~コロニー落とし~ 哲学は内にあり
「敵艦、急速離脱。アームウェア部隊も引いていきます」
「『ミューゲル1』、太陽方面に向けて進行————っ!?」
〔リヴァイン〕以下の『地球平和軍』の艦隊は、地球から遠く離れた宇宙で輝く巨大な光球を目の当たりにする。
すべてを飲み込む破壊の光。核融合炉が爆発したのだろう。
〔リヴァイン〕の艦橋では、その恐ろしい光にクルーたちが驚嘆の声を上げていた。
「状況はどうした?」
その中で、艦長であるレミントン・バーグは冷静にオペレーターに問うた。
すぐに、担当のオペレーターが観測班と連絡を取って応える。
「コロニーの核融合エンジンの爆発と予測されます。なお、この爆発による破片の被害はないようです」
「何とか、地球への被害を最小限に留めたか」
レミントンは息をついて、シートにやっともたれ掛った。
『ミューゲル1』解体時の爆発で、数個の破片が降り注ぐことになったは、そのすべてが大気圏で燃え尽きる。事実上の被害はほとんどない。
艦隊の損害も予想を下回る結果となり、上々の戦果と言えよう。それでも、〔シーカー〕船隊を三分の一失い、満身創痍の〔リヴァイン〕と〔イリアーデ〕、〔AW〕部隊の損害を癒すには時間が必要となる。
すると、観測班から報告を受けたオペレーターが言った。
「爆破部隊の信号をキャッチ。距離、九〇〇〇」
「数は?」
「お待ちください…………、了解。数は五機、です。〔ファークス〕二機、〔バーミリア〕二機、〔バーカム〕一機とのこと」
今回最大の功労者たる部隊の者たちの生存は喜ばしいことだが、やはりただでは済まなかった。
レミントンは眉間に皺をよせって、命令する。
「手すきの〔シーカー〕に回収に行かせろ。回収出来次第、現宙域から離脱する」
「観測班より、〔アル∑〕の反応をキャッチ。距離、推定一三〇〇〇」
レミントンは変わらずの厳しい顔つきで、一つ頷くと〔AW〕部隊の収容状況を確認する。
艦橋でもその姿勢を習って、他の艦との連携を急いだ。勝って兜の尾を占めよといった雰囲気が、〔リヴァイン〕に広がっていく。
静かな宇宙に破裂した光を見た樹たちは、やっと肩の荷が下りたような安心感がよみがえってきた。
「どうにか、作戦成功ってことでいいのかしら?」
「そうね……」
樹は〔リヴァイン〕の発信する誘導信号を受信させて、〔アル∑〕を自動操縦に切り替える。あとは、誘導信号に向かって機体が動いてくれる。
ふとメイン・カメラを移動させれば、青々と広がる地球の空が見下ろせた。白い雲を纏い、ゆっくりと自転している。
「地球にいる人たちは、こういうことが起きてるって見上げてるのかな?」
「たぶん、してない」
音はヘルメットを取って、結った髪を解く。ふわりと広がる髪を整えて、ヘルメットを抱きしめる。
「だから、敵、コロニー、おとそとした」
「関心の一つくらい、あるって思いたいけどね」
彩子も地球を見下ろしては、無責任に本音をこぼした。
宇宙で戦いが繰り広げられても、きっとそれは地球にいる人たちにとっては遠いものなのだ。いくら宇宙に上がることが容易くなっても、大気の障壁を超えることは想像の範疇外。
想像力を膨らませても、きっと万に一つの可能性程度しか考えていないのだろう。
テレビの向こうで殺人事件の報道を眺めているのと、ほとんど同じ感覚なのだ。
「わたしたちだって地球にいたままだったら、そうなってたかもしれないんだよ」
樹は二人の自虐的な思考を叱咤するが、はたと自分の言った言葉の危険性に気付かされる。
『新人類軍』は戦争を運んできた。それはいけないことなのに、正しい危機感の認知を自分たちができなくなっている事実。
樹はヘルメットを取って、右目の眼帯を抑える。人工物でできた機械的な部分が、何か見せようとしている気がしてならないのだ。
「危険を嗅ぎ取って、見て、聞いてるから、わたしたちは戦える。そういうのを、地球の人たちに知らしめようとしているの、敵は?」
「どうしたの、樹? 声が、苦しそうだけど……」
彩子は機体の状態を確認しつつ、樹の声に不安が沸き立つ。
戦いの後の疲労感が体をどっと重たくする。手元のキィボードが霞んで見える。
無理もない。彼女たちは戦いに復帰したばかりで感覚が追いついていない。しかし、もとからそんな適応能力を持っていなかったから、より顕著に疲労として現れる。
「疲れてるんだわ……」
彩子もヘルメットを取って、ふっと息を吐いて、シートにもたれ掛る。飛び散る汗の粒が地球と重なって煌めいて見えた。
「無重力にも慣れてきたのかな……。ふわぁ……。ごめん、十分寝かせて」
「あい、わかた。お休み」
「よろしく……」
音も額の汗を拭いながら、シートの下から飲料パックを取り出し、吸引器に口をつける。
すっと染みわたる酸味と水の流れ。疲れた体が浄化されるような感覚とともに、喉を苦しめていた渇きを潤してくれる。
吸引器から口を放し、吐息を一つ。
「樹、寝てる?」
「いいえ……。ちょっと、考え事してる」
「何、考えてる?」
音は興味本位に聞きながら、通常モニタに流れていく地球と煌めく星を見送る。
〔アル∑〕は静かに、六基のバリアブル・バーニアを広げて、時折噴射しては軌道修正と加速をかける。機械的に、〔リヴァイン〕を目指している証拠だ。
その振動がまるで揺り籠のように操縦席を揺らし、眠気を誘う。これまでにない疲労感が湧いてきて、音は少しばかり不思議に思った。
その中で、樹の声が子守唄のように聞こえてくる。
「戦争を起こさないから平和って考え方が、ね。虚っぽく思えてきたの。『新人類軍』の今回の作戦を思うとそんな気がしちゃって」
「ありえない、よ? 敵、正しく、ない」
「だけど、統合政府も正しくなんてない。どこにも正しさなんてないから、戦争してるの」
「どゆこと?」
音には、彼女の言うことが哲学者の言葉のようでうまく理解できない。ぼんやりする頭だとなおさら、彼女の言葉は魔法の呪文を唱えて、思考を急速に遅くらせる。
「人は賢くなって、宇宙にまで行けるようになっても、裕福になれない。ううん。裕福という感覚を持つ限り、永久に矛盾し続けるのでしょうね。半ば知識をつけたばかりに、わたしも変な妄想をしてる。しちゃってるんだ」
「…………」
「私たちに必要なことって、なんだろうね? 飢えないだけの食事? 不自由ない住居? それとも——」
樹は次に出てくる言葉を飲み込んで、自分の中に仕舞いこむ。
正しさなどない。生きていることに、成否がつけられるものではないから。混沌とする心が、次々とおぞましい不安の渦と奢ったインテリジェンスを呼び覚まし、頭がパンクしそうになる。
この不安感は、人の潜在意識のはずなのに、表層出てくるなりすべてをひっくり返す力を持ってしまいそうになる。これまでの道徳と秩序を破壊しようとする改革的な意識が、構築されそうなのだ。
人間の本質を否定したくて、今まで培った知識が総動員で取れを押さえつける。一人で積み重ねた知識。虚しいだけの記録。
沸騰しそうな頭を掻きむしり、どうにか落ち着けようとする。
この体を飛び出して、広大に広がる宇宙へと思考がさく裂しそうになる。
瞬間、音の眠たげな声が言った。
「人、だよ……」
「え? 人なの?」
増えていく人間を嫌悪しているのに、その人間が必要よいうのには、納得がいかない。
樹は熱にうなされる頭を掻き毟るのをやめて、今にも消えそうな声に耳を傾ける。
「一緒に居て、助けて、認めて、憎んで、喜んで、愛して、嫉んで————、それでも一緒に明日を迎えるの。好きな人だけじゃないから、だけど、その人がいなかったら生きていけない現実があると思うから……」
「…………」
樹はふと憑き物が落ちたような気楽さがよみがえってくる。音が普通に話していることなどきにならなかった。
だが、それですべてが解決したわけではない。どうあっても、争いは続き、戦争とかかわりのない人の無関心は消えない。
「この世界でも、きっと、きっと……、明日は来る」
音の声はそこから、寝息に変わり、彼女が眠りに落ちたことを知らせる。
彼女の言うことは、綺麗なものばかりで信じきれないものだ。だけど、『奴隷階級』とまで蔑まれて生きてきた彼女が、そんな純真を持っている。
人生が辛いから、憎しみだけが生まれるのか。
人生が幸福だから、幸せが生まれるのか。
若干十六歳の少女が、そんな人生観などを考察するのはおこがましいことだ。だが、歳を取った大人がこの戦争を繰り広げている。
はたして、そこにどんな哲学があって、美学に酔いしれたのか。
「明日は来る、か。そのために、今日があって、昨日があったんだから」
樹は一人深々とため息をついて、妙な思考を止める。
妙に熱のこもった右目の眼帯を押さえながら、シート下から携帯食を取り出す。包装をとって、中の固形食を頬張る。乾いた口からさらに水分を奪うそれに、不思議と安心感が詰まっている。
「前の操縦者はきっとこんなことを考えて、未来をいいものにしようとしたのかも……」
樹はぼやきながら、ぱくぱくと固形食を食べていく。




