~戦場の声~ 後味はほろ苦い
『地球平和軍』の昇り調子をさらに加速させる。
『新人類軍』から言わしめれば、眠れる獅子を起こしたようなものだった。戦艦三隻相手に、たった一隻の重巡洋艦ではやはり火力差が歴然と表れる。序盤こそ、〔AW〕の機動力で攪乱、鈴燕華率いる精鋭部隊の強さが光り、押し込んではいた。しかし、物量と調査船団の経験豊富な兵士たちの〔AW〕が追い上げて、戦況をひっくり返らされた。
「ジェネレーター、出力低下。第五砲塔、大破」
「船隊が三割以上の失われました。これ以上の交戦は、危険です」
「アームウェア南部隊が、急速に戦線を離脱。応答、ありません」
『新人類軍』の〔イリアーデ〕艦橋では、もはや絶望的な報告しかこなかった。
艦長のゲイルはぐっと撤退という指令を押さえて、こめかみを抑える。痛みだす頭痛は、彼に撤退を進言しているようだった。彼個人の意見で撤退を長引かされば、確実に全滅させられてしまう。
否、そもそもゲイルに撤退の二文字などありはしない。
度重なる戦闘の疲労もあった。作戦の失敗に自棄になっている部分もある。それ以上のゲイル・マークスが積み重ねてきた自尊心が、最後に一矢報いたいと叫んでいる。
「すぐに立て直せ。各部隊、正面の戦艦へ攻撃を集中させろっ」
無茶苦茶な命令。
強すぎる自尊心は私怨と変わりない。この戦いはもはや組織戦ではなく、彼個人の私闘だ。それに付き合う『新人類軍』の軍人は、ただ彼の手足となり動く歯車に過ぎない。上位の存在には逆らわないというのが、彼らには学習されていたからだ。
しかし、それに対する異端者もいる。
「あれはダメねん。ハンス、部隊に後退信号を出しな。引き上げるよ」
「しかし、〔イリアーデ〕はまだ戦うつもりです」
「だから、落ちるんだよ。もう取り返しのつかないところにまできてる」
資源惑星の北側を攻めていた燕華部隊だが、徐々に押し戻されていた。
その原因は今、燕華の赤い〔ミリシュミット〕に食らいついてくる〔アル∑〕にあった。
「敵が下がり始めてる。もう一息……」
樹は操縦席でつぶやいて、操縦桿のスイッチを押しながら一気に上げる。
〔アル∑〕が腕部に装着しているカタナを一本外すと握らせる。そして、片方にはビーム・ライフルを保持させる。
赤い〔ミリシュミット〕もヒートブレードを逆手にして、受けて立つ。
双方の刃が切り抜ける。一瞬の接触によって放たれるスパークが瞬くと、〔アル∑〕はすかさず右脚部のレールガンをその方へ放った。
「ふんっ。動きが鈍いんじゃないのかい」
燕華はすぐさまラダーペダルを切り返して、自機に回避行動をとらせる。
その間にも、ハンスの操る〔バーカム〕電子戦装備が〔アル∑〕を牽制する。資源惑星の方へ追い込み、後退を開始した〔シーカー〕から遠ざける。
「彩子、敵の動きは?」
「撤退を開始してるわ。けど、戦艦の方はまだ戦う気みたい」
「了解。音、一気に押し出すよ」
「あいっ」
〔アル∑〕はビーム・ライフルを〔バーカム〕電子戦装備に放ち、射線を逸らすと後方から回り込んでくる赤い〔ミリシュミット〕と対峙する。
しかし、樹の反応が一瞬遅れる。まだ頭痛の名残が、思考を痺れさせるからだ。
赤い〔ミリシュミット〕がバリアブル・バーニアの一基を切り裂いた。
「やったなぁ!」
樹が機体を振って、他部隊からの弾丸の応酬を回避しながら、赤い〔ミリシュミット〕を追撃する。
その動きを察知したハンスだったが、迫りくるマイクロミサイルにEMPを使いタイミングを逸らされる。
「邪魔させるかよっ」
リーンの〔バーカム〕が脚部のマイクロミサイルサイロを切り離し、一気に〔バーカム〕電子戦装備に肉薄する。
兄弟機同士の戦いに、他の相手をしていたフォースもぐっと厳しい目つきになる。
「あの装備では、きついぞ」
彼の発言は的を射ていた。
ハンスはマイクロミサイルの爆発を潜り抜けて現れた〔バーカム〕を見て、操縦桿を握る手に力がこもる。接近戦装備と瞬発力を過信しているとしか思えない軌道は、彼にとって脅威ではない。
〔バーカム〕電子戦装備は迫りくる敵に対して、『幻覚』を発動させる。両肩部に実装されている改良型発信翼から強力な負荷電波が放たれる。
周囲に味方機はいない。完璧な間合いだ。
〔バーカム〕の駆動が止まり、宇宙を高速で流れる。スラスターによる方向転換も、武装による攻撃もできない。
リーンは凍結したメイン・モニタに映る〔バーカム〕電子戦装備を睨んだ。はっと息を吸い込んで、後ろを守る人を信じる。
ハンスが目を凝らして、照準を合わせようとした。だが、〔バーカム〕の後方で待機している〔グスタフ・ドーラ〕を見つけて、操縦桿を引いた。
〔グスタフ・ドーラ〕の分隊支援火器が火を噴いた。
〔バーカム〕電子戦装備に数発の弾丸が掠った。回避行動はハンスの方が早かったというのに、その射撃の腕は彼の動く方向を予測していた。
「さすがに、これだと————っ」
コフィンは機体の射撃管制装置の能力に驚きながらも、背中に走る痛みに顔を顰める。傷口が塞がったとはいえ、もともと前線復帰できるほど癒えていない。が、そんなことなどお構いなしに、逃げようとする敵は〔グスタフ・ドーラ〕へと攻撃を殺到させる。
「ん————っ」
コフィンは息を飲んで、機体を素早く転回、分隊支援火器で脅しをかける。
〔グスタフ・ドーラ〕へ一発の弾丸が迫る。避けきれない。重装甲を纏っていても、正面から受けられる防御力は持ち合わせていない。
「まだまだ、若いな」
瞬間、〔クーリア〕電子戦装備が勢いよく〔グスタフ・ドーラ〕を蹴り飛ばす。
ドガンッ。
重量級の機体に対して軽量の機体の蹴りだ。軌道を逸らすと同時に、脚部がひしゃげる。そこへ追い打ちとばかりにレールガンがその足をもぎ取った。
「ロック隊長っ!?」
「問題ない。それよりも、あまり深追いはするなと、曹長に言って来い」
「りょ、了解です」
コフィンは脇に手を当てて、痛みを確かめると〔バーカム〕の軌道を追った。
侵入を試みていた部隊だけは、大きく戦域から抜け出し始めている。それを護衛する〔AW〕も撤退のための時間稼ぎをしている動きだ。
フォースは体に降り注ぐ負荷に全身を強張らせながら、〔クーリア〕電子戦装備に回避行動をとらせつつ、敵機を資源惑星から遠ざける。
「ほかの連中は撤退してるが、おてんば娘たちは?」
〔クーリア〕電子戦装備は弾切れになったレールガン一丁を捨てて、〔アル∑〕の影を探す。その間に最後の予備弾倉をレールガンに装填し、瓦礫の舞う宇宙を駆けぬける。
一方で、〔アル∑〕には、資源惑星から出た残骸は移動の妨げにはならなかったが、敵を捕らえにくくした。
高機動の赤い〔ミリシュミット〕が砕けた岩塊の合間を縫って、飛行。ビーム・ライフルも、右脚部レールガンも弾かれてしまう。
「当たらないっ」
「センサーもダメ。あてにならない。デブリが多すぎる」
「あの機体だけなの、何とかしなくちゃ。他の敵機の動きはわかる?」
樹は姿勢制御の難しくなった〔アル∑〕に手近な岩塊を掴ませると、突撃してくる赤い〔ミリシュミット〕へと投擲。
赤い〔ミリシュミット〕は軽やかに横間へ飛んだ。あれだけで、相当の負荷があるはずだが、機体の動きからは操縦者の疲労はうかがえない。
しかし、燕華も疲労を隠すので、限界だった。
「船隊は逃げたか……。だけど、もう少し楽しませてもらう」
サブ・モニタを確認。まだ、推進剤もバッテリー残量もある。
クスッと燕華の唇がほほ笑んだ。
赤い〔ミリシュミット〕は鉄板の残骸を左腕部で引っ掴むと、もう一度〔アル∑〕に挑む。巨大な機体は残骸を蹴散らして、資源惑星から離れる動きをする。追い出すのが最優先事項のようだ。
「しつっこいわねっ!」
彩子はスロットルレバーのスイッチを鍵盤のように軽やかに叩き、『幻覚』の準備をする。彼女の処理速度の方が圧倒的に素早い。
「どうでる、嬢ちゃんたち?」
燕華は機体の頭部バルカンを〔アル∑〕後方の残骸へ発砲。射撃性能を犠牲にしているだけあって、その的はお粗末だ。しかし、漂っている残骸は巨大な鉄骨。
当然というべきか火花が散った。
〔アル∑〕の鋭敏なセンサーがその熱量を感知してしまう。自動反応で、機体が翻った。
「嘘っ! こんなとにきに何なのよっ」
それと同時に、『幻覚』が発動。
赤い〔ミリシュミット〕は鉄板を盾にして、一撃の砲弾と化した。
「こっちの自動反応で、機体を動かされた————」
樹が言い終わるより前に、〔アル∑〕の畳まれていた肩部のバリアブル・バーニアに赤い〔ミリシュミット〕が激突。鉄板との間で火花が散り、支持アームが歪んだ。
大質量の〔アル∑〕だけあって、後方の鉄骨まで押し出されることはなく、すぐに機体を翻して、逆に赤い〔ミリシュミット〕を弾き飛ばす。その時、肩部のバリアブル・バーニアが開かず、勢いが弱かった。
「右肩部メイン・バーニアが不調。あの機体、こっちの動きを鈍くするきよ」
「残り四基ので十分。音、ビーム・ライフルは?」
「だいじょぶ。じゅでん、かんりょ」
〔アル∑〕はビーム・ライフルの弾倉を取り替え、残骸に激突し浮遊する赤い〔ミリシュミット〕に狙いを定める。
音は苦心しながら、トリガーを引いた。
刹那、赤い〔ミリシュミット〕は高速で移動。ぎりぎりおところで復旧され、回避された。
ビームに焼かれた残骸が蒸発する。その飛び散った粒子が、不覚にも赤い〔ミリシュミット〕の装甲を焼いた。
「危ない危ない。動きが鈍くなってなければ、やられたかもねん」
燕華は肩で息をしながら、全身から吹き出す汗の感触に生きている実感を得る。スリルと興奮が沸き立つ。なんて、心躍る戦場なんだろうか、と。
一瞬一瞬で命の駆け引きが行われ、刹那の時には体が〔AW〕を動かしている。戦争をしているからこそ、味わえる危ない楽しみ。
「けど、もう嬢ちゃんたちはこっちの動きは見えないでしょう?」
赤い〔ミリシュミット〕が高速で〔アル∑〕へと接近する。右へ、左へ、引いては下へ。浮遊する残骸を目隠しにして、草の根を割いてかける虎のように着実にその手に握ったヒートブレードの熱量を上げて、迫る。
「樹、九時方向から!」
「わかってる」
「カタナ、準備」
〔アル∑〕は一丁のビーム・ライフルをテール・バインダーに戻すと一対のカタナを展開。接近戦に備えつつ、残ったビーム・ライフルで赤い〔ミリシュミット〕へと放つ。
ビームの閃光が外れて、残骸を吹き飛ばす。それに煽られたように大きな岩塊が〔アル∑〕へと飛んでくる。爆発の余波ではない。熱量がある。
樹たちは息を飲んで、狙いを定める。ビーム・ライフルは冷却中。やるとしたら、岩塊を避け、その一瞬の一太刀を浴びせるしかない。『幻覚』の影響で処理速度が落ちているが、三人は恐れ以上の集中力を見せる。
〔アル∑〕が岩塊を限界までひきつけ、回避。すぐさま、爪のように伸びたカタナを振るおうとした。しかし、岩塊の陰に赤い〔ミリシュミット〕はいない。
代わりにあったのは——、
「ヒートブレードっ! しまった!!」
樹たちが岩塊に刺さる熱を帯びたヒートブレードを見て驚愕する中、接近警報が後方で鳴り響く。
すでに〔アル∑〕の背後で、赤い〔ミリシュミット〕はヒートソードを振りかぶっていた。
「ごめんね……、嬢ちゃんたち」
燕華は悪戯っぽく言って、操縦桿を倒そうとした。
次の瞬間、赤い〔ミリシュミット〕の右腕部が横間からの一射で吹き飛んだ。当然、握っていたヒートソードごとだ。
「————っ! 面倒なのが来たか」
赤い〔ミリシュミット〕は大きく仰け反るようにして〔アル∑〕から離れると、牽制射撃が二、三発飛来する。
「今度は邪魔のないところで、勝負しましょう。じゃぁっねん」
燕華は潮時だとすぐに判断すると、回避行動を取りながらちぎれた右腕部を拾って撤退していった。
樹たちは破裂しそうな心臓を押さえながら、〔アル∑〕の通常モニタに映る赤い〔ミリシュミット〕の姿を見送るしかなかった。
またしても、赤い〔ミリシュミット〕にかなわなかった。どうしても越えられない壁のように見えて、しかたない。
と、そんな敵機から彼女たちを救った機体が〔アル∑〕に近づく。
「まったく、ビームの光が当って助かったな」
「ロック隊長。ありがとうございます」
彩子は乾いたのどに生唾を流し込みながら、彼の無線に応える。
「まぁいいさ。それよりも、敵艦が沈むぞ」
フォースの寂しげな言葉に促されて、樹は機体を敵艦〔イリアーデ〕の方へ向ける。
激しいビームの打ち合いの中で、巨大なクジラのよう艦体から血しぶきのように爆発が起きていた。
すでに制御不可能となった〔イリアーデ〕の内部は、次々と爆発が起き、沈む運命から逃れることはできない。爆発にのまれるクルー、格納庫の予備〔AW〕が爆発し、整備員たちを焼き尽くする。劫火の炎の中で、誰もここから逃げようとするものはいなかった。
それが運命なのだと自らの体を爆発の火に捧げる。
二段組の艦橋には炎の手はなかったが、もうもうと上がる煙と辛うじて『地球平和軍』の艦隊の光を映す立体モニタの映像。
ゲイルは艦橋で煙に巻かれて卒倒していくクルーたちを見ては、虚しさがこみ上げてくる。
「すまない……」
そういうことしかできなかった。
文句も反対もせず、動いてくれた部下たち。それは、反旗を翻す前からの知人もいた。そして、この戦争の中で新たに加わった者も。
しかし、彼らは決してゲイル・マークスという男に惹かれて、付き従ったわけではない。ただ機械敵に彼が上位の地位にいるから、何も言わず動いていただけに過ぎない。
その虚しさを、ゲイルは知った。
次の瞬間に、艦橋は巨大な爆発の渦に飲み込まれていった。
「敵艦の撃破を確認。二隻の〔シーカー〕と数機の〔AW〕が撤退するのを確認」
同型艦〔イリアーデ〕の艦橋に、しんみりとした空気が漂う。
立体スクリーンに映し出される〔イリアーデ〕は、巨大な閃光を放って消滅する。
クロッグ・ジョーリンは艦長席で静かにその光景を見ながら、言葉を紡ぐ。
「よく耐えた。各員、状況を確認。アームウェア部隊を収容しろ」
艦橋から覇気のない声が沸き立つ。彼らは敵側についた〔イリアーデ〕の運命に、かつての自分たちを重ねたのかもしれない。
ここにいるほとんどのクルーが、もう一隻の〔イリアーデ〕撃沈に遭遇していたものばかりだ。もしかしたら、あの時助からなかったらという想像が過るのだ。
クロッグはぐっと肘掛を握る指に力を込めながら、怒鳴りつける。
「どうしたっ! これで終わりではないのだぞ。感傷に浸るのは後だ。一人でも多くの生存者を迎えなくてどうする。元気がないでは、帰ってきずらいだろうに」
その一声に、緊張気味の返答があがる。尻を蹴られたかのように艦橋クルーたちが、急いで各部へと連絡を取り合う。
今はそうしているのが、一番いいのかもしれない。暗いことを考えているよりも、まだ生存している仲間を救うことに意識を傾けている方が健全だ。
クロッグはほっと息を吐いて、シートに深々と腰かける。とにかく今は、妙な疲れから解放されたい気分だった。




