~戦場の声~ 集う記憶と大切な人
宇宙に出た途端、周囲の光に樹は圧倒された。無我夢中に出た彼女の意識を覆すような狂気と混沌を宿して牙をむく。
樹はそれでも、投げ出されてしまった彩子と音の行方を捜した。
「どこ? どこにいるの?」
彼女自身、どうして二人を探しているのか理解できなかった。以前なら、馴れ馴れしく話しかけてくる相手を切り捨てていたのに、彼女と一瞬見えた宇宙服の少女だけは無視できない。
頭の中が一層の激しく、痛みを発する。思い出せ、と急かすように鼓動とおもにその間隔が徐々に狭まっていく。
「どうして? わたしは、ここに、いるの?」
スロットルレバーを握る手が震える。
ひときわ大きな光芒が〔アル∑〕の通常モニタに映り込む。光りに触発されたように、鋭い頭痛が走る。
樹は頭を振って、冷静になれと言い聞かせながら、微弱な彩子と音の反応を追う。登録されているパイロットスーツの反応と未登録の宇宙服の発信源を探るのは、もはや砂漠の中から一粒の宝石を見つけ出す作業に近くなっていた。妨害がひどく、さらには戦闘の火が近づいてきている。
焦燥感と恐怖心が襲い掛かる。
もう二人は助からないのではないか、と客観的な自分が囁く中で、彼女はその間がを突っぱねる。
どうして、そこまでできるのか。どうして、助けなければならないのか。
自問が攻め立てる。
と、樹の右目がまた過去を映し出す。左目の現実とを乖離させるように、右目の像は一人の老人だった。
『世界を導ける存在。君は、その素質がある』
老練な声は、厳かに自身が上位存在だと感じさせる覇気があった。
樹はかき混ぜられる頭の気持ち悪さにイライラして、ヘルメットを取った。そして、片手で乱暴に右面の眼帯を抑える。ぐっと内側にめり込む感触が脳みそに針を打ちこんでいるような痛みを呼び覚ます。
彩子と音の反応がゆっくりと妨害の嵐の中へ消えていく。だが、まだ追いつける。
そう思っていると、今度は接近警報が鳴り響いた。
「————っ!?」
樹が反応するよりも早く〔アル∑〕の自動反応が働き、強襲してきたレールガンの弾丸を回避。
ぐんと体を投げ飛ばしかねない負荷が、《いつき》を襲う。視界が回り、月が太陽が、資源惑星が躍った。
「なんなの、何なの何なの!?」
理解の範疇を超えて、次々と降り注ぐ弾丸。
樹が辛うじて、スロットルレバーを握り、ラダーペダルを踏み込んだおかげで、〔アル∑〕はアトランダムな軌道を描くことができた。だが、それはプログラムの付け焼刃な動きだ。意図した動きでないがために、進行方向はあべこべで、バリアブル・バーニアもせわしく角度を変えて、姿勢制御をおこなおうとする。
しかし、樹の無茶苦茶な操作が妨げ、〔アル∑〕は宙に回転しながら、回避を繰り返す。
「突破してみれば、あの巨大なアームウェア。こちらの動きを予測していたか?」
次々と『地球平和軍』の隊列の崩れた個所からなだれ込む『新人類軍』の部隊。彼らは資源惑星の制圧よりも先に隊列を組む『地球平和軍』の〔AW〕の編隊を包囲、撃滅する行動をしていた。
「何なの、あれ? どうして〔ミリシュミット〕が武装して、攻撃して————」
吹っ飛びそうになる思考だが、左目が捉えた〔ミリシュミット〕のシルエットに胸が締め付けられる。
それらが、数機の小隊を組んで向かってくる。言わずもがな、撃墜するつもりでそれぞれの火器を構えている。
樹の頭の中で記憶が弾けて、右目が映し出す。
加速する思考が、左目に見える敵影を遅く知覚させる。そして、セピア色の映像が早回りで再生される。
巨大な戦艦〔イリアーデ〕とそれを取り囲む〔ミリシュミット〕の軍勢。弾ける光は、今の戦場に似て、虚しいものに見受けられる。誰かが叫んだ。
ふざけるな、と。
誰なのかを確認するよりも早く目の前で一機の〔ミリシュミット〕が爆散する。
「う、うあぁああああああああああ!!」
樹は叫んで、スロットルレバーを引いた。
〔アル∑〕が立ち直り、向かってくる敵影を正面に捉える。俊敏な動きで、それぞれが拡散、攪乱戦法を取る。
動体視力が追い付かない。通常モニタから外れた機体をカーソルが示すが、そんなものは樹には見えないも同然だ。
一つの目では見える視野は狭く、ただ体が覚えている動きを実行するしかない。
〔アル∑〕はバリアブル・バーニア六基を広げて、一気に加速を駆ける。敵の照準が定まる前に突進する。
「離れろ————っ!」
〔ミリシュミット〕操縦者の一人が叫んだ。
猪突猛進する〔アル∑〕は高速で飛来してくる鉄塊そのものだった。
〔アル∑〕が固まっていた〔ミリシュミット〕二機を跳ね飛ばす。力による蹂躙。まるでゴム毬でも蹴とばしたかのように、弾かれた〔ミリシュミット〕がへしゃげ、高速で宇宙へと投げ出される。操縦者は圧死。それは鉄くずだ。
残った二機の〔ミリシュミット〕は『幻覚』で動きを封じようと思ったが、すでに開いた花弁の残光を残して、〔アル∑〕はその場を急速離脱していた。
樹は頬の肉が後ろに引っ張られる圧力、目を潰しかねない負荷に歯噛みする。
星の光が筋となって、後ろへ引っ張られていく。その中に、微弱な反応を見つける。運がよかったとしか言いようがない。
「————くっ」
樹は右目の奥に映る曖昧な像が少しずつ形になるのを見ている気がした。これまで見てきた過去のどの映像よりも不鮮明で、何よりも明らかにしたい衝動が走る。
〔アル∑〕は四方八方からくる狙撃を回避しながら、センサーが感知する小さな命の鼓動を探った。
「ん……」
「彩子、起きた」
彩子は音の弾んだ声を聴いて、ぐっと体を伸ばした。
ぼんやりと映る視界と体を締め付ける触覚が、急速に彼女の意識を浮上させる。
「音、あたしたち————。やっぱり、宇宙に放り出されちゃったのね」
以外にも、彩子の感想はそれで終わり。あたりを見回せば、いくつもの光が弾けては消滅、何条もの光線が暗い宇宙に引かれていく。
肩にある鈍痛に顔を顰めながら、とにかく不安そうに宇宙服で身を寄せてくる音のバイザーを覗き込む。しかし、宇宙線から顔を守るためのバイザー越しでは音が今、どんな表情をしているのかわからない。
聞こえてくるのは、音の苦しそうな息遣いだけ。
「大丈夫? まさか、空気漏れしてるの?」
「違う。怖い……」
彩子も生唾を飲んで、今の状況がどれだけ絶望的か改めて実感させられる。
ここは宇宙だ。惰性で流れているも、自力で動くことはできない、加えて、激しい妨害の嵐の只中だ。三次元方位コンパスも、無線も使い物にならない。
待っているのは、酸欠で死ぬという未来くらいだろう。
音はぎゅっと彩子のパイロットスーツを着た体にしがみつきながらも、HUDに映る酸素残量が目に飛び込んで、心臓が止まりそうだった。
残り、十分。それまでに、回収されなければ命の保証はない。
「音……。なんか、もう助からないみたいだね」
「……うん」
開き直った彩子に対して、音は喚きも怒鳴りもしなかった。
事実であるから、大声を上げても誰かのこの声が届くとも終えなかった。救難信号を出していても、戦争中では、誰も拾いはしないだろう。おまけに、資源惑星からも遠ざかり、戦火もまた遠くに映っている。
彩子たちに見える景色は、戦艦同士が主砲の打ち合いをして、敵艦である〔イリアーデ〕が圧倒されている点。そして、南に動いていた敵部隊が大きく後退を開始したこと。北はまだ粘っており、『地球平和軍』が劣勢を強いられているようだった。
だが、客観的に見てこの戦いは『地球平和軍』が勝つだろう。身内評価ではなく、現実的な脚気が出始めているからだ。
傷ついた〔ミリシュミット〕、〔ミリィフロップ〕は次々に撃破され、敵旗艦である〔イリアーデ〕は半場特攻を仕掛けるようにも見える。周りを固める船隊が無下に落とされていく。
二人の目に自然と涙が溢れてきた。
「敵が、沈んでくわ……。どうして、下がらないのよ。もう、無理じゃない」
「こんなの、見たくない……」
宇宙に漂いながら、戦争を遠目から見ているのは初めてかもしれない。
普段は凶暴な光が荒れ狂う戦場の中を、〔アル∑〕に乗って駆け抜けていた。その時ばかりは、敵を退けるのに必死で周りがどうなっているのかわからなかった。敵を倒して、戦争を終わりにしたいという願いを持ちながら、戦争をしている。
今度は『地球平和軍』の〔シーカー〕が数隻、敵の人工知能搭載型ミサイルで轟沈された。防衛網を張る〔AW〕部隊も、下がり始めた敵〔AW〕の応戦に散っていく。
それでも、双方は攻撃の手を緩めない。どちらかが全滅するまで戦い続ける雰囲気だ。
彩子は肌寒さを感じて、大きく息を吸った。胸の奥が熱くなり、苦しくなる。
きっとこんな戦争の中にいる自分は、きっと大きな罰を受けるのだろう。それこそ、かつての上司アリス・ジェフナムのように精神が蝕まれて、いずれは廃人になってしまう。
「彩子、死にたくない。死にたくないよっ!」
「あたしだって、こんな————、こんな最後嫌よっ!」
彩子と音が絶叫する。
ふと湧き上がるのは生への執着心は、途方もない宇宙の暗黒に引きずり込まれる感覚と戦争の無慈悲さが引き起こすものだ。
途に音はかつて、宇宙に放り出され経験を思い出して一層の不安感が襲い掛かる。
当時、まだ十歳になったばかりの彼女は運悪くスペースコロニー建設時に命綱が切れて、宇宙を十分近くさまよった。酸素の量も圧倒的に少なく、知識もまだ未発達だったころだ。今よりもずっと死というものを実感していた。救難信号を伝って救助されたのは、運がよかったのもある。
そして、今回はその運は死んでもこないと思っている。
震える体に力を込めて、二人は絶対に離れないようにしがみつく。
それしか、できない悔しさも、最後の安らぎすら感じられた。酸素の残量がいよいよ危険区域に入り、耳元で警報のアナウンスが流れる。
終わりなのか。空気がなくなり、息が途絶えて死んでしまうのか。
彩子と音が、死の苦しみを予見していると、不意にヘルメットのスピーカーが震える。
『————っ! き————、——じ、し』
「声? 声が聞こえる?」
彩子がまず瞼を瞬かせて、涙の粒を弾いた。
『おね、——いっ! へ——、を————してっ!!』
「この声……。ねぇ、この声っ!」
「まさか、だって、今は——」
彩子が困惑する中で、音は大きな希望が芽生えていた。
ノイズ交じりの声。必死に叫ぶ、女の子の声を誰が間違えるものか。
そして、彩子たちの視界に、ぞろぞろと向かってくるいくつもの光と先頭を切る巨大な影を目の当たりにする。
太陽の光を反射して、露わになる巨大な六つの花弁。他の追随を許さない猛烈な速度。
グンッとさらに青白い光が百合の花のような残光を残して、その機体を押し出す。
「樹……、樹っ!!」
「樹、樹——、樹だ!!」
樹は操縦席のスピーカーから聞こえる微かな声に、全身鳥肌が立った。
「わたしを、呼んでる。わたしの名前を、呼んでくれる……」
胸の内に広がる感情のさざ波。押しては引いて、引いては満ちていく記憶の波。
パチンッと右目が擦り切れたテープのような映像を流す。
映ったのは一人の青年だった。赤毛の仏頂面で、ツンケンした言い回しをしている。
『戦場をなめきった、生半可なやつらだからであります』
瞬間、後方から警報が鳴り響いた。
追撃してきた〔ミリィフロップ〕四機が追い付き始めたのだ。
「あれなら、落とせる」
敵の操縦者は担当な直情軌道を取る〔アル∑〕を見て、そうつぶやいた。
しかし、さらに後ろ。
その部隊を追撃する三機のうち、一機が一気に前に躍り出る。
「させるかよっ!」
それはリーン・セルムットが操る〔バーカム〕だ。大型メイン・スラスターを最大出力で噴射し、レールガンを構える〔ミリィフロップ〕一機に吶喊を仕掛ける。
敵がそれに気づくよりも早く、〔バーカム〕のビーム・トンファーがすり抜けざまに機体を切断する。
「————っ!?」
「なにしてる、馬鹿!! 敵に狙われてるぞ」
足元で起きる閃光の中で〔バーカム〕の影が浮かび上がり、彼の声が脳髄に響いた。
「リーン・セルムット……」
樹がつぶやくと、映像が鮮明にリーン・セルムットの像を思い出し、記憶の中へと溶け込んでいく。全身を駆け巡る不思議な感触は、喜びだ。
右目が今度は金髪の女性を映し出す。荒い画像の向こうで、三つ編みを振って笑顔を向けてくる。
「邪魔が入ったところで——」
残る三機のうち一機の〔ミリィフロップ〕がすり抜けて、隙を見せる〔バーカム〕にレールカノンの照準を合わせる。
「いけませんっ。モードチェンジ、AMR」
その後方より数キロの場所でコフィン・コフィンが操る〔グルタフ・ドーラ〕が分隊支援火器から、対物狙撃銃に装備を切り替える。左右の支持アームが入れ替わるようにして、火器を変更する。
〔グルタフ・ドーラ〕が対物狙撃銃を構えると収縮していた銃身が伸び、照準器と機体の照準線が同調する。そして、脚部スラスター、背部メイン・スラスターを噴射して姿勢を調整、すぐに敵を捕らえる。
「————んっ」
コフィンが操縦桿のトリガーを押すと、対物狙撃銃のマズル・ブレーキから巨大な閃光が瞬き、反動を殺すために各スラスターが噴き出す。
ドンッと鈍い音とともにコフィンの体に反動が襲い掛かった。
今までにない速度と破壊力を持って〔ミリィフロップ〕を撃破する。
その爆炎の中を突っ切って〔グスタフ・ドーラ〕が〔アル∑〕を追う。
「みなさん、ご無事ですか?」
「コフィン・コフィン……」
樹の耳には離れている彼女の声が聞こえた。また右目の映像が鮮明になり、彼女が記憶の中に帰ってくる。
〔グスタフ・ドーラ〕の電子戦装備はかつて〔ファークス〕実験型に装備されていた電子ゴーグルの調整備品が積み込まれている。だから、指向性を持たせて、〔アル∑〕まで届けることができた。
「あ、ああ……。そうだよ、わたしは——」
樹の中にある記憶の数々が蘇ってくる。
瞬間、〔アル∑〕に激震が走った。〔ミリィフロップ〕からの狙撃だ。
操縦席が揺れて、シートの下から何かが飛び出て通常モニタにぶつかった。バラバラと小さな粒が無重力の中で散った。
樹の大好物である金平糖だ。
「————はぁ!」
大きく息を吸い込んだ瞬間、右目に映し出されたのはいつかの父、アーノルド・ジャンクロフォードの姿だった。
左目には、小さな人影二つを捉えていた。あと少しで他が届くが、後方の攻撃に目に映る人影が委縮してみえる。
『ふざけるなよ、老体。あいつは————』
後方で爆発が起きる。敵がまた一機撃墜されたのだ。
しかし、樹には星のように浮く金平糖と古い古い記憶のアーノルドの姿しか見えなかった。
『俺と結喜との子だ。家族を手放すわけにはいかない』
記憶の違いだと思った。
樹の知る限りのアーノルドは家族などとは口にしないような男だ。どんな手段を使っても資本主義に従うだけの無感動なやつだと断定していたのに、その時の彼の表情は怒りに満ちていた。
そして、妻である結喜を名前で呼んでいる。
『どんな素質があろうとなかろうと、血を分けた子を誰が譲る? あの子を幸せにするのが、親である俺の義務だろう』
「ああ……、ああ……」
樹は幻聴で幻影でも、その言葉がどれだけ嬉しかったことか。
〔アル∑〕が逆噴射を駆けて、彩子と音の前に停止する。後方の敵は、リーンたちに阻まれてうまく〔アル∑〕に接近できない。
『樹っ、来てくれたんだ……。何よ、来るなら、早く来なさいよぉ』
『声、届いた? ありがと、樹。ありがとぉ』
今度は鮮明度の高い二人の泣きじゃくる声が耳に入ってきた。
ぱぁっと右目の映像の中に、彩子と音の笑顔が浮かんだ。忘れていた大切な記憶と辛い記憶が樹の中に舞い降りる。もう頭痛はしない。カチカチとうるさかった作動音もしない。
はっきりと、左目に映る二人の姿を見て樹は涙する。
「わたしは、こんなにも、愛されてた……」
彼女の手がゆっくりと宙に浮かぶ金平糖二粒を掴む。
同時に〔アル∑〕が彩子たちを抱き込むようにして、腕部を寄せた。
『お友達ができて、いろんな人と知り合って、————さんのこともあって、できることを探しすんじゃなくて、できるようにしようって頑張ってる。それは、すごく偉いことだよ』
ふいに結喜の声が聞こえて、胸がきゅっと締め付けられる。
忘れていた。ずっとそばにいる人たちのことを、たかが機械の目に埋め込まれた何かで見失っていた。けど、もうそんなものは気にならない。過去はずっと樹のそばにあり続けるもので、支えるものだ。断じて、縛り付けるものではない。
「大切に、大事に、思ってもらえる。わたしは、ここにいる」
樹のつぶやきを耳にしながら、彩子と音は操縦席についてハッチを閉じるとヘルメットを脱ぎ捨てる。
そして、順次起動を開始する。
すると、棒立ちになっている〔アル∑〕に気付いた最後の〔ミリィフロップ〕がレールガンをその背中に向ける。
「悪いな、まだ奥の手が残ってる」
それは〔クーリア〕電子戦装備を操縦するフォースのどすの利いた声だ。
〔クーリア〕電子戦装備が満身創痍の機体で『幻覚』を引き起こす。
敵味方の動きが止まる。もちろんそれは、〔アル∑〕もだ。
その中で出力が大幅に低下した〔クーリア〕電子戦装備がなけなしの力でレールガンを放ち、最後の一機を撃破する。そして、〔アル∑〕のもとへと近寄った。
「まったく、世話が焼けるな」
樹の目の前で通常モニタが回復する。
その先には、〔クーリア〕電子戦装備の背中が見えた。まるで、自分たちを守るように強く、傷ついた機体で。
『留守は任せるから、頑張りなさい』
最後の最後でアリスの言葉が脳裏に過り、樹の心に火がともる。
涙を拭って、手に握りしめた二粒の金平糖を口の中に放り込んで噛み砕いた。甘い味が口いっぱいに広がり、停滞していた思考が働き出す。
まだ戦闘は続いている。終わらせなければならない。
「彩子、音、聞こえる?」
「ええ、聞こえるわ。記憶は大丈夫かしら?」
「心配かけた。でも、もう大丈夫」
「よかた。樹、でも、戦争……」
音の中ではまだ、戦争に対する不安と不信がぬぐい切れていない。このまま後退したい気分だった。
しかし、音の不安げな声に、樹がぴしゃりと言う。
「戦争なのは今に始まったことじゃない。怖いって気持ちを否定したくないけど、今は目の前のことに集中しなさい」
「やっぱり、樹はすごいわ」
彩子は電子戦用モニタを展開して、ニッと口元をゆるませる。先ほどまであった不安が、この〔アル∑〕に乗った瞬間吹き飛んだ。支えてくれる仲間がいると強く感じられるからだ。
音が納得いかないように唸ると、〔バーカム〕、〔グスタフ・ドーラ〕がさらに横について、周囲の警戒をする。
「いつまで、うだうだしてやがるっ。行くぞ?」
「わたしたちが援護します。だから、安心してください」
「うっそ、コフィン准尉!?」
「コフィン准尉、帰てきた!?」
「ええ。けど、挨拶は後にしましょう」
恥ずかしそうに言うコフィンに、音も少しばかり照れる。
やっと揃った。その団結感が、これまでの不安を跳ね除けてしまう。
すると、一人蚊帳の外だったフォースが真剣な声音で言う。
「あともう一息だ。サナハラ一等、復帰早々悪いが、敵艦を潰すぞ。できるな?」
樹は記憶の片隅にある彼の記憶を思い出すまでもなく、スロットルレバーに手を乗せ、フットペダルの調子を確かめる。
それは彩子も音も同じことだ。沸き立つ力は、迷いなどない。激化する戦場の中で一つに束ねられ、決して立ちきれない絆が支える。
「もちろんっ! 〔アル∑〕、よろしくお願いしますっ!!」
樹は凛々しく叫んで、スロットルレバーを最大にまで上げる。
そして、〔アル∑〕は四つの瞳を輝かせて、六つのバリアブル・バーニアの推進力で戦場へと飛び立つ。
迷い、不安、一人ぼっちの寂しさを振り切って。




