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マシン・レコード  作者: 平田公義
第二章
12/152

~狼煙~ 舞い上がる!

〔アル+1(プラスワン)〕が眠る格納庫に侵入した(いつき)たちは、脱出の準備をちゃくちゃくと進めていた。

 凍結された格納庫は真っ暗で、三人は懐中電灯を手に取って、それぞれに散らばっていた。いくら凍結されたからと言って、ほんの数時間前に決まったことだ。『サテライト』のメイン・コンピューターに接続するのは、案外簡単に済んだ。

 

 しかし、(いつき)は〔アル+1(プラスワン)〕の充電を初めて間もなくかかってきた通信に、焦りがこみ上げていた。


「二人とも、どうやらバレたみたい」


 (いつき)はコントロール・ルームで、〔アル+1(プラスワン)〕の充電状況を確認しながら、被っているヘルメットの通信機を使う。

 電力供給も機体の充電とコントロール・ルームのシステムを起動させるので精一杯なのだ。


「うそっ! マズイじゃない!」


 彩子(あやこ)が懐中電灯片手に、〔アル+1(プラスワン)〕の胸部ハッチから頭を出した。

 彼女の大声に、(いつき)たちは一瞬顔を顰めた。


「声、おおき!」


 間髪入れず、(おと)の大声も響いてきた。

 ステレオのスピーカーでは、嫌に頭蓋骨を振動させる。

 (いつき)は頭を軽く叩いて、その不愉快さを追い出す。

 

「少し声のボリュームを落として、二人とも。それで、作業状況はどうなってる?」

「もう、おわた」


 (おと)が機体の頭部の影から、姿を現す。それから足を庇うようにして、もう一つの胸部ハッチに移動した。しかし、危なっかしい感じはない。片足ながらも、月の重力を熟知した軽快な動きを見せた。


「充電待ちってところよ」

 

 彩子(あやこ)(おと)の報告を受けて付け足す。


「了解。彩子(あやこ)、電子戦はやれそう?」

「いくら理工系だって、できることとできないことがあるわ」

「あなたが理工系だっていうことの方が、驚きだけどね」


 彩子(あやこ)はふくれっ面になって、操縦席に戻る。

 (いつき)がメインパイロットで、機体全体を動かすのはいい。(おと)も〔AW〕を動かせないこともないが、クセがあるらしく彼女では技量不足だと判断された。

 そこで残ったのは電子戦と火器制御の席なのだが、彩子(あやこ)は〔AW〕全般の知識が乏しい。今だって、(いつき)(おと)から教わった基礎的な部分もあやふやだ。火器制御などできるはずもないし、電子戦なんて想像もつかない。


 しかし、戦闘状況を予期している(いつき)はこの割り振りを適当にしなかった。

 (おと)彩子(あやこ)の技量を推し測って、決定された。


「もう…………。こういうのって、プログラミングと同じってことかしら?」


 彩子(あやこ)はシートに座り、〔アル+1(プラスワン)〕のメイン・コンピューターを立ち上げて、電子戦用モニタを呼び出す。

 電子戦用モニタは、通常モニタとは別に光学画像(ホログラフィー)が操縦者を囲うようにして展開される。U字出力装置が上下に別れ、その間に光学画像(ホログラフィー)が映し出される仕様となっている。もちろん、画像それ自体は光の束なので、通常モニタを透過して見ることができる。


 流れていく機体の状態を無視して、電子戦のマニュアルを開く。


「これくらい、やってやるわ」


 その独り言は(いつき)(おと)にも聞こえている。

 だから、だろうか。

 彩子(あやこ)なりの決意表明を聞けたようで、(いつき)(おと)も安心できた。

 口ではどうこう言っても、きちんとしているのが、彼女のいいところだ。


(おと)。あなたも、そろそろ――――」


 (いつき)が指示を出していると、後ろから警報音が鳴り響いた。

 誰かがここに侵入しようとしているのだ。

 パスワードを変えて、簡単には侵入できないよう細工を施したが、そんなの気休めでしかない。


 (いつき)は背後のドアを一瞥して、すぐにコンソールを操作した。


「二人とも、すぐにハッチ閉めて! 発進するよ!」

 

 その早口な指示に、彩子(あやこ)(おと)は言いようのない不安を覚えて、すぐに実行した。

 懐中電灯の明かりが格納庫内から消え、ついに〔アル+1(プラスワン)〕の輪郭も暗闇に溶け込んでしまう。

 青白い光を放つコントロール・ルームのディスプレイに目を走らせて、発進シークエンスを起動させる。

 

 背後でドアをこじ開けようとする金属音が襲ってくる。

 胸が締め付けられる。手元がミスタッチをしそうになる。

 

 それでも、(いつき)は最後に『サテライト』のメイン・コンピューターとこの格納庫のシステムを切断して、スタンドアローン状態に持って行った。これで、割り込み命令で止めることはできない。


 瞬間、ゴウンッとカタパルトが脈動した。


『第八デッキへの侵入を開始いたします。整備員は直ちに退去してください』


 格納庫内にオレンジ色の回転灯が光り、格納庫のおぼろげな輪郭を浮き彫りにした。配電、液体酸素など、接続されていたケーブルが次々と解除され、蛇のように宙でうねる。

 次いで、巨大なエア・ロックが重々しく開き始める。


「ちょっと! (いつき)っ!」


 彩子(あやこ)は起動した通常モニタの端っこに映るコントロール・ルームを見て叫んだ。

 シートからの振動が滑らかになるのを感じながら、気持ちは焦りでギスギスになる。


「早く、早くっ!」


 (おと)もいまだ乗り込まない(いつき)に母親の姿が重ねってしまう。

 自己犠牲なんて、もう見たくない。

 なのに、また自分は何もできないままで、嫌だった。


「もう少し――――。よし。あとはっ!」


 (いつき)は持っている懐中電灯を振りかざして、ディスプレイに叩きつきた。

 液晶画面が突き破られ、その衝撃で電気が走り、小さな爆発が起きた。さらに、電気はコンソール・パネルの配線を焼き切って、隙間から煙を上げている。


 これでここからの操作も受け付けなくなった。とはいえ、(いつき)はこの爆発で思わず後退ってしまう。背後のドアに背中をぶつけて、不味いと顔を顰める。


 (いつき)はすぐに反動を利用するようにして、まっすぐに走った。そう、まっすぐにだ。


「――――っ」


 遠ざかっていく〔アル+1(プラスワン)〕を追って、彼女はコントロール・ルームの窓ガラスを突き破って、跳躍。ガラスが盛大に音を立てて砕け、ゆったりと宙を舞う。

 

 (いつき)は月の重力とは違う、内側に働く浮遊感を覚えた。落ちていく感覚が外側で停滞している。意識が先行し、妙な高揚感が心臓を動かす。


 しかし、遠ざかっていく機体に(いつき)の跳躍が追い付かない。このままでは、取り残される。


「――っ!」

 

 刹那、背後でさらに大きな爆発が起きた。

 爆風が(いつき)の体に襲いかかり、一気に〔アル+1(プラスワン)〕の肩部まで吹き飛ばす。

 

 (いつき)は態勢を崩して、機体の縁に腹を思い切り打ちつける。


「――――っぐぶ」


 腹の底から湧き上がる痛みに耐えて、(いつき)は這うように頭部の操縦席を目指す。

 だが、彼女の近くで何かが弾けた。銃弾だ。


「あれが敵?」


 彩子(あやこ)は通常モニタに映るコントロール・ルームの人影を言った。

 

「ぁあ……」


 降り注ぐ銃弾から逃れるように、(いつき)は機体の後頭部に一度回った。おなかの鈍痛が気持ち悪く、呼吸まで苦しめる。

 幸いというべきか、銃弾が彼女を傷つけることはなかった。


(いつき)、だいじょぶ?」


 (おと)(いつき)が機体に取り付いたのを確認している。だが、彼女の息遣いが危険なものに感じられた。

 銃弾の雨は、すぐに巨大なエア・ロックが閉じられていくと同時にその数を減らしていった。


「…………、うん」


 (いつき)はエア・ロック内に入ったのを見て、ヘルメットのバイザーを下げてパイロットスーツの生命維持装置を作動させる。


 シークエンスに入っている以上、操縦する(いつき)が何もできないではすべてが水の泡だ。


「動かなきゃ……」


 そう自分を鼓舞して、(いつき)は頭頂部にあるハッチに移動する。

 ハッチを開けるのとカタパルトが停止したのはほぼ同時だった。


『減圧、開始します』


 ヘルメットのスピーカーからご丁寧に減圧の知らせが舞い込んできた。

 (いつき)はすぐに操縦席に体を滑り込ませ、ハッチを閉じる。


 瞬間、空気が抜ける轟音が鳴り響いた。


「大丈夫? どこか怪我してない?」

「そういうのは――――、あとにしてっ」


 彩子(あやこ)の心配を振り払うように言って見せたが、無表情な顔に脂汗が流れる。

 

 彩子(あやこ)(おと)は、彼女の声だけの強がりが胸に痛かった。


「発進準備、よし。二人とも、バイザー下げて」


 彩子(あやこ)(おと)は返答して、すぐにバイザーを下す。

 その間に、(いつき)は苦いものを口の中で味わいながら、次々と操縦席のスイッチを入れ、前面の通常モニタを起動、機体をフル稼働させる。


〔アル+1(プラスワン)〕の四つのセンサーアイが発光する。


〔アル+1(プラスワン)〕の操縦席の内装は三つともほぼ同じだ。シートの左右にスロットルレバーやコンソールパネルが設置され、シートの延長にラダーペダルがある。

 通常モニタは前面に半円状で展開されている。ちょうど、ドームの内側を真正面に見ている感じだ。おかげで、足元から天井左右と、広い視界で見ることができる。

 

 違いを挙げるなら、搭乗ハッチの位置と電子戦用モニタくらいだ。


『減圧完了。これより、第八デッキに移動します』


 エア・ロック内の減圧が終わり、天井のエア・ロックが開かれた。その先は真空の宇宙で、残留していた空気が一気に持って行かれた。

 

 カタパルトが上昇し、巨大なトンネル式デッキに〔アル+1(プラスワン)〕が姿を現す。緩い傾斜がかかったデッキは、空へと延びる橋のようだ。


「いい? 一気に加速をかけるから、歯食いしばって」


 (いつき)は左右と背面、四基のバリアブル・バーニアを展開させ、火を入れる。

 プラズマ化した推進剤がノズルから吹き出し、加速の瞬間を待つ。


 彩子(あやこ)(おと)は、その振動を受けて緊張が体中を駆け巡る。(いつき)に返事をする余裕もなかった。


 デッキの天井に釣り下がっている発進ランプが、赤い点滅を開始する。

 

 緊張の時間。


「――――、いくよ!」


 (いつき)のつぶやいた瞬間、発進ランプがすべて青色に変わった。


 すかさず、バーニアの出力を上げ、リニア・カタパルトの加速に乗っかる。

 

〔アル+1(プラスワン)〕の巨体が一気に前進する。暴力的な発進だ。その影響は、操縦者たちに強力なGとなって、襲いかかる。

 

 正面からくる負荷に、体がシートに押しつけられる。それでも、(いつき)たちは耐えるしかない。

 

 だが、ほんの一瞬で出口に到達して、〔アル+1(プラスワン)〕は宇宙に放り出された。

 機体は優雅に舞い上がり、閃光を暗い宇宙に引いていく。

 

「――――っ。次っ」


〔アル+1(プラスワン)〕は一気に残ている胸部のバリアブル・バーニア二基を展開する。リニア・カタパルトの加速だけでは、月の引力は振り切れない。だから、さらに加速をかける必要があるのだ。


 (いつき)は六基すべてのバリアブル・バーニアにアフターバナーをかけて、最終加速をする。

 

 六基のバリアブル・バーニアが六弁の花びらのように、華やいで光った。


〔アル+1(プラスワン)〕はグンッと速度を上げて、上昇していく。

 すぐにも、月面が遠ざかり、『サテライト』の影もわからなくなっていた。


 その衝撃で、三人の意識が混濁する。自分の見ている景色が白昼夢のように感じられた。


 しかし、〔アル+1(プラスワン)〕はそんな(いつき)たちを守るように、月の周回軌道へ乗ることに成功した。

 


 


 



 


 


 

 

 

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