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マシン・レコード  作者: 平田公義
第十三章
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~揺蕩い~ 傷つく理由

 (いつき)たちは通路の壁にぶつかりながらも、急いである場所に向かっていた。


 戦闘が終わり、〔リヴァイン〕は大きな人的被害を受けたことで撤退を余儀なくされていた。戦死者、捕虜逃亡における負傷者、行方不明者と多くの犠牲を払う結果となり、艦内でも意気消沈の空気が漂っていた。


 それでも、数名のクルーや陸戦隊、〔AW〕部隊の隊員たちが太陽光発電施設に残ることができたの幸運で、地球へのエネルギー供給が再開されることとなった。


「待ってよ、(いつき)っ!」

「待てないよ。急がなきゃ、いけないでしょう」


 (いつき)は無重力の通路を上昇して、目的地の書かれた横間の通路に手を駆けて、乱暴に入っていく。その後ろを彩子(あやこ)(おと)は悲しみに押しつぶされてしまいそうな表情でついていく。


 彼女たちが進む通路には、銃痕やら血痕が色濃く残っていた。それは、陸戦部隊と脱走を試みた捕虜たちの戦いの後だった。


「……うっ」

「あんまり、じろじろ見ちゃダメ……」


 口元を抑える(おと)に対して、彩子(あやこ)は早口に言う。


 言っておきながらも、目に飛び込んでくる光景は、太陽光発電施設の二の舞そのものだった。鼻を掠める血の匂いがわずかにあって、頭に焼きつく。


 先を行く(いつき)は乾いた血の付いた手すりを掴んでは押して、前へ前へと進んでいく。


 この惨状の結果が、今目指す先にあるのだ。


 最後の曲がり角を三人が曲がると、そこには一人の赤毛の男の姿があった。リーン・セルムットだ。浮浪者のようなうつろな瞳で目の前の部屋をぼんやりと眺めている。


「セルムット曹長っ! コフィン准尉は!?」


 (いつき)は抱き着くようにして、リーンにぶつかるとそう声を大にしていった。


 彩子(あやこ)は手すりにつかまった(おと)に引き留められ止まると、すぐ横にあるドアを見た。


 医療室。赤いランプがついて、面会遮断の意図と集中治療中の意味を知らせている。


 それだけで、彩子(あやこ)は胸が苦しくなった。


「ああ、准尉か……」


 リーンが片腕で(いつき)を離しながら、うつろな目を三人に向ける。


「————っ。そーちょー……」


 (おと)は彼から生気を感じられず、まるで蝋人形のような表情には虚無感だけが居座り続けていた。いつもの鋭い瞳も、乱暴な言葉もなく、右肩を庇うように体を向ける。


「曹長さんも、その、怪我したとか、何とか……。でも、コフィンさんは?」


 彩子(あやこ)が聞かされた情報を整理するようにつぶやいて、改めて質問を投げかける。


 彼女たちはみな、コフィン・コフィンが重体で医務室に運ばれたこと聞かされて、〔アル(シグマ)〕の整備を投げ出して駆けつけたのだ。


 リーンは乾いた喉を震わせて、告げる。


「わからない。たぶん、助からないだろうな……」


 (いつき)たちは驚愕に息を止めて、全身の毛が逆立つ。


「よりにもよって、曹長が言うなんてっ」


 (いつき)は拳を握りしめて、ぎっと睨み付ける。


 彩子(あやこ)は泣き出しそうな(おと)によって、ぎゅっと手を握る。彼女もまた泣きたい気持ちをそうやって誤魔化さなければ、すぐにも泣き崩れていただろう。


 リーンはうつむいて、少し浮いた足元を見つめた。


「背中に五発。内に二発が気管に入り込んで、呼吸を妨げている。出血多量か、酸欠で死ぬかもしれない」

「そういうことを聞きたいんじゃないっ」

「それが……、現実的なんだよ」


 (いつき)はカッとなって、リーンに殴りかかろうと体を前に押し出した。


 だが、リーンはすっと体を開けてやり過ごして見せた。


「————っ!?」


 (いつき)は自分の拳が空振りしたことに驚いてはいない。だが、一瞬見えたリーンの鋭く冷たい瞳に、全身に悪寒が走った。


 まるで別人のような彼は、ぽつぽつと続ける。


「集中治療を受けているとはいえ、ここの設備じゃ『ガーデン1』に到着するまでのつなぎしかできない。技術とかの問題じゃなく、運任せなんだよ。准尉が、生きるか、死ぬかなんて」

「曹長さん。なんか変よ? なんでそんなに、ネガティブなの?」

「…………」

「だって、好きな人が死にそうなときで……」

「だから、死んだ方がいいんだ」


 リーンの発言に、彩子(あやこ)は言葉を失った。自暴自棄にもほどがある。今までのリーンなら、まず死んだ方がいいなど口にしなかった。


「そーちょー、ひどいよっ!!」


 (おと)が力の限り叫び、(いつき)がリーンの後ろ姿を眺めている。


 こんな不毛な言い争いをしても意味がないのは、誰もがわかっているのに、湧き上がってくる不安を黙らせることはできない。


「…………。ああ、俺はそういう人間でいた方が、よかったんだよな」

「そういうことじゃないでしょう? 一人で苦しんでる風にしてるのが、許せないって言うの」


 (いつき)は震える喉で訴えかける。


 それでも、リーン・セルムットは機械的に言葉を連ねるだけだった。


「だったら、みんなで苦しめば、准尉は助かるのか? 違うだろ?」

「————それは」

「ここにいる以上、誰かが死ぬことはいくらだってある。ジェフナム隊長の時のようにな……」


 (いつき)たちは口を閉ざして、何も言い返す言葉が浮かばない。


 アリスのことを引き合いに出したからではない。戦争をしていれば、知る知らない関わらず誰かが命を落としているのだ。その構造を彼女たちはどこか遠くにあるものだと感じている節があった。


 それでも、先の戦闘で死んでいった人たち、そして、今治療を受けているコフィンについて、(いつき)たちは生きていて当然という傲慢な態度を持っていることに気付かされる。


 リーンはだからこそ、ムッサの言葉を思い出す。


「お前も、不幸になれ」

「え……?」

「脱走したうちの一人、友人だと思っていた奴に言われた言葉だ。そして、人を幸せにできないともな」


 その言葉には、(いつき)たちも動揺した。


 脱走した捕虜の中にリーンの友人がいた。あの巨漢、ムッサ・ムーデックだとわかると胸が締め付けられる。


「もしかして、その人に撃たれたの、准尉?」

「ああ……」

「もしかして、あたしたちが、変に曹長たちのことしゃべったからこうなったの? それが目的だったの?」


 彩子(あやこ)はあの時、太陽光発電施設でムッサにあった時のことを思い出して、後悔の念が押し寄せる。もしかしたら、そのせいでコフィンは狙われたのかもしれないし、リーンまで苦しむ結果となったのではないかと。


「ぐぜん……、そなの、ぐぜんだよ、彩子(あやこ)

「だけどっ、だけど……」


 彩子(あやこ)の方が先に涙を流してしまい、(おと)も瞳を潤ませる。


「ウタノの言うとおりだ。所詮偶然だ。偶然で、こういうことになったんだ。別に、お前たちが責任を感じることじゃない」


 リーンの覇気のない言葉が、(いつき)たちの心境を察してのことだとすぐにわかった。それだけに、彼女たちにはリーン・セルムットという男がどれだけの苦悩を背負い、何を思うのかわからなくなった。


 静かな音が響く中、しばらく四人は医務室の前に立ち尽くす。




『新人類軍』の小型輸送船〔シーカー〕五隻は互いの牽引索で半壊した〔バーミリア〕を引きながら、暗い宇宙を突き進む。過積載ともあって、速度は通常よりも遅く進行していた。


「ふぅん。仕事はそれなりにしてきたのね?」


『地球平和軍』に圧勝した『新人類軍』(リン)燕華(イェンファ)率いる〔AW〕部隊は、一路拠点である月に向かっていた。


 燕華(イェンファ)は合流した同朋の一人からデータディスクを受け取ると、裏表を返して眺めた。


「一応、あの戦艦〔リヴァイン〕と新型機〔バーミリア〕についての記録を回収することに成功しました」


 ディスクを渡した白人男性が冷淡な顔で報告する。その機械的な口調には一切の私情はない。


 燕華(イェンファ)は興味なさそうに答えて、休憩室(レストルーム)にいるもう人の同朋、黒い肌の巨漢、ムッサ・ムーデックを見た。


「それにしては、聞いていた数とはだいぶ違うみたいだけど?」

「潜入中にこちらの動きを悟られ、多くの犠牲を払うこととなりました」

「あんっ。そゆこと……」


 ムッサの淡々とした物言いに、燕華(イェンファ)は見切りをつけて操縦室の方へ流れていく。手に入れたディスクの情報を、月に送信するためだ。


 ムッサは燕華(イェンファ)の後ろ姿が消えるのを確認して、ふっと頭を押させる。いまだに続く偏頭痛を悟られては、自分が失敗をしでかしたものだとすぐに気付かれてしまうからだ。


「大丈夫か? まだ、慣れていないようだな」


 ムッサの隣には、一人の褐色肌の男が座っていた。ハンス・ルゥだ。冷淡ながら、その口調には仲間意識らしいものが含まれていた。


「そうだな。だが、あのチャイニーズには黙っといてくれな」


 チャイニーズという言葉に、ハンスは一瞬思考を巡らせて、それが燕華(イェンファ)を指す語だとわかるとなるほどと小さく口を開いた。


「ああ、わかった。(リン)さんも、そこまで面倒事を抱え込みたくないだろうからな」

「あの女が、アームウェア部隊総括の……」


 ムッサでも、(リン)燕華(イェンファ)の名前くらいは知っていた。操縦技能を買われた凄腕操縦者という肩書通り、現場主義を貫く幹部がいる程度の認識だったが。


 しかし、実際同じ宇宙船に乗船していると思うと、『新人類軍』という組織がまだ小さいものだと実感させられる。


 ハンスはムッサの反応は至極当然だ、といった風に肩を竦めて見せた。


「まぁ、基本は自由人だ。気が向けば、相談にも乗ってくれるだろうよ」

「しかし、あんたの意見も聞いてみたいな。こういうことは、あったりしたんだろう?」


 ムッサはハンスの親切心を気に入って、意見を投げかける。頭痛が少しだけ和らいだのは、おそらく協調意識を刺激されたからだろう。


「そうさな……。難しいところだな、俺の場合は。特定の敵に対して執着している、という私怨でな。そいつが倒せれば、解消されるものかな。あんたはどうなんだ?」

「奇遇だな、俺も似たようなもんだ。が、十分に苦しみを与えたつもりだ」


 ムッサが白い歯を見せて笑った。自然と出た笑みだったがために、偏頭痛がまたぶり返してきた。


 ハンスは小さく頷く。


「ほう。だがなぜ、一思いに殺そうとは思わなかった。効率が悪い」


 その意見にはムッサもごもっともだったが、どうしても頭の奥まで焼きつている陰惨な記憶、憎悪というのは時に殺害だけでは済まない時もある。


「昔にな、戦争帰りの兵士の逆恨みで家族を殺されちまってな。どうしても、それが許せなくてよ。俺の家族を殺した奴じゃないって知ってても、紛争上がりの人間が正義面すんのは、気色悪くてな」


 それこそ、ムッサの逆恨みであり八つ当たりでもある。だが、人が抱いた憎悪や憤怒は必ずしも因果応報に反発するわけではない。どこかで曲解されて、別の人に刃を突き立てることもある。


 だから、いつまでも人は争い続ける。


 ムッサはリーンに対して逆恨みしているとわかっていながらも、恋心を打ち砕くという絶望を与えることで対等になろうとしたのだ。殺すも、殺されるも、文句がないように。


「なるほどな。随分と変わった種の恨みらしいようだ」


 ハンスもこの問題には共感できるところもあったが、全面的な支援はできなかった。彼もまた反政府ゲリラに参加していた人物であり、多くの人を死に至らしめた。その自責の念もあって、ムッサの恨みは真摯に受け止めるべきことだとは思う。


「だが、やはり殺しておくべきだった。そいつは恨みを持って殺しに来るぞ」

「そうでなきゃぁ、困るんだよ。それを踏み越えて、俺はやっと『新人類』ってやつになれる。そうして、無駄な恨みつらみを抱かないようになるんだ」


 ムッサは『新人類軍』の掲げる統合政府粛清は、新しい文民統制の形を作る。『新人類軍』はやがては解体されるだろうが、その新しい体制にこそ、人の歪んな感情を制御する強い秩序が生まれると信じたのだ。


 その実態が例え独裁的でも、革命に燃える時代の人々は確固たる理念と志を持ち、人々を従える礎を気付くことだろう。


「人間から『新人類』というパラダイムシフトによって、己が高潔なものに浄化される、か」


 ハンスはつまらなそうに、しかし、そのつまらないという無関心が争いの火種を生まない要因になると思うのだ。

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