~揺蕩い~ 緊張の破裂
防衛人を構築した『地球平和軍』の〔AW〕部隊だったが、事態は緊迫した状況に陥っていた。
「動かない……」
音は望遠画像を見ながら、動きのない敵をじっと睨み付けていた。意気込んで出撃したものの、これでは士気が下がるばかりで冷静さを削られる一方だ。
「でも、こちらから仕掛けるにしても、リスクがある」
「どういうことよ?」
「言ったでしょう? 暴力を使うってことは、それなりの理由が必要なの」
樹はスロットルレバーから少し手を離すと、指の関節を解すように開いては閉じるを繰り返す。緊張と敵の意図がわからない不安感が、体を一方的に強張らせていくのだ。
彩子は電子戦用モニタを見ながら、味方の配置状況と敵の展開図を見比べた。見比べれるということは、双方妨害を張っていないことになる。
「あたしたちは防衛手段に訴えかけるから、敵の攻撃がない限り、対応しちゃいけないわけよね? なんだか、薄っぺらい理屈じゃない?」
「そういうのを守らなきゃ、戦争はどちらかが滅ぶまでやってたわよ。そのルールを作った統合政府の軍隊だからこそ、秩序に対して誠実でなきゃいけないの」
「それも一理あり、ね」
「このまま、帰る、してほしい」
音は敵が後退してくれないかと願いつつ、気の抜けない状況に鼻頭に汗の玉が浮かぶ。
「そう願いたいけど、敵も見たことのない機体を持ち出してるから、気合入ってるかも」
樹はぐっと生唾を飲みこんで、拡大画像を改めてみた。
〔ミリシュミット〕に似た、上半身だけのフォルム。戦うために生まれた流れるような装甲、輪っか状マジックアームから五指のマニュピレーターに変更され、全体的に一回りはサイズアップしている。
「腰回りのポーチみたいなのは、推進装置? フロントで二つだから、全部で四つ?」
「望遠で確認したけど、そうみたい。それっぽい排気口みたいなのがあるでしょう?」
「ど思う?」
「十中八九、当たり」
研究員である樹の見解に、彩子はほっと胸をなでおろした。
「けど、機種不明機は今までの〔ミリシュミット〕とは違って、腰回りの推進装置で動き回ることになる。それだと、指向性を持たせてノズルの向きを変更できる機構を備えれなきゃいけない。現実問題、そこまで頑丈なジョイントを開発できる人がいるのかな?」
「樹、それだと、〔アル〕、どなる?」
樹は音の発言に目からうろこが落ちたように、口を半開きにする。
そうだ。〔アル∑〕の情報がなくとも、〔+1〕時代のデータがあるし、それ以前に開発に成功している。できない話ではないのだ。
「あのさ、それよりもあの肩が張り出た奴って、電子戦装備かな?」
「たぶん、そう」
彩子が実直な疑問を投げかけて、樹は改めて敵の布陣を見た。
確かに彼女の言うとおり、機首不明機の中には両肩から羽のように伸びるものがある。数からしても、発信翼の役割を持つ装置だと予測できる。
急に戦列を組む敵が恐ろしく威圧的なものに感じられて、樹は首を振った。
「冷静に見ると、敵も相当戦力強化してる」
その実感が押し寄せてきたのは、樹だけではない。
彩子も音も、『地球平和軍』の操縦者たちが感じるプレッシャーだ。鋼鉄の戦列は何も言わなず、その存在だけで門をこじ開けようとする猛将を思わせる。
だが、もっと恐ろしいと感じるのはその戦列の中心、部隊を取りまとめる大将が浮かんでいた。
赤い〔ミリシュミット〕だ。樹たちがいない間にも、その機体は改造されたらしく、腰部から足のように伸びる二本のエネルギータンクと攻撃的な頭部へと変更されていた。より派手に、より華やかに、より禍々しく変貌を遂げていた。
それだけでも、『地球平和軍』と苦しめる敵のエースだと誰もが気づいていた。
「あの赤い機体、以前よりパワーアップしてるじゃない」
彩子は声が震えつつ、嘲笑するように言った。そうでもしないと、今の彼女たちが赤い〔ミリシュミット〕に対して弱気になってしまうからだ。
そして、その隣の副官のごとく佇む青い機体〔バーカム〕。電子戦装備なのか、両肩部から発信翼らしきものを装着し、背部にガトリング砲らしき筒を背負っているように見える。
「強そ……」
音は自分の胸元に手を置いて、早くなる鼓動を押さえつけた。短く、強い鼓動は、体をすぐに熱くして嫌な汗を拭きださせるから困る。
一方で、『新人類軍』は静かに、波紋一つない水面のように敵の行動を観察する。
「敵の新型が少し……。それに、あの〔アル〕とかいう機体……」
鈴燕華は髪を掻きあげて、不敵に笑った。ヘルメットはせず、彼女の美貌はまっすぐに〔アル∑〕に向けられていた。
気持ちは静かに、だが、ふつふつとわき上がってくる興味関心は、がっちりと特色のある〔アル∑〕を捉えていた。依然とは違う、強いフォルムが何よりも彼女の興味を誘ったのだ。
「今回も、〔バーカム〕はいないのか?」
ハンスが不満を抱いたのは、唯一その一点だけ。
打ち負かしたいという衝動が、彼にとって早く取り除きたい厄介ものだというのに、怪我をして以降鉢合わせになった試しがない。同型機に乗っているのは、その執着心がゆえで、操縦者として上に立ちたいという表れでもある。
時が止まったように〔AW〕全機が沈黙を保ち、『地球平和軍』側はすぐにでも自機に火器を取らせ、射撃をしたいところではあった。悪戯に時が過ぎるのもそうだが、それ以上に潮騒のように押し寄せてくる緊迫感から早く解放されたい。喉が渇く、思考を空回りさせては、体力が消耗するばかり。
互いに視線を交錯し、緊張の糸が少しずつ引っ張られていく。
なんて不甲斐ないのだろう。
コフィンは心のうちで、何度も何度もそうつぶやいて、〔リヴァイン〕の更衣室を目指していた。戦闘配備の指令が下ったというのに、彼女はリーン・セルムットに断られたショックで艦内を徘徊していたのだ。
「もう少し、ちゃんと受け入れられるって思ったんですけど……」
誰に言うでもない独り言が勝手に口からこぼれる。
告白を受け入れてもらえないという予想はしていたはずなのに、それが現実となると、コフィンの本心はそんなに都合のいいものではないと思い知らされる。理性的な論理では、心の奥底から願った純粋な気持ちを納得させることはできない。
コフィン・コフィンが学んだのは、そんな人間のエゴだった。
案内表示に従って通路を進んでも、すれ違う人たちはいない。戦闘配備はすでに完了している証拠だ。
「もうみなさん、外に出ているのですね」
コフィンはまだ胸に残る虚脱感を抑えるように、軍服の胸倉を掴みながらつぶやいた。
しんと静まり返った通路を一人流れていると、余計自分の惨めさを浮き彫りにされているようで、士気は下がる一方だ。考えが後ろ向きになっていく。
「このまま行っても、みなさんの迷惑に……」
コフィンは手すりを掴んで、停止する。暗い表情でじっと浮かんだ足先を見た。
ますます胸が重苦しくなり、涙が溢れてくる。こんな時に何を泣いているんだろう、と客観的な自意識がある中で、広がっていくほの暗い絶望感。
リーンとも、バディを組んで戦える自信もない。
「…………」
コフィンは心のうちでやはり世間知らずのお嬢様だと自嘲しながら、目元の涙を拭った。だが、それでも涙が溢れてくる。喉元がひきつって、嗚咽となって出てくる。
それだけ、彼女の気持ちは本気だった。
本当に、リーン・セルムットのことを愛していた。
コフィンはその場で泣き叫びたい気分になったが、ガンッとものを無理やりこじ開ける様な物音に彼女は驚いて、肩を跳ね上げた。嗚咽も止まり、三つ編みがふわりと無重力の中で跳ねる。
「な、何ですか……?」
コフィンは涙を拭って、恐る恐る手すりを伝って物音のした方へ向かう。
「データはこれで全部か?」
「ああ、戦艦を沈められる時間はなさそうだ。展開が早い」
ひそひそと聞こえてくる声に、コフィンは首を縮めながら、数メートル先の部屋から聞こえてくるものだと判断した。開きっぱなしのドアは、この通路を誰も通らないと知っているかのような豪胆さが見受けられる。
戦艦を沈める、というフレーズが頭の中を凍りつかせて、悪寒を呼んだ。
「格納庫への通路はわかるな? よし。行くぞ」
その声に、コフィンは咄嗟に止まって、きょろきょろと周囲を見渡す。身を隠せる場所がない。引き返そうにも、そんな時間はない。
部屋から誰か出てくる。
黒い肌をした大きな手がドアの縁から出てきて、コフィンは思わず息を飲んだ。
「む、ムーデック曹長?」
「――――っ!?」
コフィンの戸惑う声に、部屋から出てきた大男ムッサ・ムーデックは目を丸くして、彼女を見た。
「どうした?」
ムッサの横から工具箱を持った白人男が顔を出して、コフィンを見るなり、表情を一変させた。
冷徹な、機械のような鉄面皮。
「聞かれたな……」
コフィンは白人男の抑揚のない声に鳥肌が立ち、恐怖が思考を加速させる。
この場から離れないといけない。誰かに知らせなければいけない、と。
しかし、コフィンの体は小刻みに震えて、まったくいうことを聞かない。
「あ、あれ……?」
「ん? どうした、准尉? 何を怖がってるんだ?」
ムッサは怯えるコフィンに対して、努めて穏やかな声音で話しかける。
それに対して、白人男は鋭い視線を射たが、巨漢は全く動じない。むしろ、手を軽く上げて制止して見せる。
「…………」
「まぁ、あれだよ。道に迷ってね。すまないが、准尉、道案内頼みますわ」
ムッサがゆっくりとドアの縁を押して、コフィンに近づく。
まるで大木が倒れ込むように迫ってくるムッサに、コフィンはいよいよ頭と体がかみ合う。振り返って、全力で手すりを押した。心臓が爆発しそうなほど高鳴る。
「逃げたぞ……」
「わかってるよっ」
しかし、コフィンの逃亡は次のムッサの押しで簡単に距離を詰められてしまう。
コフィンの肩をムッサの分厚い手が掴み、万力のような握力で彼女のなだらかな肩を握りつぶしていく。
「ああ、うぅっ」
「やっぱ、あんたの苦しむ声はいいな」
「――――ひぅっ」
ムッサはぐっとコフィンを引き寄せると、その太い腕で彼女の首を締め上げた。
ぎりぎりと締め上げられて、コフィンは必死にその手を解こうとするが、息は壊れた笛のように弱く、徐々に手からも力が抜けていく。
恐怖を感じるとともに、意識は朦朧とし、苦しみが和らいでいくのを感じた。
「おい。さっさとしろ」
「わかってる。だが、准尉のようにまだ回ってる奴がいるかもしれねぇな」
ムッサは相方に冷静に言って、人形のように抱え込んだコフィンを見た。意識がはっきりしていないのだろう。腕を緩めても、何の反応も示さずぐったりとしている。
「盾代わりに使わせてもらおう」
「いくぞ。時間が惜しい」
白人男に急かされて、ムッサはコフィンを抱えたまま艦内を移動し始める。
「撃たないのか? 撃たないと、こちらも攻撃できないのか?」
ヤッシュ・カルマゾフは〔バーミリア〕通常装備の操縦席で、息を荒げながら敵の戦列を睨んでいた。
戦闘配備になって、彼は自分の力を存分に発揮できる舞台に立っているという確信があった。それは自機の隣に浮かぶ巨大な〔AW〕、〔アル∑〕に乗る佐奈原樹に、実力を見せることができるからだ。
「これじゃぁ、何のためにここに来たのか、わからないじゃないか」
ヤッシュはぐっと操縦桿を握る手に力を込める。
樹が好意的でないのを知っているからこそ、この戦争という場で英雄の子孫としての自分を見せれば、惚れてくれるのではないか、と考えているのだ。浅はかな考えで、彼はこの死地に赴き、自身の力を過信している。
だから、樹も彩子も音も、彼とのバディは気が気でならない。何をしでかすかわからないうえ、〔バーミリア〕という新型機の性能を熟知していない。
「かなり時間がたつけど、どうなってるのかな?」
「部隊長が交渉に当たってるらしいけど……」
彩子が傍受した通信内容を、樹と音のヘッドフォンに流す。
「わたしたちは同朋の解放を願うために、この場に来たんだ。さっさと返してくれれば、すぐにでも撤退しよう」
女性の艶やかな声が流れ込んできた。それが、赤い〔ミリシュミット〕の操縦者だと樹たちは確信した。
それに対して、部隊長の野太い声が言った。
「君ら『新人類軍』の兵は、全滅した。ここには、君たちのいう同朋はいない。聞き入れないならば、この場で武力を行使する」
「ふぅん。それじゃぁ、撃ってみなよ? 最終勧告なのだろう? だが、この程度のことで引き金を引くようなら、『地球平和軍』の質も疑わしいものだと、あたしは思うが?」
挑発的な言い回し。
そのくせ、『地球平和軍』がメンツを優先している事実を見抜いている。彼女ら『新人類軍』は現統合政府の粛清を謳うだけに、組織の中にある身勝手さを自覚させたいのだ。
赤い〔ミリシュミット〕が右腕部を上げると手のひらを反した。そして、来いよ、とマニピュレーターを動かす。
『地球平和軍』の操縦者は極度の緊張状態、緊迫感から今にも火器を持たせてしまいそうだった。だが、敵の挑発に乗るまいとする自制心が働いて、何とか危うい均衡を保っている。
「フフフ……。焦ってるようじゃ、簡単に落とせそうじゃないか」
赤い〔ミリシュミット〕の操縦者、鈴燕華は嘲るように静かに言って様子を窺った。撃ってくるなら、やはりそれまでの組織。武力でねじ伏せる野蛮なやり方しか取れない連中だということ。
そして、堪えていても精神面では大きな打撃を呼ぶばかりで、士気は下がっていく。
十六機の〔AW〕で挑む『新人類軍』に対して、『地球平和軍』は五十機の軍勢だ。いくら精鋭ぞろいの部隊でも、物量の差は埋めきれるものではない。だが、精神というのは大きく戦力を左右させるもの。それが落ちていれば、多勢に無勢という構図は成り立たない。
そして、我慢の糸が切れるのはとてもたやすいものだ。
「――――っ!」
無線を傍受していたヤッシュも、ついに堪えきれずに、〔バーミリア〕通常装備にロングバレル・レールガンを握らせて、敵の戦列に向けた。
自尊心が傷つけられ、女をものにする機会まで奪われては、たまったものではない。そのちっぽけな器量が彼の指先を軽くした。
「ちょっと――――っ!」
「たいちょ、やめる!」
「バカじゃないの!?」
樹たちが慌てて、〔バーミリア〕通常装備の前に割って入ろうとする。
しかし、それだけで双方には十分すぎるきっかけとなる。
「ほら、結局殺したがりはあんたらだった。諸君、さぁ! 戦地を駆けようじゃないかっ!!」
「馬鹿がっ!! 各機、状況を開始する!」
瞬間、ヤッシュの〔バーミリア〕通常装備のロングバレル・レールガンが閃光を放って、敵の戦列を崩した。
そして、次々と妨害が張られ、通信状態は一気に悪くなる。
ヤッシュは戦闘が始まったと安堵の色を顔に見せる。
「ほら、きっかけを作ればいいんだ」
彼は自分で自分をほめてやりたい気分だった。このまま無為に時間を消費するよりも、てっとり早く殲滅にかかればいい。物量では『地球平和軍』が上回っているうえ、新型機も投入されている。
何も恐れるものなどない、という欺瞞な全能感が彼の中にあった。
「行くよっ! 樹」
ヤッシュは言って、自機を動かして敵の砲撃を回避する。
「あんなのがいるんじゃ、敵の言い分が正しくも聞こえてくる」
樹は悪態をついて、〔アル∑〕にすぐさま回避行動を取らせる。
あたりに閃光が走り、爆発が膨らむ。たった数秒前の静かな宇宙とは思えない変貌だ。『地球平和軍』は抑え込んでいたものをぶちまけるように武器を取り、混乱気味の軌道を描いている。
方や『新人類軍』は冷静に編隊を組んで、互いが互いを補うペースをすぐにも作り上げていた。
そして、〔アル∑〕もまたビーム・ライフルを手にして応戦に入った。そのことが、樹たちには屈辱的で、目頭が熱くなる。
命のやり取りがこんな簡単に行われてしまうのか。
武器を取ることでしか解決できないという現実が、酷くやるせなかった。




