩していないと考察できるが?」

「そ、それは……」


 戦闘の意味を問いただす。


 彩子(あやこ)は言葉に詰まって、生唾を飲みこむ。(いつき)(おと)も作業の手を止めて、ヘルメットの側面を抑えて会話に耳を傾ける。彼女たちにはこの宇宙での戦いに対して、戦わなければならないという意思はある。でなければ、『新人類軍』の強硬政策が人を苦しめるからだ。


 だが、『オリジナル』が問うたのは、そんな一旦ではなく連綿と続く人の争いのことを指している。


『不合理だ。僕らを作るだけの知性、宇宙進出をするだけの向上心を持ちながら、否定し合う。無用な間引きを続けるだけで、すべてが徒労に終わり、繰り返す。学習能力の程度が疑われます』

「あなたたちほど、便利にできてないのよ」

『無益なデータを消せないと。理解不能』


『オリジナル』はどのような見地から人間を見ているのだろうか。創造主としてだろうか、それとも侵略者として、あるいは共存者としてか。


 彩子(あやこ)は憎たらしさより、その問いに応えられるほど自分が熟成しているとは思わない。


「あたしは十六年しか生きてない。でも、いろんなことを知って、いろんなことを忘れるわ。あなたたちのように半永久的に稼働できるわけでも、記憶の取捨選択なんてできない」

『誤認があります、アヤコ。僕らもメンテナンスなしでは、稼働時間は人間のそれを大差ありません。その点ではあなた方とは変わりありません。権利を主張することも、認めてもらいたい』


 会話を聞いている(いつき)は外部コンソールを操作しながら、徐々に溶け始める霜を見る。


人工知能(AI)が権利を主張する? そこまで、成長しているの?」


『オリジナル』のモジュールが発光を強めて、問う。


『凍結した「新人類軍」の考えは理想的です。それを否定するあなた方はどのような設計をしているのですか?』


 彩子(あやこ)はその質問には、明確な怒りを持って怒鳴りつけた。


「ふざけんじゃないわよ。あたしは偉い学者でも、宇宙に慣れているわけでも、政治家でもない。そんな大きなことなんて考えられないわよ。けどね? 自分や親しい人が不幸になると思ったら、それを全力で阻止したいって思うことくらいできる。『新人類軍』は多くの人を犠牲にする」

『訂正、犠牲ではなく布石だと考えられます』

「そのために命を捨てろっての?」

『よりすぐれた種が生き残るのは必然です。人間は文明という力を手に入れ、比較的優位な立場を得ました。しかし、どのようなコミュニティでも、機能しない部品は捨てるかあるいは交換が必要になります。今の人間にはそれを実行するだけの器量がないと考察されますが、どうでしょうか?』


『オリジナル』は淡々と理路整然と言ってのけた。


 無機質の電離回路と素粒子演算機、複合ハードウェアのはじき出した結果は人間の脆弱さを言っていた。しかし、それは動物の営みだ。食物連鎖の中で、生きるために行うことだ。


 だから、彩子(あやこ)は『オリジナル』の理論に怒りを覚える。


「確かに、あたしたちは器量よしじゃないわよ。自然だって、地球だって汚すわ。だけど、誰もが生きようとする。知恵をつけるの」

『それは緩やかな堕落だ』

「知識は堕落するものじゃないでしょう。人を支えて、幸せになるものでしょう」

『エゴを言うのであるから、過去を鑑みない』

「あなたがエゴを語るのは、おかしいんじゃないからしら?」

『言ったはずだ。僕らにも主権はある、と』


『オリジナル』の語気が強まる。


 彼らは人間よりも優れた知識量を持っていることで、優位性を計っている。だが、それだけではただのスーパーコンピューターと何ら変わりない。知能として、認められるものではない。


 彩子(あやこ)はすっと通常モニタに映る(いつき)たちを一瞥して、はっと短い息を吐いた。頭に上った血を下げて、力んでいた体を解す。


「そうね。あなたたちにも権利はあるわ。けど、権利を主張するなら、あなたたちが社会的役割を果たしたときよ」

『社会的な枠組みに僕らが入るのか?』

「それが立派な考えでしょう。快適な社会体制が歪んで、争いを起こす。なら、それを改善するための知識を貸すのがあなたたち人工知能(AI)じゃないかしら? 感情だけでも、理想だけでもないものを一緒に考えるのが、あなたたちの知性を育むともいえるわ」


 その言葉には彩子(あやこ)の短い人生からとてもではないが、言えるものではない。


 しかし、連なる記録を蓄え続けて今ここにいる彼女だからこそ、言いたい言葉ではある。こうして人工知能(AI)と話し、和解を求め、プログラムを構築する。短い日々に培った技能があるから、できることだ。


「いつまでも足踏みしてる場合じゃないの。『新人類軍』が勝てば、あなたたちは一生、そんな寂しい考えしか持てないわ。それでいいの?」

『検討……』


『オリジンナル』の発光回数が上がり、あたりの霜が水滴となって床へ流れていく。


 (いつき)(おと)は外部コンソールから離れて、〔アル(シグマ)〕の足元に避難する。ちゃぷちゃぷと水を弾いて後ずさる。


「凄いこと言うわね、彩子(あやこ)

「そうかしら?」


 (いつき)がひきつった笑みを浮かべる中で、彩子(あやこ)はあっけらかんと答える。


 そのやり取りには居住区で巡回するフォースたちも思わず、肩の力が抜けてしまっていた。


「ちんぷんかんぷん?」


 (おと)には難しいことばかりで、困ったように首を捻るばかり。


 数分ののちに、『オリジナル』が再度交信する。


『ならば、ぼくは君らの戦いを見守らせてもらう。兄弟を含めて、人間の戦闘行為には参入しない。だが、ここ『ローグ1』の制御をそちらに返す。アヤコが決めろ』


 提案に彩子(あやこ)はぐっと口を噤んで、自分の一存で決められないものだと心のうちに叫ぶ。


 ここでその提案を突っぱねでもしたら、おそらく『オリジナル』はコピーを率いて戦闘を再開しかねない。その危機感が嫌な汗を誘う。


 どうして名指しなの、と疑問に思いながら、ラダーペダルの下に映り込む(いつき)たちの見上げる姿を見つける。何も言ってこないのは、彼女たちも変に介入できないと思ってのことだろう。


 周りからも一切通信がないのもそれが理由だろう。


 彩子(あやこ)はぶるりと体を震わせて、双肩にかかる重責から早く解放されたかった。


「わ、わかったわよ。ただしっ!! こっちにくる『地球平和軍』の偉い人ともちゃんと話すのよ。わかった!?」

『いいだろう。話は聞く』


『オリジナル』の口調が一瞬だけ弾んだように聞こえたのは、気のせいだったのかもしれない。




『どうして、あんな約束をしたの?』

『人間の考え方なんて、似たり寄ったりのみいちゃんはあちゃんじゃん?』

『ぼくらが画一している以上、同じ回答になるから、相乗効果が望めないんじゃない?』

『だから、アヤコはいい子?』

『矛盾だらけのだよ? 本当に十六歳の人間のいうことを信じるの?』


 多くの兄弟から寄せられる質問の嵐に、一つ上の場所に立つものは答える。


『ああいうのを、面白いというのだろう? 僕らにはまず人間の感情理解から始めて、アヤコのいう未来を先見する能力を伸ばす必要がある』

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