~揺り籠~ 覚悟を決めて
静かな日々はそう長くは続かず、新しく編成された樹たちの試験小隊は次の作戦を言い渡されていた。
そのブリーフィングは食堂で執り行われ、昼食を取りながらの弛緩した空気の中で行われていた。これも新隊長であるフォース・ロックの計らいである。
昼間の食堂は外からの日差しを取り込んで、心地よい陽気でさらに気持ちが緩んでしまうそうになる。だが、彩子、樹、音と並ぶ三人は久々の緩やかな時間が嬉しかった。向かいに座るコフィン、リーン、フォースの三人が、その様子を見守っている。
「飯を食いながらでいい。手元の資料を見てくれ」
フォースは隊員たちの雰囲気を見計らって切り出す。
樹たちは昼食のサンドウィッチを頬張りながら、手元のタブレット端末を見る。そこには、とり急いで作られた指令と作戦概要が映し出されている。
それを見た瞬間、樹とフォース以外の面々を目を丸くして、資料に目を通す。
「今回の作戦は、司令部より急遽発案されたものだ。まぁ、見ての通りのお粗末な指令だ」
「ほんっと、何が作戦よ。まるっきり現場任せじゃない」
彩子は憤慨しながら、手元の作戦概要のページを捲る。内容は至極単純。スペースコロニー『ローグ1』の解放。それに伴う『ローグ1』内部の施設への被害や、敵勢力への警戒等の漠然とした注意事項が記載されいる。
向かい側に座るコフィン・コフィンがドリンクのストローから唇を離し、和やかな笑みを浮かべる。
「確かに酷い内容ではありますけど、やるしかないじゃないですか」
コフィンは喉元を抑えつつ、困った表情をする。復帰して数日が経って、開きかけていた傷も落ち着きあとは喉の調子がよくなるのを待つばかりの彼女だが、やはり前線を離れていたブランクは大きい。食事制限あって、あまり良好とはいえないが無理を押し切って前線へと復帰を果たしたことを後悔していない。
長かった髪を切ったのは、そんな無理をすると決めた彼女の決意表明でもあった。ふわりとする金髪は癖のあるウェーブがかかっており、以前の三つ編みとは違う柔らかい印象と行動的な活力を感じる。
「だ・か・らっ! こんな小学生の夏休み計画表みたいな内容で、行動しろってのがおかしいんです!」
彩子は目を三角にして、コフィンに言い放つ。
粛々と食事を取っていた樹が口元をナプキンで拭くと、静かに言った。
「敵の動きが卑屈なのをいいことに、ごり押しできると思ってるんでしょう。椅子に座ってれば、戦争が終わるって思ってる連中のすることなんて、この程度よ」
「手厳しいな、サナハラ一等」
「一応、専門家として定例会議には参加しましたから」
樹はニタニタと笑うフォースを一瞥して、隣でがっつく音の汚れた口元を見つける。この集まりはあくまで上司を交えたブリーフィングなのだが、彼女からはちょっとした緊張も感じられない。資源惑星での一件以来、憑き物が落ちたようにハツラツとしている。
父親とその愛人の件を樹たちは知らない。それでも、音はもう自分の決めた道だと割り切ることができて、目の前のことに集中することができた。
その結果、音はケチャップやらマスタードで口元を汚しているのだが。
「ほら、口汚してる」
「むーっ」
樹に無理やり横からナプキンを押し付けられ、音は嫌々と愚図る。
「ったく、少しは緊張感を持てよ。面倒なこととはいえ、無策で突っ込むわけにはいかないだろ?」
リーンが手元のタブレット端末を団扇のように扇ぎながら、樹と音を睥睨する。数日前のやつれた顔から打って変わり、赤毛の髪は綺麗に整えられ、無精ひげもなくなっていた。若干、頬がふっくらしているのは健康的になった証拠だ。
彩子が緑茶を一口すすって、彼に冷ややかな視線を送る。
「幸せ太りした癖に……」
「んだと、コラッ!」
「コフィンさんとお付き合いし出してから、妙に張り切ってる風だから」
「そ、そんなこと、ないんじゃないですか?」
コフィンが恥ずかしそうに、潰れた声で助け舟を出す。顔赤らめては、隣に座るリーンの顔色を窺う。彼女も望んでの付き合いであり、こうして席を横にして座っているのだけでも妙な意識が生まれてしまう。
リーンも耳まで真っ赤になりながら、周囲のねちっこい笑みに口の端を引くつかせる。
初々しいカップルの困った様子をひとしきり眺めてから、フォースが口を開く。
「今後のお二人のためを思うと、この作戦は正直辞退したいのだが、現実はそう簡単じゃぁない」
剽軽な声音とともに、フォースの強い瞳が小隊員たちを見渡す。
樹たちもその目を見て、食事の手が緩まる。
周りの食器の音が大きくなる。
「偵察部隊の三人がやられた以上、何かしらの危険を持っている可能性がある。今後の戦況すら、変えるやもしれない」
フォースの声がどっしりと重くなり、樹たちの間に緊張が走る。
和やかだった雰囲気は彼方へ消えて、程よく張りつめた空気が彼らの周りに集まる。食事の空腹感もなくなり、あとは口元の寂しさを紛らわす程度の食事となる。
フォースは出会って間もない樹たちの真剣さを感じ取って、ふっと強張っていた表情を崩す。いい部下を持ったと自覚しつつ、テーブルに置いたタブレット端末を操作する。
「報告書にある通り、機種不明機が確認されているだけで三機。アームウェアかどうかも、わかっていない。が、武装してるところで兵器であるのは間違いないだろう」
「アームウェア、違う?」
音が懲りずにサンドウィッチを咀嚼しながら質問する。
「もともと、アームウェアの定義が武装したパワードスーツだから。人が動かすのが前提の機械なの」
樹が捕捉して、フォースに視線を送る。定例会議に出ているだけあって、彼女はいち早くこれらの情報を知り、解析している。
フォースも今の樹は操縦者というより専門家という見方をしていた。
「定義はともかく、この三つの機体。球状のものはサイズがわからないが、残りの静止画にある機体はどれも奇形で、人が乗り込める隙間がない」
「背部にバックパックらしいのをしてますが?」
リーンが険しい表情で、解析された静止画の二機を見てつぶやく。
小さい機体もひょろ長い機体もどの企業にもない〔AW〕のデザインだが、人が乗り込めるだけの空間はありそうに見受けられる。
これには彩子もコフィンも同感だと頷く。
「たぶん、飛行するためのメイン・スラスターだと思う。小さいのも大きいのも同じ形のを背負ってるでしょう? 操縦席にしては不効率なデザインだと思わない?」
「俺にそんなの、わかんねぇよ」
「まぁ、人が乗っているかよりはその数だな。小さいのがざっと三十機以上の大群で攻めてきたんだ。人員の少ない敵側にこれだけの数の操縦者を、スペースコロニーに残していくとは思えない」
「月の方で軍備を整えているって言う噂ですか?」
「噂ではなく、事実だ。そういう動きを月での方はしているらしい」
フォースがコフィンを見て、呆れた風に説明する。情報が漏れだしているというのは、上層部の口の軽さなのか、管理体制の低さなのかはさておいて、噂が広まるという風潮はあまりよろしくない。
しかし、こうなっては隠し事をしても仕方がない。
彩子が目を見開いて、フォースを睨む。
「じゃぁ、敵との総力戦をするかもしれないの?」
「さっきも言ったでしょ? 敵は卑屈になってるって。その裏で、虎視眈々と準備を進めてるの」
「てことは、『ローグ1』の騒ぎはそれから注意を引き付けるため?」
妥当というには、少しずれた意見。
総力戦の準備をするなら、なぜ生産施設のある『ローグ1』を手放す必要があるのか。むしろ、量産体制にはなくてはならない施設。だからといって、見捨てたわけでもない。
少数の兵士を割いたにしても、大量の機体を一度に多く操れるわけがない。操縦者の数だって、減っているのは『地球平和軍』と同じはずだ。
樹はもろもろのことを含めて、彩子を見つめる。
「ううん。たぶん、留守番をさせてる」
「留守番? 誰が?」
彩子のあっけらかんとする言葉に、樹はがくりと肩を落とす。彼女ならいち早く機種不明機の正体を看破してくれるものと期待していた。彼女なら、と。
音、コフィン、リーンは当然わからない様子で項垂れる彼女に視線を集中させる。
と、フォースが仕方なしと口を開く。
「人工知能。専門家の見立てでは、もう道具を使えるまでに成長しているらしい」
「人工知能ですって!!」
彩子が血相を変えて、豪快に立ち上がる。
椅子が音を立てて倒れ、周囲の視線が一気に集まる。なにごとかと興味本位で見る軍人たちには、青ざめた表情する少女が、中年男を見つめているように映っていた。
樹は彩子の椅子を直しながら説明する。
「妨害の敷かれていない状況とステルス機能。異質な機体。それに、前々から人工知能によるミサイル攻撃もあった。そろそろ、スペースコロニーの警備くらいできてもおかしくない。外敵を追い出すか、殺すかくらいの防衛プログラムは働くだろうから」
「そんなの理由にならないわ。根拠あるの?」
「ない。が、先の戦いで敵は戦艦一隻を失っている。敵もなりふり構ってられない状況になってきたんだろ」
フォースが静かに口を開いて、タブレット端末から指を放し、サンドウィッチに手を伸ばす。
「コロニーは奴らにとって生命線だ。失えば、躍起になってここを潰しにくる。かといって、コロニーを野放しにして、また敵が駐留するようになれば、次はどうなるか……。わかるか?」
「…………」
「機種不明機が人工知能であるなら、それらを含めた大軍となって押し寄せてくる」
明確な規模はわからない。それでも、危機的状況に追い込まれるのは、『地球平和軍』だ。
「上層部はここまで危険だとは思ってないでしょうけど、前々から人工知能の危険性があった。それが今になって、完成しようとしてるの」
樹が真剣な眼差しで、彩子を見る。
彩子はテーブルについた手を見ながら、自分に伸し掛かる圧力を感じる。それは気負いではなく、実際の対処法を持つのが〔アル∑〕と皆守彩子しかいないのだ。
音たちも話の流れから、彩子に期待がかかっていることを察知する。
「やるなら、今しかないってことよね?」
「仮に人工知能ではなかったとしても、敵の増長を防ぐ必要がある。逆に人工知能ならば————」
「説得することができるかもしれない」
樹は俯く彩子に強く言い放つ。
〔アル∑〕の追加プログラムの中にある対人工知能学習プログラム。うまく作動できれば、ごっそり『ローグ1』に駐在する機種不明機を仲間に引き込める。犠牲も最小限にすることができる。
彩子は急に振ってきた重責にどっと胃が重くなりながら、椅子に腰かける。
しばらく、彼女がうつむいているのを樹たちは見守った。
無理もない。いくらプログラミング技術があるとはいえ、戦いのさなかに上書き作業をするのだ。緊張もするし、失敗したときの犠牲者を思うと心苦しい。
しかし、彩子はふっと短い息を吐き出すと、覚悟を決めた顔を上げる。
「やってみせるわ。作戦も、人工知能を仲間に引き込む路線で大丈夫よ」
彩子はそういうなり、サンドウィッチを頬張る。言うだけ言ったが、やはり緊張が大きい。
樹と音は彼女の緊張度合いを感じ取りながら、彼女に全幅の信頼をおいていた。いつだって、やるときはやる女の子だと知っているから。
「ま、そういうならその方向で決めるぞ」
フォースがサクサクと進行して、細かな段取りを決めていく。
今は少しでも具体案を練らなければならない。他の部隊との連携もあるうえ、出撃する日時もある。もううだうだと悩んでいる暇はないのだ。




