~揺り籠~ 大気の中の激戦〈後編〉
轟く爆音。震える大気。疾駆する巨人の足。
〔アル∑〕は四方八方を囲まれ、腕部のカタナを一本引き抜いた。
「上空は〔ピクシー〕で、周りは〔デーモン〕。彩子、悪いけど、一気に斬らせて」
「もうどうにでもなれよっ」
彩子は〔アル∑〕が受信した機械音を解析しつつ、ヒステリックな声を上げる。どうにか人工知能へ接触と試行錯誤を繰り返すが、電波の発信は手ごたえがない。
だが、周囲に飛び交う機械音が〔デーモン〕の外部スピーカーから漏れだしているのを何かの暗号ではないかと睨んでいた。それは賭けであり、仮設でしかない。だが、〔ピクシー〕が物理的な妨害で、座標を狂わせているのならば、可能性を否定できない。
樹は迫りくる〔デーモン〕の槍兵を見渡して、操縦桿を強く握る。
「音、やるわよっ」
「あいっ」
音は声を張って、マルチ・ハープーンを肩部から展開。
〔アル∑〕は銛を引き抜くと、カタナの柄頭にあるフックにそれを引っかける。圧縮された電気信号が伝わり、プラズマが刃に迸った。
瞬間、間合いを計っていた〔デーモン〕が一気に突撃を開始。その長槍の刃を加熱して、重厚な壁となり、鋭利な武器となり、殺到する。
〔アル∑〕は肩部と脚部に刺さった槍のことなど意にも介さず、大きくその場で回転。
「いっけぇええええええええええええっ!!」
樹たちはその遠心力に体を傾け、回る視界に三半規管がマヒしそうになりつつ、操縦桿を一気に押し上げる。
〔アル∑〕は円盤投げの要領でカタナを放る。遠心力を得て伸びるワイヤー。
円状に広がる斬撃が、〔デーモン〕の狭まる包囲陣を崩した。長槍を弾き、機体を一閃していく。
数機は飛び上がって、さらに〔アル∑〕に接近。刃の切っ先を立てて、頭上から刺突する魂胆だ。
「悪いが、俺を忘れるなよっ」
包囲陣の外で、〔ピクシー〕を散らしていたフォースが自機の〔バーミリア〕電子戦装備の向きを変える。狙いは宙に浮かぶ〔デーモン〕四機。
〔バーミリア〕電子戦装備はメイとサブのスラスターを噴射、ホバー移動をしつつアサルトライフルをセミオートで発砲。
断続的に吐き出された弾丸が、〔デーモン〕四機を強襲。コロニーの中で四つの閃光が瞬いた。
「隊長がやってくれた? 彩子、まだなの?」
樹は〔アル∑〕の回転運動をやめさせると、後続の〔デーモン〕一機の刺突を盾で防ぐ。その間にも音の操作で、ワイヤーが巻き上げられる。
彩子は重心が落ち着くのを待って、通常モニタで弾き飛ばされる敵機を見た。
「まだよ。解析には、サンプルが————うわっ」
体を貫く震動。目の前で土くれが爆発して、〔アル∑〕に降りかかる。
電子戦用モニタにカーソルが表示され、敵の狙撃であることを知らせる。
「もうっ。いい加減にしなさいっての!」
「だったら、早くして! こっちもいっぱいいっぱいなのよ」
「樹、上っ!」
〔アル∑〕の腕部にカタナが戻ると同時に、音が上空から迫る影を見つけた。
これには〔バーミリア〕電子戦装備が即座に反応して、応戦している。頭上に見える雲の霞の向こう。別ブロックからの敵応援部隊だ。
樹は機体にカタナを薙ぎ払いさせ、敵を切り捨てると大きく後ろに飛び退かせた。ぐんと体をくの字に曲げる負荷が襲い掛かっても、投擲される長槍を盾で弾いた。
「増援は増える一方。一体何機を製造したの……」
樹は通常モニタにアップされた損傷報告を一瞥して、上空から〔バーミリア〕電子戦装備の弾幕を〔ゴブリン〕部隊が突きぬけてきた。
ぞっと背筋が泡立つのを樹たちは実感する。
音が止む終えないとばかりに〔アル∑〕の空いている腕部にビーム・ライフルを握らせる。滞空時間が終わり、綺麗に整っている草原を鋼鉄の足が踏みしめる。それだけで、地震のような揺れと土が剥がされた。
「音、ビーム・ライフルは————」
「出力、落とす」
切羽詰まった彩子の忠告を無視して、音はビーム・ライフルの銃口を掲げさせる。その間にも、正面の〔デーモン〕部隊から投擲された槍が雨のように降り注ぐ。
三人の耳に警報が鳴り響く。
〔アル∑〕はその大質量をスラスター最大出力で後ろへ滑らせつつ、ビーム・ライフルを頭上へ放った。
先ほどまでいた場所に、長槍が細い木々のように乱立する。
頭上では拡散したビームの粒子が輝き、霧散していった。出力を落とし過ぎて、大気の屈折と相まって効力を失ったのだ。降下してくる敵機にはちょっとした火傷程度しか負っていない。
音は大気の扱いを煩わしいと思った。宇宙とは勝手が違う。何もかもが障害となり、足を引っ張る。
「お前たち、いつになったら制御できるんだ?」
「今やってるっ。やってるわよ! 時間を稼いでくれれば、できるんだからっ」
フォースの無線に、彩子は金切り声にも似た声を張り上げて、〔ゴブリン〕の発する機械音声を採取、〔デーモン〕から取れたサンプルと照合し、学習装置に逆アセンブルさせる。人工知能の学習装置は、そもそも人語を機械語に変換し、敵へとぶつける手段だ。どんな言葉を取捨選択するかは、彩子にかかっている。
緊張で胃がきりきりと痛み、強張る体に疲労感が伸し掛かる。短い自分の息遣いまでも煩わしてく、ささくれ立った精神が今にも爆発してしまいそうだった。
「他の部隊が危ないんじゃないの?」
「そういう風に見えるが、今はここを耐えるしかないだろっ」
樹の見解は遠くで弾ける閃光を見て出た言葉だ。
そこかしこから上がる火の手。中心に向かって伸びる煙がやがて、雲のように漂っている。遠くからレールガンの重低音が轟くと、樹の心臓が飛び上がる。
〔アル∑〕の横についた〔バーミリア〕電子戦装備が、着地する〔ゴブリン〕部隊、合流する〔デーモン〕部隊の中心へ向けてグレネードランチャーを射出する。
弧を描いて飛びだした榴弾は、波紋のごとく広がる敵部隊の中心へ落下。灼熱の火炎を上げて、爆音をとどろかせた。
巻き起こる爆風に乗るようにして、〔アル∑〕、〔バーミリア〕電子戦装備は後退。
「そーちょー、コフィンさんっ!?」
音は〔アル∑〕のビーム・ライフルの出力を調整し、如雨露で水を撒くがごとく荷電重粒子を正面に張った。障壁代わりの粒子に数機の〔ゴブリン〕が突撃すると、小さな穴をそこらじゅうに空けて、機能を停止する。
だが、物量はそんなレースのカーテンのような障壁など軽々しく突破する。
と、彼女たちの背後で別働隊を押さえている〔グスタフ・ドーラ〕の操縦者、コフィンはぎょっとして無線を調整する。
「ウタノさん、こっちに来るんですか!? リーンさんっ」
「こっちで突破口を作るしかないだろうがっ」
「りょ、了解ですっ」
リーンの怒鳴り声にコフィンは縮こまりながら、森林から飛び出してくる〔ゴブリン〕をバッタバッタとヒートナイフで切り捨てる〔バーカム〕の動きに合わせて、分隊支援火器を叩き込む。
〔バーカム〕はそのおかげでいいように敵を屠っているも、リーンの体力は湯水のように消費される。
「————っ!」
リーンはまた〔ゴブリン〕一機を切り伏せると、〔バーカム〕の脚部ミサイルポットを開いた。狙うは森林一帯。気が引けるが、木々を燃やしてその中を突っ切るしかない。
妨害がないために、すぐにマイクロミサイルの照準は容易い。すぐにも数発のミサイルが一度上空へと舞い上がり、燃やすか所へと進路を変更。
瞬間、上空で見張っていた〔ピクシー〕数機が高速で降下。そして、真っ二つに割れるとチャフを放出した。
ドドドッとアルミニウムの光ともうもうと立ち上る煙へとマイクロミサイルが引き寄せられ、上空で爆散した。
「クソッ。ああいうのまで」
「曹長、どいてっ!」
「どうするんだ!?」
「このまま、突っ切るっ」
樹の無線とともに、森林へと振り向いた〔アル∑〕が盾を構えて、猛然と迫る。
〔バーカム〕、〔グスタフ・ドーラ〕は道を揺するように横間へと流れた。そして、〔アル∑〕の背後につくとそれぞれに、左右からくる敵に火器をお見舞いする。
「残弾が持たんぞ…………」
殿をする〔バーミリア〕電子戦装備はアサルトライフルの弾倉を再装填。最後の一つだ。グレネードも二発しか残っていない。なくなれば、あとは白兵戦にもつれ込むしかない。
「彩子、どにかする!」
音は言って、ぐっと身を強張らせる。
〔アル∑〕が力任せに、〔ゴブリン〕の群れを弾き飛ばし、木々をなぎ倒しているからだ。正面から向かってこようものなら、その重量で粉砕。軟な木々を蹴飛ばしていく。
そのあとに続くリーンたちは荒れた木々を見て、むちゃくちゃだと思った。
だが、そのおかげか。〔アル∑〕の通った後を律儀に敵は追ってくる。木々を盾に奇襲するつもりはないのか。
いや、側面を守るリーンとコフィンの機体は、緑の中を駆け抜ける熱量を感知していた。
「左舷に五機います」
「こっちは三機だ。奴ら、無駄弾を誘ってやがる」
「コフィン准尉、場所を変えろ。後ろの敵には銃口を向けるだけでいい」
リーンは二足走行をする〔バーカム〕に最後の弾倉をサブマシンガンに交換させると、ヒートナイフを構えなおさせる。〔グスタフ・ドーラ〕は〔バーミリア〕電子戦装備と配置を変えて、白兵戦に備える。
森に入ってから〔デーモン〕、〔ゴブリン〕、〔ピクシー〕の動きがおかしい。
先ほどまでの好戦的な態度は消えて、追い込み漁でもしているような危機感があった。
「動きが変わった? サナハラ一等、どうなってる?」
「彩子……、がやってくれたの?」
先頭を切る〔アル∑〕の大股の走りがガツンと操縦席に激震をもたらす。
その揺れの中で彩子はぶつぶつと小言を言いながら、電子戦用モニタに表示される解析言語を呼んでいた。
『出て行けっ!』
『そっちに逃げたぞっ! 出口まで追い込んで』
『ねぇ、誰がやられたの?』
『わからない。けど、オリジナルには近づけるな』
『絶対、守る』
『ここがお家だから』
まるで子供の戯言だ。しかし、それを発しているのは、武器を手にした敵機たちだ。
人工知能の想定年齢が小学生ほどだとしても、そのちぐはぐ会話に一体感がある。防衛本能というべきか。彼らは『ローグ1』、家を守るために武器を手にしている。『オリジナル』は彼らにとって母であり、父であり、兄弟であり、姉妹である。
ひどく幼く、素朴な刷り込みだ。
彩子は解析された言語を見て、怒りがこみ上げてくる。彼らにではない、そうした学習をさせた連中にだ。
「子供が相手なら……」
彩子の小言はそれで区切られ、次々と学習装置に自分の言葉を連ねる。
『子供が刃物なんて振り回すなっ。危ないでしょうがっ』
ちんけだなと思いながらも、その言語は機械語へと変換され、外部スピーカーからさらに彼らに合わせた周波数の音となって発信される。
〔アル∑〕が森を抜けた。
目の前に広がる景色は展示用の物件が並ぶ区画だ。プラスチックでできた縦長の建物が乱立し、両者にとっていい場所である。
「各員、建物を盾にして応戦しろっ」
フォースが怒鳴るように言った。
しかし、彩子が電子戦用モニタに文章を書き連ねながら、叫んだ。
「待ってっ! 攻撃はしないで、説得してるのよ」
「本当ですか!?」
いち早く発砲しそうになったコフィンが慌てて、火器を上げると尋ねた。
各機は固まったまま、街路を踏みしめていく。後方から迫る敵影は加速を駆けて、距離を詰めていく。また建物を足場に、跳躍する〔ゴブリン〕の影。
しかし、彼らの言葉はこうあった。
『誰が言った?』
『敵? 子供って言ったの?』
『お前たちこそ、鉄砲なんて捨てろッ』
彩子は湧いてきた反応によしと頷くと次を出した。
『わかったわ。攻撃はしない。だから、そっちも武器を捨てて』
そう送信して、樹に言う。
「みんな、武器を捨ててちょうだい」
「正気か、テメェっ!」
リーンが上擦った声で反論する。
一気に接近してくる敵を前にして、武器を捨てろなど自殺行為だ。
だが、樹はすぐに〔アル∑〕の武装を解除した。カタナ二本、ビーム・ライフル、盾までも解除して、走り続ける。
「これでいいんでしょう?」
「ありがとう」
「彩子、信じてるもん」
樹と音の言葉に彩子は胸がすっと穏やかになる。
「こうなったら、命預けるぞ。ミナモリ二等」
「わたしもっ」
「あぁ、どうにでもなりやがれっ」
続いて〔バーミリア〕電子戦装備、〔グスタフ・ドーラ〕、〔バーカム〕と武器、防具を解除する。
そのおかげか、建物を足場に接近しいた〔ゴブリン〕の動きが止まる。枝にとまった鳥のように、走行する四機をメインカメラに捉える。
『ほんとに、捨てた』
『バカだ。本当にするなんて……』
悪戯っぽい反応。
それには彩子もカチンときた。
『約束を守るのは礼儀でしょう? オリジナルはそんなことも教えてくれなかったの?』
返信はすぐに来た。
『オリジナルは何も知らない。だから、そのままでいい。僕たちは死んでいった僕たちのために、ここにいる』
「死んでいった僕たち……」
これまでに使われたミサイルや機雷設置機などに組み込まれていた人工知能のことだろう。そして、そのデータをコピーに埋め込んでさらに理由付けを強くした。
死に則った教えが、暴力しか生まないのは悲しいことだ。それを機械は知らない。
彩子は病気で死んだ父親を思い出して、胸が締め付けられる。
『死んだ人がいるなら、ここで命を落とすことはないでしょう? わたしたちは、戦いに来たんじゃない。ここを守るために来たの』
数機の〔デーモン〕が足を止めて、おろおろと互いにコミュニケーションを取る。
『信じられない。信じるものか』
『こうして暴力しか教えなかった連中のために、戦う理由はないでしょうがっ! 攻撃はしない。だから、あなたたちを傷つけないし、傷つけさせない』
周囲で轟く爆音が心苦しい。
戦火はまだ続いている。それを終わらせるには、互いの武器を下げるしかない。
今度は〔ピクシー〕が頭上で旋回し、ハゲワシのように〔アル∑〕が弱まるのを待っているようだった。
幼い人工知能が動揺する。それは彼らにとって判断しずらいことだ。武器を持った敵がいて、それが家をオリジナルを殺す者だと知っているからだ。では、なぜ知っているのか。そのプログラム自体が欠陥ではないかと疑いを持つ。
瞬間、〔アル∑〕がひざから崩れ、街頭に倒れ込んだ。あたりに粉塵が舞い、唐突の出来事にフォースたちの機体も〔アル∑〕に躓き、転倒。
「こんな時に、足のダメージがっ!」
樹は脚部に刺さりっぱなりの長槍を言って、奥歯を噛み締める。通常モニタにはひび割れた道路が映っており、接近警報が後頭部に鳴り響いていた。
〔デーモン〕が長槍を構えて、飛びかかってくる。
彩子は最後の言葉を咄嗟に出力する。しかし、間に合わない。
『死ね』
電子戦用モニタに不吉な言葉が浮かんだ。
〔デーモン〕の長槍が〔アル∑〕の背中へ突き立てられる。
もうだめだ。樹たちはそう覚悟して目を固く瞑った。
衝撃が走る。装甲が軋む音が耳の奥へと入り込んだ。だが、その先にあるだろう物はない。
「…………?」
彩子が目を開くと、そこには新しい文字が出力されていた。
『ダメだ。殺しちゃいけない』
それは、〔アル∑〕の背中に乗った〔デーモン〕の槍から身を挺して守った〔ピクシー〕のものだった。その機体は自らの体に槍を受けいれ、ごろんと〔アル∑〕の装甲を転がり落ちて行った。
これには〔デーモン〕も困惑して、周りの機体に呼びかける。
『どうしてっ!?』
『僕たち以外に話せる相手がいる。それはいいことだ』
『僕たちの知能を上げるためにも、必要な要素だ。それに、彼の犠牲は無駄にできない』
『変なことを言うけど、知的好奇心が持てる』
一機の〔デーモン〕が〔アル∑〕に突き刺さった脚部の長槍を引き抜いて、寄ってきた仲間に言った。
『こういうこと以外に、僕たちができることがあるなら、そうすべきじゃないかな?』
彩子はそれらの言葉を、フォースたちにも共有させて下唇を噛んだ。
力のなさを悔しがると同時に、人工知能の発達ぶりに感心する。彼らは小学生ほどの情操があって、理解できないことの方が多いはずなのだ。
しかし、彼らはなにか希望めいたものを〔アル∑〕から受け取ったのかもしれない。
「人工知能ってのは、賢いな」
「とはいえ、寿命が縮んだっての」
「怖かったですぅ……」
フォースたちは胸を撫で下ろしながら、手を貸すように機体に寄り添う〔ゴブリン〕を見る。
「真相は後でちゃんと聞かなきゃね」
「ちんぷんかんぷん?」
「そうね。けど今は————」
〔アル∑〕は立ち上がって、集まる〔デーモン〕、〔ゴブリン〕、〔ピクシー〕を見る。悍ましい外見とは裏腹に、好奇心を持ったようにじっと見上げてくる姿は、子供のそれと変わらなかった。
『ほかの部隊に戦いをやめるよう各自で報告するわよ。そのあとで、ゆっくり話を聞かせてちょうだい』
その信号を受けた人工知能たちは了解と返信して、数機を残して散っていった。
もちろん、樹たちも散開して、各方面で戦う部隊を止めに行く。いくつもの信号弾がそこかしこで打ち上げられて、戦いは一時休戦となった。




