~戦場の声~ 戦端間近
「抜糸は済んでますけど、まだ意識は回復していませんので。くれぐれも、余計なことはなさらずに」
「はい……」
『ガーデン1』の医療施設の特別医療室の前で、パイロットスーツのリーン・セルムットは案内をしてくれた看護師から注意を受けていた。『くれぐれも』の部分が強調して聞こえたのは、聞き間違えではないだろう。
怪訝そうな顔つきをする看護師とは対照的に、リーンの顔に活力らしいものは微塵もなかった。だらしない無精髭とボサボサの髪は、好青年らしい以前の風貌を微塵も感じさせない。それが余計、相手に警戒心を植え付ける結果となった。
「いくら同僚さんとはいえ、特別に許可が下りたんですからね。監視カメラは回ってます。面会は、十分です」
「はい。お手数、おかけしました」
「…………どうぞ」
看護師は渋々特別医療室のドアの電子ロックを解除して、開けて見せる。
リーンは一礼して、重い足取りで入室する。
特別医療室とあって清潔感があり、どこぞの高級ホテルの客室を思わせるゆったりとした内装。清潔な印象を連想させる白を基調に、自然な調度品でゆったりとした色合いを醸し出している。この病室を利用できる人物は、それだけ権力を持った人間なのだ。
波打つカーテンの壁の向こうにから、心電図の音が聞こえ、ここで治療を受ける人物の存在を知らせる。
しばらく、その内装と漂う薬品の不釣り合いな空気に踏み出す足が止まってしまう。その間も背後からの看護師の視線が気になる。
「はぁ…………」
リーンは今の自分のだらしない格好を思い出して、後悔の念が膨れ上がる。やはり、自分には不釣り合いなのではないかと。
それでも、彼は決心してまた歩き出す。そこでようやくドアが閉まる音が妙な雑念も消える。
カーテンに手をかけ、恐る恐る開けるとより一層の薬品の臭いがした。まるで防腐剤でもしているかのような、鼻を痺れさせる匂いだった。
その先で、眠り姫のように横たわるコフィン・コフィンを見た瞬間、胸の中にどす黒い感覚が沸き立つ。不安と自責の念が、リーンを苦しめる。
「こんな形で、すまない」
リーンはそうつぶやいて、コフィンの横にある心電図を一瞥するとその傍にぽつんと置かれた椅子に腰かける。脇に抱えていたヘルメットを床に置き、そこからまた言葉に詰まる。
心電図の一定の音は、確かに彼女が生きている証だ。そして、掛布団に潜り込んだ点滴の管や心電図のケーブルなどがまさに命綱と言えよう。
コフィンの顔を見れば、痩せこけて蝋人形のように油っぽい色を見せていた。土色の肌に合わせるように、太陽のように輝いていた金色の髪も黒ずんで見える。それでも、生きているのだ。
もう、かれこれ一か月近くは寝たきりの状態でも、コフィン・コフィンは生きている。その事実をこうして間近に垣間見ると、リーンの中で不安が一層膨らんでしまう。
「今日は色々と知らせることがある。くだらない愚痴だと思って、聞いてくれ」
リーンは開き直ったようにして、ゆっくりと膝元で組んだ手を見るように俯く。監視カメラが働いているということは、この独白を聞いていることになる。さぞ、見ている人間、あるいは記録として残るのなら、滑稽な男にしか見えないだろう。
意識のない女の前で懺悔している男などみっともない、とコフィンも思うことだろう。偶像の女神像の前で祈りをささげているような気分をリーンは味わう。
「先日の作戦で、キキリア中尉が戦死した。あんたを撃ったムッサも、俺が、殺した」
仲間を撃った時、リーンは二度と味わいたくなかった喪失感を再び感じることになった。
同僚がリーンだけを残して死んで、傷つく。少年兵として戦場を駆けていた時も、周りの友人が上官が倒れていくなか、彼は生き残った。運がよかったのかもしれない。だが、他の人々と運命を共にできるほど、度胸がなかったのかもしれない。
臆病に、生きてきた。生き残ってきた。
リーンは軽く鼻を摩って、乾いた口で続ける。
「敵討ちのつもりは、なかっただがな。キキリア中尉も死んじまって、なんで俺は生きてんだろうな?」
弱音を口にしても、心電図の音だけが虚しく響くだけ。もの寂しさが増して、リーンの気持ちまでも冷めていく。
「あいつら、サナハラたちは、戦果をあげて強くなってるってのにな…………。これからすぐにも、また戦闘だっていうのに」
リーンは頭を抱えて、ぼさぼさの髪を掴んだ。くすんだ赤毛が、数本手の中で抜け落ちる。
「俺は、怖い。殺されちまうのが。あいつらまで、死ぬような状況が」
震える声は、彼の不安そのものだ。どんなに強情を張っても、自暴自棄になっても、心の奥底ではかつての紛争時のように死ぬのが怖い。
「お袋も、親父も、妹も、昔の戦争で死んじまって。お袋と妹は強姦されて、ごみのように捨てられて……。悪い、嫌なことまで——、何言ってんだか」
リーンは自虐的に乾いた笑い声を漏らす。
もう失うものはないはずだった。そうした過去を持っていても、苦しむことはないのだと思っていた。だが、彼の本心はずっと苦々しく迷い続けていた。
「アハハ、ハ、はぁ……。こんな情けねぇ男なんだ。でも、あんたに好きだって言われた時、うれしかった。好きな相手に言われて、うれしくないはずなかった。そのはずなのに、俺はあんたが急に怖くなっちまった」
恥知らずにも、気持ちの整理をつけたくてこの場所に足を運んだというのに、もはやリーンの感情はいっぱいいっぱいだった。とめどなくあふれてくる感情は、ため込んでいたものを追い出すように口を通して吐き出される。
「あんたを幸せにできる自信も、この戦争で生き残るのも、守ることも出来る気がしねぇ。いつまでも臆病なんだ。臆病に、一人で生きていくことしかできねぇんだ」
リーンは嗚咽交じりの懺悔を口にして、肩を震わせる。涙は流れない。悲しいわけでも、悔しいわけでもない。揺るがない事実で、変えようのない真実だと彼は思っているから、受け止めるしかない。
誰かを守れる男になりたかった。それをかなえるためにも、強くならなければと意気込んでいた。
その結果は、同僚の戦死、殺害、負傷を経て、色あせてしまう。まるで、一人前に正義を振りかざすなと運命づけられているように。
だから、リーンはここですべての理想も目的もおいていくつもりでいる。そのために、せめて心の中に蟠る我がままを言いに来たのだ。
リーンは椅子から立ち上がって、もう一度コフィン・コフィンの目覚めを待つ顔を見た。
「ありがとう。俺も心から好きだ、コフィン」
それから、悲しい視線を射てリーンは足元のヘルメットを担いで歩き出す。その足取りは少し軽くなって、後ろ髪をひかれる思いも振り切れる気がした。
自己満足だ。卑怯だ。最低だ。彼にはそうした低俗な言葉が今一番似合うだろう。そして、ここでそうならなければいけない、と美辞麗句を胸に秘めていた。
リーンはドアの前で、スライドドアの取っ手に手をかける。
「じゃぁな……」
最後の名残に、彼はその言葉を口にして退出した。
病室では心電図の音が、跳ね上がった音を立てた。
音にとって、資源惑星は踏み入れたことない場所だ。
何千万キロも離れた宇宙から運ばれてきた代物。彼女とて、地球圏の宇宙からはでたことはない。人類が宇宙に進出したといっても、所詮はこの程度の認識しかない。
外に広がる空間にまで足を運び、資源を運搬する人々の努力がなければ、今のスペースコロニー計画自体危ぶまれていただろう。
「…………」
音は騒がしくなる施設内をふらふらと流れて、やがて人通りの少ない大通りに出る。空調の音しか聞こえないもの寂しい通路。駅のホームを思わせるようにいくつものレールが引かれた、列車基地のような場所だ。惰性のままにその中を進んでいくと視界の端に、開発中らしい岩肌の坑道と舗装された通路の境がはっきりと見えた。それを証拠づけるように、あたりには採掘器具が壁や床に固定されている。
肌寒い。そう感じたのは、岩肌の光を吸い込む土色ゆえか、人のいない広大な空間ゆえかは定かではない。
音は惰性で流れつづけ、やがて空気抵抗で減速し始める体に不安を抱いた。
「あ――――」
彼女が気づいたとき、床から数十センチ離れたまま空中で停止してしまう。推進装置もなしに、この状態に入ってしまうと自力で床につくだけでも困難を極める。
加えて、広い空間だ。多少の力だけでは壁まで行くこともできないだろう。
音はしばらく模索して妙案を絞り出そうとしたが、ふっとそんな気分も失せてしまう。
「どうでもいい。どうせ、音はいらない子なんだし……」
流れる様な日本語でつぶやいて、膝を抱える。
何度か詩野音を呼びつける放送があったが、彼女にはそれが戦力としての招集であると思った。今の自分は〔アル∑〕を動かす部品の一つでしかない。コロニー落とし阻止作戦で戦果を挙げてからより一層の劣等感を感じるようになっていた。
評価価値は〔アル∑〕を動かせること。同じ樹や彩子はもっと別に活動して、成果を出そうとしている。樹は整備設計、作戦立案にも携わり、彩子も〔AW〕のOS開発やデバック、プログラミングと彼女にしかない才能がある。
比べて、自分はどうだ。中途半端な整備技術と他人についていくだけの役立たずではないか。子供のままでいい、とたどたどしい言葉を使って二人に取り入っている自分が次第にしょうもない人間だと強く感じるようになっていた。
「そうだよね。音は、父の子供なんだから……」
音は抱えた膝に顔をうずめて、乾いたのどで言う。
先に出くわした彼女の実父、ジャン・テクスターは言わずもがな女性関係がちらついていた。その事実が、幼かったころから見えていたから、音は実父を嫌っている。さらに苛立たせたのは、愛人関係を音の母、琴葉の前だけでは慎重に隠していたことだ。母親には見せないその裏の顔が、汚いやり口だとすぐにわかった。
一番の失望は、ジャン・テクスターは琴葉を選ばなかったこと。いいようにつかわれて、捨てられたのだ。その血が流れているのが悍ましいほど、音には父親は憎らしかった。
だというのに、こうして一人飛び出して勝手に期待を抱き、失望しているのは卑怯なやり口だ。誰かが手を差し伸べてくれるのではないかと、心の奥底で考えている。
「誰か、来てくれないかな?」
ぽつりと小さな言葉が漏れ出した。
不安で仕方ない。どんなに取り繕っても、音には先々のことが真っ暗闇でしかない。戦争がどっちに転んでも、最後は一人になってしまうだろう。樹も彩子も、リーンもコフィンも別れを告げて、目の前から去っていく時が必ずやってくる。
まだ未熟な心が締め付けられて、苦しい。
ひんやりとした空間は、音の体温を徐々に奪っていく。一人いじけた少女に罰を与えるように。
と、とつとつと近づいてくる足音が音の耳に届く。足取りはおっかなびっくりに、様子を窺うようなものだ。
そのリズムに、音は不信感を抱いてゆっくりと顔を上げて、体を捻って回転をつける。
緩やかに回る視界。縦横無尽の流れの中で、一つの通路から誰かが歩いてきている。
「————あなたは」
音は失意の念のこもった声で、その人物を回転する体ながら見続ける。
その人は、実父ジャン・テクスターのそばにいた女性。愛人関係にある音の憎むべき人の片割れだった。
書簡を届けた死者が無事帰艦を果たし、資源惑星へと進行する『新人類軍』の〔イリアーデ〕以下〔シーカー〕船団の船速は速まった。
その〔シーカー〕の一隻に、不満顔の鈴燕華が同乗する部下たちに指令を下す。今回はいつもより人数が多く、空席が少ないくらいだ。
「諸君。我々の目的は、いつも通りだ。敵を討ちとり、帰還せよ。が、陸戦部隊の援護も我々は請け負うことになっている。第二、第三小隊、聞こえてるかい?」
『こちら、第二小隊。感受良好であります、隊長』
『同じく、第三小隊。良好です、隊長』
「その隊長はいらない」
休憩室の外部スピーカーから彼女直属の部下からの通信が聞こえ、作戦間近の緊迫感を呼ぶ。
燕華は呆れ気味に、了解という平坦な返答に肩を竦める。
その様子をじかに見ているハンス・ルゥは彼女のちょっとした苛立ちを見た気がした。
「まぁいいや。話を戻そう。我々、第一小隊は資源惑星の北より侵入を試みる。第二小隊っ」
『はいっ』
「君らは南だ。侵入経路はわかってるかい?」
『はい。問題ありません』
「よろしい。続いて、第三小隊っ」
『はいっ』
「アームウェア部隊は発着港を可能な限り撃破、動きを封じてくれ。陸戦小隊は待機。第一、第二小隊いずれかの侵入経路が確保できしだい増援に当たりな」
『わかりました』
ひとしきりの最終確認を終えて、燕華は一つため息をついた。未だにやまない頭痛は、彼女の独りよがりな考えのせいかもしれない。だが、勝利を得るためには必要な選択だと彼女はわりきっている。
「以上が、本作戦の概要になる。なお、各自撃墜の危険を察知したら、迷わず撤退しろ。命令だ」
「それは、なぜでありましょうか?」
ここにきてハンスは彼女に対する違和感から質問した。
周りの隊員たちが威風堂々と起立する彼に視線を集めた。
燕華はそんな若い彼に諭すように言う。
「前の作戦が失敗して、〔イリアーデ〕艦長は大層焦っている。この作戦も無謀なものだ。すでに敵艦は到着、船隊とともに陣を張っている。となれば、だ。負け戦の臭いがしないかい?」
「はぁ…………。負け戦?」
そのあまりにも後ろ向きな発言は、出撃前の隊員たちの動揺を誘う。彼らは決して顔表に出さないが、内心不安で心臓が爆発しそうだった。頭痛がしない代わりに、ふあっと頭の中で嫌な感触が昇華される。
燕華はこめかみを押さえて、渋い表情をする。
「我々は特攻隊じゃない。無理無茶な命令には従わなくていいんだ。それに、引き際を間違えれば、喰われる」
その時ばかりは、燕華の言葉は真実をついていた。
資源惑星によって『地球平和軍』と合流を果たした調査船団。その戦力補填は無策に飛び込んでどうにかなるものではない。宇宙環境に慣れたならず者たちが駆る機体は、性能面の壁を越えて脅威となる。
短い会談の間にも、港の様子などからそうした事情を察することができた彼女は、資源惑星への攻撃は無謀なものだとわかった。同時に、それを命令したグレッグ・F・フォンセとその背後にいるモーガン・ジェムは別の動きをするのではないかと思うのだ。
燕華は不敵に笑う。信じろ、と。
「もう少し余生を送りたいなら、危機察知能力を養うことね」
「わかりました……」
「あたしの部隊にいるんだ。精鋭をそう簡単に失うわけにはいかない。各員、その意識を忘れるな」
この場にいる隊員たち、船隊を組む部下たちの声が休憩室に響き渡る。
独立愚連隊ともいえる越権行為。
それでも、燕華は作戦の不備、焦る指揮官、敵戦力の増強。勝率として考えれば、当然と言える。
「搭乗、開始!」
燕華の凛々しい声が隊員たちを奮い立たせる。




