~交渉~ できること、やるべきこと
「ここは、どうすればいい?」
「規格はレールカノンと同じ砲弾。それを詰めればいいから―———」
「液体酸素が入らないぞ」
「バルブ、占める。ちゃんと手順をふんでよ。ああ、操縦席の調整はこっちでやるわよ」
「電装系はどうすんだ?」
「ビーム・ライフルの手引書、ないの?」
「替えの部品なんて、ここにはないんだ。ノズルのブレード、壊れるぞ」
次々とくる質問に、彩子は顔を真っ赤にして叫んだ。
「だぁあああっ!! いっぺんに言わないでよ! あたしだって、わからないことだらけなんだからっ」
彼女は今〔アル∑〕の整備に当たっている。入港した港では、腕っ節の強そうな整備員が集まり、小さな彩子の指示を仰いでいる状態だ。
彼らも〔AW〕に関しての知識はある。旧式の機体を限られた資源でやりくりし、小惑星帯で運用してきたのだから。が、そんなやりくり上手でも、〔アル∑〕の大きさに合う部品を探すのも、その運用思想の違いから生じる問題はどうしても解決できなかった。
溶接機やヒーター、電装系を回す発電機。それらの排熱が港の気温をどんどん上がり、彩子は礼服のジャケットを脱いで、Yシャツ姿になっている。
「とにかく、今は無暗に回路を弄る必要はないから、弾薬の補充だけしてちょうだい」
男たちは不満そうに返答し、暑い作業場へと戻っていく。その顔には不平不満が垂れ流しだった。
「なんだよ。コロニー落としも阻止して見せた操縦者が、こんな小さいとはね」
「器のデカイ女かと思ってたよ、ほんとにさぁ」
「整備の手引きくらいしてくれたっていいよなぁ?」
聞こえてくる声に、彩子は内側から沸き立つ怒りに体を震わせるが、ふっとその震えも怒りも収まってしまう。彼らの言うことは事実であり、何より自身の指揮能力のなさにほとほと呆れてしまう。
彩子は短く息を吐いて、二階のキャットウォークへと跳んだ。まっすぐに手すりへと進んでいく。無重力のコツを覚えて、彼女も内心まんざらでもない気持ちがあった。
「頑張るもんだな」
「こんなの頑張った内に入らないわ」
手すりに手をかけて、ひょいとキャットウォークの床に足をつける彩子。その視線の先には、フォースと毛布にくるまって小さくなる樹の姿があった。二人とも壁に背中を預けて座っており、手にはお茶の入った蓋つきカップが握られている。
「調子はどうです?」
「変わらないな。ぼーっとしている」
フォースが隣でぼんやりとお茶の入ったカップの蓋を見つめ続ける樹を顎で示した。
樹の人となりを知らないフォースにとって、これが平時の状態かと疑った。しかし、のちに船団長から話を聞かされてば、ショック状態にあると認めざるを得ないだろう。
彩子は口元をきつく噤んで、樹の前まで流れていく。壁に手を突き、樹の頭を見下ろす。そうしても、樹は顔を合わせようとはしない。
込み上がってくる熱いものは、これまでにない不安。声をかけようよ口を開いても、すぐにまた固く閉ざしてしまう。彼女もまた理由を知らされたからだ。
「無理に話しかけようとしなくていい。落ち着いてからでいいさ」
フォースは彩子の方を見て、手にしているカップを宙に放る。ゆっくりとふわふわと無重力に漂って、カップが彩子の手に収まる。
「どうも、です。飲みかけとかじゃないですよね?」
「当たり前だろ? 年頃の子って言うのは、関節キスとかに厳しいからな」
フォースがおかしそうに笑うと、彩子も壁を伝うようにして腰を下ろす。無重力の中でこうして座ってみると、やはり腰が浮く感覚がどうしても付きまとう。ほんとうに座りたいと思うと、重力の環境が生きる者にとって大きな力なのだと思い知らされる。
隣の樹は照明の光に照らされて、まるで日本人形のようだった。着飾ったわけでも、線が極端に細いわけでもない。ただ、その雪のような白い肌と綺麗な黒髪、そして物言わぬ無気力な瞳がそう連想させた。
「いつもは、彼女が整備の手続きを?」
フォースが気を利かせて、彩子と樹に話を振る。そうでもしていないと息がつまりそうで仕方ない。下の方では作業をしている男たちの声や金属音が響いているが、ここではまるで興味のないテレビのトークにしか聞こえない。
彩子は一口、カップのミルクティーを含んで眉根を寄せる。甘ったるい味と紅茶の風味の混ざった味がどうにも苦手なのだ。
「ええ、まぁ。樹は聞いた通りの学者で、いつも〔アル〕の整備に一生懸命で、整備員の人としょっちゅう揉めてましたよ」
「なるほど。活発な子のようで、正直安心したよ」
「活発っていうより、そういうときの樹って融通が利きかないんですよ。でも、人の動きをよく見てるんですよね。知識もあって、人もうまく動かして見せる」
「奴らが次の指導者に仰ぎたくなるもなるな」
フォースが冗談交じりに言うと、彩子が樹を気にかけながら、遠慮がちな笑みをこぼした。
「まぁ、落ち込むときはどっぷり落ち込みますから。あたしも含めて。あ、そういえばまだ音見つからないのかしら?」
そういって、無意識にカップにまた桜色の唇を近づけようとする彩子。
「音ならきっと、父親に会いに行ったのかも」
「ちょ、樹っ! もう、しゃべれるならそう言ってよ」
突然、樹が口を開くものだから、彩子も喜び半部怒り半部に声を上げる。
だが、フォースはそんな彩子とは対照的に冷静な表情を浮かべていた。何か不穏なものを察知したように、重々しい雰囲気を纏っている。
樹は滔々と胡乱な隻眼を宙に向ける。そこに何かがあるかのように。
「どうして、会いに行ったのかな? 嫌いなはずなのに。え? 復讐するため? いや、違う。この場合は報復だ。そうじゃなきゃ、おかしい……」
「樹、どうしたの? ちょっと、何ぶつぶつ言ってるの?」
彩子が血相を変えて、樹の肩に恐る恐る触れる。
それでも、樹は宙に向かって乾いた唇を動かす。声は吐息のようにか細く、瞳はまるで見えないものを捉えているかのよう。
次第に、彩子の手にも力が入り、樹の体を揺すっていた。
「冗談なんてやめなさいよ。疲れてるなら、無理しなくていいから」
「よせ、ミナハラ一等。一時的な精神疾患だ。医者もそういう予兆があるっていていただろ」
「だから、ちゃんと目を覚まさせなきゃ、いけないんじゃないですか!」
彩子の必死な声に、フォースも思わず息を飲んだ。彼とて樹のことは心配だ。正気に戻ってほしいと思う。
「馬鹿やってる時じゃないのよ。敵が攻めてくるのよ? 戦わなきゃ、ダメじゃないの。そうしてれば、集中できるでしょ?」
フォースは徐々に冷静さを失っていく彩子を見て、まず彼女を樹から引きはがす。彩子の両肩をしっかりつかんで、じっと彼女の顔を見つめる。
「落着け。お前まで正気を失ってどうする?」
「でも、でもっ、あたし、不安で仕方ないんですよ?」
弱々しい瞳で見つめ返してくる彩子が震える声で訴える。音は飛び出していったきり、音信不通。一番のまとめ役である樹まで壊れた人形のようにうつろだ。
常に一緒で、苦楽を共にしてきた友達が苦しんでいるというのに何もできない自分。不甲斐なさと寂しさが、彩子の胸を締め付ける。
フォースの表情を自然と固いものになっていた。
「樹がこんな風になってるのに、あたしはどうしたらいいかわからないの。あたしには、人を引っ張っていけるだけの力なんてないし、一人じゃ何一つ満足にできなくて……」
「お前こそ、こんな時に弱音を吐くな。だったら、やれることを考えろ」
彩子はフォースの厳しい口調に心臓が飛び跳ねる。
「戦争で都合よく物事を忘れようとするな。それがどれだけ虚しいことか、もうわかるはずだろう?」
「…………う、うぅ」
彩子は嗚咽を必死に押さえながら、隣で譫言を続ける樹を見る。
いつだって行動力があり、自分や音の面倒を見ては一喜一憂していた。初めて会った時、彼女は自分の叫びを聞き取ってくれた。
その時のうれしさを、今になって痛感させられる。
だからこそ、無力な自分が嫌だ。だが、否定する意識はあっても行動に移せない。
彩子はしばらく膝を抱えて、悔し涙を流す。自分の中にあるうやむやを洗い流すように、だが、泣いてどうするという客観視もあって自己嫌悪が沸き立つ。
フォースは二人から離れて、今は見守るほかなかった。どんなに戦果を乗り越えてきても、苦しいときは人間苦しいのだ。何度挫けて泣こうとも、何度立ち上がって立ち向かっても、感情はそう簡単に融通が利かない。
その時、樹が彩子の咽び声を聞いたからか、ふっと呪詛のような言葉を断ち切ってその方を向いた。胡乱な瞳、少し空いた口はまだ彼女の意識が安定していない証拠だ。
それでも、佐奈原樹はすっとそのか細い手を彩子の震える腕に伸ばして、そっと撫でた。
「意識もまだはっきりしてないだろうに、この子は」
フォースは樹の心の奥底にある強い力を見せつけられて、敵が本当にお姫様として迎えに来たのだと納得した。慈愛の精神というべきか。彼女には人を慈しみ、支えたいと思う気持ちが人一倍強くあるように思える。
だからこそ、彼女は周囲の支えを必要としなかった。そうしなければ、自分が崩れてしまう可能性があり、今の現状がそうなのかもしれない。
ただ、フォースにはそんな樹にはもっと知らなければならないことがあると密かに考える。
「悲しんでくれる友達がいるんだ。そうしたら、ダメだろうに」
フォースが呆れ気味に言っても樹はずっと彩子の方を向いている。
心底、フォース・ロックという上司に興味がないようだ。
「仕方ない。もう一人の捜索に力を入れるか」
それが今フォースにできることだろう。捜索願を出してはいるものの、彼もまたこの資源惑星の構造に詳しい人間だ。探しに出た方が、いいだろう。
彼は手摺につかまり、無重力の中を浮遊していく。その先にある通路に続くドアに向かって、まっすぐに進んでいき、一度振り返る。
小さな少女が二人、肩を寄せ合って座っているのを確認して、今度は中央に佇む巨人を見下ろした。
「三人の少女に付き従ってきた英雄様か……」
その時、〔アル∑〕の四つのセンサーアイと側頭部についている回折式カメラが光ったように見えた。照明と人の影による錯覚だろうが、何かを訴えかける凄みがある。
「馬鹿馬鹿しいな。意志があるわけじゃあるまいし」
フォースは自嘲しながら、ドックを後にする。
とにかく今は来るべき戦いに備えて、できることをするしかないのだ。




