~狼煙~ 発起人
計画は順調といえた。
『サテライト』の人払い。反抗分子の排除。コロニーの陽動。
考えようによっては回りくどいものだったが、宣伝というものは派手に行ってこそだ。
「〔リンカー〕、〔イリアーデ〕ともに『ガーデン1』への航路に乗りました」
「コロニーからの交信途絶されました。警戒態勢を解きますか?」
『サテライト』の管制室で、オペレーターたちが一人の男に指示を仰いだ。
オペレーターたちは軍服を着て、はきはきと仕事をこなしているのだが、上官らしい男はモニターに映し出された二隻の宇宙線を見て、盛大にあくびをした。
「随分と腑抜けちまったもんだ。だから、『平和』なんて入れるべきじゃなかったんだよ、軍隊にさ」
上官らしい男、グレッグ・F・フォンセはがっちり固めたオールバックを撫でながら、ぼやいた。
彼は『地球平和軍』の将校だったが、官僚の犬にも等しい軍事組織のあり方に嫌気がさしていた。
グレッグだけでなく、今管制室にいる下士官もそうだし、宇宙に島流しにされた犯罪者たちもそうだ。
宇宙のという環境は、旧来の人類を骨抜きにするな、と思わせるのだ。
「指令、ご指示を……」
グレッグの返答がいつまでたっても来ないことに、一人のオペレーターが不審そうに言った。
「ったく、そういうのをいちいち俺に聞くのがテメェの仕事か? 状況を見ろよ。まだ出港したばかりだろうが」
「はぁ……」
「電源の復旧はもう少し待て。ここだって、まだ大丈夫だろ?」
グレッグは非常灯に照らされた管制室ないを見渡して、その機能が生きていることを確認する。
予備電力も限定的にしてやれば、多少の時間稼ぎはできる。
「コロニーからの音沙汰なし。どう出るんだか…………」
またぼやいて、グレッグは開いている席に腰を沈めた。
やる気がでないのは、静かな幕開けに退屈しているからだ。まだ、グレッグを含めた軍人たちや、『奴隷階級』たちを『地球平和軍』は反乱分子だとは認知していない。
それが無性に、胸の疼きを促進させる。
すると、管制室に通常宇宙服を着た人物が入ってきた。
「誰だ? まだ警戒態勢中だ」
グレッグはどこの馬鹿が持ち場を離れたのかと思った。
その人物はバックパックの出入り口から、まるでさなぎから蝶になるように体を出した。
暗がりの中で、出てきた姿を目にした瞬間、命が危ないとばかりに席を立ち、慇懃に敬礼した。
「か、閣下っ! これは、とんだご無礼をっ!」
「何、わしが勝手に来たんだ。それにこの暗さでは、わかるまいて」
閣下と呼ばれた老人は、宇宙服を手の空いているオペレーターに預けて背筋を伸ばした。
そのしっかりした姿勢と、深い碧眼の双眸は彼の遍歴を物語っているようだ。
この老人こそ、この『サテライト』占拠を企て、軍人と『奴隷階級』を束ねて武力組織を形成した人物、モーガン・ジェムである。
「状況はどうなっとるかね?」
モーガンはゆったりとした口調で、オペレーターたちに問いかけた。
「予定通り、職員を乗せた〔リンカー〕と我が方の〔イリアーデ〕が出港いたしました」
「そうか、そうか。『ガーデン1』も少しは危機感を持ってくれないとな」
「しかし、閣下。わざわざ、職員たちを逃がさなくとも……」
「何、ちょっとした刺激が『地球平和軍』には必要なのだよ。反対した研究員など、種火くらいの役には立ってもらいたいからの……」
モーガンは古傷のような皺を擦りながら言う。
発起人というのは冷徹なものだ、と質問したグレッグは思った。
彼だって、宇宙開拓事業の第一人者でいいポストについている。それでも、緩やかな老後を迎えなかった。
生涯現役もいいところ。この計画を機に、自分の積み上げてきたものを簡単に手放す気でいるのだ。
革命家に世俗の理念が通用するはずもないのだが。
「わしらは、新しい秩序を担う先駆者だ。人が真に平和を願うのなら、今回の出来事は将来のための布石じゃよ」
「そういうお考えだからこそ、我々は閣下にお仕えするのです」
グレッグはそう言って、しゃんと胸を張って見せた。
「そうか…………。頭に誤作動はないな?」
「疑っているので? 閣下がくださった制御チップですぞ?」
「そうだな。君の態度を見る限り…………、そうだな」
モーガンは一瞬鋭い目つきで、グレッグを睨んだが、一人納得したようだ。
この反乱に参加した人々は、脳手術を受けている。それは人の脳にマイクロチップを埋め込み、感情を抑制しようというものだ。昔にも似た脳手術があったが、それに比べれば命のリスクはない。
感情の抑制とは、いかな状況でも合理的に物事を図れるようにし、利己の概念を押さえつけようというもの。理性的で、協調的に互いを認識することこそ、人は掴まなければならない意志だ。
だから、モーガンは自身の人生をなげうって、人類の理想を担った兵士を集めた。
その理想は半場実現し、あとは欲望のままに動く旧来の人類を統率するだけ。
「さて、これからが本番じゃて――――?」
そういって、モーガンは管制室を出て行こうとする。
が、管制室のモニターに表示された数値の異常に気が付いた。
「どうかなさいましたか?」
「B区画の1番格納庫に送電がされているようじゃが」
モーガンは唸るようにいって、モニターの数字を指差した。
「状況っ!」
グレッグが平静を装いながら、オペレーターに言う。
一人のオペレーターが冷静に報告する。
「凍結された格納庫です。テスト機が一機あります」
「そこと回線を繋げられるか?」
「やってみます」
グレッグは備え付けの受話器を取って、問題の部屋につながるのを待った。
しかし、いくらコールしても反応がない。
「システムの誤作動か?」
「フォンセ大尉。こういうアクシデントも、うまく対応しなければな。まだまだ、感情が抑えきれておらんぞ」
モーガンはそう言って、不敵な笑みを浮かべた。




