~交渉~ 臨む人
会談を設けても、やはり話す相手が相手なら退屈が生まれるものだ。
燕華はあくびを噛み殺しながら、目の前の席でゆったりとくつろぐグレッグを見下ろす。
会談に選ばれた場所は、資源惑星のブリーフィングルーム。無重力のために椅子やテーブルは床に固定されている。とはいえ、この資源惑星の施設全体には微弱な電磁気を床に流しており、しっかりと床を踏みしめて歩けるようになっている。
そのおかげで、グレッグの付き人である燕華とハンスは立って、護衛らしく振る舞うことができた。
「さて、そちらが本当によろしければ、我々に文句はありません。よろしいので?」
「貴様、地球平和軍の軍事だったくせに、落ちぶれやがって」
向かいに座る二人のうち、まるで丸々と太ったカエルのような男、ローマス・マッケンガンが女々しく唸った。
「どちらが……」
「なんだとっ!?」
燕華の小言を聞いたローマスが、目をひん剥いて睨み付ける。その隣にすわる資源惑星を率いてきた調査船団の船団長が、厳かに片手を上げて制止する。
「会談の場だ、大佐。部下の言動は、どういうもので?」
船団長はこけた頬とぼさぼさな頭、無精ひげと一見すれば、だらしのない男だ。しかし、彼の眼力や口調には慎重さと荘厳さがある。伊達に調査船団の長を務めてはいない、といったところだ。
グレッグは彼の意見には、真摯に背筋を伸ばして対応する。
「まずは部下の、不躾な発言には謝罪をしよう。しかし、我々が敵に回った理由はご存知でしょう? 反骨精神のひとつくらい、ありますとも」
「それは『地球平和軍』に? それとも『統合政府』に?」
「どちらもだよ、色男さん」
燕華は甘い顔をして見せて、肩を寄せた。のっぴきならない男だろう。言葉遊びが好きな方らしいが、彼らの後ろにいるもう一人の注意人物はどうだろうか。
船団長とローマスの後ろ。燕華たち同様、護衛としてきた軍人レミントン・バーグは黙って、事の成り行きを見守っている。無言の圧力というのか、彼の鍛え抜かれた肉体と燕華の滑らかな姿態では、到底肉弾戦で勝ち目はない。ハンスでも、難しいところだ。
「ベル————ッ」
グレッグの声に、燕華はふと眼だけを動かして、彼のムッとした表情を確認する。余計な口は閉じろ、という合図だ。
だから、彼女も舌を少し出してごめんなさいと茶目っ気を含めて示した。
すると、船団長はどこか得心が行ったに背もたれに体重を乗せる。
「なりほど、赤い機体の操縦者は随分と高官がお嫌いのようだ」
「あら。わかってくれるなんて、やっぱり色男ねん」
燕華の返しに、船団長は深く息を吐き出した。
すると、ローマスが顔を真っ赤にして、燕華を睨み付ける。どこか嫉妬深い瞳と荒い息遣いが、彼の焦燥を物語っている。
「色目を使う女が、いまさらことの決定を覆せるものではないぞっ?」
その発言には、燕華も、学の浅いと自覚しているハンスですらあきれ返るものだった。
もちろん、グレッグもこういう高官が『地球平和軍』にいたから、敵に回ったのだ。
「わかっていますとも。『ローグ1』との交換はなし。ここでのスタッフも同様、志願を募ることもなしで手を打った。我々もそこまで馬鹿じゃない」
グレッグがオールバックの髪を撫でて、軽蔑の視線をローマスに向ける。もはや、話にならないから口出しするなとくぎを刺すように。
「————ぐっ」
「大佐。口を慎んでもらいたい。こちらとて、いい条件が提示されたのを振り払って『地球平和軍』に参加したんだ。スタッフたちは傭兵上りが多い。志願を募れば、それなりに数が出るのをお忘れなく」
船団長は、調査船団の気質を知ったうえで咎める。
調査船団自体が国際事業と呼べるものだが、実態は半官半民のビジネス団体に近い体制だ。もちろん、そのスタッフとして集められた人材は、宇宙工学の研究者であったり、『地球平和軍』の軍人であったり、各国有志の軍人であり、傭兵と呼ばれるビジネス人だったりする。この調査船団は統合政府の管轄から離れた巨大な組織であるから、自由意思で『新人類軍』へ渡ることだってできる。
が、今回の戦争を思えば、船団長としても『新人類』というおごった考えは賛同できなかったし、コロニー落としの一件も耳にしてはなおさらだ。それでも、ビジネスで動きたがる人材がいるから、調査船団は大きく膨れ上がったのも事実。
「わかっとるわいっ」
ローマスがふんぞり返り、怒鳴った。まるでふて腐れた子供だ。
燕華はハンスの方を見て、肩を上下させる。呆れたものだな、と示すとハンスも同感と肩を上下する。
その様子をレミントンは注意深く見つつ、後ろで組む手に力を込める。情けない上司が前にいると思うと、向かい合って座るグレッグ・F・フォンセが常識人に見えて仕方がない。
と、グレッグがレミントンを見た。
「少佐はお変わりなくて、正直ほっとしてますよ。これまでの戦役も、あなたが指揮をしていらしたのなら納得もいきますよ」
「今は中佐だ、フォンセ元大尉。有望だと信じていたんだがな……」
レミントンの口惜しそうな声に、レミントンが口元を歪めて見せる。
「今でも、私は有望だと閣下より賜っている。そして、あなたも優秀な方だと聞き入っていますとも」
「懐柔、か?」
「できましたら、私はあなたとは正面切って戦いたくない。勝てそうにありませんから」
その会話には確かにレミントンに対する敬意が窺え、グレッグの本心もまた顕著だ。
燕華は彼の姿勢が常に『地球平和軍』への非難だったが、個々の人材を敬い、評価する選評者でもあった。そんなプライドの塊が選んだ男を、彼女も能力的には認めざるを得ないだろう。
それに対して、レミントンもまた静かに首を振るばかりだった。
「だとしたら、迎え撃つまでだ」
燕華はレミントンが惰性で組織に縛られている人間かと思っていたが、今の発言から撤回しなければならないと直感した。ふんぞり返って座るローマスよりも、確固たる信念を持って挑んできている。確信をもって、自分の正義を貫く姿勢だ。
思わず燕華は昔の自分を思い出して、深く息を吸って吐き出した。
「残念。怖い人を敵に回してしまったな」
グレッグが剽軽に言って見せても、やはりレミントンの態勢は崩れない。顔見知りでも容赦なく、殺めることができる顔つきだ。
様子を見ていた船団長が話が途切れたのを見計らって、口を出した。
「失礼。火星圏に駐留している船団は、お互い手出ししないという方針。間違いはありませんな?」
「ん? ええ。口約束では不満でしょうから、のちに書簡を使者に届けさせます。閣下の同意をしたものを、ね」
グレッグは余裕の表情を浮かべて、だらしなく背もたれに脇をかけて、腕を後ろにした。それから、ハンスに視線を配って代弁させる。
「我々、『新人類軍』にとっても調査船団の存在は重要なものであります。この戦争を乗り越えた先、たとえ我が軍が敗北しようとも、宇宙開発は進められるべき最重要事業だと認知している次第です」
「当たり前だ。略奪だけを続ける野蛮人にも、少しの義理くらいはあるか?」
ローマスがハンスを明らかな流刑人と見て、声高々に言う。
それには、ハンス以上にグレッグの表情が歪んだ。
「貴様、本気で話し合う気はあるのか?」
「な、何だと?」
「所詮は他人を廃棄物同然に見る下衆な高官貴族どもよ。だから、いつの時代も革命の心は根付き、今日に蘇った」
その言葉を、燕華は聞いたことがあった。
まぎれもなく彼女らの指導者、モーガン・ジェムの言葉だ。
それには、船団長とレミントンの顔が険しくなり腰を浮かせて、警戒態勢を取り出していた。それだけ、グレッグの気迫は凄まじいのだ。
「虐げられ続けるものの声を聴かず、その狭い視界に捉えるものがすべてだと信じている。人の上に立つものが、微視と強欲で誰が幸福を得られるか? 幸福になるという考えが、人を堕落させる」
「何が言いたい?」
ローマスが強がって言って見せるも、宙に浮かんだ体が彼の動揺を示している。
「言ったはずだ。我々が戦争を起こした理由が、貴様のような畜生がいるから秩序を変えるのだと」
グレッグがすっと立ち上がると、いよいよレミントンが後ろ手に回していた手を解いて、腰を沈める。
すぐにでも飛びかかる用意がある。
燕華はしかし、グレッグの行動が少し過剰かなくらいの感触で眺めていた。
ハンスはこわばった表情を浮かべて、見守っている。
「忘れるな。部下の侮辱はそのまま、貴様の首を絞めるとな」
グレッグは言い切って、険しい目つきで周囲を見渡す。そこで、はっとなって見せる。
「失敬。つい、熱くなってしまったよ。これは老婆心からですが、早く大佐殿は降ろされた方がよろしいかと。勝てる戦も、勝てなくなりますよ?」
「ご忠告、感謝する。一考させてもらう価値がありそうだ」
船団長はゆっくりと腰を下ろしながら、やんわりと答える。お世辞でも演技とも違う、彼の心中を垣間見ることができた。
レミントンもグレッグの反応を見て、気を許して元の姿勢に戻った。
グレッグも乱れたオールバックの髪を整えながら、着座する。その表情が苦しそうに歪んでいるのを、燕華は見逃さなかった。
「大丈夫かい?」
「ああ、問題ないさ」
耳打ちしながら、グレッグの状態を確認する燕華。瞳孔は大丈夫だが、頬を伝う汗や充血した眼には、やはり制御チップの抑制効果が効いているようだ。
ローマスたちはその様子を何かの策略かと疑いの目を向ける。
燕華はすっと顔を上げると、向かいの三人に言う。
「すまないけど、薬をもらいたいんだ。医務室まで、案内してくれるかい?」
「それは――――」
「それは、こちらで用意する。症状を言ってくれ」
ローマスの言葉を遮って、船団長が代行する。ローマスに任せれば、できないだのと真っ向から否定しかねないからだ。
「ベル、大丈夫だ。余計なことはしなくていい」
グレッグも燕華の行動には、何らかの策があるとは思えなかった。単独行動をとるような作戦はでていないのだから。
燕華が唇に手を当てて、妖艶な笑みを浮かべる。
「君たちの警戒心はわかる。けど、こっちとしては見られたくないんだよ。頭痛を抑える薬の調合法を……」
レミントンが目を見張って、彼女を見た。
やはり、『地球平和軍』にも制御チップのことは知られているようだ。それだけわかれば十分と、口の端を少し吊り上げる。
「まぁ、君たちからすれば当然のそうした薬剤の研究だってしたわよね? やっぱり、やめておくわ。ということで、我慢してちょうだいね、少尉」
「余計なことはしなくていい、と言ったはずだ」
グレッグもレミントンの反応から、制御チップを知っているのがわかった。すなわち、『新人類』がどういうものかも承知しているということだ。
船団長は何のことかわからず、三人を観察している。
「どういうことだ、中佐?」
「この件は、後々ご説明します」
レミントンは船団長の質問を一度断って、グレッグの少し青ざめた顔を睨んだ。
制御チップの影響で、激しい頭痛に見舞われているのだとわかる。同時に、何かを確信している風でもあった。風向きはこちらにあると言わんばかりだ。
すると、グレッグが一度息を吐き、口を開いた。
「いいや、バーグ中佐、それはこちらかご説明しましょう。我々、『新人類軍』は頭に制御チップというの埋め込んで、感情を薬学的に抑え込んでいます。同時に暗示作用によって、客観的な見方を強くしています。私情だけで、物事を運ばないためです。我々が行う政治に俗物は必要ありませんから」
彼の視線がローマスを捉える。
ローマスは体を一瞬震わせると、また宙に腰が浮かんだ。
「なるほど……。面白い考え方だが、君らを見ているととてもそうは思えないな」
「ですから、それは個人を殺すのではない。協調を慮れば、自然と個人というものは利他的に働きかける。役割がある。そのためには、私や彼女のようなまとめ役が必要になってくるですよ」
燕華は軽く手を振って見せて、向かいの三人にアピールする。
だが、彼女に気を取られるよりも早く、グレッグが続ける。
「それで、ですね。我らが首領ももう歳でね。世継ぎのことを考えておられる」
「戦争に勝ったつもりか?」
ローマスの意見に、レミントンと船団長はようやく彼と歩調を合わせられると思った。
すると、グレッグが軽く手を上げる。
「ごもっとも。が、この戦争が長引けば、我々にとっては重大な危機ですからね。ここでご提案なんですが、お世継ぎとなる少女を譲っていただけないだろうか?」
その言葉に、『地球平和軍』側の三人は言葉を失った。呆気にとられて、グレッグの余裕な表情を見るしかない。
「その子の名前は、イツキ・サナハラ。日系人だ。右目に眼帯をした十六歳の少女なんですが、彼女を『新人類軍』の姫として迎え入れたい」
「冗談を口にする男とは思わなかったよ。年寄りのお嫁さがしなら、内輪で解決してほしい」
船団長は呆れて、肩を下げる。
「お嫁じゃなくて、お姫様。次期首領として、迎え入れたいと首領が言ったのよん」
「彼女にはそれだけの能力があると聞き入っています。それを確認するためにも、我々はここに来ました」
燕華とハンスが付け加える。
ローマスはこれを好機と取って、下卑な笑みを浮かべてグレッグを言い詰める。
「そんな提案、こちらにどんなメリットがある? たかだか少女一人のために出す条件など、アーム・ウェア一機の価値もあるまい。そうだ。『ローグ1』を出すというなら、くれてやってもいい」
「それはできない。が、こういうのはどうかな?」
グレッグは向かいの三人を見回して口にする。
「向こう一年————、いや二年の停戦協定というのは?」
瞬間、空気が張り詰め、冷たい緊張感がこの場の全員に走った。
それは、少女一人に対して出すべき条件ではない。まして、戦争をしかけた『新人類軍』が言う言葉でもない。だから、誰もが息を飲んで、グレッグ・F・フォンセを見た。
彼だけが強気な笑みを浮かべる。
音は複雑なアリの巣を思わせる資源惑星の通路を右往左往していた。
来たこともない場所。しかし、鉄ときれいすぎる空気が月にいたころを思い出さる。もうずいぶんと移動したはずなのに、誰とも遭遇しない。
「父、探さなきゃ……」
その一心で、礼服のまま音は壁の手摺を使って、体を前に押し出す。もう腕がパンパンに膨れて、疲れも出始めていた。体を押し出すだけでも、続ければ体力も消費する。
どれくらい進んだだろうか。
急に樹と彩子のことが心配なり、手すりにつかまって立ち止まる。それが心細さだと知りたくなくて、来た道を振り返ってみる。
緩やかに曲がった通路。何の変哲もない通路には、天井の明かりがついているだけで無機質な空間だ。
上がった息が徐々に収まり、火照った体温を感じる。
「もどろ、かな……」
音はつぶやいて、父親のことなど忘れた方がいいのかと葛藤する。
もし、父親がまだ音の母親である琴葉のことを気にかけ、愛しているとわかれば、やはり会っておきたい。琴葉が死んでしまった現実を、娘の口から伝えたいと思う。そして、疎遠だった仲を謝罪して、少しでもその溝を埋めたいとも。
「都合、よすぎるよね……」
いつものぶつ切り言葉でなく、はっきりと自分の意志を日本語でつぶやく。
「樹も彩子も、怒ってるだろうし。父の方だって————」
と、背後から声が響いてきた。
「今、お偉い方が『新人類軍』と会談しているらしい。妙な話だって思わないか?」
「————っ! 父!?」
聞き覚えのある声、英語の発音。
音はふっと湧き出た期待を胸に振り返る。
その先には、彼女に向かってくる一組の男女の姿があった。どちらも白衣を着て、研究者らしい装いだ。
そして、男の方が音の方を見て、目を丸くして惰性で流れていく。
「琴葉? 琴葉、なのか?」
「…………」
男は短髪を掻き毟りながら、四角い顔と青色の双眸を絶望に歪めながら立ち止まる。
音は喜んで開いた口が徐々に小さくなり、期待に踊っていた胸の鼓動が恐ろしい静かな動悸に代わっていく。母親と見間違えられたのはまだいい。何年ぶりかの再会だ。納得もいく。
しかし、なぜ、恐怖するのか。なぜ、後数メートルの距離を向かってきてくれないのか。
不安な疑念が渦巻く中、男に同行している妙齢の女性が綺麗な腕を彼の細い腕に絡めて寄り添う。
「どうしたの? 顔色悪いけど……」
「と————、父……」
叫ぼうとした口が小さくなって、音にしか聞こえない声となって漏れ出した。
しかし、女性の方が立ちすくむ音を見て、何気なく言う。
「あなた、何をしてるの? どこの子のなの?」
「え、あ……」
音は父親である男の方に懇願の瞳を向けるが、彼はそれから目を逸らした。認めたくないとばかりに、存在を否定するように。
音は期待するべきではなかったと心内に本心をごまかそうとするが、目の前の現実は苦しいものだ。認めたくないものだ。
そして、女性が言った。
「ねぇ、あなたも何か言ってあげなきゃ。父親になるんだから、子供をしかれるくらいになってもらわないと」
「—————っ」
音は彼らに背を向けて、全力で床を蹴った。
天井に体がぶつかり、その反動でまた床に足をつける。
「ちょっと、大丈夫っ?」
音は手摺を手繰り寄せるようにして、体をとにかく前に進ませる。どういう関係かは、以前から知っていたはずなのに、心のうちでは認められなかった。
自分と母がその場しのぎの関係だった、という現実を認めたくなかった。




