~戦場の声~ 兵(つわもの)、前へ
戦闘宙域の妨害は酷く、各部隊の動きを把握することはできなかった。
〔リヴァイン〕で指揮をするレミントンは、敵旗艦である〔イリアーデ〕が攻勢に攻め込んでいるところが気になった。前に出て、〔AW〕部隊を援護しているようにも見えたし、注意を引いているようでもあった。
「中佐、〔マーダー〕より入電。南に接近する船艇あり、対応されたし、です」
「こちらも手が離せないというのに……。第六中隊、南に接近する機影を阻止しろ」
レミントンが手身近に滞空する部隊を見て、指示を飛ばした。ノイズが激しいために、指示を受けた部隊は一瞬硬直したが、改めて出されたオペレーターからの指摘で動き出す。
妨害の役割とは諸刃のものではあるが、それにしては強力な気もした。通信傍受を防ぐ手立てでもあり、レーダー観測に多少の支障をきたす効果しか求めていない。
だというのに、この戦域は互いの意思疎通を徹底的に妨げ、個々人に分断しているようだ。『地球平和軍』の部隊がその不安からか、塊になって行動する動きが目立っている。
それに引き替え、『新人類軍』の〔AW〕部隊は、小隊規模、バディ規模で攪乱、圧倒している。組織の統制から外れながらも、目的の遂行に従事している。
機械的に、しかし、個々の意志が歯車となって全体を戦況を構築している。
レミントンは眉をひそめて、〔リヴァイン〕に襲い掛かる衝撃に体を強張らせる。
「被害状況は?」
「第二ビーム砲塔、沈黙。左舷、損傷軽微————」
オペレーターはそこまで言って、ぎょっと目を見開きインカムを押さえる。それは、観測班からの報告で彼はすぐさま、レミントンの方へ体を向ける。
「艦長、北でも同様の船艇が確認されました。ただいま、第八中隊が応戦中。なお、あの赤い機体を確認したとの情報があります」
「赤い機体。あの女の……」
レミントンは数時間前にあったグレッグについていた東洋人を思い出して、妙な胸騒ぎがした。顔を合わせたときから、その女性の底知れぬ強さというのか、魅力には一目置いていた。彼女の容姿が美しかったという印象もある。付け加えて、奔放な振る舞いは否応なく目についた。
そして、樹との対面で見せた狂人的思想。
並大抵の操縦者でないのはわかり切っていたが、改めて赤い〔ミリシュミット〕の操縦者がいかに恐ろしい存在か思い知らされる。
対応している部隊の安否を気遣う前に、彼の乗る〔リヴァイン〕、盾となって前進する〔マーダー〕、後方支援に回る〔イリアーデ〕の陣形が徐々に狭まっている方へ気が逸れてしまう。ここで、敵の包囲陣を完成されたら、まず南と北から来る敵船艇が資源惑星に上陸してしまう。
「各砲座、敵を前に押し出せ。ミサイル群は、アームウェアに任せればいい」
レミントンが冷静な口調で言うも、その内心は焦りと不安でいっぱいだった。
鈴燕華は久々に歯ごたえのある躍動感を得る。
改造した赤い〔ミリシュミット〕は太刀を携え、ハンスの〔バーカム〕電子戦装備の援護を受けて斬りこんでいく。他の機体も各個撃破をモットーにして、攻撃を仕掛けていく。ゆったりと流れる〔シーカー〕は武装した機関砲で応戦し、『地球平和軍』の〔AW〕部隊の攻撃を避けていく。
接近は良好だが、彼女の前に調査船団の機体〔クーリア〕が立ちはだかる。
その中には、着ぶくれした〔バーカム〕の影もある。
「坊やの相手はいる。海星はいない、か。けど——」
燕華は意気揚々と操縦桿を引いて、飛来してきたレールガンの弾丸を避けて見せる。
発射したのは〔バーカム〕にぴったりとくっついている〔クーリア〕電子戦装備だ。かの機体はまるで子供を守る親のように、徹底したサポートに回っている。
動きが制限されているのは、もちろん〔バーカム〕の無謀な戦い方のせいだ。
「赤い機体ってのは、要注意って聞いてはいたが――」
〔クーリア〕電子戦装備を操るフォースは、赤い〔ミリシュミット〕へレールガンを放ち、さらに敵の動きを見計らう。
機敏に動き、大きく旋回して距離を取るわけでもない。隙あらば切り捨てる、といった気迫を感じた。僚機の〔バーカム〕電子戦装備もガトリング砲でうまく誘導している。他の部隊へのけん制も忘れない。
「なるほど。厄介なコンビだ」
フォースが苦戦する状況に思わず口元を緩めていると、リーンの操る〔バーカム〕が赤い〔ミリシュミット〕へと詰め寄った。メイン・ノズルを絞り、一気に距離を詰める。
「見ない間に、たくましい姿になったじゃないか?」
燕華はレールガンを弾くと、まっすぐに向かってくる〔バーカム〕を迎え撃つ。
灼熱のヒートナイフが弧を描いて、振り下ろされる。速い。追加装甲をつけてなお、運動性能は衰えていない。
赤い〔ミリシュミット〕は右腕部のマニピュレーターを高速回転させて、ナイフのみねを叩き落とす。
「女の懐に飛び込んできたのは、いい度胸だ!」
「————っ!」
リーンはぐっと奥歯をかみしめて、傾く機体を無理やり起こす。マニュピレーターに握られていたヒートナイフは弾き落とされていた。
メイン・モニタの上にも、太刀を振りかぶる赤い〔ミリシュミット〕の姿があった。
慄き、肝が縮み上がる。圧倒的な敵を前にして、怖いはずがない。まして、味方からも恐れられる強大さを有している。
彼の腕は、必死に操縦桿を操作し、震える足は咄嗟にペダルを踏みしめる。
瞬間、振り下ろされる太刀と振り上げられる〔バーカム〕の腕部が衝突する。
「————な、何?」
燕華が驚いたのは、メイン・モニタを塗りつぶす強い光だ。プラズマの反発ではない。太刀にはそうした加熱機構はなく、むろん敵の小手に触れた程度で起きる火花でもない。
それは、〔バーカム〕の小手に内蔵されたビーム・トンファーの光だ。機体のジェネレーターと直結することで漏電をなくし、〔アル∑〕のビーム・ライフルから得たデータから作り上げられた逸品だ。ほんの一瞬、重金属粒子を噴射口から吐き出し、敵を切断する。腕から魚のヒレのようにビーム粒子が残光を描く。
一瞬の出来事だった。赤い〔ミリシュミット〕と〔バーカム〕はそのまま上下にすれ違って、距離を取り直す。〔バーカム〕の頭部バルカンがさらに牽制を加えてくる。
「太刀をやられた? この光は、ビーム兵器かい?」
燕華は機体を左右に振って、〔バーカム〕の牽制、それに加わる〔クーリア〕電子戦装備のレールガンを回避する。その合間にも、右腕部が握る太刀の刃が半ばで切断されていることに気が付く。
「ビーム兵器の実用にまで持ち込んでいるとは、なかなかおもしろいじゃないか」
赤い〔ミリシュミット〕は使えなくなった太刀を放り捨てると、背部ラックからヒートソードを握らせる。敵からの戦利品を思う存分使うつもりだ。
リーンは苦いつばを飲み込んで、腕部の調子を確認する。ビーム・トンファーは試作品もいいところだ。冷却にも時間がかかるうえに、長時間使うことはできない。
残された武器はサブマシンガンとヒートナイフ二本、ビーム・トンファーに、脚部のマイクロミサイル、腰に添えられたなけなしの手榴弾が三つ、頭部バルカンの残弾はまだある。
〔バーカム〕が牽制射撃をやめて、赤い〔ミリシュミット〕との間合いを計りだすと、敵の〔バーカム〕電子戦装備がガトリング砲で軌道を乱していく。
「お前、ようやくこの手で決着がつけられる」
「ん? いつかの操縦者か?」
辛うじて聞こえたハンスの声に、リーンは顔を顰めてつぶやく。
いつかの兵士が新しい機体を携えて、向かってこられるという気分はあまり心地よいものではない。執拗で、粘っこい性格が見え見えだからだ。
「いつまでも恨みを持ってるから————っ」
〔バーカム〕はサブマシンガンを構えて、〔バーカム〕電子戦装備との戦闘にもつれ込んでいく。
一方で、フォースの〔クーリア〕電子戦装備も赤い〔ミリシュミット〕と接近戦を演じていた。彼には〔ミリシュミット〕の機動性は徐々につかめているつもりだったが、赤いのは全くの罰ものだと認知する。
「いい腕してるじゃないか?」
「そりゃぁどうもっ」
〔クーリア〕電子戦装備がヒートソードを盾で弾くと、横一閃。赤い〔ミリシュミット〕が頭部バルカンをまき散らしながら、一度距離を取る。
呼吸の獲り方がうまい。剣術のそれに従事した所作に見える。だから、あと一歩のところを捉えることができない。フォース自身、〔クーリア〕電子戦装備の『幻覚』は自作行為だとすぐに見切りをつける。
「ここまで接近戦に特化されちゃ、油断も隙も見つけられない」
フォースが愚痴っていると、バッと赤い〔ミリシュミット〕が腰部のメイン・スラスターを噴射。
隕石が如く猛烈な勢いで〔クーリア〕電子戦装備との間合いを詰めて、ヒートソードを袈裟義理に振るう。咄嗟に出した〔クーリア〕電子戦装備の刃と接触、反発する。
その隙にも、『新人類軍』の〔シーカー〕は資源惑星へ接近し、側近の部隊は発着港の破壊行動に入っていた。
「資源惑星の方じゃ、戦闘がもう始まってんだろ?」
「だから、こいつを向かわせるって言うんだ」
『ガーデン1』の港口で、一機の〔AW〕が発進準備が進められていた。巨大なブースターを背負い、運動性と旋回力を犠牲にして、速さだけを求めた使い捨て装備。クラスターロケットを背負っているようなものだ。
それを装着する〔AW〕は見たこともない機種。がっちりとした体型、だが、装甲は可能な限り軽く、柔軟に作られ、可動範囲を広めていた。筋骨隆々の無頼漢のような機体の背には、クラスターロケットの邪魔にならぬよう展開した支持アームがあり、二つの大砲を担いでいる。人間で言えば、対戦車戦にでも赴くような重装備で、従来の機体ではまずそのような火力武器だけを実装しなかっただろう。
他にも腕部に携行されているアサルトライフルや帯状のマガジンラックを腰部の後ろにつけ、脚部には大型の姿勢制御スラスターが設けられていた。他にも補助装備があり、遠距離支援を貫いた兵装をしている。
それの準備をしていた黒人の整備員は、宇宙服の向こうに見える機体を見て嘆息する。
「あれじゃ、戦車を宇宙で飛ばせるようにした方がましだ。物好きなものを作ったもんだ、エポッヘは」
「発進シークエンスに移行する。整備員は直ちに、船に帰投せよ」
整備員はその知らせを受けて、手前に伸びるハンドルを掴んで宇宙服の推進装置を動かす。
機体に取り付いていた宇宙服も次々と離れていく。
その操縦席の中では、ちゃくちゃくと準備が進められていた。
「針路、修正完了。ブースター、出力上昇…………、臨界。発進許可願います」
少し潰れた声だが、女性の声だ。
「その機体は、音声入力もできると知っているな?」
「はい。一通り、マニュアルは読みました」
「そうか、では頼んだぞ。わが社の〔グスタフ・ドーラ〕を」
「了解……」
女性は通信を切り、パイロットスーツ越しからも聞こえてくるエンジンの音に懐かしさを感じる。真新しいシートに体を固定し、コンソールパネルから操縦桿へと手を移動させる。フットペダルの遊びを確かめ、ほっと息を吐き出す。
曇るバイザーは一瞬にし晴れて、ずっと先に見える戦火の光を映し出す。
新鋭機〔グスタフ・ドーラ〕が装着する巨大ブースターのノズルから、弱い炎が噴き出す。その程度では超重量の機体は動かず、今か今かと第二次点火の時を待っていた。
「退却を確認。いつでもいいぞっ」
「了解しました」
近くで浮遊する〔シーカー〕を横目に捉える操縦者は軽く敬礼する。操縦席からでは準備をしてくれた人たちに見えないと自覚しつつ、ここに座らせてくれた人たちに感謝を伝えたかった。
しかし、もう言葉はいらない。そう感じ得たのは、〔グルタフ・ドーラ〕の感度の良さ、電子兵装の使いやすさ、そして何より射撃管制装置の強化が、彼女にとって心強いものだった。
操縦者は息を止めて、静かに口を開いた。
「————発進っ!」
ドンッとブースターのノズルが一気にに火を噴き、〔グスタフ・ドーラ〕を力任せに戦場へと向かわせる。音声入力が、正しく作動した証拠だ。
巨大なミサイルとかした機体の中で、操縦者は胸を圧迫する鋭い負荷と喉が詰まりそうな苦しさに耐えながら、まっすぐに目の前に広がる光を見据える。
「待ってて…………、みなさん」
その心中は自分の傷ついた体より、前線に出ている人たちの無事を祈り続ける。
音が見つかったとの連絡を受けて、彩子は港のキャットウォークで貧乏ゆすりをしながら待っていた。
いまだ記憶の錯乱がある樹はというと、〔アル∑〕の頭部操縦席に座り、ヘルメットの気密を確かめていた。
「テスト飛行、だよね?」
そういいながらも、樹は頭を打ち砕こうとする頭痛に悩まされ、不協和音を奏でる右目の義眼を恨めしく思う。ごちゃごちゃした映像が右目にだけ確認でき、左目では操縦席の光景が見える。
この感覚を前にもあったかな、と疑問を抱いているとヘルメットのスピーカーに彩子の声が届いた。
「音っ! よかったぁ。あんた今までどこほっつき歩いてたのよ?」
「ごめん、彩子。ちょと、用事……」
彩子はだぶだぶの宇宙服を着せられている音を一度抱きしめて、それから怪我がない確認する。
音は苦笑いを浮かべながら、彩子の反応を嬉しく思った。
その後ろで、音を案内してくれた宇宙服の男が言う。
「急いでくれ。敵が近くまで来ている」
「わ、わかりましたっ」
彩子が緊張気味に答えると、宇宙服の男はすぐにドアを閉めて施設内へと戻っていった。
「敵って何?」
樹の声が彩子の被るヘルメットのスピーカー、音の宇宙服と一体になったヘルメットのスピーカーに届いた。
「樹、どうした?」
「記憶の混乱があるみたい。でも、詳しい話は後よ。とにかく、〔アル∑〕に乗って少しでも戦わないと…………」
音には、樹が記憶障害になったというのは信じがたいことだった。何かの冗談だと思いたい。しかし、手を取る彩子の表情は悔しいそうで、胸が締め付けられる。
彩子は音の手を引いて、〔アル∑の方へ跳んだ。
二人の体がふわりと浮かび、〔アル∑〕の肩部に足をつく。
その瞬間、港のエア・ロックが引き跳んだ。
「きゃぁあっ!!」
「あうぅっ!」
彩子と音の体が爆風で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。その拍子に、二人のヘルメットのバイザーが下りた。
全身に駆け巡る痛み。パイロットスーツや宇宙服のおかげで、骨までやられてはいないが意識が朦朧とする。
「ちょっと、あなたたち、これは一体……、何?」
樹は操縦席で、何が起こったのか理解できず、必死に通常モニタを見回して、彩子と音を探す。
脚部を固定されている〔アル∑〕に破片がぶつかる。
しかし、それよりも早く破片が宇宙へと吸い込まれていく。それは彩子と音の体もそうだ。
「————っ! ダメ。放り出されたら、ダメッ!」
樹の視界に、ぐったりとする彩子と音の体が高速で流れて行った。閉鎖弁が閉じ始めるも、二人の体は戦火の広がる宇宙へと放り出されてしまった。
樹の目の前で、重苦しく閉鎖弁が閉じられる。
「…………あ、ああ」
言い知れない不安。人が宇宙に放り出されてしまった事態と、閉じる前に見えた凶暴な光が、頭の中をスコップで掬われるような痛みが貫く。
樹は茫然自失の表情をしながらも、その手はゆっくりとコンソールパネルを操作していた。早くこの機体で助けに行かなければならない。まだ間に合う。
痛みが思考を加速させる。右目の過去が早送りで流れていく。過去も現在もごちゃまぜに流れていく。
それでも、樹の手は〔アル∑〕に力を宿らせることに成功した。
「待って……。行っちゃ、嫌だ——っ」
樹の頭が弾ける。記憶も知識も吹き飛んで、感情のあるがままに〔アル∑〕を動かす。
樹はパニック状態だった。いきなりエア・ロックが吹き飛んだことも、自分を知る少女二人が雨中に投げ出されたことも、現実味がないように思えた。だというのに、左目の現実はそうなっている。
恐怖が心を活発化させる。行動しなければと命令を下し続ける。
〔アル∑〕は無理やりに固定されている脚部を離し、背部二基のバリアブル・バーニアをふかして、閉鎖弁へと体当たりする。
真っ向からの衝撃に樹もつんのめりになる。しかし、スロットルレバーを最大にしたまま、ただ機体を前進させる。
港の中に浮かぶ残骸が荒れ狂い。バリアブル・バーニアの熱でキャットウォークや壁の金属が溶け出す。
閉鎖弁事態は固くとも、そのジョイント部分が〔アル∑〕の出力に耐えず、破壊される。
〔アル∑〕は無謀な状態で、戦場へと突き進んだ。




