~戦場の声~ 戦火に飛び込む
「艦隊が来てるんだ。文句も言ってられないぞ」
「わかってるわよ、ロック隊長。ほら、樹行くわよ」
「ここはどこですか? 見たことのない区画みたいですけど?」
資源惑星の港。〔アル∑〕が停泊した小さな港だ。
彩子は不安を隠しきれない表情で、樹の手を引きつつ、キャットウォークを流れるフォースの背中を追っていた。
無機質な空間では、宇宙服を着た整備員たちが駐機されている〔アル∑〕の供給パイプを外し、発進準備を進めている。
彼女たちの前を行くフォース・ロックも有り合わせの機体で出ることになった。
それは、エッジ・バルト社が〔ファークス〕シリーズの前身となった機体〔クーリア〕電子戦装備だ。宇宙開発の初期に設計された人型作業機体だったものを武装化して、宇宙戦闘〔AW〕の先駆けとなった。
しかし、旧式ともあって簡素な造りと細身のシルエットは頼りなく見える。OSのバージョンアップができても、携行できる武装は限られている。レールガン、シールド、ヒートブレードのオーソドックスな組み合わせだ。電子戦装備ともなれば、確かに予備弾倉を含めてこれくらいの積載だ。
フォースの搭乗機の問題もさることながら、彩子にはもっと複雑な問題があった。
「さっきも言ったけど、ここは月じゃないわ。木星から来た小惑星の中」
「ああ、計画が早まったんでしたっけ?」
樹が無表情で、素っ頓狂なことをつぶやく。これが今懸念する問題の一つだ。どうやら、記憶の錯乱があるらしく、今は月の『サテライト』で研究員をしていたころの佐奈原樹らしい。
彩子は手摺を掴んで止まると樹の方に向き直る。その表情は、必死そのもので訴えかける言葉も自然、日本語になっていた。
「計画云々じゃないのよ。敵が来てるのよ。人手も足りないし、ここの武装はほとんどないし、防御は手薄だし————」
「はぁ……? 軍の演習ですか? それにしても、日本語だなんて珍しいですね」
樹は周りを見るなり、淡々と見下すように言う。
彼女の先で準備が進んでいる〔アル∑が映り込んだ。視線が止まり、ぼーっとしばらく眺めていた。
そこに、フォースが引き返して、剽軽な顔で話しかける。
「どうした? 俺たちは後方だが、でないことには示しがつかないぞ」
「は? わたしもですか?」
「当然。君はあの機体に乗って、ここまで戦ってきたんだ。これからも、それは変わらないと説明したはずだが?」
樹が不審を抱いた瞳をフォース、彩子に向ける。自分の置かれている状況が理解できないとばかりに首を振って、また〔アル∑〕に向き直る。
「何言ってるんです? わたしは今まで〔アル+1〕のテストデータの収集を担当してきましたけど、操縦した経験は数えるほどですよ? そもそも、何です、この状況? まるで戦争しに行くみたいじゃないですか」
樹の言葉に、彩子は息を飲んだ。
そうだ。今の樹は戦争が起きる前の記憶しかない。当然、『新人類軍』のことも知らなければ、彼女自身が〔アル∑〕の操縦者であることも知覚していない。
もちろん、彩子と音との思いでも知らない。
フォースが厳しい顔になって、無重力の中で腰をかがめて樹との目線を合わせようとする。彼女がじっと〔アル∑〕の方へ羨望の眼差しを向けていようと、同じ目線が大切なのだと彼は感じた。
「戦争をしているんだ。君が忘れているだけで、多くの人が死んでいる。もちろん、君の知人も……」
「わたしのことを馬鹿にしてるんでしょう? 記憶の混乱だとか言われても、わたしは――――」
樹は言い切る前に激しい頭痛に見舞われ、咄嗟に右目を抑える。脳髄が雑巾絞りにでもあっているような嫌悪感と痛み。そして、搾り取られた脳からにじみ出たような過去の映像が右の義眼に投影される。
走馬灯のように流れる映像。モノクロの映像。誰だろうか。学校のキャンパス。白い目で見る大人たち。大学の卒業証書。恩師の藍崎敏信が逆光を受けて、デスクの椅子を回転させて、こちらを向いた。
『君はこれから先、どうするのだね?』
樹は脳に響く恩師の声に頭を振った。行先など決まっている宇宙に出て、自立してみせる。そして、いつか、母を迎えに行くのだと。
「樹、大丈夫?」
と、彩子の声が現実に引き戻して、樹ははっと彼女の方を向いて奥歯をかみしめる。このような失態を見ず知らずの人間に見られたと思った。
「なんでもありません。放っておいてください」
「放っておくわけにもいかないって言ってるのよ」
彩子が樹の手を取ろうとする。
それに対して、樹はその手を振り払って、右目を抑える。いまだに続くノイズ交じりの映像。耳の奥を引っ搔く幻聴もあって、嫌な汗が体中に噴き出す。
「だいたい、あなたは何なんですか? 馴れ馴れしいですよ?」
彩子は一瞬、寂しげな表情を浮かべるとキッと鋭い視線を浴びせる。
「おいおい。こんな時に、ケンカはよせっ」
フォースが腰を上げて、彩子の肩に手を乗せると諭すように告げる。その重く、強い手に彩子も溢れ出しそうな悔しさをぐっと押し込める。
その様子を不審そうに樹が見て一言、恐る恐る尋ねる。
「親子ですか?」
「違うわよっ。あんたは、もうっ」
彩子が顔を真っ赤にして口を尖らせる横で、フォースはげらげらと高笑いをする。その声は港で整備をする人たちの手をいったん止めてしまうほど大きく、注目を集めた。
「笑い事じゃないでしょう、隊長。どうするんですか、この子? 音もまだ行方不明で、〔アル〕はまともに戦えませんよ」
彩子を悩ませるもう一つの懸念は、いまだ音が行方不明だということ。いくら放送で呼びかけても応答はなく、どこかで迷子になっているらしい。この施設内のスタッフが捜索に当たっており、見つけ次第この港に連れてくる手発になっている。それでも、まだ戻らない。どうしようもない焦りだけがこみ上げてくる。
彼女の必死な声に、フォースは笑いを収めて、目元に浮かんだ涙を拭った。
「そうだな。やはり、そうなるな。仕方ない。俺は合流してくるセルムット曹長と防衛に当たる。お前たちはもう一人が来るまでここで待機だ。いつでも、出撃できるようにしておけ」
「そもそも、出撃させようって言うのが、おかしい話なんですよ」
彩子は肩にの勝ったままのフォースの手を払いのけると、彼の方に向いた。体格差もあってどうしても見上げる形となってしまう。
その先で、フォースのばつの悪そうな顔が見下ろしていた。
「近くの宙域に留まっていられる自信はない。もし、ここを潰されても文句は言うなよ? 敵が攻めるとすれば、こういう場所だからな」
「さらっと怖い状況を言いますね……」
彩子は顔を顰めて、彼の語る経験則が外れていくれとひそかに思った。
だが、資源惑星の攻撃となると内側に攻め込んでくる可能性は高い。港からの増援を潰すためにも、敵は真っ先に潰しにかかるだろう。
少し思考すればわかることだ。
自然、彩子の顔つきも真剣なものになる。
「でも、状況が状況ですし、仕方ありません。お気をつけて」
「おう。そっちも、サナハラ一等兵とウタノ一等兵のことを頼む」
「誰が一等兵ですかっ」
樹が顔を顰めながら、苦言を漏らす。頭痛が響き、体がふらついている。
フォースは言って、また腰を落として彩子と目線を合わせる。
「声をかけてやれ。そうすれば、サナハラも思い出すだろうよ」
「…………やれるだけ」
「やらなきゃならねぇ、だ。お前らがここまで生き残ってきたのも、まぐれじゃないと信じさせてくれよな」
フォースはすっと手すりを握った手を引いて、体を〔アル∑〕の方へ投げ出した。慣れた体捌きで〔アル∑〕の頭部へ着地すると、一度軽く手を振って見せた。
彩子はその姿に敬礼を送る。彼の言うとおり、樹の記憶を呼び覚まさなければ、戦う以前にこれまでの思い出を失ってしまう。
そんなことは絶対にしたくない。
フォースは微笑みを返して、〔アル∑〕の頭部を撫でるようにして前に駐機されている〔クーリア〕電子戦装備へと進んでいった。その時にはもう、一兵士としての厳かな表情になっていた。
「…………っ」
樹は彩子とフォースのやり取りを見る左目と、過去を映し出す右目の映像が重なって見えた。
敬礼する軍人。女性軍人。誰だろうか。思い出せない。首から上がどうしても見えない。
『いつまでも、綺麗でいてほしいけど……』
耳の鼓膜を破るかのようなノイズの中でそんな言葉が聞こえた、いや、感じ取った。声は聞こえない。だが、胸の奥底を穿つ虚無感がある気がした。
「ねぇ。あなたは、どうしてここにいるの?」
「え、樹。なにか、思い出したの?」
彩子が敬礼を解くなり、目を皿のように開いて樹を見る。期待に満ちた瞳は無邪気な子供で、煌びやかだ。
「話してちょうだい。あたし、樹の手助けをしたいのよ」
「だから、手助けなんて————」
「だって、友達じゃない」
その言葉に、樹は一瞬小首を傾げる。が、なぜか納得のいく単語だった。
友達など、『今』の佐奈原樹にはいないはずなのに。そう思っているのは、『今』だけのような気がしてならないのは気のせいだろうか。
もう失敗は許されない。
ゲイル・マークスは自身を戒めて、今回の資源惑星攻略の指揮を執る。コロニー落としを阻止され、自己の価値を疑うようになったても、挽回はまだできると確信していた。
「艦長。敵艦隊、臨戦態勢に入りました。アームウェアの発進を確認」
「資源惑星のおおよそのデータを本部より受信しました。各小隊に転送します」
「各小隊、発進準備よし。いつでも、出れます」
ゲイルは静かに深呼吸を一つして、一度頭の中を整理する。敵はこの戦いをどう見るだろうか。十中八九、施設の乗っ取りだと考えているだろう。
しかし、『新人類軍』にとって資源惑星は取るに足らないものだ。くれてやっても何の問題もない。
彼らが攻撃する理由は、ここで調査船団のクルーたちの実力を図る必要があると思ったからだ。
調査船団は何か月もの間、小惑星帯の厳しい環境で作業を進めていた人員だ。操縦技能はもちろんだが、その戦闘センスが本物かどうか、見極める。
たっぷりの時間を置いて、彼は口を開く。
「わかった。第一次戦闘態勢」
「第一次戦闘態勢、発令」
ゲイルの声を受けた一人のクルーが復唱して、全部隊へ戦闘態勢の警報を流す。緊張が走り、〔シーカー〕船隊、〔AW〕部隊、艦内乗員たちが冷静に動き出す。
「主砲、資源惑星へ照準合わせ。三十秒後、第一波ミサイル、発射」
「了解。主砲、資源惑星へ照準。三十秒後、第一波ミサイル」
別のクルーの復唱が艦橋に響く。
ゲイルは立体モニタに映る戦艦を見て、目を細める。一隻は同型艦〔イリアーデ〕、一隻は〔リヴァイン〕、そして、調査船団が保有する超大型輸送戦艦〔マーダー〕を見比べる。
〔マーダー〕は〔イリアーデ〕の二倍近くの規模があるデカブツだ。太陽セイルを掲げるマストが搭載されているが今は収納されて、隆線的な滑らかボディが印象的な戦艦。果実のような瑞々しい艶が目を引き、最小限の面積で最大限の力を発揮するように設計されている。
それは小惑星帯の厳しい環境、スペースデブリとの衝突を可能な限りさけ、弾くようになっているからだ。砲座も、ビーム砲塔も収納され、有事の際に展開するようになっている。
ゲイルもその存在は聞き入っていたが、目にしたのは今回が初めてだ。
だからこそ、彼は自分の実力が試される時だと思った。『新人類軍』でも未知数の戦力を計り、生き残ることで自分の価値を見いだせる。
ツンと頭痛が起きたが、一瞬のことでゲイルはまっすぐ立体モニタを見据える。
そして、三十秒が過ぎた。
「第一波ミサイル、撃てぇっ!!」
ゲイルの声が轟くと同時に、〔イリアーデ〕がミサイルを吐き出した。武装した〔シーカー〕からもミサイルが放たれ、怒涛の波を作り出す。
『地球平和軍』はこれにアンチ・ミサイルで対抗し、戦艦の主砲で応戦に入る。
予想通りの動き。
〔マーダー〕も隠していたビーム砲塔を展開させて、砲火に加わる。
ゲイルは向かってくるビームの筋に恐れることはなく、次の指示を飛ばした。
「アームウェア部隊、発進。敵陣を崩せ。穴をあけるだけで構わない」
そして、堰を切ったようにビームの光が錯綜する宇宙へと〔AW〕が舞う。恐れず、敵へと向かっていく〔ミリシュミット〕、〔ミリィフロップ〕。
勇敢なその姿をゲイルは目に焼き付ける。
はじける光に、敵味方が吸い込まれていく。




