~コロニー落とし~ 兵士よ、奮い立て
「月の重力でも、植物は育つ。いい話だとは、思わないかい?」
「…………」
月面のドーム型の農耕施設。
二枚貝が開いたようなミラーが受けた太陽光を反射し、全面特殊ガラス張りのドームの中に日光が注がれる仕組みの建物は、疑似的な地表を体現している。
そこは地球から運ばれた土と、水と、植物に満ち溢れていた。季節を問わず人工栽培された花々は色とりどりの花弁を広げて、日の光を浴びている。さらに、収穫間近の稲が青々とした色を輝かせていた。他にも夏野菜の数々が瑞々しい果肉を蓄えて、実っている。
鈴燕華はそんな月の自然の中で、部下たちとともに野菜の収穫をしていた。長ズボンに長靴、上半身はビキニ姿とかなりざっくばらんな格好だ。
そんな彼女の綺麗な背中を見ているのは、つなぎ姿のハンス・ルゥだ。彼の表情は上司に対する不信感に満ち溢れていた。手に持った籠の中には、赤く熟れたトマトが積まれていた。
「鈴さん。自分たちは、コロニー落としには参加しないのですか?」
ハンスがそういうと、緑色に汚れた軍手がさらにトマトを置いていった。
「別に、首領様から休暇をもらったんだ。いいんだよ。それにあたしは気乗りしなかったし……」
「本当にいいんですかね? 試されてるんじゃないですか?」
燕華は腐ってしまったトマトはそのままにして、別のものを探った。支柱に重くのしかかるように垂れ下がるトマトのつたにはアブラムシやらアリやらが、時々見受けられた。
こうしてみると、故郷の風土がもっと野性的だったことを思い出す。野犬もいれば、野鳥も飛び交い、収穫期の作物を食い荒らしに来るのだから。
「試されているのはむしろ、防衛戦に向かった連中だよ」
「はい?」
ハンスは青臭い臭いに顔を顰めながらも、振り返る燕華の清々しい顔を見た。
「あたしらが前の戦いで、完封勝利しちまったから、他の連中と足並みをそろえなきゃいけないだろ? 協調と協力が、常にバランスのいいものじゃないってこと」
「しかし、ならばこそ、自分たちが出向いてコロニー落としを成功させる必要があるのではないでしょうか?」
燕華は生真面目な部下の意見に、一つ頷いて見せる。それから、太陽の光を受けるミラーの方へと視線を向ける。手を翳して、影を作れば、偽物の青空が見える。空が青いのはなぜかと、幼いころに思っていたことが、宇宙でも同じ色をしているのだから驚かされる。
しかし、彼女の思うところは人間というのは地球に近いものは作れても、それに等しいものは作れないという実感だけ。
「ハンス。君は大変優秀な民兵だ。が、生まれ育った土地が焼かれるのは嫌だろ? それを一番理解しているとも、あたしは考えているんだが、どうだろう?」
「…………」
ハンスは自分の故郷から緑が消えたことを思い出して、口を閉ざした。
燕華はまたトマトの収穫に戻って、熟れたトマトを一つ手に取った。
「人間というのは、月にまでこうやって植物を育てるようになった。なぜだと思う?」
「これしか方法がなかったのでは、ないでしょうか?」
「それは違うなぁ」
燕華は間延びした口調で言って、トマトをハンスの籠に入れる。
「わざわざこんな大それた畑を作らなくても、太陽に近い人口光は作れる。それで、狭いスペースで大量に育てればいいんだ」
「はぁ……?」
ハンスはまた燕華の言葉遊びが始まったと思いつつ、それが一つの学習になるのをよく知っている。だから、この時ばかりは、上司と部下というより師匠と弟子という間柄に近しい。
ゆっくりと畑の合間を歩きながら、燕華は収穫する。
「まぁ、囚人たちの労働場を造りたかったというのもあるよ。それに、あたしはこういう畑仕事は小さいころからしていて、落ち着くものだよ」
「リラクゼーション、ですか?」
「お、言うようになったねぇ」
燕華は楽しそうに言って、ちくりと痛む頭を軽く叩いた。どうにも制御チップの反応が過敏になり、少しの快楽にも痛みを伴う。
「人間、自然からは離れられないって思い知らされるね」
「女性的な見方じゃないですか?」
ハンスは燕華の気持ちがわからず、肩を竦める。自然だ、地球離れだと言われても、実質『新人類軍』は宇宙を主な生活圏にしている。地球からはとうに離れた存在になっているはずだ。
燕華は軽く肩を解すと、手にしているトマトを見た。
「女性的、ね。そういうものかも、しれないか……」
太陽の光を浴びて育ったトマトは見事なもので、食欲をそそる色合いをしている。
何かを食べなくてはいきていけないのが、生物の根本だ。人間であれ、『新人類』であれ、それは変わらない。しかし、口にするものまで無機質になってしまっては、自らの体を硬化させてしまうのではないかと思うのだ。
肉を食み、果肉を貪り、水を飲む。
月の『サテライト』、スペースコロニーの『ローグ1』にも初めはなかったものだ。それを再現する必要があったのは、生命の活動をする環境が地球にしかないということに他ならない。
燕華はトマトをハンスの籠に入れて、その量を見ると納得の笑みを浮かべる。
「今日のところはこれでいいだろう。次に行くぞ」
「まだ、何かするんですか?」
「嫌なら、宇宙のゴミ拾いにでも一人で行きな」
燕華は元来た道を戻りながら、汚れた手袋を外してズボンのポケットにねじ込んだ。
そのあとを納得のいかないハンスがついていく。ずっしりとくるトマトの重みに悩まされるも、自分たちが食べるものと思うと少し複雑な気分だ。
燕華は土手を上がると、広大な人口畑を眺めて叫んだ。
「諸君っ!! 撤収っ!!」
すると、そこここから野太い返事がこだまして、燕華の部下たちが籠を担いで土手に上がってきた。夏も終わりの時期に取れた野菜は、少し痛み気味のものがあったが問題なく食すことができる。
燕華は畑を縦断するコンベアーを作動させて、流れていくそれら野菜たちを見送る。
「うん。いい収穫量だ。次に行くぞ」
「どこにいくんですか?」
隊員たちを代表するようにして、ハンスが問う。
すると、燕華は全員を見渡して言う。
「調理場だ。晩飯の下ごしらえをする」
その言葉には、ハンスだけでなく、他の隊員たちも困惑顔を浮かべて互いに視線を配っていた。
燕華はそれでも我が道突き進むといった態度で、腰に手を当てていやらしい目つきをした。
いくら戦争とはいえ、いつまでも無心に戦えるほど自分たちは完成していない。少しでも日常的なものに触れておくべきなのだ。自分が生きていることに対して、何ら不安感を抱かないのは致命的であり、生き物としてかけてはならない要素だと彼女は考えている。
会議室に集められた大勢の軍人たちは壇上近くに座る専門家たちに混ざって、頭二つ小さな影に違和感を覚えていた。
「では、改めて概要を説明する。だが、この作戦は他言無用で頼む」
壇上に立つレミントン・バーグが巨大スクリーンを背景にして、プレゼン用の台を操作する。
会議室は徐々に照明を落とし、巨大スクリーンに作戦図式とそれ取り囲むように映るワイプには地球にいる専門家たちとの衛星回線が開かれていた。もはや、敵の傍受云々を考えている余裕はない。それだけに、ここで開かれている作戦会議は重要であり、迅速に行動する必要があるのだ。
そのワイプの一つに、藍崎敏信の温厚な顔もあった。
「ねね、じぃじ、いる」
「え? もうっ、今は会議中だからお話は後にするわよ」
「うぅ…………」
参加している彩子と音は着席できなかったために、会議室の端にある通路で話を聞くことになっている。彼女たちのすぐ前には、リーン・セルムットの立ち姿もあり、階級を問わない大がかりなものだと改めて実感させられる。
一方で樹は専門家席に座って、巨大スクリーンに映し出された建設途中の『ミューゲル1』のシュミレーショングラフィックをまじまじと見つめる。
大きさは直径一・三キロメートルの球状コロニーだ。その中心を貫くようにして、連絡柱が設けられその両端に姿勢制御ブースターや送受信施設がある。太陽光パネルも連絡柱の両端に四枚ずつ取り付けられており、すでに自家発電するまでになっている。
しかし、あくまで建設途中の構造物であり、頑丈な外殻をパーツごとに張り付けただけで、内部構造は全く出来上がっていない張りぼて状態だ。それでも、直径一キロ以上もある構造物。ただランダムに落とすだけでは戦略的効果は見られないが、統合政府本部のある西アジアに落とせば、指揮系統の混乱が生じるのは必至だろう。
「今回の作戦は、巨大構造物の軌道変更、もしくは破壊が目的である。そこでもまず、第一に考えられる作戦は、両端にある姿勢制御ブースターの制御施設の制圧」
レミントンはスクリーンに表示されているモデルの手前端に映されている施設を拡大し、参加者全員に見せる。これには、地球の専門家たちも眉間に皺を寄せていた。できれば、この方法を取ってくれという感じだ。
「施設は五十メートルの直方体をしている。ここに陸戦部隊を送り込み、制圧。ブースターによって地球落下軌道から外すものだ。何か、質問はあるか? 階級は問わない」
レミントンの声に会場の端っこに立っていたリーンが挙手をした。
「うわっ。いつになく真面目……」
「…………」
近くにいる彩子は若干信じられないというニュアンスで言う。その横で音は心配そうな視線を投げかけていた。
レミントンの了承を受けて、リーンにすぐさまマイクを持った兵が駆け寄って、ボリュームを調整する。それから、リーンが様子を見計らって発言する。
「この作戦では、陸戦部隊の投入を想定したものと考えますが、その場合敵のアームウェア部隊の標的にされやすいのではないでしょうか? その場合、我々アームウェア操縦者に求められるのは、陸戦部隊の護衛となり、敵のいい的だと推測されますがどうでしょう?」
その発言に、会場がどよめきだった。
もちろん、ここに集められたのは戦艦乗員もいれば、〔AW〕操縦者もいる。彼らとて捨て身で敵陣に踏み込むことの恐ろしさはわかっている。
ワイプに映る専門家たちも苦い顔をして、口を閉ざす。
すると、レミントンが全体を見回してから、リーンに視線を向ける。
「君はどこの所属だ」
「ハッ。特務実験隊、カルマゾフ小隊所属、リーン・セルムット曹長であります」
慇懃な返答に、樹も思わず振り返って心配そうな視線を向ける。
「無理してない、よね?」
樹がつぶやくうちに、レミントンが言う。
「曹長の意見はもっともだ。だからこそ、第二にコロニーを分断爆破させる」
全員がスクリーンに注目すると一度『ミューゲル1』全体を移した画面に引いて、今度は半分に切った断面図が出された。そして、その各所に赤いマーカーが点滅する。
「マーカーが表示する箇所は、建設時に行った接合部だ。ここを爆破し、崩壊させる。これには、時限装置付きの『CB6』の改良型を使用する。十分に破砕は可能だ」
『ちょっと、待ってくれんかの』
すると、時間差でワイプに映っている敏信がのんびりした英語で割って入る。
会場の兵たち、並びにワイプに映る他の専門家たちの視線が彼に集まった。
『中佐の言うとおり、マークされた箇所を爆破すれば、まぁ自壊させることは可能じゃろう。しかし、その爆破に必要な火薬量がどうも……、こちらの資料じゃと足らんと思うんじゃがどうじゃろう?』
敏信の言葉を聞いて、樹はタブレット端末にある資料を見て、もう一度吟味する。しかし、外殻のチタン合金を破壊するのではなくあくまで、接合部位を的確に爆破するものだ。計算的には間違いないだろう。
「こちらの意見では、これが最適量ですが?」
レミントンも手持ちの資料を見て、敏信に言った。
会場の人たちにはさっぱりな会話だろうが、自分たちの担う任務がどれほど危険かを考えさせられる。
また時差を持って、敏信が言った。
『いや、先の曹長君も言っていたと思うがの。敵はうじゃうじゃおる。その中で迅速に、それも的確に爆破できるのかえ? それに自壊できたとしても、破片の多くが地球に降り注ぐことになる』
その手厳しい意見に、樹は口籠る。
あくまで、樹を交えた学者たちが出した結論は破砕するだけに必要なものだ。しかし、戦闘中ともなれば、素早く動ける保証はない。破片の軌道も視野に入れるとなると、爆破タイミングすら計算しなければならない。
すると、他のワイプに映る専門家が言った。
『やはり、核か……』
その物々しい言葉に、会場がさらにどよめきだつ。
「核を使うのか?」
「しかし、状況を考えれば一番手っ取り早いだろ」
「俺達まで巻き込まれるんじゃないか?」
「宇宙での核は、距離的に考えて地球には無害だろ」
「何のための条約だ」
そのどよめきを沈めるようにレミントンが冷静な声を発する。
「黙れ。核攻撃は最終手段だ。出来るだけ避けたい手段ではある」
その一言が重く、彼がその引き金を握ることになるだろう重責を感じる。
彩子と音、それにリーンもレミントンが思う最終手段はできれば使いたくない。ただ構造物を破壊するだけではない。味方すらも飲み込んでしまう可能性を孕んでいる危険なものだ。それをおいそれと使うわけにはいかない。
ワイプの専門家も黙り、会場に静けさが立ち込める。
「今上げた三段構えで、作戦を実行するつもりだ。引き続き、質問を受け付けよう」
その言葉に、誰も異論を唱える者はいない。これら三つの作戦で行動に移らなければならないのは、不安と恐怖心を煽ることになる。裏切者がいるかもしれないと、疑心暗鬼になっている内部ではどうしても不安の増徴は早い。ほかに手段があればと誰もが顔を暗くする。
そして、樹がためらいがちに手を上げる。
「あう? 彩子、樹が」
「この状況で、何言うつもりよ?」
彩子と音がハラハラしながら見守るっていると、レミントンに示された樹はその小さな体を壇上に上げて立った。
「みなさん。これからする話をよく聞いてください」
樹の上擦った声に、誰もが眉間に皺を寄せて嫌悪の視線を投げかける。
「下がれ、ガキが!」
「偉そうにすんよっ!」
「さっさと下りろよっ!」
ヤジが会場からまばらに飛んで来る。レミントンが止めに入ろうとするが、樹は一度深く息を吸って、淡々と話しだす。
「第一と第二の作戦の折衷案なんですけど……」
耳障りなヤジがまだ飛んでくるが、樹は凛と背筋を伸ばして続ける。
その姿を地球から見ている敏信の表情も自然と強張っていた。
「爆破とブースターの点火を同時に行い、少ない爆薬、短時間で自壊させます」
『それでは、陸戦部隊の件が解決しないのでは?』
いやみったらしくワイプに映る一人の専門家が言った。
しかし、樹はそれにも動じず、壇上の台へと歩を進める。その威風堂々とした姿にリーンは眉根を寄せつつ、聞く価値があるものと感じていた。
「それについてはアームウェアの操縦者に一任します。しかし、敵の猛攻があると仮定するなら、まず部隊の内部潜入が最優先事項となります。そして、指定されたポイントに爆薬を仕掛け、即時撤収。こればかりは皆さんの力を信じます」
樹は台のコンソールを操作して、画面を全体図に戻すと即席の書き込みをした。
『ミューゲル1』の両端が向かい合うようにして矢印が引かれる。
「このように、姿勢制御ブースターを使って内側へと織り込む形を取ります。爆破によって割れたコロニーは、そによって生まれた慣性とともに落下予測進路を合わせれば、地球から離脱するコースを取ることが予想されます」
樹の説明を誰もが言うのは簡単という顔をした。
しかし、彼女は立て続けに言った。
「この作戦は、迅速な行動が要求されます。それは、どんな作戦でも避けては通れません。安全な戦いはないと自覚してください」
厳しい言葉。
誰もが自覚しているはずのことなのに、彼女が口にするまで自分の身の安全を考えていたのも事実だ。命を賭けなければ成功しない作戦など、前提中の前提。その意識を組織内の不安から忘れていた。
『ミス・サナハラ。ということはじゃ。ブースターの制御をするものは、自壊する巨大構造物から脱しなければならないという大きな危険を伴うの。それは一体、誰がするのかの?』
敏信は答えを知っている顔をしていたが、あえて質問した。
彼女の言う作戦は確かに今ある作戦の中でも成功率は高い。だが、地球への落下軌道を抜け出すほどの慣性が働く構造物と言えば、かなりの速度だ。そこから脱出するのは、高速で迫る大型トラックから軽自動車で逃げるくらい難しいことだ。
そんな役割はもちろん誰だって願い下げだ。大きな功績が残せるとはいえ、腹を空かせた猛獣の檻の中に飛び込むようなまねはしたくない。
だからこそ、樹は静かにある方向を見た。
「ちょ、放しなさいよっ」
「ちょとだけ、ちょとだけ」
黄色い声が会場に響き渡った。
そこには、リーンのそばにいた兵からマイクを奪い取る彩子と音の姿。そして、マイクを奪い取った彩子がすべてを承知した顔で日本語を発した。
「あたしらに気を使わないでよ、樹。やってやろうじゃないのっ!!」
「樹、だいじょぶ。音たち、できる!!」
その二人の声に、会場中が度肝を抜かれたように目を丸くしつつ、どこのことばだろうかと疑問を抱く。
その中で、樹は力強く頷いて、会場全体を見た。
「わたしたちが、施設の制御をします。〔アル∑〕なら、それができますっ!!」
その言葉の強い響きに、会場は沈黙した。
そして、レミントンが樹からマイクを奪うと付け足して言う。
「彼女たちは自らの双肩に地球の命運を背負った。貴様ら軍人はどうだ? 腰ぬけて、女の子に守られる臆病者でいいのか?」
地球の命運、という言葉に樹たちは心臓が飛び出そうなくらいのプレッシャーを感じて、胸元を抑える。
三人とも、やらなければならないことだと思っていたから口にできたことだ。しかし、いざ広い視野で見たとき、そういう大それたものになってしまうことにいまさらながら気付いた。
そして、会場でも樹たちを馬鹿にする声はなくなり、むしろ子供に負けてられるかという雷鳴のような雄叫びが轟き会場を沸かした。
ワイプに映る専門家たちはその異様な式の高まりようにおどいて、目を丸くしていた。
「やれやれ、すごいことになったのぉ」
その中で、敏信だけは温厚な表情を浮かべて、元教え子の困った顔を見ていた。
リーンも険しい顔つきで、この作戦を成功させなければいけないと、冷たい心持をしていた。
かくして、作戦会議は軍人たちの士気を上げるとともに、迅速な役割分担がすすめられた。それはひとえに、樹たちの発言から来る対抗意識からだ。




