~揺り籠~ 備える戦力
月の『サテライト』では、新造戦艦〔リジェネート〕二隻が急ピッチで整備されていた。
『ローグ1』で秘密裏に開発がすすめられていたために、幹部を含め多くの者がその存在に驚かされた。猛々しく、鋭利に研ぎ澄まされた刃のような船体。砲座各種は収納され、上下の投射甲板やビーム砲座が堂々たる出で立ちで構えている。これまでの戦績を集約した、特攻艦ともいえる戦艦だ。
巨大なドッグで、マジックアームと多くの人の手によって整備が急がれるのを、モーガン・ジェムは老いた体でその様子を見守る。
彼がいるのは鋼鉄の匂いのない展望室だ。むろん、だれかれ構わず入れる部屋ではない。
「いやはや、そろそろ決着をつけんとな……」
モーガンは近くにある革張りのソファーに腰を下ろして、デスクに置いてあるタブレット端末を手に取る。木の枝のような枯れた指先で操作し、戦艦と一緒に運ばれてきたあるものを探す。
しかし、目的のものを探り当てるよりも先に人工知能についての報告が目に飛び込んできた。
「敵に勘付かれたか。まぁよい。所詮は、時間稼ぎだ」
『ローグ1』に残した人工知能コピーたちを思い浮かべて、モーガンは一つため息。
知能レベルは幼児的であり、まだ論理的な部分を理解できるほど成長はしていない。度重なる兵器転用からも、理性的部分よりももっと直結的な刷り込みが必要で、彼ら人工知能コピーには至極単純な行動原理が学習された。
これまでの戦いから来る敵への攻撃意識。住処である『ローグ1』の防衛。そして、コピーの親兄弟とも呼べる『オリジナル』の守護。この親子関係というのは非常に効率よく、便利にプログラムすることができた。情念などないはずの機械が、親族という概念を知るというのは実に滑稽な話ではある。
「親子関係というのも、所詮はうわべっ面のものか」
機械にできることだ。人間に置き換えても、表層的なものでしかないと彼は思った。誰もがエゴを持っている。善悪とはずそれが現実だ。
そうした人間の性を持たない分、機械の関係は簡素でつまらなくも疑いようのない事実だ。
モーガンは人工知能についての報告を飛ばすと、目当ての項目にたどり着く。
と、展望室のドアが不躾に開け放たれ、一人の女性が涼しい顔で入っていた。
モーガンは彼女、鈴燕華の破廉恥な姿を一瞥して、鼻で笑った。作業服の上半身さらけ出して、下着姿を見せていれば頭がおかしいと思う。
「ずいぶんご機嫌そうじゃないか、閣下殿?」
燕華は年寄りの欲情など初めから期待しておらず、艶やかな腰つきで一歩一歩近づいていく。その背後の閉まっていくドアの向こうでは、悶絶する衛兵の姿があった。
モーガンは衛兵の擦り切れる様な息を耳にしながら、冷淡に返す。
「お前がこうして、この場にたどり着いたというのは正直幸いだと感じている。もう一働きしてもらおうかの」
「ハッ。戦隊一つ捨て駒にする人間の言うことかい」
「わしは人間ではない」
数メートル離れて立ちどまる燕華の表情が険しくなる。制御チップの抑制頭痛はすでに脳髄をえぐられるような痛みにまで発展している。普通なら失禁してもおかしくない痛覚で、それだけの禁忌を彼女は犯そうとしていた。
自分の知らないところでどんな兵器を作ろうが構わない。だが、それを持って味方を見殺しにするやり方が彼女にはどうしても許せなかった。
モーガンはそのことを知っているのだろう。だから、悠々とソファーに腰かけたまま、背を向けていられる。
「新しい人類の統率者だ。それを知っているから、お前はそれ以上わしには近づけない。意識を保つのでもやっとじゃろうに」
「言ってくれるじゃないか。月でふんぞり返ることしかしなかったあんたが、今になって新造艦二隻をここに運び込んだのは、何の策略なのかね?」
「そろそろ、決着をつけんことには危険だと判断したまでじゃ」
モーガンは燕華が帰還してきたことを咎めるつもりはない。
資源惑星への攻撃はもちろん、会談が失敗した時点で攻撃する手はずにあった。勝算云々は差し引いて、帰還した調査船団の実力を測ることも必要でもあった。
「精鋭隊のおかげで、敵戦力を知ることができた。その動きには、感謝しておる」
「不効率な調査だ。耄碌したんじゃないのかい」
燕華はモーガンの主義主張に全面賛同というわけではない。合理的な生き方を示すというから、参加したのだ。戦争での興奮を味わいたいのもあったが、発端はそんな興味本位からでしかない。
すると、モーガンがタブレット端末を置いて膝元で手を組む。
「いいや。あれはゲイル・マークスの意志でもあった。死に急いだ結果じゃ」
「ついには他人の責任か? 命令したのは、あんただろうに」
「個別の責任を上に押し付けるのは、まだまだ弱い証拠じゃぞ?」
燕華はなだらかな胸を伝う汗の感触を覚えながら、大きく息を吸って嘆息する。
「それを言われちゃ、おしまいだよ。あんたの理想はまさに上がすべてだからね。これだから、ボケるのは怖い」
「役割を果たせない部品は処分するのが筋道。わしが言ってるのはそういうことじゃよ」
「だったら、あたしも処分する?」
モーガンは遠い目をして、その言葉を吟味する。小ばかにする彼女の強がりなど、怒りを呼ぶことはない。むしろ、憐れみすら感じていた。彼女はなまじ優秀であったがために、こうして反発しているのだから。
彼女の戦闘能力は群を抜いている。手放すには惜しい。だが、命令違反やこうした直訴を無断で執り行う無法者でもある。精鋭部隊を任せているにしても、部下にまでそれが伝染してしまっては困る。
燕華は熱くなる体を必死に支えて、返答を待つ。ここでモーガンを亡き者にしたとて、おそらく総力戦の準備は強かに進行するだろう。
ここにいるほとんどの者が狂信者だ。その信念を次の時代の礎にするためなら、命など惜しくはないだろう。燕華も命が惜しいとは思わない。だが、モーガンの未来がただの独りよがりだと知ったからこそ、それに命をかける気はなくなった。
たっぷりの時間を費やして、モーガンは口を開く。
「何が望みだ」
しわがれた声で問う。
燕華はふっと口元を緩めて、短い髪を掻きあげる。汗の雫が弾ける。
彼女の口から込み上げてくるのはこれ以上にない笑いだった。何かに憑りつかれたかのように、高笑いをして収まるのを待ってひきつった声で言う。
「つまらない! 実に……くくっ。阿呆が言いそうなことだ」
「…………」
モーガンは押し黙って、膝元で組む指に力を入れる。
燕華は腹を抱えて、頭痛のする脳みそで理解する。自分の付き従ってきた男はとんでもない大馬鹿なのだと。
「人の望みを知らないで、こんなことを起こしたのか? アハハッ。だったら教えてあげる。あたしの願いはねぇ、明るい未来さね」
「わしのことは言えんな。くだらない」
モーガンが呆れた風に口にする。元政治家上がりの女性にしては、絵空事が好きな性格だ。もっと客観的に世俗を見てきたと思っていたが、視野が狭いと感じさせられる。
しかし、決定的に違うのは未来の形。
そのことを鈴燕華は直感する。腰に手を当てて、皮肉気に言う。
「くだらないのはどっちか。いずれはっきりするさ」
「わしの理想はくだらないはずがない」
「そういうところが、歳よりなんだ。あたしはここをやめるよ。最後の自由を楽しませてもらうからね」
燕華は止まない頭痛に吐き気がしても、心のうちは健やかに晴れ晴れとしていた。組織人として失格だろう。上司に絶望してもそれを覆せる技量も、彼女にはあったかもしれない。
だが、この数千人の規模の組織を統べるには遅すぎた。彼らの心はすでに機械のように言われるがまま動くことしかしないだろう。
モーガンは彼女の脱退を咎めるつもりはない。彼の理想を理解できないならば、次の時代を築く『新人類』になることなどできない。人類を導くことなど不可能だ。
だから、鈴燕華は踵を返して歩き出す。
「もっと早くに決断すべきだったねぇ……」
いつだって後悔はやってくる。だが、まだ間に合うのならば足掻いてみたい。
燕華には、それが一番似合うのだと自分の胸に刻み込む。
モーガンは彼女が去っていく足音を遠くなりかける耳で聞き取りながら、ふと思い出す。
「結局は、あの小娘もわしの理想を知りえなかったか……」
目をつけていた次代の統率者佐奈原樹ことだ。幼少のころに祇源を埋め込んだ少女は『新人類』の制御チップを初めて移植した子供だ。彼女の特異な環境と感受性ならば、制御チップの動作を受け入れるはずだった。
それを拒まれたからこそ、彼も急いでこの戦争を終結させる動きに出たのだ。
『地球平和軍』の『ローグ1』攻略部隊は、少数で執り行われることになった。
月での動きを懸念しているのもあるが、スペースコロニーを破壊するような指令ではない。痛んだ戦艦を引きづり出してまで、やることではない。
樹たちを含めた〔AW〕部隊による敵機の鹵獲もしくは破壊が目的だ。
「あのさ、ほんとにこれで行くの?」
出撃間近の『ガーデン1』の格納庫で、彩子は係留されている〔アル∑〕を見上げて、隣に立つ樹に言う。
目の前に浮かぶ〔アル∑〕はずんぐりとする追加装甲をはぎ取られ、スマートな中身をさらけ出し、必要な武装を取り付けているところだ。右腕部のカタナ一対。腰部にビーム・ライフル一丁。リア・ラックに予備エネルギーパック四つと、資源惑星で破壊した〔イリアーデ〕の残骸から作った急ごしらえの盾。
この盾は硬度こそあるものの、ただ装甲版を重ねて〔アル∑〕の大きさに合わせただけのガラクタ品だ。
「追加装甲は前の戦いでぼろぼろになっちゃって、手間取ってるの。使い込んでるからオーバーホールもついでにね」
「だからって、これで大丈夫なわけ? 敵は何十機といるのよ? そういえば、新型のアームウェアがあるとかないとかって話なかったかしら?」
彩子はこんがらがる頭で、思いついたことを口にする。
樹は深々とため息をつく。前途多難だと思い知らされる。
「知らない、そんな話。それよりも、今は目の前の作戦に集中して。コロニーの中で派手にビーム・ライフルなんて使えるわけもいかないし、向こうには空気があるんだから。そういう理由で、追加装甲は邪魔になるだけ」
樹は肩を竦める。大がかりな作戦とはいえ、戦う場所は『ローグ1』の内部だ。宇宙戦ように調整されたレールガンやビームライフル、プラズマ推進は待機の中ではその効力を減衰させてしまう。敵の数以上に、まとわりつく空気の方が難問だ。
「でも、立体機動はできるんだから、損はないじゃない?」
「自重ってものを考えてよ。中心の方は無重力とはいえ、減衰したバーニアじゃすぐにいい的になる」
樹は言って、足場にしているクレーンを蹴った。ふわりと舞う彼女の体はまっすぐに胸部操縦席へと進んだ。そのあとを彩子も追う。
「ご苦労様。調整できてる?」
「あい。ここと、ここっ————。あと、ここも、だいじょぶ」
操縦席について、通常モニタの一部を出力して各武装の確認をするのは音はにこやかに報告する。これまでにない簡略武装出るために、彼女にはそれらの調整をしてもらっていた。
空気のある場所での戦いはこれで二度目。一度目の地球での戦いは、火器を使用しなかったためにビーム・ライフルの収束率や出力に若干の不安が残る。
樹は体をハッチに滑り込ませて、音へ寄りかかるようにして出力画面を見る。
「なるほど……。もう少し、バイパス削れる? 今回は彩子が主役だから」
「うぅ、やてみる」
音でも精一杯な調整をさらに下げろというお達しに、目元に皺を寄せる。
しかし、樹の言うように今回の要は彩子の電子戦だ。メイン・コンピュータの処理速度を少しでも上げるためには、余分なプログラムは排除する。雀の涙ほどの効力でも、やらないよりずっといい。
そこに、彩子がハッチの縁につかまって、合流する。二人の様子を見て、首をかしげる。
「どしたの?」
「あなたのために、いろいろしてもらってるの」
「しれるの」
樹が体を起こして、縁に足をつけるとずいっと彩子に顔を近づける。
彩子は仰け反って、目を瞬かせる。
「あなたもさっさと準備してよ」
「は、はぃ」
彩子は自分の双肩にかかる責任を、どっと自覚しながら愛想笑いを浮かべる。




