~揺り籠~ 潜入、作戦決行
スペースコロニー『ローグ1』に集結した『地球平和軍』の戦力は、〔AW〕一個大隊。数にして二十三機の〔AW〕、操縦者二十五名、輸送船〔シーカー〕六隻、輸送操縦士十二名が作戦に参加することとなった。
戦艦のない編隊であるが、十分な戦力だと指揮をする名も知らぬ中佐は自信を持っている。
その指揮下にあるフォース試験小隊は、それぞれの機体に搭乗、〔シーカー〕から足りない武装を補填すると動き始めた隊の動きについていく。最後尾に〔アル∑〕がのろのろと追尾する。
「わかってると思いますけど、あんまり敵機を破壊しないでくださいよ? ハッキングの中継に使うんですからね」
彩子は操縦席で電子戦用モニタの光を受けながら、全小隊に通達する。
わかっているのか、いないのか。やる気のない呻き声のような返答が返ってくる。今回の作戦はずさんで参加している者たちから言わせれば、なぜ命を張る必要があるのかわからない。いっそのことミサイルを撃ち込んで、施設を破壊したい気分だ。
怠惰な心境をありありと漏らす声に、彩子はパイロットスーツのヘルメットを手でたたく。額に青筋が浮かび、こんなので大丈夫かといら立ちがこみ上げてくる。おまけに、緊張からか胸焼けまでする。
「まったく、こんなのが大人なんだから」
胸元を撫でつつ、電子戦モニタに待機している学習プログラム、加えて『ローグ1』の見取り図を確認する。
シリンダー型のスペースコロニーは直径六キロメートル、長さにして三十キロメートル。先の戦いで破壊した未完成のスペースコロニー『ミューゲル1』以上の許容量を持っている。世間的にはポピュラーだが、一番に建設が難航した施設だ。気圧管理やスペースデブリに対する防衛手段、特殊ガラスの開発、環境保全のための新しい気象システム。前身ともいえる『ガーデン1』や月の『サテライト』なくして、完成にこぎつけなかったのは、関係者なら調べればすぐにもわかることだ。
樹も通常モニタにウィンドー表示した見取り図と、月側の港を望む本体を見比べる。
「下調べをしてないんでしょう。侵入経路だって、そう簡単にはいかないのに」
「光りを取り込むミラーからでしょう? 大丈夫なの?」
「百メートルも満たない穴なら、問題ない。急げば、修理だってできる」
『地球平和軍』が侵入するのは、『ローグ1』の月側、太陽光を取り込むミラーの付け根近くの特殊ガラスから侵入する。古典的な方法ともいえるが、スペースコロニーに穴をあけるのはあまり好ましい方法ではない。大気が宇宙空間に放出されて、周りまで巻き込んでしまうからだ。
樹としては、そうした施設への考慮をした時、嫌な気分になるのだ。自らの手で創造物を破壊するのは、気持ちのいいものではないだろう。
「ねね、みんな、きた」
音が周囲をきょろきょろと見て言う。
〔アル∑〕の左右にリーンの〔バーカム〕、コフィンの〔グスタフ・ドーラ〕がつき、前方をフォースの〔バーミリア〕電子戦装備が先導する。他の部隊はもう少し前を行き、準備に取り掛かっている。各々に主力火器を構え、戦いに備える。
「遅いぞ。お前らに先行してもらわないと、こっちも動けねぇぞ」
「うっさいわね。こっちにはこっちの準備があるのよ」
彩子は無神経に催促するリーンに刺々しい口調で言い放ち、バイザーを開けると飲料パックを口にする。喉に居座っていた砂のようなざらつきが甘酸っぱいスポーツドリンクで洗い流される。
「リーン曹長。不躾ですよ」
コフィンが温和に叱りつける。まだ声に違和感があるも、隊のよき雰囲気を作り出してくれる。
先導する〔バーミリア〕電子戦装備は、試作型のグレネードランチャー付きアサルトライフルを左右に振り、左腕部に構える伸縮式の盾を伸展、短縮を繰り返す。
「まったく、決選間近を予見させる時期にこんなものがいるかね」
フォースは口の端を吊り上げて、呆れた笑みを浮かべる。
彼が請け負った試作兵器二つは明らかに出遅れたものだ。いまさら試作兵器も何もあったものではないが、貴重な実戦データもそれだけもうすぐ打ち止めになるということ。
「戦場を実験場にしてるみたいな、ね」
メイン・モニタの端に映る伸縮式の盾は、いうなれば緻密作業をする際やヒートブレードなどの可動範囲を広めるために作られた程度の機構で、最新鋭の機能を備え付けたわけではない。しかし、〔バーミリア〕電子戦装備がサイド・ラックに備えているヒートブレード、ロングバレル・レールガンを思えば捨てた機能ではない。
「ま、サナハラ一等、いや研究員の言うことに損はないだろう」
試作アサルトライフルの方も、今回の地形を考慮した炸薬式投射だから選んだ。樹にレールガンの大気使用は控えうよう、言い含まれていたからだ。いくら技術的に安定したとはいえ、宇宙での兵器。勝手が違うのだと耳にタコができるほど説明されれば、聞かないわけにもいかない。
フォースはその時のことを思い出して、息子にあれこれと注意を受けたのに似ている気がして懐かしさを覚える。他の連中にも言って回っていたようだが、聞き入れた人数は少ないようだ。
巨大なスペースコロニーが眼前に迫る。疑似重力を生み出すための回転が徐々に明らかとなり、〔AW〕大隊もその回転方向、速度に合わせるようにして軌道を変え始める。
特殊ガラスから見える内部の景色は、明るく昼下がりくらいに見える。容赦なく照りつけるミラーの太陽光が〔AW〕の影を映す。
樹たちは大隊の前に出て、先頭に躍り出る。他の部隊がそれに追随する。
「ねぇ。あの黒いボール……。〔ピクシー〕だっけ?」
彩子は居住区の雲間に流れる漆黒の球体〔ピクシー〕を見つけて、疑問の声を上げる。
『地球平和軍』がつけた呼称で、球体は〔ピクシー〕、小さい機体を〔ゴブリン〕、ひょろ長いのを〔デーモン〕とつけていた。
〔ピクシー〕は大きさからして、直径十メートルほど。最大望遠で見れば、球体のあちこちからスラスターの噴射光が窺える。
しかし、その性質がどんなものかなどわからない。しかし、妙な胸騒ぎが〔AW〕の操縦者たちに駆け巡る。
「おい。どんどん増えてるぞ……」
「宇宙には飛び出してこないみたいですけど……。数、十、十三、十七————。まだまだ来ますよ」
リーンとコフィンは〔ピクシー〕が次第に円形の隊列を組み、生き物のように動くさまを見て戦慄する。
「サナハラ一等。作戦変更だ」
フォースが冷静に周囲の状況を見て指示をする。
樹も波打つようにうねる〔ピクシー〕は、何かを誘っているような所作をするのを危険と感じた。根拠などない。だが、このまま月側の端を目指したら取り返しのつかないことになりそうだと直感する。
「仲間、呼んでる?」
音がぽつりとつぶやいて、樹の頭の中で空回りをしていた歯車がかみ合う。
〔ゴブリン〕と〔デーモン〕を呼んでいる可能性。それは大いに考えられた。
「了解っ! 各機へ、〔アル∑〕、侵入経路を作ります。援護射撃、準備しくださいっ!」
〔アル∑〕は急停止して、『ローグ1』の回転に合わせてスラスターを制御し、ビーム・ライフの銃口を分厚い特殊ガラスに向ける。その向こうでは、踊り空るうように浮かぶ〔ピクシー〕の群れがあった。
「音、最大出力で〔ピクシー〕ごと吹き飛ばしてっ」
「あい! 行くよっ」
音の声が全部隊に響くと、手に持っている火器をすべて〔アル∑〕のビーム・ライフルとの照準と合わせる。
フォースも、リーンも、コフィンも、他の隊員たちも、緊張の面持ちで操縦桿を握る。
〔アル∑〕が照準を固定。一気に、ビーム・ライフルの銃口から荷電粒子の光がぱっと輝いた。
同時に野太い閃光が特殊ガラスを溶かし、その穴に殺到する空気が蒸発、内部へと爆炎を広めていった。次の瞬間には、熱せられた空気が宇宙空間へ濁流のように吐き出される。
〔ピクシー〕の何機かはビームの引き起こした爆発にのまれ、数機がその穴を塞ぐように殺到する。まるで磁石のように機体をくっつけて作られた穴のサイズにまで密集する。
樹たちには、単純に吸い込まれているものと見えた。
「蹴散らせっ!」
フォースの号令のもと、〔バーミリア〕電子戦装備、〔バーカム〕、〔グスタフ・ドーラ〕が主力火器を叩き込みながら、突撃していく。向かい風に抗うようにして突っ込む三機の後を〔アル∑〕が急ごしらえの盾を構えて追う。
そのあとを各部隊が追随する。〔アル∑〕を風よけにしているのだ。
爆炎が牙をむく。風が機体を阻む。耳が壊れてしまいそうな音の数々がじかに操縦席に響く。
作戦は決行された。
樹たちは不安を抱きながら、その激震の中を〔AW〕で突っ切る。




