~戦場の声~ ひと段落?
資源惑星は守られ、戦場に赴いていた兵士たちは帰投。
樹たち、試験小隊の面々も資源惑星の港へと各々の機体を搬入する。襲撃を受けただけあって無事な港は少なかったが、収容できるだけの機能は辛うじて維持されていた。
閉鎖弁によって宇宙と遮断された格納庫内を与圧するのに数分の時間を要したが、各自の機体確認もあって体感時間がさして長いものではなかった。
樹はハッチから体を出すと、軽く頭を振った。与圧のせいか、少し熱い空気が頬を過ぎる。
「なんか、まだ頭がぐるぐるする……」
つぶやいて、手に持っている金平糖の包みを確認する。一応、操縦席をくまなく探して回収したつもりだが、おそらくは隙間にはまだ金平糖があるだろう。
樹はその杞憂にため息をつきつつ、一粒の金平糖をつまむ。
「これのおかげで、色々思い出すなんてね」
不思議なこともあるものだ、と思いつつ口の中に放り込む。
次いで、樹は当たりを見回して、先に入った〔バーカム〕と〔グスタフ・ドーラ〕、〔クーリア〕に目を向ける。〔クーリア〕以外は見たことがなく、さっそく好奇心をくすぐられたが、そのわきにあるキャットウォークに集まる三人のパイロットに目が止まった。
リーン・セルムットと中年男、ヘルメットを被っている女性操縦者だ。女性の方は、おそらくコフィン・コフィンだろう。
樹は〔アル∑〕の頭部を蹴って、その三人の方へ流れて行った。入れ替わるように宇宙服を着た整備員たちがさっそく機体整備に入っていく。
「資源惑星の被害は、思ったより悪くなさそう……」
樹は口の中で転がす金平糖を噛み砕いて、キャットウォークの手すりにつかまり、方向転換。
「おう、サナハラ一等。調子はどうだ?」
中年男が気さくに話しかけ、リーンとコフィンが樹の方を見る。
樹はその男性に既視感を覚えるも、どうしても思い出せない。何しろ、記憶が混乱していた時にあっている人物だ。微妙にその曖昧な時間帯のことは抜け落ちているらしい。
それには中年男の方が、彼女の困った表情を見て察した。
「っても、覚えてねぇか。フォース・ロックだ。お前らの新しい上司ってことでよろしく」
樹は手すりを握って体を三人の前に止めると、足をキャットウォークにつけて中年男、フォースとの握手を交わす。
「それはどうも。先の戦闘では、ありがとうございました」
「いやいや、無鉄砲娘とは聞いていたんで、対応できたんだよ」
「誰が言ってたんです、それ?」
樹は無鉄砲娘と言われて、不機嫌な口調で言うとリーンとフォースが力のない笑みを浮かべて、彼女の背後を見た。コフィンも背後を指差して、くすくすと笑う。
樹がその視線を追って振り返ると、そこには仁王立ちする彩子と頭を押さえる音の姿があった。
不機嫌顔の彩子が床を蹴って、樹に近づく。
「彩子、あなた————」
「このバカァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
樹がぎょっと目を見開いたころには、彩子の平手打ちが飛んできた。
鈍い音が樹の脳内に響いた。
互いの体が左右に流れ、彩子は手すりに腰掛け、樹の体は壁に叩きつけられた。
その間に入るように涙を浮かべた音が割って入る。
「彩子、ビンタ、駄目」
「あんたもよ、バカッ!」
彩子の機嫌は収まらず、音の頭にげんこつが降りかかる。途端に、結わえていた音の髪がぱっと広がった。
「またぶったぁ」
「いきなりなにするの? 理由を説明してちょうだい。てか、音? なんで宇宙服なの?」
樹は音の体を支えるようにして足をつけると、音の髪の毛をすっと床に向かって撫で下ろした。
まったく彩子の心境が分からない。
ただ、フォースだけはニヤニヤと傍観している。リーンとコフィンは成り行きに任せようと見守る。
すると、彩子はみるみると顔を赤くして、涙を無重力の中に撒く。
「理由? 何よ。散々人を困らせて、他人扱いされて、挙句宇宙にまで放り出されて、もう何が何だか…………。それもこれも、あんたがあたしや音のこと忘れちゃうから。音は行方が分からなくなるわで、それで……、それでぇ……」
彩子は嬉しさに胸が詰まって、感涙する。
やっと帰ってきた。いつもの二人がいつものように、目の前にいることがこれ以上にない喜びだった。
樹は何となく迷惑をかけたことを自覚しながら、泣きじゃくる彩子にどうすればよいのかわからなかった。
「ま、何はともあれだ。作戦は成功したんだ。話す時間くらいある。あとで、ゆっくり説教を受けるんだな」
「は、はぁ……」
フォースの屈託のない笑みに、樹は空返事をする。
彩子にはコフィンが寄り添って、そっと抱きしめる。そうしながら、彼女はヘルメットの気密を解いて、ゆっくりとヘルメットを取った。
彼女の頭があらわになると、フォースを含めて目が点になる。
「三つ編みだって聞いてたんだがな……」
「准尉。その髪……」
「短く、きた?」
コフィンの髪は綺麗な三つ編みから、活発なショートヘアになっていた。これまでのお嬢様風を残しながらも、一段と大人びて見えた。
泣きじゃくっていた彩子も鼻を啜りながら、その姿には驚かされる。
「ええ。決意表明と言いますか……。ちょっとした心変わり、ですかね」
コフィンは苦しそうに言いながら、リーンの方を見る。朗らかな笑みはそのままに、しかし、以前よりもはっきりとした彼女のまっすぐな瞳。
リーンは照れ臭くなって、ぼさぼさ頭を掻きながら視線を逸らす。
「そーちょー、ばっちくなた」
「そういえばそうね。随分とやさぐれてる」
樹と音の容赦ない言葉に、動きが止まるリーン。
「余計なお世話だ」
「惚れた女の前だからな」
フォースが悪戯な笑みを浮かべて、ぼそりという。
それには、リーンも一気に顔を赤らめて本当にそっぽを向いてしまう。言い返せない事実で、こうして初対面する相手にまで気持ちを知られているのが恥ずかしかった。
「ロックさん。ネタバレがひどいわ」
「彩子の入れ知恵だったのね」
「フフフ。もう、知ってますけどね」
樹がつぶやく中、コフィンが潰れた声で言った。
彼女の気道を傷ついたままで、まだ綺麗な声は戻っていない。それでも、久しぶりに会えた仲間たちと話すのはコフィンにとって幸せなことだ。
「あまり、しゃべらない方がいいですよ? まだ、完治していないんですから。そもそも、ここに来たこと自体無茶苦茶なんですから」
リーンがふて腐れたような声音で吐き捨てつつ、コフィンの心配をしているのがわかった。
コフィンも彩子の髪を撫でながら、静かに頷く。
樹は長らく忘れていた安らぐ時間を実感して、自然と笑みがこぼれる。この時をまた過ごせるのは、幸せなことだ。
「そろそろ、ここも煩くなる。ひとまず、食堂に行くか? マズイ固形食くらいならあるぞ」
フォースが徐々に活発化する整備作業の音を聞き取って、全員に提案する。
それには、誰もが賛成で、ひとまずこの場を退散しようとする。
「ちょっと、いいかしら?」
と、動き出そうとした試験小隊の面々に宇宙服を着た一人の女性が向かってくる。バイザーを上げて、小じわのある妙齢の女性だとわかった。
音はその顔を見るなり、怖い顔をして睨み付ける。
「誰? 何かようですか?」
樹が尋ねる中、妙齢の女性は彩子とコフィンの横を抜けてキャットウォークに足をつける。ちょうど、音の前に立った形だ。
屈伸運動をして反動を殺すと、彼女は音を見る。
「…………」
「これ、あなたのでしょう?」
そういって、敵意むき出しの音に持っていた礼帽を差し出す。
「これ、あたしたちの礼服の」
彩子が言って、全員が落し物を届けに来てくれたのかと理解する。
しかし、音は礼帽と女性を見比べて、ひったくるように帽子を取った。許しがたい人物から物を返されるのは、腹立たしいことだった。もう顔も見たくないのに、しばらく彼女は厳しい目で見つめてくる。
緊張の間合いが二人の間に展開されて、樹たちも思わず身構える。
そして、女性の方が吐息交じりに口を開く。
「ここを守ってくれて、ありがとう」
音は一瞬自分の耳と目を疑ったが、すぐに硬い表情に戻る。その程度の感謝の言葉で、許されるとでも思ったのだろうか。
女性は床を蹴って後ろ向きに跳びながら、つぶやく。
「辛いことを押し付けて、ごめんなさい」
その声は作業音にかき消され、音の耳には届かなかった。それでいい。一生、彼女は音に恨まれながら、彼女の父親と幸せな家庭を築いていこうと決心していたからだ。
きれいごとで収まることではない。何かが吹っ切れたわけでもない。
しかし、音は自分の足で歩けるだろうと信じていた。周りにいる人たちを見て、彼女はそう直感する。
「なんだったの、あの人?」
樹が音に尋ねる。
音は握った礼帽を見つめて、もう一度女性の去ったほうを見上げる。
「わかんない。きと、親切な人」
そういって、音はフォースを催促して流れていく。
フォースも、樹たちも肩を竦めながら彼女の長い髪を目印に床を蹴った。
「撤退したのはあたしたちだけ、か。戦死者は?」
「二名です。ハイン・コップとファン・フォーです」
「そうか……」
鈴燕華は自身が指揮する〔シーカー〕の操縦室でその報告を聞き、何の情動もわかない。しかし、戦死者二名については記憶しており、なくすには惜しい操縦者だったと理解している。
資源惑星攻略が大敗に終わってみれば、燕華たちの行動は英断と言えよう。その証拠というべきか、仲間たちより背を向けて戦線を離脱したというのに頭痛一つ起きない。
「これが合理的思考ってことね」
燕華は自虐的に呟いて、操縦室を後にしようと振り返る。
「隊長。『新人類軍』の識別コードで、月に向かう船があります」
「あん? そんなの〔イリアーデ〕か〔リンカー〕でしょう?」
「それが、見たことのない機影で。最大望遠で捉えたのが、これです」
燕華は短い髪を弄りながら、操縦席に細い体を乗り出してマルチ・モニタに映された映像を見る。
「ノイズが多い」
「遠いんですよ」
副操縦士が言って、燕華は疲れた息を吐き出す。
しかし、映し出された機影は『新人類軍』の幹部クラスにいる燕華にも知らされていないものだ。発進もとは『ローグ1』からだろうが、機種不明船が二隻。
「コロニーの方で、新しく建造していたのか? このあたしに内緒で」
ハッとつまらないとばかりに声を張って、燕華は主操縦士、副操縦士に言う。
「この船と接触できるかい?」
「距離が縮まれば、可能です」
「よし。通信ができたら呼んでちょうだい。それまで、休んでるから」
「了解」
燕華はもうお茶目をしていられる余裕がなかった。度重なる脳髄への攻撃に辟易して、心労がたまっているのだ。
資源惑星への攻撃はこの動きを攪乱するためだったのだろうか。だから、妨害の出力もいつにもまして強かったのだろうか。
それでも、あの船の動きはいずれ悟られる。しかし、目的が他にあるとするなら考えられるのはたった一つ。
「コロニーを放棄したか……?」
燕華たちが必死に陥落させた『ローグ1』を、だ。どれだけの人員と年密な計画で動き、奪取したのか、彼女は一番よく知っている。その指揮を任され、見事に落として見せたからこそ、同志たちの活躍や苦労も知っている。
その苦労を手放すようにして陣を引いた可能性がある。
しかし、それがどういう意味なのかわからない。
今はただ、合流するのが先だと燕華は屈辱を噛み締めるしかなかった。




