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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十五章
113/152

~交渉~ 不調の予兆

 ラグランジェ・ポイント1へとたどり着いた資源小惑星。


 小惑星とはいえ、直径二キロの岩塊だ。〔AW〕や戦艦の比ではない巨大さは、宇宙から眺めていれば圧巻の一言だろう。


 資源惑星の外周を行く〔アル(シグマ)〕でも、その大きさにはかなわない。


「すごいわね。こんなの持ち出してくるなんて……」


 彩子(あやこ)は横に映るごつごつとした岩塊の外殻と舗装され、外付けとなった住居や空気循環設備、発電施設、姿勢制御用ノズルを見て感心する。


 そう思いながらも、着てきた軍の礼服というのがぶかぶかで気になって仕方ない。


「調査船団の話は聞いてたけど、こういうのを運ぶのが仕事なの?」

「そう、かも……」

(いつき)、どうしたの? 具合でも悪いの?」


 聞こえてくる(いつき)の苦しそうな息遣い。


「だい、じょうぶ。ちょっと、頭痛がするだけ、だから……」


 瞬間、〔アル(シグマ)〕ががくんと資源惑星へと傾き、展開しているバリアブル・バーニアで外殻を引っ搔く。


「ちょっとっ!」


 がつんと横殴りの衝撃に続いて、頭を心から揺らす振動が襲い掛かってきた。


 パイロットスーツではないため、シートの固定が甘く体が上下左右好き放題に揺れてしまう。体中に力を入れても、振動は容赦なく体を投げ出そうと力を強めていく。


「————っ!」


 (いつき)はラダーペダルとスロットルレバーを操作して、バリアブル・バーニアの角度を変えると機体を宇宙へと運んで行った。


 揺れが収まるも、(いつき)は右目を押さえてその奥で続く鈍痛に耐える。吐く息は熱く、気持ちの悪い汗が頬を流れていく。


「いたた……。ちょっと、そんな調子で大丈夫なの? 今日には、新しい隊長が来るんだよ」


 彩子(あやこ)は電子戦用モニタを展開して、ダメージコントロールをする。幸い、大した損害もなく、飛行には問題ない。


 彼女たちがわざわざ礼服まで着て、この資源惑星に訪れた理由は新しく来る隊長を出迎えるためだ。


「曹長さんも、調子悪くて休んじゃうし。やっと、あのバカ少佐から解放だっていうのに」


 彩子(あやこ)は呆れ気味に首を振る。


 前責任者、ヤッシュ・カルマゾフが異動になり解放的な気分なのだが、コロニー落とし阻止以降、リーン・セルムットは体調を崩して休みがち。(いつき)もこのありさまだ。


 こんな状態で新しい隊長に引き継がれるのは、彩子(あやこ)としては不安で仕方がない。


 すると、操縦する(いつき)の方はいよいよ頭痛に耐えきれなくなり音を上げる。


「ごめん。やっぱり、調子悪いみたい。(おと)、操縦変わってくれる?」

「…………」

(おと)?」

「はぅわっ!? え、と、何?」


 (おと)は操縦席でわたわたと手を振りながら、(いつき)彩子(あやこ)も反応を待った。


「何って、話聞いてなかったの?」

「あうぅ。ごめん、なさい」

「ううん。〔アル〕の操縦、変わってくれる?」

「あい。わかた」


 (おと)はコンソールパネルを操作して、火器管制から機体制御へとモードを変更して、操縦を受け継ぐ。


 その際、〔アル(シグマ)〕は四つのセンサーアイを弱々しく発光させて、交代したことを知らせる。そうしても、見ているものは誰もいないが。


 彩子(あやこ)もその引き継ぎを確認しつつ、機体の処理に負荷がかからないよう操作する。必要のない機能を一時停止にしたり、フォーマットの簡略化などだ。


 そうしながらも、〔アル(シグマ)〕は見慣れない小惑星を横に捉えながら、指定されたゲートを探す。座標登録だけで、誘導無線も信号もない。ひどい待遇だ。


「もうすぐだと思うけど――――、あった。(おと)、ストップ」

「あ、あいっ」


 (おと)はおっかなびっくりにスロットルレバーを戻し、ラダーペダルを断続的に踏み込む。


 だが、〔アル(シグマ)〕は忙しなく六基のバリアブル・バーニアの角度を変え、開閉してバランスを崩して、宙返り。慣れていない(おと)には、この機体の制御は難しいのだ。


 ぐるぐると回る通常モニタの映像。


 それには、頭痛を堪える(いつき)も思わず口を塞いで、這い上がってくるものを無理やり胃の方へ押し込める。顔色は青ざめ、さらに具合が悪化する。


(おと)、通り過ぎちゃうわ」

「わかてるよっ! だまててっ」


 (おと)はむしゃくしゃする気持ちを吐き出して、バランスを立て直そうとする。


〔アル(シグマ)〕は自動姿勢制御を働かせながら、(おと)の操縦にも応えて、徐々に資源惑星の方へと針路を戻していく。


「何、怒ってるのよ」

「むぅ……っ」


 彩子(あやこ)が厳しい口調で言うも、(おと)は頬をくらまして黙りこくる。


 彼女からすれば、この場所は忌むべき場所。できることなら、足を運びたくなかった。だが、湧き上がる怒りと同じくらい確かめたい気持ちもある。


 父親というべき男が今、どうしているのかを。


 彩子(あやこ)も肺にたまった熱い空気を吐き出して、正面に見えるゲートを見据える。看守のいる部屋が小さく見える。多重構造のガラス向こうで、一人〔アル(シグマ)〕を物珍しげに見ている。


 すぐに、無線に割り込んでくる声があった。


『こちら、管制室。貴殿の所属と名前、あと機体登録番号を頼む』


 しゃがれた声の英語に、彩子(あやこ)は一瞬首を捻ったが、すぐに回線を開く。


「地球平和軍宇宙方面試験小隊、皆守(みなもり)彩子(あやこ)以下、佐奈原(さなはら)(いつき)詩野(うたの)(おと)、計三名の一等兵です。機体番号、四六〇九。〔アル(シグマ)〕。部隊長を向かいに上がりました。今、許可証を転送します」


 彩子(あやこ)は丁寧な言葉遣いで言って、顎が浮つく感覚を味わう。まだまだ、英語を話すのは苦手らしい。


 その間は、(いつき)(おと)も沈黙して、彩子(あやこ)任せだった。


 少しの間をおいて、応答。


『確認した。入港を許可する。誘導灯に従ってくれ』

「了解。感謝します」


 彩子(あやこ)はそこまで言って、通常モニタに映るゲートが開いていくのを見た。そして、宇宙に誘導灯の光が灯り、進路を知らせてくれる。


 その赤く点滅する光とは別に、ゲート前には宇宙服を着た人が大きく誘導灯を持った腕を振っている。


(おと)、お願い」

「あい……」

「まだ怒ってる……。何なのかしら、もうっ」


 彩子(あやこ)がぼやくと同時に、〔アル(シグマ)〕がゆっくりと前進。誘導灯に従って、小惑星へと入っていく。第一ゲートをくぐると、今度はエア・ロック。小型輸送船を搬入するための通路らしく、広々としている。


『足をつけてくれ。この先は、通路とかもあるからな』

「わかりました……」


 (いつき)が息も絶え絶えに答える。彼女は無意識のうちに、スロットルレバーに腕を伸ばし、ラダーペダルを踏み込もうとする。何かで気を紛らわさないと、頭痛で頭がおかしくなりそうだった。


(いつき)は休んでて。すみません————っと」


 彩子(あやこ)が無線を使おうとした瞬間、〔アル(シグマ)〕は内壁に着地。足の裏のフックを出して、床を噛む。展開していたバリアブル・バーニアを閉じて、(みの)のようになる。


 ズシンッと腹に響く揺れが起きた。それからしっかりと床に脚部をつけて、〔アル(シグマ)〕はエア・ロック内へと入った。


 通常モニタのウィンドー表示で、後ろでゲートが閉まるのを確認しつつ、横を流れる宇宙服を目で追う。


『どうしました?』

「あ、はい。一人具合が悪くて、医務室まで案内してほしいんですけど」

「余計なことは、しなくていい……」

「ちょっと、だまなってなさい」

『はい? 今なんて?』


 応じているのは、先ほどの管制室の人で彩子(あやこ)の日本語の叱責を理解できなかったようだ。


 すると、真っ赤な照明がエア・ロック内を満たして、与圧をかけ始める。微かに聞こえる外の音が、心なしか安心感を与えてくれる。


 彩子(あやこ)ははっとして、英語で発音しなおす。


「いえ、こちらの話です。それで、医務室の方へはどうすれば?」

『こちらで、手配しましょう。左手の方、見えますか?』


 言われて、彩子(あやこ)は顔を上げる。


 与圧の完了したエア・ロックが内側の扉を開いて、格納空間を現した。眩しい照明と使い古された壁や床、天井がどこかの町工場のような親しみやすさを持っていた。


 また歩き出す〔アル(シグマ)〕が通常モニタを大きく上下させるのに、顔を顰めながらも左を確認する。見れば、先の管制室らしくドアから一人の職員が出てきた。ラフなシャツを着た女性スタッフだ。


「女性の方——、ですか?」

『ええ。そちらに案内させます』

「了解。お手数おかけします」


 彩子(あやこ)は安堵の息を漏らしながら、電子戦用モニタを閉じて内部を観察する。


『おーらいっ。おーらいっ。そこで、止まってくれ!』


 正面に回り込んできた宇宙服が誘導灯を横にして胸の前に突き出す。


「う、うぅ?」


 (おと)はそのサインを見て、ゆっくりとスロットルレバーとラダーペダルを戻していく。


〔アル(シグマ)〕は一瞬、突き出した脚部に体重を預けるようにしたが、ゆっくりとその足を引いて直立姿勢へと戻っていく。


 プッシューッと放熱機構が働き、熱風を吐き出す。冷却材を使うほど、機体は暑くなっていない証拠だ。


「おつかれさま。あとは勝手に処理されるから、モードの再設定はしなくていいわよ」

「…………」


 (おと)彩子(あやこ)の言葉を無視して、降機手順すら省いて電源を切り、ハッチを開ける。


「あ、ちょ、待ちなさいよっ! メでしょうが……」


 彩子(あやこ)はぐちぐち言いつつ、シートベルトを外すと通常モニタで、(おと)はキャットウォークへと飛び移るのが見えた。礼服のまま長い髪を尻尾のようにしながら、流れていく様は流れに逆らう鮭のようだ。


 そこまでみて、通常モニタは消灯。ハッチとなって、直接彩子(あやこ)の目に光景として飛び込んでくる。


(おと)、戻りなさいっ!! 迷子になるわよっ!! (おと)ってばぁ!!」


 彩子(あやこ)は縁につかまりながら、奥の通路へと姿を消していく(おと)の姿を見送るしかなかった。


〔アル(シグマ)〕の補給をしようと集まってきた人たちも、彩子(あやこ)の日本語の叫びに首をかしげながら、奇異の目を向ける。


「勝手なんだから……」

「すみません」


 苛立っている彩子(あやこ)の横に先の女性スタッフが流れてきて、英語で訪ねてきた。


 彩子(あやこ)は咄嗟に英語が出ず、口をパクパクと動かしたが、いったん息を飲んで改めて話す。


「あの、大丈夫ですか? 具合が悪いと聞いたんですけど……」

「えっと、あたしじゃなくて、上の方の子なんです。見に行ってもらえませんか?」

「わかりました……」


 女性スタッフは彩子(あやこ)の愛想笑いを不審に思ったのか、上に上がる前にもう一度顔を向けた。


 それには彩子(あやこ)も小首をかしげる。


 女性スタッフはそれから、前部のバリアブル・バーニアを這うようにして頭部の方へと上がっていった。


「何なのかしら……」


 彩子(あやこ)は肩を竦めつつ、一度操縦席に戻ってシートの下から、制帽と新隊長への引き継ぎ資料が詰まったカバンを引っ張り出す。無重力のために、出発前の腕を引きちぎらんばかりの重さは消えていた。


 そうして、背を向けている彼女に誘導をしていた宇宙服が流れてきた。バイザーを上げて、彼女の小さな背中と突き出した小振りなお尻に話しかける。


「こんにちは。噂の英雄さん」

「え? 英雄って何によ?」


 彩子(あやこ)はびくりと肩をゆらしながらも、発せられた言葉の意味に戸惑う。


 振り返れば、宇宙服のバイザーから潜水マスクをしたひょろ長い顔を見た。目の堀は深く、鼻は高く、欧米人らしい顔立ちだった。


 そんな顔がにっこりと無警戒な笑みを浮かべる。


「何って、コロニーを潰したって聞いたんだが? 地球を救ったって、地上じゃ放送されてる。知ってるんだ」

「ああ……。あれは誇大妄想。統合政府のアピールって、どうしてこう大げさなんだろう」


 彩子(あやこ)は制帽を被り、カバンを手にする。


 すると、すっと宇宙服の男が手を伸ばしてきた。


「なんです?」

「持つよ」

「結構です。これは、新しい隊長の————、そうだ。フォース・ロック大尉って知りません」

「ああ、それは僕だよ。小さい部下が来るとは聞いていたけど、乗ってる機体はデカイな……」


 あっけらかんと宇宙服の男、フォース・ロックは胸部ハッチから離れると、〔アル(シグマ)〕を見上げる。彼の知る〔AW〕にはない、圧倒的な大きさと痛んだ装甲。かなりの激戦を潜り抜けたか、あるいは、それだけの場数をこなしてきたか。どちらにしても、立派な部下が来たと実感できた。


 そんな彼の視界に、女性スタッフに連れられて流れていく礼服の少女を見た。遠目からだが、顔色の悪さはすぐにもわかった。


「君っ。上の子は大丈夫なのか?」

「へ? あ、ええっと、頭痛がするみたいで」


 彩子(あやこ)は無重力を漂う新しい上司に実感がわかなかったが、慌ててハッチの縁を蹴ってそのほうへ飛んだ。


「推進装置もなしに、何をしている?」

「ああっ! そうだった!」


 フォースが呆れて、手にしたグリップを操って背中の推進装置を操る。じたばたと宙で暴れる彩子(あやこ)の方へ流れて、その手を握ると引き寄せる。


 身長差があるのと、宇宙服の胸のコンソールが彩子(あやこ)にとってはコンクリートの壁に突撃したも同じ衝撃があった。


「い、痛いんだけど……」

「おっと、失敬」


 フォースは彩子(あやこ)の体を動かしにくい腕で引き離し、顔の高さを合わせる。まるで、子供に掲げて遊ぶ父親のようだ。


 彩子(あやこ)は下で動く人たちに礼服のタイトスカートから下着が見えてしまうのではないかと内心肝を冷やした。


 しかし、懐かしい感じがどっしりと広がってそれも一瞬のことだった。いつのころか、同じように掲げられた日を思い出す。


「話は場所を変えよう。もう一人の子も捜索願を出さないといけなしな」


 フォースの顔が思い出の中の父親像重なりかけて、彼の滑らかな英語でそんな幻想は消えた。


 彩子(あやこ)は頭を振って、フォースの腕を叩いた。


「それは頼もしいんですけど、いつまでもこんな態勢でいないでください。セクハラですよ?」

「参ったな。そういうつもりはなかったんだがね」


 フォースが愛想笑いを浮かべる。


 彩子(あやこ)はふっと視線を逸らして、頬を膨らませる。

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