~揺り籠~ 大気の中の激戦〈前編〉
煙を抜ければ、光の溢れる空間がまず目に飛び込んできた。深淵の宇宙とは違う、太陽の光が満たされていた。
樹たちはまずその光に目を細めて、敵の動きを一度見失ってしまう。
「彩子、今どこ?」
「第二ブロック。五番地あたりっ」
彩子は徐々に明順応してきた視界の中で、電子戦用モニタが示す座標を報告する。
飛び込んでくる〔AW〕部隊はそろって、空中で滞空し周囲を警戒しだす。空中を走る黒い球体〔ピクシー〕の残党を索敵しつつ、徐々にその高度を落としていく。
「跳躍は控えろ。ここじゃぁ、ろくな速度が出んからな」
フォースは試験小隊の面々に注意を促しつつ、アサルトライフルの射撃管制装置を調整する。
〔AW〕部隊各位は、次々と煌びやかなガラスの川に着陸すると、次々に散開する。その移動はスラスターのホバー移動を基礎にしているも、大気中でのプラズマ推進など微々たるものだった。
時折、脚部をついては方向を定め、アイススケートさながらに異動する軍隊。
樹たちは周囲に視線を走らせて、〔ピクシー〕の存在やほかの敵機。先行する〔バーミリア〕電子戦装備、〔バーカム〕の強化装甲の輝きを確認し、横間へとくる〔グスタフ・ドーラ〕を見やった。
「各部隊、作戦通り、散開してくれてる。これで、敵も分散できればいいんだけど…………」
彩子は電子戦の準備を整えると、広域レーダーが作動しているのを言った。しかし、確認できるのは、味方の識別信号だけ。敵らしい影は一向に捉えられない。
「これだけ、大胆に潜入したのに敵は動かないの?」
「むぅ…………。遠く、見えない」
樹の怪訝そうな声の裏で、音は〔アル∑〕の回折カメラで最大望遠。正面、左右、頭上で張り詰める別ブロックまで見通した。
それでも敵はいない。
フォースたちにも緊張の色が窺え、編隊を狭めていく。大気の中では、現状の〔AW〕では地上戦と変わらない戦法を取るしかない。敵がいないのなら、練り歩いてより早く発見するしかない。
「茂みの方へ寄せろ。少しは隠れ蓑になる」
〔バーミリア〕電子戦装備が左へと大きく蹴って、滑っていく。
鬱蒼と生い茂る森林を確認して、熱反応や金属反応を確認。そこを安全と見て、リーン、コフィンもその方向へと機体を傾ける。
しかし、樹だけはじっと正面に視線を固定し、反射する光の地平線を睨んだ。
「樹、隊長たちに置いてかれるわ。これじゃぁ、いい標的よ」
「ねぇ。ここ、第二ブロックだって言ってたよね?」
「え、そのはずだけど……」
彩子は電子戦用モニタに映る情報を再確認して、目を細める。樹の言うことは時折、飛躍しすぎて理解に困る時がある。
すると、音がはっと息を飲んで知らせる。
「来るっ!」
「何よっ!?」
彩子が素っ頓狂な声を上げた瞬間、正面の光が膨れ上がった。
大気を割く轟音と共に、何かが飛来してくる。真っ白な煙の尾を引いて、ぐんと飛来物が数百メートル先に着弾する。
それは紛れもなく、レールガンによる射撃だ。大気中のレールガンは、大気との摩擦熱やジュール熱によって弾丸が自壊。宇宙での機能の半分以下の力しか発揮できない。宙に残留したプラズマが蛇のように奔った。
〔アル∑〕は盾を構えて、一気に特殊ガラスを蹴った。左へと跳び、ぽっかりと空いた大穴から逃げる。空気が吸い込まれ、周りの樹木をゆらしていく。瓦礫や塵、実験動物までが冷たい宇宙に放り出されるのを樹たちは見た。
「隊長!?」
「ああ、レールガンだ。ったく、敵には物理学ってのがわからないのかよ?」
フォースは愚痴りながら、〔バーミリア〕電子戦装備を茂みにか屈ませ、脚部のスパイクで地面を噛んだ。その横に、〔バーカム〕、〔グスタフ・ドーラ〕がついて、頭部を茂みから出すようにして敵の位置を探った。
最初に気付いたのは、コフィンだ。最大望遠で捉えた映像は小型敵機〔ゴブリン〕と中型敵機〔デーモン〕が協力し合って、レールガンを構えている。伏射姿勢の〔デーモン〕、銃身を支える〔ゴブリン〕はまるで互いに反動を抑え込もうとしているようだった。
敵の一射。
大きくよろめく敵機のたもとで、爆発が起きる。その閃光を目にして、コフィンは瞬かせる。
「いました。前方、距離、二キロ。建築物を盾にしています」
「こちらも確認。あれくらいなら、すぐにでも突破できるけど、他の機体が見えないのが怪しい。コフィン准尉? 狙撃兵を驚かせてくれません?」
樹は〔アル∑〕を突進させながら、上空へと逸れた弾道を見送る。
先の砲撃音を皮切りに、後方からも上空からも炸裂音が響き渡る。『ローグ1』全体が痺れるような轟音の連鎖に、樹は歯を食いしばる。
「了解。敵は傷つけないよう努力します」
「お願いします。学習装置の射程は、こちらで稼ぎますから」
彩子が言うと〔アル∑〕は人工の湖から延びる川に沿って、走り出す。推進剤を少しでも節約したいのと、敵の視線を集めるために開けた土地を進撃。
「それじゃ、俺たちも前に出るか。牽制射くらいは、しないとな」
「罠だってあるかもしれねぇしな。コフィン、頼むぞ」
フォースとリーンがタイミングを見計らって、自機を立ち上がらせ、森林を飛び越していく。滞空している間は、〔バーミリア〕電子戦装備も〔バーカム〕も動きが緩やかになり、いい的となっている。
コフィンにとって、それはいい陽動となってくれる。
「分隊支援火器、セット。照準、よしッ」
〔グスタフ・ドーラ〕は背部の分隊支援火器を抱えるようにして保持すると、立射姿勢を取り狙いを定めると数十発の弾丸を吐き出した。
ドドドッと鈍い音と振動がコフィンに伝わり、〔グスタフ・ドーラ〕は前傾姿勢を取り森林の中を移動する。
吐き出された弾丸は、伏射姿勢の〔デーモン〕の手前数メートルに着弾する。驚異的な狙撃能力に、〔デーモン〕が飛び上がって、〔ゴブリン〕ともどもその場を離れる。
「他はどう出る?」
「隊長!」
「おいでなすった!」
フォースたちが森林に着地すると、今度は左右から〔ゴブリン〕の機体が飛び上がり、その手に持つヒートナイフを鈍く煌めかせる。
しかし、彼らは動じることなく機体を横転させて、回避。木々をなぎ倒しながら、メイン・モニタに映る敵の増援に射撃武装をお見舞いする。コフィンほど精密なものではなく、乱雑な照準で撃つ。木々の葉が揺れ、爆音で耳がおかしくなりそうだ。
次々と現れる〔ゴブリン〕はすばしっこく動いて、〔バーミリア〕電子戦装備、〔バーカム〕の射撃から逃れる。その間にも、リーンたちは森林を抜けて、開けた土地に機体を晒す。
「敵と交戦してる。いよいよ出番ってわけね」
「樹、後ろ、くる!」
「今になって————」
〔アル∑〕は左脚部のパイルを地面に撃ちこむと、姿勢制御スラスターを使って反転。迫りくる〔デーモン〕の長槍を盾で弾いた。
通常モニタに映り込むのは、その一突きだけではない。立て続けに、突撃、薙ぎ払いが群がる〔デーモン〕の軍団から繰り出される。
「座標、どうなってる?」
樹はスロットルレバーを引いて、〔アル∑〕を回転。盾を使って、槍を次々と防いでいく。しかし、数の手は〔アル∑〕の装甲へ容赦なく達し、肩部、脚部に長槍が突き刺さる。
機体の悲鳴ともいえる警報が樹たちの耳を打つ。
音の機転で、右脚部レールガンを発砲され、周囲に轟音と爆発した空気が霧となる。
「座標、座標って――――」
彩子は歯を食いしばりながら、体を乱暴に揺する機体の動きに意識が飛び出してしまいそうだった。がちがちと歯が鳴って、脳髄に響く。
〔アル∑〕はレールガンの反動とメイン・スラスターの力で上昇。煙を脱して、眼下に気を配る。
と、彩子は電子戦用モニタに出た検索結果に目を疑う。
「ちょっと、なんで下が第一ブロックなわけ?」
〔アル∑の足元で煙を上げる区画が、第一ブロックとなっている。そもそも、シリンダー型スペースコロニーである『ローグ1』は三つの居住地と同数の特殊ガラスが並んでいる。居住地のブロックだけで数えるので、第一から第三までしかなく、多いわけではない。
なのに、〔アル∑〕の照合結果は先ほどとは違う結果。
樹は宙に浮かぶ黒い球体〔ピクシー〕が〔アル∑〕を囲っている状況に鳥肌が立った。
攻撃が来る。
三人の目が宙に浮く〔ピクシー〕に注がれていると、足元から数発の弾丸が飛翔。取り囲む〔ピクシー〕のうち、三機を撃墜した。
「みなさん、早く脱出してください!」
地上で〔デーモン〕軍団へ目標を変える〔グスタフ・ドーラ〕、コフィンからの通信だ。
「ありがとうございますっ!」
周囲で〔ピクシー〕が爆発してできた雲が浮かぶ。
〔アル∑〕は肩部のマルチ・ハープーンを展開し、足元の、照合上では第二ブロックへとその照準を合わせ、発射する。伸びるワイヤーの先にある銛が地面に食らいつくと、〔アル∑〕はウィンチを高速で巻き上げて、降下していった。
今の〔アル∑〕ではメイン・スラスターの出力よりずっと素早く降下できる。
迫る地上。ふと周囲に目を配れば、そこかしこで火の手が上がっている。敵機の遭遇が本格化した証拠だ。
森林の中へ降下する〔アル∑〕だが、次の瞬間に森林の一部が吹き飛んだ。マイクロミサイルか、それに類する爆弾のような光。
「こっちに来ただと?」
「コフィンを一人にしたのか!?」
〔ゴブリン〕の群れを巻きながら、フォースとリーンが着地する〔アル∑〕の巨体を見て言った。
音も〔バーミリア〕電子戦装備と〔バーカム〕の影を発見しては、目を丸くした。
「あれ? なんで、たいちょー、いる?」
「ここは第二ブロックじゃないの? さっき、二人は第一ブロックに……」
樹は機体を起こして、被害状況を確認しながら上擦った声を上げる。〔アル∑〕の損傷は大したことない。だが、降りた場所に〔ゴブリン〕の大群が迫ってくると知れば、頭の中はすぐに警鐘を鳴らす。
一番に混乱しているのは彩子の方だ。
「だって、これ————。そうなってるわ。どういうことなのよ!?」
電子戦用モニタの地図と現在地を照合して、間違いなく第二ブロックと表示されている。すぐにメイン・コンピューターをパスして、誤作動してないか確かめる。
その間にも、〔アル∑〕は一対のカタナを爪状に展開して、獣が如く飛びかかる〔ゴブリン〕を切り捨てる。四方八方からくる敵の数を知れば、撃墜するなというのが難しい。
「どうして、ここに来た?」
「上には〔ピクシー〕の大群で、逃げた先がここだったの!」
〔アル∑〕の後方から切りかかろうとする〔ゴブリン〕一機を、〔バーカム〕がビーム・トンファーで溶断すると、サブマシンガンで他の敵機を牽制する。
と、〔バーミリア〕電子戦装備が、グレネードランチャーを再装填し、正面の森林を吹き飛ばす。ドォオンッと腹の底に響く爆発音とともに、〔バーミリア〕電子戦装備は危険を顧みず跳躍する。
「隊長!?」
「なるほど、こういうことか……。サナハラ、セルムット。コフィンの護衛に回れっ」
フォースは自機の不調を目で確かめ、上空で旋回する〔ピクシー〕を睨んだ。
樹とリーンはそれぞれに、機体を跳躍。側面から来るレールガンの砲撃に驚きながらも、機体を前に前に押し出した。
そこで、彩子も異変に気付く。
「何よ、データが書き換えられてる?」
「違うな。ダミー画像だ。それを振りまいているのは、妖精ってところか?」
「ダミーって、こっちのファイヤーウォールを突破して————。いいえ、光の屈折率なら」
彩子は森林帯を抜けた通常モニタの先に映る光景を見て、悔しさに歯噛みする。
破壊された〔ピクシー〕が発する煙。おそらくそれが、反射板となって光センサの精度を落としている。レーダーのような音波も同様だ。土地勘のある樹でもよく見なければ、似たような構造をしている内部だ。部隊を分解しようとする意図がひしひしと伝わってくる。
〔アル∑〕、〔バーカム〕、〔バーミリア〕電子戦装備が向かう先。どうにか〔デーモン〕の軍団を抑える〔グスタフ・ドーラ〕が分隊支援火器から対物狙撃銃を構えなおすところだった。
敵を前にして、コフィンは体を強張らせて衝撃に備える。銃身に電圧がかかり、大気が熱で歪む。宇宙空間以上の放熱。しかし、横隊をなす敵の槍兵は恐れを知らずに向かってくる。
やらなければ、やられる。
「————っ」
コフィンは息を飲んで、操縦桿のトリガーを引いた。
ドッと鈍い音が耳に届いたが、そのあとは無音に思えた。
〔グスタフ・ドーラ〕が大股の立射姿勢で対物狙撃銃を発砲した瞬間、銃身が大きく跳ね上がる。
吐き出された弾丸はまっすぐに空気の壁を突き破り、衝撃波を発生させて敵の横隊を吹き飛ばす。もはや対物狙撃銃の威力ではない。そもそも、立射姿勢で狙撃できただけでも奇跡だ。
「————うっ」
樹たちは耳に圧迫感を覚えつつ、着地と同時に襲ってきた突風に心臓が跳ね上がる。
リーンとフォースは、〔アル∑〕の足が止まるのをよそに、機体を〔グスタフ・ドーラ〕へと接近させる。
隊列が崩れても、まだまだ敵は向かってくる。
コフィンは強制冷却に移行する対物狙撃銃に見切りをつけて、分隊支援火器に再度取り替える。その間を稼ぐようにして、〔バーカム〕、〔バーミリア〕電子戦装備が援護に入る。
「大丈夫かっ!?」
「————へ?」
コフィンは体中が軋むような痛みと耳鳴りが続き、リーンの声に即座に反応できなかった。
「長期戦はごめんだぞ、ミナモリ一等」
「やってるけど、こうも敵の動きがすごいとLANに割り込むのも一苦労なの!」
遅ればせに〔アル∑〕が三機の横間を過ぎて、〔デーモン〕の軍団へ切り込んでいく。ビーム・ライフルを使おうなどとは、樹も音も考えない。
威力云々はレールガン以上だろうが、コロニーの内壁を傷つけるのは危険だと判断するからだ。
彩子は電子戦用モニタに起動した学習装置よりも前に、敵の構築するネットワークへ侵入を試みる。電子的なものから物理的なものまで、とにかく敵との交信をしなければ学習装置も役に立たない。
すると、一機の〔デーモン〕が長槍を掲げて、機械音を吐き出した。金切り声のような音は、周囲の機体に響き、共振する。すると、隊列が一気にばらけて、〔アル∑〕の左右を囲うように移動する。
「クソッ。すばしっこい」
「後ろからも、来ました!」
「もうかよっ」
フォース、リーン、コフィンは囲うように展開する〔デーモン〕を食い止めたいが、森林から飛び出してきた〔ゴブリン〕を無視するわけにはいかない。
〔グスタフ・ドーラ〕が分隊支援火器のボックスマガジンを取り替えると、弾帯を本体に装填。〔ゴブリン〕めがけて牽制射撃に入る。それを受けて、〔バーカム〕がその方へ切り込んでいく。
〔バーミリア〕電子戦装備は、〔アル∑〕の援護を。
混線する戦場は、宇宙以上に厄介だと彩子は感じた。
高速戦闘ならば、まだ機動力で振り切れるのだが、この疑似重力、圧倒的な敵機を前にしては〔アル∑〕も骨抜きにされたも同然。ただの巨大な的と考えられない。
その切迫する状況の中で、〔アル∑〕は奇怪な解析を始めていた。




