~揺蕩い~ 拘束される戦場〈後編〉
話し合いを持ちかけられたとはいえ、リーンにはムッサの思考はわからなかった。
互いの距離はざっと十メートルほどで、どうあがいても接近するのは無理だ。射殺されるのが目に見えている。そして、彼に西部劇のような早撃ちガンマンの技術はない。
『どうしました? 状況報告を――』
リーンはインカムに軽く触れて通信を遮断する。煩わしくて、集中できないからだ。それから、痛みに顔を顰めながら、ムッサたちを睨み付けた。
「随分と、辛そうじゃないか? たかが、肩を撃たれた程度で」
「確かに、な。お前の足に比べれば、どうってことねぇだろうよ」
「そうだとも。これは、結構だったぜ?」
優位に立つムッサ・ムーデックは、大仰な演技で銃を持つ手を広げて見せる。コフィンをかかえる腕はしかし、緩むことはなかった。
リーンからは、ゆらりと頭を上げて焦点も定かでない瞳を向けてくるコフィンの姿が目について離れない。胸を力任せに抉られる気持ち悪さ。脳髄をかき混ぜらるうような狂おしさ。それらは、肩の痛みの比ではなかった。昔にも似た姿を目の当たりにして、守ることができなかった過去からの強襲が、今のリーン・セルムットを苦しめる。
「あの爆破した宇宙船から抜け出すのに、このありさまだからな。だが、おかげで向こうじゃ、よくしてもらったよ」
「爆破した、宇宙船……? あれは――、待て、じゃぁっ!!」
リーンは押し寄せてくる明瞭な不安に、血相を変えて叫んだ。
爆破した宇宙船とは、まず『新人類軍』が開戦してきたときの輸送船〔リンカー〕だ。リーンたちはそれを、後続の〔イリアーデ〕によるビーム砲撃による撃墜だと考えていた。
しかし、その考えは違っていた。ムッサにあった時から、気づくべきことだったのだ。
「そうだ。俺が侵入して、時限装置を作動させた。それで、『新人類軍』と合流したって寸法だ。なかなか回りくどいもんだったが、成功だったな」
「お前が、船に乗ってた人たちを、殺したのか?」
「直接の原因はそうさな。だが、俺じゃなくても他の奴らがやったろうな。時限装置さえ使わなければ、みーんな助かっただろうよ」
芝居がかったムッサの口調。
リーンは今にも理性が吹き飛んでしまいそうな衝動を抑えて、必死に敵を見据えた。
「ほかにも、裏切者がいるのか? そこの男のように、お前のように……」
その問いには、ムッサも隣の白人男性も答えない。愚問をする、といった余裕の態度でリーンの苦しむ姿を観察している。
もう、迷うことはなかった。破壊衝動が押し寄せる中で、リーンはもっと冷徹な無意識に身を任せた。短い息に区切りをつけて、汗が滝のように流れる顔をぐっと引き締める。
「お。ちったぁ、ない頭を使ったか?」
ムッサがつまらなそうな声で言う。事実、彼はもっとリーン・セルムットが困惑するものだと予想していた。そういう真実に弱い性格をしている、と思ったからだ。
その脆弱さをムッサもまた持っていたからこそ、同類だと考えてもいた。
「今は、そんなことはいい。どうして、裏切った、ムッサ?」
リーンの口調には情念らしいものはなく、機械的な言葉を並べているだけだった。
「理由を話すいわれはないなぁ」
「どうせ、失敗する。脱出なんてな」
リーンは自分の中にある臆病な記憶を弾き飛ばすように、強気で言葉を連ねる。
それには、ムッサも心持が悪くなった。ぐっと拳銃をコフィンのこめかみに突き付けた。
「――――っ!」
「なんだ。あの餓鬼どもが言ってたことは、本当らしい」
ムッサはリーンが身じろぎしたのを見て言った。頭痛が襲ってきたが構いはしない。初めて、リーンの驚く素振りが見られたのだから。
「本当に、お嬢様が好きらしいな、え?」
「…………」
「おい。時間をかけるな。奴の耳にしているものがわからないのか?」
白人男性がムッサを横目に見て言った。
リーンの耳には非常用のインカムが装着されている。すでに艦内には、同じく脱出を試みている同志たちが動いている。ここで、足止めを食っていては合流できなくなる。
「慌てるなよ。俺は、あいつが大嫌いでな。優等生ずらした戦争マニアが、一丁前に女を抱きこうもうってのが、気に食わないんだよ」
「うぅ……。リーン、さん……?」
ムッサがコフィンのこめかみにさらに銃口を強く突きつける。
コフィンの表情が歪むも、どういう状況なのか理解していない様子だ。もし銃を突きつけられていると知ったら、おそらく恐怖で何も考えられなかっただろう。
ムッサはコフィンの言葉に確信を得て、顎を上げてリーンを見た。
「ほら、呼んでるぜ。リーンさんってな。その口も利けないようにしてやろうか?」
銃口がこめかみから頬に流れて、ムッサは引き金にかけた指に力を込める。
だが、リーンは静かに冷徹な表情で、左手の拳銃を向ける。
「やってみろよ」
白人男性が身構える中、ムッサはリーン・セルムットの本性を見たと喜ぶと同時に、気圧されていることに気付かされる。
細い通路に立ち込める冷ややかな雰囲気。死を予見させる重く、手先を震わせる空気だ。
「やってみろよ、ムッサ・ムーデック。お前が引き金を引けば、俺も、テメェを遠慮なく殺してやる」
「そうだ。殺すことしか能のないお前のような奴がいたから、不幸になる奴が出てくるんだよ」
ムッサはずっと抱いていた確執をぶちまける。
すると、彼らの背後にある横道から、人の声らしきものが近づいてくる。
「追手だ――――」
「お前も、不幸になれよっ」
その言葉に、リーンはコフィンが射殺される覚悟をつけた。
助からない。助けられない。どうして、助けてやれない――――。めまぐるしく後悔の念が渦巻く中で、左手に握った拳銃の安全装置を解除した。
しかし、ムッサはコフィンを解放して、どんっとその背中を押したのだ。
「――――っ!?」
リーンは咄嗟に体を前に流し、構えていた拳銃を下げてしまった。ぽっと湧き出た感情が、怜悧な思考を妨げた。
「今さら、人を幸せにできるはずないだろ」
ムッサの声を耳にしながら、リーンはふとコフィンが笑顔を浮かべるのを見た。心から喜んでいる、そんな儚くも愛おしい笑顔。
刹那、響き渡った銃声。
同時に、コフィンの顔から笑顔が消えて、呆けた表情を浮かべた。顔の筋肉が緩んだように、口が半開きで、目は大きく見開かれていた。
「ああ…………、あぁあああぁあああああああああ!!??」
リーンの絶望に歪んだ叫びに交じって、さらに数発の弾丸がコフィンの背中に叩き込まれた。そのたびに震える彼女の体。無重力で弄ばれる彼女の四肢が、リーンの目に焼き付く。
リーンは何が何だか分からなくなり、拳銃を捨て、流れてくるコフィンの体を受け止めた。
「おい、おいっ!! やめてくれ、こんな、こんなのをっ!!」
その叫びは誰に向けて言っているのか、リーンにもわからなかった。傷ついたコフィンにか、撃ったムッサに対してか、感情は濁流となって彼を苛む。
ムッサは宙に流れるリーンとコフィンに銃を向けながら、急いで白人男性と後退する。数発発砲するが、やはり無重力状態で狙いが甘くなり、一発がリーンの左腕を掠った程度だった。
「クソッ。だが、出血多量だな、あれは」
「なんだ、お前たちは!?」
「お出ましか……」
ムッサは横の通路から流れてくる陸戦部隊に発砲しつつ、通路の奥へと流れていく。
白人男性が工具箱から発煙筒を投げて、目くらましをかける。
「時間の無駄だったな」
「だがな、これで俺もやっと雑念が消えたよ」
ムッサは頭痛に苛まれながら、脆弱だった自分を超えられた気がして、気分は晴れやかだった。
一方で、通路に煙が充満する中、リーンは血でぬれた手で手すりにつかまり、コフィンに呼びかける。
「しっかりしてくれっ!! し、死なないでくれぇぇ……」
リーンの嗚咽交じりの声。必死に呼びかける悲痛な叫び。
煙と涙でコフィンの表情ははっきりしない。頬を彼女の顔に近づけると、今にも途切れてしまいそうな息遣いが聞こえた。
「げぇ、ごぽっ――――」
だが、コフィンが息吐くと一緒に泥のような血が吐き出され、リーンの頬にかかった。生暖かい感触がべっとりとつき、ふいに入った血の味が口の中に広がった。
リーンは思わず顔を離して、震える手で顔の見えないコフィンを抱えては首を力なく振った。もう冷静な考えなどできない。自己嫌悪が体を砕かんとする痺れとなって走り抜けて、自意識すら危うい状態だ。
「おい! 大丈夫かっ!?」
すると、煙の向こうから武装した陸戦隊の一人が流れてきて、コフィンをかかえるリーンを発見する。二人の周りには血の玉が漂い、血なまぐささが充満していた。
隊員はうっと手で一瞬鼻を覆って近づいてみると、力ない瞳を向けるリーンにさらに絶句した。
顔中についたコフィンの血。赤毛のともあって、鮮血を吸うゾンビのような顔つきだった。
「准尉が……、頼む。助けて、くれ……」
リーンの瞳から涙の粒が舞い、今の彼にできる最後の言葉を紡いだ。
樹たちの周りは、もうほとんど敵だらけだった。
五十機近くあった味方の〔AW〕も今やその半分以下にまで数を減らさていた。方や『新人類軍』は脱落者なし。十六機すべてが健在だった。
その悲惨な戦場を〔アル∑〕は急遽組んだ〔バーミリア〕電子戦装備と駆けていた。
「味方が少ないけど、大丈夫なの? この状況?」
「損傷して、後退したのがほとんどだけど。けど――――、やられてた人たちだって、あっ」
〔アル∑〕が〔バーミリア〕電子戦装備を伴って急旋回し、敵の砲撃から回避する。
彩子は顎が浮いて、妙な不快感を味わう。
しかし、そんな不快感に舌打ちするよりも早く、敵の〔ミリィフロップ〕のバディの動きを索敵する。
「機動力が前の二倍近くにまでなってるわ」
「だたら?」
音は狙いを定めて、スロットルレバーのトリガーを引く。
〔アル∑〕が保持する二丁のビーム・ライフルが荷電粒子を放出。〔バーミリア〕電子戦装備の援護もあって、敵機を分散せることができた。不用意に接近してくるような動きは見せなかった。
「助かった。感謝する」
〔バーミリア〕電子戦装備の操縦者から、安堵の声が漏れた。
「いいえ――――、次が来る!」
樹は警報の音を耳にして、すかさずラダーペダルを切り替えし、機体を仰向けに翻す。同時に、音がビーム・ライフルを発射。
一条の光が太陽に溶け込むように上がっていき、敵の濃い影を喰らい宇宙に浮き彫りにした。
だが、彼らの放ったレールガンの二つの閃光がすぐ横を通過し、鈍い音が三人の操縦席に響く。
「なんて反応速度かしらっ」
「新型機は伊達じゃないってことでしょう?」
「今度、背中、来る!」
樹は顔を顰めて、〔バーミリア〕電子戦装備の操縦者に伝達する。
「距離を取ってください。下方から来ますっ!」
「りょ、了解――」
樹の指示に従って、〔バーミリア〕電子戦装備が〔アル∑〕と距離を取って、自機の足元に向かって盾に携行していた指向性機雷『CB6』を投擲した。
そして、一キロほど離れたところでEMPを作動。
敵が攻撃を仕掛ける前に、巨大な光りの塊が膨れ上がった。
「すごい威力。敵も、引いてくれたみたいね」
彩子が背後からくる光につぶやいて、周りの様子を探った。
それよりも早く、態勢を立て直した〔アル∑〕と〔バーミリア〕電子戦装備はしぼんでいく光を利用して、囲んできた敵部隊から脱出する。
ぐんと加速する二機に、追随する機影はない。
「光……」
音が遥か前方で強い光が爆発したのを見て、胸が苦しくなった。味方か、敵か。どちらか判別できないが、嫌な気分になる。
冷たい宇宙での戦闘は、距離が離れているにも関わらずこうして視認できてしまう。
「おい。〔リヴァイン〕が前に出てきている!」
「盾になるつもりかしら?」
〔バーミリア〕電子戦装備の操縦者の上擦った声が、三人に届いた。
〔アル∑〕の下方、暗い宇宙で点滅する赤い光がいくつもある。〔リヴァイン〕のものだ。距離にして五キロほどしか、離れていない。それだけ、接近してきているのだ。
その気の緩みを突くように、警報が鳴り響く。
「――――っ!」
樹はすぐにも〔アル∑〕を反転させて、突き上がるようにし急上昇を駆けた。その衝撃が頭上から一気に降りかかった。
「何――っ!?」
〔バーミリア〕電子戦装備の操縦者も警報で急いで機体を回避させようとしたが、下方から来た連弾に貫かれる。ぼろ屑のように装甲が剥がされ、盾に携行していた『CB6』に着弾。
凄まじいエネルギー量を放って、連鎖爆発が起きた。
「――――うぅ」
音はさらに押し上げられるようにして来る爆発の余波に歯噛みしながら、味方がやられたことを痛感する。顔も名前も知れない人だったが、それでも声が途切れるということに、悲しみがこみ上げてくる。
〔アル∑〕は伸びあがってくる熱量から逃げるに精一杯。しかし、すでに〔バーミリア〕電子戦装備を撃墜した敵機が挟撃を仕掛ける準備を整えていた。
それは、この爆発を利用した奇襲だ。
樹たちは敵がどこから来るか予測できない。それでも、〔アル∑〕の加速の敵ではないと確信していた。
「ちょっと我慢してよっ」
樹は言って、〔アル∑〕にアフターバーナーを駆けて、一気に跳ね上がった。三人は首をすぼめて、その負荷に耐える。
瞬間、〔アル∑〕の超加速に反応して、先の連弾が飛来してきた。だが、バリアブル・バーニアの濃いプラズマの残光をなぞるばかりで、命中する兆しはなかった。
〔アル∑〕は爆発の光が消えていくのを機に、アフターバーナーを解除。バリアブル・バーニアの角度を変えて、宙返りして見せた。
「――――かっ、はっ。ま、また、あ、赤い機体よ!!」
彩子が電子戦用モニタが捉えた照合結果を見て、乾いたのどで叫んだ。
樹と音もぐっしょりと汗で濡れた不快感を感じる前に、心臓を鷲掴みにする恐怖に行動をした。
〔アル∑〕は正面から来る赤い〔ミリシュミット〕にビーム・ライフル一丁で攻撃を加えつつ、左腕部のビーム・ライフルをテール・バインダーに仕舞った。
お互い、真正面に突っ込んでいく。
赤い〔ミリシュミット〕が左腕部に見覚えのある短剣を構える。
〔アル∑〕もまた左腕部に装着されているカタナ一対を爪のようにして展開。
一呼吸のうちに、剣とカタナがぶつかり合った。
「ハハハッ。ついていけるようになったじゃないか!」
「その声――――っ」
樹たちは甲高い金属音に顔を顰めながら、割り込んできた無線に思わず固唾を飲んだ。
忘れはしない。かつて、完膚なきまでに攻撃し、殺そうとまでした相手だ。死の恐怖を体に染み込ませた強敵だ。
〔アル∑〕が圧倒的な推進力で押し切ると、赤い〔ミリシュミット〕は宙返りをしながら後退。それを支援するように、下方から連弾。
「青い、ヤツ」
音は回避行動に出た〔アル∑〕のリズムに合わせて、右脚部のレールガンで応戦。
青い機体、〔バーカム〕電子戦装備は〔アル∑〕が動くころには大きく旋回し、赤い〔ミリシュミット〕との合流軌道を取っていた。
「あの二機が、また……」
樹は息苦しさの中、この困難をどう乗り越えるか模索する。
〔リヴァイン〕は巨大な連鎖爆発を目の当たりにして、味方部隊の危機を重く捉える。
「敵性機、いまだ健在。しかし、こちらに向かってくる素振りはありません」
艦橋のオペレーターからの報告に、レミントンは眉間に皺を寄せる。
「アームウェア部隊に後退命令を出せ。現宙域より離脱する」
「しかし、それでは前に出てきた意味が」
「敵の包囲網をビーム砲座で突き破るんだ」
レミントンが怒りの混じった大声を上げると、今度は別のオペレーターが悲痛な声で報告する。
「艦長!! 捕虜の一部が格納庫に到達! 損傷した機体を奪取されましたっ!!」
「陸戦部隊は何をしていた!?」
瞬間、船体を大きく揺らす衝撃と轟音が響き渡った。
「左舷、第二格納庫リフトが破壊された!!」
「止む終えない。エアロック解除、捕虜を排出しろ」
「それでは、整備員がっ!!」
オペレーターがレミントンの命令に反発する。
いくら宇宙服を着ているとはいえ、この状況で救助活動ができる余裕があるだろうか。撤退命令を下す以上、放り出されたものは見捨てるも同じことだ。
「やれっ!! 出なければ、諸共艦を沈められるぞ!」
その危惧するところが、オペレーターにもわかっていた。
小数を犠牲にしなければならない。レミントン・バーグはその選択をしたのだ。
「…………畜生っ!」
オペレーターは私情をその一言に込めて言い放つと、艦橋からエアロックを解除した。
レミントンはそんなオペレーターに敬意を抱きながら、左舷より飛び立っていく損傷した〔バーミリア〕数機を見送るしかなかった。各機銃座が即座に撃墜に入って、一機を撃墜。しかい、四機も取り逃がす結果となってしまった。
捕虜たちに関して、彼はもっと注意深くするべきだったと後悔の念が押し寄せてくる。早くに気付いた〔AW〕操縦者がいたからこそ、大多数を鎮圧することはできた。
それでも、取り逃がしたものはより大きな功績を持って『新人類軍』に迎え入れられるだろう。
ぶつかり合う刃と刃。
〔AW〕による剣劇が繰り広げるなかで樹たちは、一つの疑問を抱いていた。
「青い機体が、『幻覚』を使ってから全然動かないわ?」
「それだけ、赤い機体に自信があるんでしょうっ!」
互いの距離が開くと、〔アル∑〕はカタナ一本を左腕に持たせると、もう一本は腕に装着した状態で展開を解いた。
「いいね。そういうの、ぞくぞくしちゃう」
赤い〔ミリシュミット〕の操縦者、鈴燕華は身をよじらせて、悦楽の表情を浮かべる。頭痛など気にせず、目の前でビーム・ライフルとカタナを構える〔アル∑〕に魅入られていた。
「ふざけてる……」
樹は燕華の声に嫌気がさして、〔アル∑〕を突進させる。
「何がだい?」
燕華も赤い〔ミリシュミット〕を前進させて、二刀の剣で迎え撃つ。
〔バーカム〕電子戦装備の操縦者、ハンス・ルゥは言いつけどおりこの剣劇を観戦する。しかし、彼もただ立ち尽くしているわけでなく、万が一の状態に備えて二機の動きを追跡して、いつでも『幻覚』を使えるようにしておく。そうでもしなければ、燕華は一人で死ぬだろうからだ。
〔アル∑〕の豪胆な太刀筋に対して、赤い〔ミリシュミット〕のしなやかな剣舞。時に放たれるビーム・ライフルにも〔ミリシュミット〕は動じず、むしろいいハンデだと感じさせるほどだ。
「その短い剣、どこで手に入れたの?」
「教えてほしいかいっ?」
赤い〔ミリシュミット〕が太刀で〔アル∑〕の態勢を崩す。
すぐに樹がバリアブル・バーニアを展開させて、距離を取らせる。赤い〔ミリシュミット〕も追撃を開始する。
「これはねぇっ。以前に、戦った変な〔ファークス〕タイプから奪ったんだ」
「変な〔ファークス〕タイプって――――」
「あなたが、先生をっ!」
「許さないっ」
樹たちは簡単に暴露された怨敵の事実に、頭が一気に沸騰する。
〔アル∑〕が右脚部レールガンを連続発射する。青白い閃光が後方へ伸びていくも、それを赤い〔ミリシュミット〕は軽やかに避けて見せた。
音は弾切れになったのを確認し、彩子とともに感情をぶつけるようにしてビーム・ライフル二丁を放った。
「あはっ。そうか、君たちがあの女のいう『あの子たち』か! 実に、楽しいじゃないか!」
燕華は赤い〔ミリシュミット〕のエネルギータンクを切り離して、上昇。ビームがエネルギータンクを飲み込んで、爆発を呼び起こした。
もちろん、樹たちもこれで敵が落ちたとは思わない。
何しろ、先生と慕ったアリス・ジェフナムを倒した人物だ。並大抵の操縦者なはずがない。
「上っ! 太陽の位置っ」
彩子が言うと、樹は素早くスロットルレバーとラダーペダルを操作して、〔アル∑〕に迎撃態勢を取らせる。
「いい反応だっ!」
赤い〔ミリシュミット〕が短剣を振りかざして迫る。
自信を持った攻撃態勢。樹たちは怒りの中に、赤い〔ミリシュミット〕の神髄を見た気がした。負けるという概念を感じさせない、威勢、気迫が降りかかってくる。
それでも、樹たちは心を奮い立たせて、左腕部に保持したカタナで迎え撃った。
悲鳴のような轟音が、短剣とカタナのつばぜり合いの中に迸った。
「ぐぅぅううう……」
「まだ、まだぁ……」
「負けない……」
樹たちの強がりに、燕華は高笑いをして答える。
「アッハハハハハ!! いいじゃいの? 楽しいじゃないの?」
「命の奪い合いが、楽しいもんかっ!!」
「————っ! 痛ぅ」
燕華は酷くなる頭痛に手元を誤り、赤い〔ミリシュミット〕が弾き飛ばされていった。
これを好機ととらえて、〔アル∑〕がビーム・ライフルを構えるが、静観を決めていた〔バーカム〕電子戦装備が援護に入って、下がるしかなかった。
「あと、ちょっとだったのに——」
彩子は悔しさに奥歯をかみしめる。
と、戦闘宙域に三つの光が上がった。撃墜の光ではない。もっと明瞭で、何かしらの意図を持った閃光だ。
「照明弾? あの色は敵の?」
「味方のじゃないのは確かよ」
〔アル∑〕が攻撃を避けつつ、〔バーカム〕電子戦装備が赤い〔ミリシュミット〕に合流されたことを捉えた。
「どうやら、ここまでね……」
「どういうこと?」
辛うじて聞き取れた燕華の声に、樹は叫んだ。
だが、もう向こうには声は届いていないようで、一方的な言葉が舞い込んできた。
「また、そのうちに遊びましょう? うちの相棒も、そっちの〔バーカム〕と遊びたがってるから、じゃぁあねん」
ノイズ交じりの楽しげで艶めかしい声に、樹たちは鳥肌が立つ。
戦場を遊び場だと思っている。そんな人たちが『新人類軍』にいると思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになる。
多くの人たちが、アリスが死んだのを遊び感覚でいられては、はらわたが煮えくり返る。
赤い〔ミリシュミット〕と〔バーカム〕電子戦装備が撤退に入るのを見て、彩子が力の限り叫んだ。
「待ちなさいよっ!!」
瞬間、通常モニタが固まり、身動きが取れなくなった。
敵の『幻覚』だ。
「ず、ずるいっ。こなの、こなのぉ!」
音は力任せにコンソールに拳を振り下ろした。じんと痛みが走るが関係ない。
敵にしてやられたのだ。悔しさと行き先を失った怒りだけが彼女たちに残った。
結果、『新人類軍』は戦死者を一人も出さずして、捕虜の乗った四機の〔AW〕を回収し、戦闘宙域を離脱していった。
完膚なきまでの敗北感を、『地球平和軍』は味わうこととなった。




