~交渉~ 道化師と策謀家
地球と月の反対側の宇宙より接近する巨大な小惑星。
それは、小惑星帯より予てから開発がすすめられていた、資源惑星である。スペースコロニーの原材料を掘り起こすための採掘惑星として、運ばれたものだ。
推進には、木星より手に入れたヘリウム3による核融合エンジンを使い、大質量の移動を可能とした。第八次調査船団によって、ようやく地球圏への移動を可能にしたのである。
「地球じゃ、戦争してるんだって? それも宇宙で?」
その調査船団の〔AW〕操縦者として招かれた男、フォース・ロックは無重力の中、休憩室でニュースモニタを見る同僚たちのもとへ寄った。薄汚れたつなぎを着た長身痩躯、白髪交じりの茶髪と無精ひげがだらしないが、人懐っこい瞳が年甲斐のない少年らしさを引き出している。
彼らのいるドックはしっかりと気密保持のために舗装された四角い空間だが、ところどころ使い古したように焦げ跡や一部剥げた指示標識が目につく。それだけ、長い年月をかけて木星の引力から連れ出そうとした証明でもある。
休憩室はそのドックの一角に、無造作に作られたスペースでコンテナやケーブルを張って、誰かが暇つぶしに作ったモニュメントやら、地球から密輸入したポルノ写真がぶら下がっている。自作の憩いの場を作り出している。その中で、壁に掛けられた巨大モニタは地球の今を知るツールだった。
「ああ。どうやら、雲行きは五分のようだぜ」
「ほぉ、コロニー落としを阻止か」
「それにしても、宇宙での戦争だなんて派手なもんだ」
「地球でだって、爆撃機が雨のように爆弾を落としていく様を見たら、そんなことは言えないな。無慈悲なもんさ」
フォースは白髪交じりの短髪を撫でて、コンテナに腰かけている同僚の肩を掴んだ。
彼らにこの巨大な小惑星の遊覧飛行を優雅に満喫しているわけではなく、小型の採掘機体で可能な限り施設の拡張をしている。いわば、炭坑夫だ。その休憩時間ともなれば、昼食片手に栄養ドリンクを飲み漁りながら、地球の現状を知ることが唯一の娯楽となっていた。
だが、数か月前までは世界に名だたるアーティストの不倫騒動だのでもちきりだったメディアが、宇宙での戦争を報道している。そのほとんどがローカルなもので、統合政府の圧力が欠けられている風だった。
ニュースを見ていた同僚の一人が、赤い鼻を摩って言う。
「そんなおっそろしいことが世界に向けられて、政府が助けましたと来た。自賛だね、こりゃ」
「政府ってのは、建前が必要なんさ。だから、都合の悪いものは圧殺する。面白くないな」
フォースは大げさに手を広げて、その場にいる全員を煽るように首を振る。彼の気さくな行動に、同僚たちは鼻で笑い、口々に言う。
「ロックよ。俺たちにとっちゃぁ、大事な食い扶持さ。そう悪く言うもんじゃねぇよ」
「妻子持ちには、つらぁい現場だがね……」
「ついに、カミさんも愛想つかせちまってるんじゃないの?」
悪戯な言葉をフォースは怒りもせず、同僚の肩を借りて上昇すると、ケーブルに足を引っ掛ける。それから、舞台に上がった演者のように手を掲げ、虚空を見つめる。
「そうさ。愛する妻との距離は星と星ほどに離れている。だが、僕は信じてる。彼女が毎日、僕のために祈り、夜空を見つめることを……。ああ、なんと悲運だろうか」
「いいぞ。大根役者」
「オスカーも裸足で逃げ出す三枚目」
同僚たちはいつものように冷かして、楽しい楽しい休憩時間を過ごす。
ここには、娯楽というものに飢えている。つまらない小芝居でも打てば、たちまちその人は道化師だ。エンターテイメントを提供する人気者になるのだ。
フォース・ロックはそんな不思議な立ち位置を好んでいる。殺伐とした戦場を歩いていた時に比べれば、これくらいの冷やかしは大歓迎だ。
しかし、そんな彼らも目的地であるラグランジェ・ポイント1、『ガーデン1』へと到着すれば、兵士として狩り出される。それについては、何ら不満はない。むしろ、持て余したフラストレーションを爆発させるいい機会となるだろう。
「さぁ、野郎ども。僕たちが次に行くのはどこか、わかっているかな?」
フォースをケーブルをさし先に巻き付け、器用に逆さまになると耳を澄ませる仕草をして見せる。
それに対して、集まる同僚たちは手にした飲料パックを腰掛けるコンテナや手作りの鋼鉄のテーブルに叩いて鳴らす。鈍い音。一定のリズムを取って、湧き上がる闘志をさらに沸騰させる。
そのリズムを指揮するように、フォースは不敵な笑みを浮かべる。
「聖書は読んだか? 十字にお祈りは済ませたか?」
「慈悲の心を我らは知らない」
同僚たちが一斉に、オペラのように高らかに告げる。
「ならば、そんなものは必要ない。僕たちは神にも見捨てられた兵士たちよ。銃を取れ、剣を担げよ、さすれば祖国へ凱旋しようぞっ」
「われら人の手により生まれし、敗残兵よっ! この身を祖国へ捧げよう。いざ、いざ、いざっ!!」
「いざよっ!!!! 撃鉄を上げ、剣を抜き取ろうではないかっ」
フォースが握り拳を突き上げた瞬間、雄叫びが上がった。
彼らは演者だ。この場の遊びで演じているに過ぎない。
彼らは兵士だ。〔AW〕を操り、敵へを勇む古強者だ。恐れは力に、生きる糧と守るものがあるからこそ、彼は地球圏へと帰ってきた。
全員が手に持っている飲料パックを口にして、中身を飲み干した。そして、道化は静かにその様子を見守る。
この先の戦いに、幸あれと首を垂れて。
コロニー落としの失敗は参謀を務めるグレッグ・F・フォンセとしても、不本意な結果だ。『地球平和軍』の本部が迅速な対応を繰り出したとは、思えないのだ。
仲間の裏切りさえもあり、内部の士気は落ち、疑心暗鬼になっているとも予測されていた。コロニー落としという巨大な計画に、立ち向かおうという覇気すらままならなかったはずだ。
その中で宇宙で部隊を動かしている軍人が、コロニー落としの阻止に打って出たのだ。そして、成功率の低かっただろう作戦を見事に成功させた。
グレッグには、そうした逆境の中にこそ煌めく軍人の存在を認知すべきだったと後悔もする。
だからこそ、彼は数人の部下と護衛を連れて、接近する小惑星への接触を試みている。
彼を乗せた〔シーカー〕はたった二機の〔AW〕、赤い〔ミリシュミット〕と青い〔バーカム〕電子戦装備のみを搭載。そして、乗組員もそれに合わせた数しかいない。
「資源用の小惑星、といっても、戦略的な効力は期待できそうにないな」
〔シーカー〕の休憩室で、同行している鈴燕華が猫のようにグレッグにすり寄る。
それをグレッグは面倒そうに腕を振って払いのけると、手元の電子端末を見下ろす。
「当たり前だ。コロニーの外壁に使う炭素を多く含んだものだ。こちらの労力では、コストと釣り合わない」
「今度は、それを落とすとか?」
「近からず、遠からずだよ」
燕華はシートを掴んで、その上に寝そべった。完全旅行気分で、気ままな行動取り続ける。護衛とはいえ、資源惑星への停泊は取り付けているのだ。向こうが無礼でない限り、意味がない。
それはハンス・ルゥも思うところで、グレッグに問いただす。
「今回の交渉に、われわれ必要なのでしょうか、参謀」
「ま、イメージ作りだよ。俺たちみたいなのが、敵ですってな」
グレッグは後部で座るハンスに言いながら、オールバックの髪を撫でる。
「だから、あたしを呼んだ?」
燕華が間延びした猫なで声で言う。
グレッグは、彼女がすべてを知ったうえで聞いていると承知して、返答する。気怠い気分が充満する空間がさらに鈍重な雰囲気を持ち出した。
「美人というのは、良くも悪くも印象深い。イメージ作戦としては常套手段だ。それに付き人もいれば、どこぞの要人らしく見えるものだ」
「あはっ。嬉しいことを言うじゃないか。機嫌でもいいの?」
「機嫌は最悪だよ、ベル」
グレッグが気怠そうに言うと、燕華は愛おしげな視線を彼に投げかける。
「素直じゃないねぇ……」
ハンスはそんな彼女のぼやきを耳にして、二人が少なくとも妙な距離感に立っていることがわかった。だからこそ、この場にいるのが急激にこそばゆくなる。
そうした部下の動きをいったん無視して、グレッグが話し出す。
「何しろ、『ローグ1』を返上して、資源惑星を買い取るんだ。できなければ、それでいいらしいが、首領は何を考えているのか」
「珍しいですね。参謀が懐疑的になるとは……」
ハンスには、グレッグは首領たるモーガン・ジェムを崇拝して、彼言うことならば何でもうのみにするものだと感じていた。
しかし、それは誤解である。
グレッグは通路から後ろを見て、不満そうな顔をハンスに向ける。
「なるさ。首領のお考えとはいえ、『ローグ1』を手放すのは惜しい」
「それは確かにそうですが、もう一度地球への大規模攻撃を仕掛けられるのは、地球にいる総合政府にはいい圧力になるのでは?」
「ほう、ハンス。なかなか、頭を使うようになったじゃないか」
ハンスの意見に、燕華が茶々を入れる。
「降伏するって、考えがあるならな。地球への損害も、極力避けたいのもあるがな。使ったとして、拠点となるスペースコロニーにぶつけるまでだろう」
「要はぶつけるものの特性上、スペースコロニーよりは石っころの方が都合がいいのか?」
「参謀、まさか失敗すれば『ローグ1』を使う気ですか?」
燕華の言葉に乗せられて、ハンスが声を大にして言う。
それには、グレッグも広い額を押さえながら、態勢を戻した。シートに寄りかかるも、無重力ではあまり休まる感じはしない。
「そんなことはしないさ。コロニーという環境は、増えすぎる人口を許容するのに必要な器だ。もうコロニーを使った作戦はしたくないんだよ」
そもそもスペースコロニーの開発目的は、増えすぎた人口の受け皿だ。『新人類軍』とて、人間抹殺を願っているのではない。人に健全な生活を提供するためにも、環境を維持することは大切だ。
なので、『ローグ1』は交渉がどちらに転んでも破壊対象にしないつもりでいる。
すると、燕華が眠たげな声で言う。
「先々のことを考えすぎなんじゃないかい? 戦争の真っただ中でさ」
「人類の行く末の担い手となるのが、『新人類』の役割だ。先の政治を考えるのは、当然だろう?」
「だが、『新人類』ってのはそう長い息を持っているわけじゃないだろう? それこそ、首領なんかはさ」
燕華は容赦なく客観的にものをいう。
仮に『新人類軍』が勝利を収めたとして、新しい政治基盤を作るのはモーガンやグレッグたちだ。しかし、次の世代になるとき彼らと同等のカリスマを持つ人材がいるのだろうか。モーガンのように、人を引っ張っていけるだけの行動力を持ち、高い知識と経験を発揮する人物がいるだろうか。
ハンスのような若者に継がせるにも、先代の築いたものを維持、もしくは改善していくだけの圧力は凄まじいものだろう。
そうしたカリスマの存続こそが、組織によい流れを作る。一世一代で終わるようでは、そもそも改革など意味のないことだ。
グレッグはその発言に対して、冷静に口を開いた。
「実のところ、もう一つ。交渉するよう頼まれたことがある。が、どうにも腑に落ちないんだ」
「それはどういう?」
ハンスが立ち上がって、グレッグの言葉を待った。
グレッグは電子端末を操作して、呼び出した画像を後方の燕華とハンスに見せる。自然、見せられる側は接近してよく見ようとする。
「そこに映っている子をお姫様として迎えるんだそうだ」
「ふぅん。可愛い子だが、冗談が過ぎないかい?」
「この、イツキ・サナハラが俺たちの新しい指導者になるっていうのは、信じたくないですね」
ハンスも眉間に皺を寄せて、まじまじと画面を見る。
同時に記載されているプロフィールには、月の研究施設『サテライト』の最年少学者、イツキ・サナハラ。和名表記は佐奈原樹。父親が重工業社代表取締役。生粋のお嬢様と言えば、間違いではあるまい。
調子のいい燕華でも、お姫様という存在はさすがに信じがたいものだ。プロフィールからしても眉唾ものにしか見えないからだ。
しかし、幼い顔の半分を覆うような眼帯が妙な違和感と迫力を持っている。
「この子は、『サテライト』制圧の際に月から逃げ出している。その迎えというわけだが、正直今回の交渉、メインはこっちになりそうだ」
「逃げ出したのなら、こちらの意志など汲み取らないでしょう」
ハンスが声を荒げて、お姫様の存在を否定する。
グレッグもそのことには否定的な意見を持っているが、実際にあってみなければ何とも言えない。
「首領直々のお達しだ。それにこの子の右目、眼帯がしてあるがその下は義眼だ。それも最初期の」
「へぇ、プロフィールには失明とあるけど?」
燕華は興味津々に聞きながら、プロフィールの英文をなぞった。
「もう何年も前の話だが、首領が彼女の義眼を作り、埋め込ませたらしい。そして、義眼には俺たちの制御チップに近い性能を発揮でいる装置が組み込まれている。この意味がわかるか?」
グレッグの説明に、ハンスと燕華が息を飲む。
「というと、『新人類』一号ってことかい? 定義的には」
「そうなるな。だが、しっかりと脳の制御が行われているかは不明だ」
「逃げ出したのも、欠陥からか……」
「そうしたことも含めて、俺たちは彼女に接触する必要がある」
グレッグは電子端末を手元に戻すと、無表情の少女の顔を睨み付ける。
「いずれは、女王になるやもしれない器の持ち主だから、な」
その言葉が休憩室に重く響いた。
彼らを乗せる〔シーカー〕はゆっくりと地球に覆いかぶさるように停滞する資源惑星へと針路を取る。




