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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十五章
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~交渉~ ふいに漏れ出す本音

「手続きはこれで全部かな?」

「この書類とこの書類。割り印お願いします」

「なんというか、まどろっこしいことだな」


 彩子(あやこ)はマニュアル片手に、書類の手順や種類を確認して新しい隊長となるフォースの付き添いをしている。元来ならリーンがすべきことで、(いつき)が請け負うはずだったことだけでもあって、頭が熱暴走しそうだ。


 彼女らがいるのは、資源惑星の食堂で他にも数名のスタッフがカウンターテーブルに腰かけいる。科学者らしい男女もいれば、筋骨隆々の無頼漢の集団もいる。シックなジャズミュージックが流れて、造花の植物がそこここに配置されている。漂ってくるまったりと頭に残る芳醇な香り。


「お酒臭いのって、なんか苦手……」


 彩子(あやこ)はぼそぼそ言いながら、出されたジュースを一口飲んだ。座っているのはカウンター席で、利用者のほとんどが男女のペアでそれらしい雰囲気があった。


 ふと見えた壁に掛けられている時計が、一〇時過ぎを示している。周りの雰囲気から、この資源惑星では夜中の時間なのだ。『ガーデン1』との時間差があるようだ。


「これでいいか?」


 隣に座るフォースがお酒の入った蓋つきカップを一口吸って、割り印があされた書類を横へ流した。


 彩子(あやこ)は書類を確認して、カバンの中に詰め込んだ。


「結構です。あとは、『ガーデン1』の人事部に渡すだけなんで、あたしがやっておきます」

「おう。それじゃぁ、これまでの活動報告を見せてもらおうかな? 部下の顔と名前、戦績くらいは知っておきたい」

「ああ、はい。えっと……、こちらの端末のファイルにまとめてあります」


 彩子(あやこ)は紙片の手続き資料とは別に用意されていた隊長用タブレッド端末を取り出して、起動させるとデスクトップ画面のファイルを開いて、フォースの方へ流した。


 フォースは静かにそれを受け取ると、お酒片手にじっくりと情報を見てはスクロールしていく。


「…………」


 彩子(あやこ)は慣れない環境に落ち着かず、着慣れない礼服の襟元を気にしてしまう。居酒屋にすら行ったことのない彼女には、そのアダルトな雰囲気がどうしても毒気に感じられない。


「慣れないか? ミナモリ一等」


 フォースが横目に見て、からかうように言った。


 彩子(あやこ)はびくりと肩をゆらして、その表示に浮かんだ尻をカウンターをカウンターを蹴って席に落ち着かせる。


「あ、まぁ……」

「おいおい、ロック。いないと思ったら、こんなところにいたのか?」


 うつむきかけた瞬間、背後から陽気な声がかかった。


 彩子(あやこ)は慌てて、振り返る。別に自分が呼ばれたわけではないが、警戒心がいつも以上に過敏になっていた。


 見えたのは顔を真っ赤にした男三人。確実に酔っぱらっているのは明白だ。

 

 フォースの方はゆったりと椅子を回して、体ごと後ろに向いた。


「よっ。悪いな、今契約の更新中なんだ」

「契約って、『地球平和軍』のか? こっちの小さいのが?」

「気張っているわりにゃぁ、ちんまりしたナリだなぁ」

「チャイニーズか?」


 彩子(あやこ)は声をかけてきた男たちが顔を寄せ、制帽を奪って、まじまじと見つめてくるのにたじたじだった。すぐ近くにまでかかる酒気を帯びた息と胡乱な瞳が、どうしても受け入れられない。


「おらおら、あんま近寄るな。英雄さんに失礼だろうが」


 すると、フォースは彩子(あやこ)の制帽を奪い返して、手のひらを振って払いのける。


 彩子(あやこ)はほっと胸を撫で下ろしていると、フォースの乱暴な腕が制帽ごと頭を潰しにかかる。思わず首をすぼめて、頭に手を添えて無慈悲に潰された制帽を確認する。


 と、いったん退いた三人の男がさらに鼻息を荒げて、接近してきた。しかし、フォースが手を出して距離を置かせる。


「するってぇと、コロニー破壊の操縦者か?」

「そいつは嘘に決まってらぁ。ロック、俺たちをからかってんのか?」

「まさか。酒は飲んじゃいるが、意識はしっかりしてるよ」


 フォースがお酒の入ったカップを揺らして見せる。


「じゃぁ、今来ている巨大なアーム・ウェアは、このちんまりが?」

「あ、ははは……」


 彩子(あやこ)は酔っ払いたちの訝しんだ反応に困りながら、愛想笑いで誤魔化す。しかし、どこに行っても作戦に参加したもの以外は〔アル(シグマ)〕がスペースコロニーを破壊した、という風潮が流れているようだ。もちろん、操縦者の素性も不鮮明なままだ。


「なんでも、戦艦級のビーム・ライフルで破砕したとかっていうんだろ?」

「違うだろ。次世代スーパーコンピュータを使ったクラッキングだ」

「いいや、核弾頭抱えて爆撃だろ」


 酷い尾ひれがついている。


 元の情報がどこからかはわからないが、いくらなんでも誇張しすぎだ。それに対して何の疑いも持たないあたり、誰かが虚構しているのは間違いない。


 彩子(あやこ)はフォースの腕を払いのけて、制帽の内側を軽く叩いて形を戻す。


「どれも違います。単純にコロニーの姿勢制御のハッキングだけで、結合部の爆発に乗じて作動させただけです」

「ほれみろっ。やはり次世代スパコンだろ」

「お嬢さん、よく知ってるねぇ。何? 情報局の人かい?」

「尻の青そうな嬢ちゃんだぞ? 好色高官どもの相手がつとまるのかよ。こんな腰じゃ、すぐへばるだろが」

「その辺にしておけよ、お前ら。こっちはまだ話の途中なんだ。邪魔だ、邪魔だ」


 フォースが酔った風ににやけて、シッシと手のひらを振って見せる。


 すると、男三人は高笑いして、二、三何かを言って去って行った。


「まったく、地球圏に帰ってくれば浮かれやがって……」

「あの人たち、何なんです? 変なこと言われたみたいで、気分悪いです」


 彩子(あやこ)は仏頂面でカウンター席に体を向ける。酔って呂律のはっきりしない単語もあり、彼女にはスラングを聞き取ることはできなかった。が、その真っ赤ににやついた顔は下賤なものだとわかった。


「傭兵だよ。俺と違って、自由なもんさ」


 フォースは乾いた笑みを浮かべて、体の向きを戻してタブレッド端末へと視線を落とした。


 彩子(あやこ)は口を尖らせながら、新しい上司を横目にしてジュースを一口。酸味の利いた甘い味が舌の上に転がす。


「にしても、君みたいなのが噂の機体の操縦者だってのは、正直信じがたいよ」

「事実です」

「だから、さ。俺たちのメンツもあるし、俺個人としては心苦しいところでもある」


 フォースがふと寂しげな視線になって、画面をスクロールした。ちょうどスクロールされた画面は、彩子(あやこ)のプロフィールだった。


 それを見ているフォースの顔がゆっくりと冷たくなっていく。


 彩子(あやこ)は緊張の面持ちでゆっくりと彼の方に顔を向ける。


「感謝しきれない大事を、部下がしちまったんだからな」

「大事って、コロニー落としのことですか?」


 彩子(あやこ)が不満そうに、軍人の顔を睨み付ける。地上では事情も知らない批評家が、コロニー落としの阻止で喪った総額がどうのこうの言って、騒ぎ立てているのだ。彼もまたそうした類なのだろうと内心毒づく。


 だが、フォースはしっかりとやんわりとした表情を彼女に向けて言った。


「ああ。家族を助けてくれて、ありがとうな」

「え? ご家族もち、何ですか……?」

「変わってるだろ? 火星にまで出張してる親父ってのは」

 

 フォースは自虐的に笑って、またお酒を呷る。


「そのせいで、俺は女房も子供が死んじまうような危険を遠くから見てるしかなかった。だから、本当に感謝しているッ。ありがとう」


 力の入った感謝の言葉。


 彩子(あやこ)はフォースが酔っぱらったのではないかと心配になったが、その家族思いの姿勢がうらやましかった。


「いいえ、そんな。過ぎたことじゃないですか。それに、これかだって戦争は続くんですから……」


 自分で言って、戦争という場所に何の違和感も持たずに生きているのが不安になる。


 つい三か月前までは、普通の高校生活を送っていたはずで、それがテロ容疑をかけられ、気がつけば宇宙で〔アル(シグマ)〕の電子戦担当として、奮闘している日々。


 終わりが見えなくなる以前に、前の生活の感覚が手元から滑り落ちてしまいそうな不安定さがあった。


 自然と頭が下がっていく彩子(あやこ)にフォースは作業着の胸ポケットから一枚の写真を取り出して、突きつける。


「女房と、子供だ。なかなか、かわいいだろう?」


 彩子(あやこ)はくしゃくしゃな写真を手に取って、カウンターテーブルに肘をついてみた。


 そこには、メガネをかけた知的な女性と彼女に似た小さな少女、そして、ぶっきらぼうにカメラ目線をする彩子(あやこ)と同い年くらいの少年がいた。青い空と緑の芝生。どこかの公園だろうか。しかし、そこにフォースの姿はない。


「もう数か月も前のもんだ。せがれがごねて、写真を撮りたがらなかったんだよ。シャトルに乗る直前で、女房が取って渡してくれたんだよ」

「あの、奥さん、足が……」


 彩子(あやこ)の目に留まったのは、フォースの奥さんの姿だ。車いすに座って、ひざ掛けをしている。しかし、明らかに膝から下がなかった。目の錯覚かと、何度か目をこすっても、凝らしても、そこには足がなかった。


 フォースは何の気もなく、滔々と語る。


「ああ、昔の暴動で市街戦があってな。その時に、ダメにしたんだよ」

「そう……」

「何、気にすることじゃない。あいつも、吹っ切れてるからな。仕方のないことだ」


 フォースはどこか自分に言い聞かせているように口を動かす。


 彩子(あやこ)は写真を返して、思い切って尋ねる。


「数か月も離れて暮らしてたら、家庭のことなんてどうでもよくなるんじゃないんですか? 奥さんの方も」

「いいや、その辺のことは理解してもらってる。子供たちにもな。けど、帰ってきて、背が伸びてるのを見ると驚きよりも、寂しいもんだよ。成長してるのを、間近で見られないからさ」

「子煩悩なんですね」

「ああ、一応は親父だからな。俺から言わせれば、親なんてそういうもんだと思ってる」

「そういう親ばかりじゃ、ないんですよ。現実は」


 彩子(あやこ)は意気揚々と言い放ったフォースに、強い口調で反論した。苦いものが胃の中で踊る。気持ちの悪い気分が、頭の中をかき回す。


 フォースは少し赤くなった顔を引き締めて、涙ぐむ彩子(あやこ)を見守る。


「お母さんはお父さんが死んで、おかしくなって。あたしのこともほったらかしで、挙句変な男に利用されて……。あたしも結局、お母さんの幸せかもしれない生活を奪って……」

「そうか。そう思ってもらえる親父さんとお袋さんは、幸せ者だよ」

「幸せなわけないでしょう。何もできなかったあたしみたいな子どもが、どう思ったって幸せなはずないでしょう……」


 彩子(あやこ)は喉が焼けつくような感触を味わいながら、昔の出来事を追想する。それが何気なく口から漏れ出す。


「あのころは、お父さんもお母さんもいて、あたしもいて。何の変哲もない家族だった。ゲームを作っているお父さんが好きで、いつも遊ばせてもらった。その時はお母さんが隣にいて、笑って、怒って、楽しかった」

「…………」


 フォースはタブレッド端末の電源を切って、静かにお酒を飲みながら彼女の愚痴に付き合う。


 かくんっと揺れる彩子(あやこ)の頭から制帽がふわりと浮かんだ。


「だからね。あたしはプログラマーになろうって決めたのよ。お父さんと一緒の仕事をしたかった。だけど、死んでわ。あっけないくらい早くに、病気で。あたしの夢も聞いてもらえず、お母さんはあのバカ男と一緒になり始めちゃってさ。愛情なんてもの、これぇっぽちも見せなくなった」


 彩子(あやこ)は親指と人差し指をこすり合わせて、うつろな視線をそこに集中させる。


「これぽっちの愛情もないのに、あたしもお母さんが幸せならって渋々認めたわよ。んで、現在に至るって寸法じゃない? 何もできなかったわよ。それのどこが、幸せって言うんですかぁ?」


 彩子(あやこ)はフォースの方を見て叫んだ。


 周囲の人たちが奇異の目を向けてくるが、全く意に介さない。彩子(あやこ)の目に見えるのは、子煩悩なオジサンだけだ。


 すると、フォースは制帽を取って、また彩子(あやこ)の頭に戻してやった。力強く、目を覚まさせるように。


「それでも幸せだって、気づいてくれる時が来る。君がここで頑張っているのを知れば、必ずお袋さんは気付くはずだ。必死に戦う娘の姿を」

「そんらくっちゃい台詞で、丸めこめるとおもわないでくだしゃいっ。ロックさぁん? あなたが親なら、親にとって子供ってなんれすか?」


 彩子(あやこ)はフォースの腕を払いのけながら、呂律のまわらない舌で話す。ふわふわのぼせたような頭で、彼の言葉を待つ。


 フォースは少し考えて、はっきりという。


「俺にとっては、せがれも娘も救いだよ。これ以上にない救いだ」

「救い?」

「そうだ。どんなに俺が下衆な人間でも、まっとうに育ってくれる子供が救いなんだ。血筋じゃないんだ。金稼ぎしかできないと思われても、生きててくれるんならそれで俺は本望だ」


 フォースがニヤリと笑う。太陽を浴びて育ったヒマワリのように眩しく、根強い大樹のような荘厳さがあった。


 彩子(あやこ)はしばらく、ぽーっと眺めて力尽きたように重い瞼を閉じた。力が抜けた彼女の体は無重力の中で止まっていた。


「ふぅ……。俺もだいぶ酔ってたのかね。こんな話するなんてな」


 フォースは言いながら、手を上げてバーテンダーを呼びつける。すぐにバーテンダーが流れてきた。


「何になさいますか?」

「いや、毛布を貸してくれ。それと、このカップ。酒じゃないよな?」


 フォースは彩子(あやこ)が片手に握っているカップを奪って、バーテンダーに放った。無重力の中でカップがくるくると回転する。


 バーテンダーはそれを手慣れた様子で受け取ると、カップのラベルを調べた。すると、片眉を上げて、不審そうにフォースを見る。


「アルコールのないアップルジュースですが、どうかなさいましたか?」

「いいや。それならいいんだ。それよりも、毛布を頼む」

「かしこまりました」


 バーテンダーはカップをカウンターテーブルにしっかりと置いて、奥の方へ流れて行った。


 フォースは嘆息して、自分のカップの中を啜った。


「場よいか……。慣れないって言ってたからな」


 寝息を立てる彩子(あやこ)はしばらく置きそうになかった。しかし、その瞼からこぼれた涙のしずくは、彼女の本心からくるものだろうとフォースは思った。


 そして、そんな子たちがこれから部下になるのだから、気を引き締めなければと決心する。


「せがれと同い年なんだ。他人行儀には、思えないな」

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