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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十四章
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~コロニー落とし~ 戦いに必要なものは?

『地球平和軍』は〔リヴァイン〕、改修した〔イリアーデ〕、武装改装した〔シーカー〕による艦隊を編成し、地球への降下を始める『ミューゲル1』へと出港した。艦隊による攻撃は、『新人類軍』も予測はついているだろう。だとしても、今回の作戦を失敗するわけにはいかない。


 敵状は望遠観測でしか判断がつかなかったが、〔イリアーデ〕一隻に、〔シーカー〕数隻の小規模艦隊。船の数からして、搭載〔AW〕もそれほど多くはない。しかし、敵はコロニー落としを仕掛ける連中である。見えているだけが、戦力のすべてではないだろう。伏兵などは常套手段だ。


〔リヴァイン〕の士官食堂では、最後の晩餐と称して集まった〔AW〕操縦者や艦内クルーたちがあと数時間と迫る作戦に備えていた。


 その中に、リーン・セルムットの姿はあった。ビジュアルスクリーンの手すりの前。スクリーンには地球の雄大な景色が数分ごとに切り替わって、スライドショーを行っている。


 彼は一人静かに携帯食料をパクつき、蓋のついたカップに入っているお酒を飲んでいた。酒気で少しでも気持ちを上げようとしても、むしろ虚しくなるばかりで慣れないアルコールに喉が燃えるように焼けつく。携帯食料のぱさぱさした歯ごたえが口の中の水分を奪い、なおのこと潤いがほしくなった。


「何してるんです、曹長?」


 背後から声をかけられ、リーンは肩越しに振り向いた。


 そこには、同じカップを持った(いつき)彩子(あやこ)(おと)の姿があった。三人ともすでにパイロットスーツに着替えており、準備万端といった風体だった。


「…………」


 リーンはそんな三人とは違い、酒のせいか、胸の奥がもやもやする。吐き気はない。だが、言いようのない不安定さがあって、自己嫌悪が沸き立つ。


 返事をしないリーンを見た(いつき)たちは、一度顔を見合わせるとそっと無重力の中をふわりと跳んで手すりについた。


「曹長さん、悩みがあるなら今のうちよ? 一応、命預ける側としては不安になるから」


 彩子(あやこ)がリーンの左隣について、ぶっきらぼうに言う。


 リーンと(いつき)たちは、このコロニー落とし阻止作戦で、バディを組むことになっている。リーンの目的は〔アル(シグマ)〕の護衛。〔アル(シグマ)〕は作戦の要であり、他にも〔AW〕小隊規模で護衛がつく話となっている。


 その中で、リーンの〔バーカム〕はコロニーの破砕直前まで〔アル(シグマ)〕と行動を共にする。どちらも命がけで、危険と隣り合わせだ。〔アル(シグマ)〕は『ミューゲル1』の制御系統を乗っ取る間は無防備だ。その間を〔バーカム〕が守り切らなければならない。


 しかし、リーンには一つの疑問があった。彩子(あやこ)の口車もあって思わず口を開いてしまう。


「どうして、俺と組む気になった?」

「あい? だて、そーちょー、強い」


 右隣の(いつき)の影から、(おと)が浮かんだ長い髪を整えながら言った。


「知り合いの方が、何かと安心できるってのもあります」


 (いつき)が付け加えて、吸引器を咥えた。


 三人にとっては、今、この場で最も信頼できるのはリーン・セルムットその人なのだ。同じ部隊の仲間でもあり、その実力をよく知っている。それが『地球平和軍』の中でどの程度かはわからないが、とにかく(いつき)たちにとって、自分たちを守るに足る実力だと信じていた。


 リーンは一度手元のカップを見てから、吸引器を咥えた。一口飲むごとに、燃える様な味が口に拾がる。自然と携帯食料を口に運んでいた。


「安心か。俺じゃ、心もとないんじゃないのか?」

「しょーさより、ずっといい」

「同感。腕と性格は、曹長の方がまだマシです」


 (おと)の発言に、(いつき)が険の混じった声音で言う。


 (おと)の言う『しょーさ』なる人物は、ヤッシュ・カルマゾフのことだ。彼は太陽光発電施設防衛の際の失敗により謹慎処分を受けている。だが、それは表向きの事情だ。


「あの屑。建前上、謹慎してるけど、どうせ今の総司令の軍人に匿われてるのよ」

「うわっ。いつになく荒れてるわね」


 彩子(あやこ)(いつき)の毒を聞いて、呆れ顔を浮かべる。ヤッシュに対する辛辣な態度は相も変わらず。彩子(あやこ)自身も、厄介な上司がいないだけ、作戦に邪念が入らないとは思っている。


 そうでなくても、周りからの圧力、期待で押しつぶされてしまいそうなのだ。


 リーンは彼女の覚悟と芯の強さには、敵わないなと短く息を吐いた。


「マシ、か。そうなれるよう、尽力する。作戦の邪魔だと判断したら、見捨ててくれていい」

「誰もそんなことしないわ」

「隊内の相互不信は消えてねぇんだ。言い切れるのかよ?」

(おと)、そーちょー、信じる。ぜたいっ!」


 (おと)が手摺に身を乗り出して、リーンの視界に入る。


 ふわりと浮かぶ長い髪と真剣な眼差し。


 リーンはその表情が、いつかのコフィンのものと重なって、体の内側が掻き毟られるような苦しみを味わう。


 それには、(いつき)たちも小首をかしげて、顔を覗き込む。


 すると、背後から一人の軍人が近づいてた。ガイア・キキリアだ。


「おい。セルムットっ」

「…………?」


 リーンと(いつき)たちは振り返って、まっすぐに流れてくる中年男を見た。まだリーン同様軍服で、青筋を浮かべていた。


 その武骨な拳が、瞬間、リーンの顔面に炸裂した。


「————っ!」


 リーンは急な攻撃に驚いたが、無重力での拳に力はほとんどなかった。リーンの体は横で浮かんでいた(いつき)(おと)にぶつかり、受け止められた。


「ん————っ!?」

「あぅう?」

「悪い」


 リーンもひりひりする頬を気にせず、背中の方で声を漏らす二人に謝罪する。


 一方で、ガイアも反動で食堂を後ろ向きに流れて、テーブルバーに腰かけていた別の軍人とぶつかり、勢いを殺す。


「おいっ。気をつけやがれ」


 ぶつけられた軍人が野太い声で注意するも、ガイアは床に足をつくリーンを睨み付ける。


「ちょっとあんた、何よ? こんな時にさ」


 彩子(あやこ)がガイアに向かって食って掛かる。


 リーンは握りつぶしてしまったカップを(いつき)に押し付けると、彩子(あやこ)を庇うように前に出た。


「何の用ですか、キキリア大尉?」

「貴様、コフィンが撃たれたのをなぜ止められなかった!?」


 そう叫んで、ガイアが床を蹴って、勢いよく突っ込んでくる。


 周囲の軍人たちが面白がって注目する。ちょっとした余興だと皆は思っているのだろう。


 リーンはすっと体を開けて、ガイアの拳を交わし、床を思い切り蹴り上げ膝蹴りを腹にお見舞いする。


「————っ」


 容赦のない一撃に、ガイアが悶絶。体は天井に向かって、弾かれバウンド。その反動で床に戻ってくる。


 周囲では感嘆の声と、冷やかしの口笛が響いた。


「曹長————」

「仕掛けてきたんだ。当然だ」


 (いつき)がリーンの肩に手を置いて、問い詰める。


 リーンは確かな感触を覚えて、床にしっかりを足をつく。元上司だからと言って、因縁つけられて殴られるほど彼は寛容ではない。そもそも、その因縁というのが今のリーン・セルムットにとっては地雷ともいえる言葉だった。


 ガイアが床に四肢をついて、ゆっくりと立ち上がる。ゆらりと立って、苦しそうに腹を抑える。


「図星か? そうなんだろ?」

「だったら、何です? キキリア大尉がどうしてそんなことを気にするんです?」


 瞬間、彩子(あやこ)が目を見開いて、大声を上げる。


「もしかして、コフィンさんに言い寄ってた不倫男!?」


 その言葉に、食堂全体が騒然とする。白い眼がガイアに向けられ、さらにはひそひそ声が次第に増えていく。


 ガイアは眉間に皺を寄せて、彩子(あやこ)を睨み付ける。


 彩子(あやこ)は慌てて手で口を覆うが、すでに後の祭りだ。


彩子(あやこ)、ズバリ言い過ぎ」

「言い過ぎっ」


 (いつき)(おと)彩子(あやこ)に近づき囁く。


「だって、そうでしょう?」


 彩子(あやこ)は口元を覆いつつ、申し開きをする。


 リーンは眉一つ動かさず、妙な因縁をつけられたと苛立ちが湧いてくる。


「大尉がそういう人だったとは、失望しました。そんな理由で俺に因縁をつけてきたんなら、なおのこと軍人としても、男としても軽蔑します」

「だったらなんだっ」

「開き直っちゃった!」


 彩子(あやこ)が思わず声に出して言う。


 それには、周囲からも失笑を買った。もちろん、彩子(あやこ)の発言にではなくガイア・キキリアという男の在り方にだ。


 ガイアは鋭い視線をリーンに向けながら、言い放つ。


「リーン・セルムット。お前がしっかりしていれば、コフィンが意識不明の重体になることはなかった。違うか?」

「…………」


 リーンは彼の苦し紛れの発言だと頭では分かっていたが、どうしても自身の中にある罪悪感が膨れ上がる。どうして助けてやれなかったのか。それどころか、死ぬこと前提に対応しようとしていた。かつての同僚を前に気持ちで負けていたあの時。


 リーンの表情が次第に暗くなり、(いつき)たちが代わりとばかりにガイアに言った。


「偉そうに言って。他人に責任を求めてる暇があるなら、自分にできることをしなよ」

「そうよ。すっごく迷惑してたんだからね、コフィンさん」

「そだそだ、どかいけっ!!」


 その三人の言葉に、くすくす笑う嘲笑が沸き立ち、ガイアの立場をなくしていく。


 その中で、リーンはぐっとこぶしを握りしめた。三人の言葉が彼の心を抉っていく。自分にできることをしなかった。コフィンに迷惑をかけた。自分など彼女には不必要な人間だ。


 初めから、必要とされてなどいない。戦場とは常にそういう場所だ。求めるものは勝利であり、要因となる行動が満たされれば、必要不必要など関係ない。そこに積み重なる犠牲には、価値はなく。勝ち取った者にも価値はない。


 心の中が凍てつく。


 呆然と立ち尽くすリーンを前にして、ガイアは最後に言った。


「お前なんぞ、生きていたって意味なんぞない。彼女が生きていれば、よっぽど救いがあった」


 その言葉に、(いつき)たちが怒りの声を上げた。


 ガイアは三人娘の剣幕と周囲からの冷たい視線に耐えきれず、尻尾を巻いて食堂を逃げ出した。


 しかし、リーンはその言葉だけは肯定的に捉えていた。


「まったく、器量の小さい人。あれで大尉だなんて……」

「本当よ。いくら人間不信が横行してるからって、言い過ぎよ」

「そーちょー、気にする、ダメ」


 (いつき)たちがリーンの方を向いて言う。


 ガイア・キキリアという男も、今の疑心暗鬼な状況に不安を隠しきれないのだろう。それで、リーンに八つ当たりをしていい理由にはならないが、すべてを否定できるほど(いつき)たちも全員を信じているわけではない。


 この中に敵が混じっているかもしれない。その不安は、確かに『地球平和軍』内部に浸透し、押しつぶそうとしていた。


 それを打ち払うためにも、この一戦は重要な意味を持っている。


 そんな中で、リーンは自分の中で忘れていた冷たいものに、心を蝕まれていた。表情は凝り固まり、不必要な考えが凍りつく。


「曹長……?」


 (いつき)は呆然と立ち尽くすリーンにただならない不安感を覚えて、つぶやいた。




『地球平和軍』の動きは遅ればせなもので、『新人類軍』の〔イリアーデ〕艦長ゲイル・マークスは正直舐められていると感じていた。


 すでにノイズ交じりだったが傍受していた作戦会議の内容から、陣形を整え、『地球平和軍』艦隊に対抗できるだけの戦力を蓄えている。


「艦長。敵艦隊、約二時間後に降下進路上にて接触します」


 観測班からの情報を受けたオペレーターが言った。


 ゲイルはオペレーターに軽く手を振って、了解のサインを出した。上段のオペレーターたちは周囲への厳戒態勢を維持し、『地球平和軍』の動きを逐一報告していた。下段では、接舷している『ミューゲル1』の姿勢制御ブースターを操作し、降下軌道の修正をしている。


『ミューゲル1』はまだ地球の引力に引かれていないが、一時間もすれば地球の自転に引き込まれていくだろう。それまでは〔イリアーデ〕で操作し、戦闘が始まる直前には離脱し、防衛戦線を構築することになっている。


「各部隊、戦闘準備はどうなっている?」


 ゲイルは中央に浮かぶ立体モニタの天体の動きに注目しつつ、インカムのチャンネルを合わせて言った。その声音は抑揚もなく、機械のように発せられていた。


 ほどなくして、格納庫の方から報告が入る。


「こちら、格納庫。すでに、〔ミリィフロップ〕、〔ミリシュミット〕、〔スカイフィッシュ〕の整備が完了。鹵獲した〔バーミリア〕にはシステム調整が残っています」

「了解。〔バーミリア〕操縦者は使えるんだろうな?」

「無論です。彼らにも制御チップが埋め込まれ、かつての仲間に対してなんら抵抗なく攻撃が可能です」


 その報告には、心底ゲイルは安心した。


 月の『サテライト』に待機している統率司令官、グレッグ・F・フォンセから預けられた機体と操縦者だ。信頼していないわけではないが、少しばかりの不安があったのだ。


 だが、それもおしまいだ。


「わかった。整備の方を頼む。二時間後には、敵と接触する」

「了解」


 味気ない会話の中に、相手に対する気遣いは一切ない。彼らにとっては、生きるも死ぬも重要なことではない。


 作戦の成功。今はこれ以外のことを考える余裕はない。


 何しろ、コロニー落としによって、甚大な犠牲者を出す。普通の人々なら、自分たちの両手から溢れるほどの命、血に怖気づいていてもおかしくない。


 しかし、彼らは人類の未来のためという理想を掲げ、そして、自らが『新人類』という高位にあることへの誇りが命の多さなど意にも返さない。


 ゲイルたち実行部隊、ひいては月の本体、『ローグ1』の分隊にももはや罪悪というものは感じ得ない。倒すべき統合政府が武力をもって、阻止するのなら障害を排除し実行する。


 血を求めているのは統合政府だ。


 ゲイルは静かに立体モニタに映る敵マーカーの数に、闘志を燃やす。


「考える時間は与えられたのだ。その答えが武力ならば、我々はそれを討つのみだ」


〔イリアーデ〕並びに〔シーカー〕は、ゆっくりと近づく地球に挑むように、『ミューゲル1』とともに移動していく。


 南半球の暗い地球は、その巨大構造物から逃れることはできず、そこにいつづける。

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