~狼煙~ 脱出計画
樹たちは『サテライト』を右往左往しながら、ある一室にたどり着いた。
そこは、更衣室で宇宙服や〔AW〕パイロットスーツ、その試作品が両脇にあるロッカーに収納されている。
部屋には中心線を引くように横たわったベンチがあり、彩子と音が座っている。疲労が出始めたのか、どことなく覇気がない。
「とりあえず、これを上に着て」
そういって、樹はロッカーから見慣れた〔AW〕パイロットスーツを彩子と音に差し出す。
今、樹が着ている緊急用宇宙服に似ているが、その性能は雲泥の差がある。重力加速度、Gへの耐久性や酸素ボンベの量など、はるかに機能が向上されている。宇宙遊泳には、背中の小型のバックパックの生命維持装置に、二回りほど大きいオプション推進装置を取り付ける必要があるが、大概〔AW〕の操縦席内に搭載されている。
「わかった……。ほら、あんたも」
「あい――、っん」
「ああ、ごめん。足の傷、大丈夫?」
彩子は樹からパイロットスーツを受け取ってから、隣の音の様子を窺った。音を発見したときは暗くてわからなかったが、彼女の右足首にも破片が埋没していた。今は除去されて、緊急パックの応急処置で包帯が巻かれている。
音は頷いて、包帯が巻かれた足首を軽く擦った。
「無理しちゃダメよ? 手伝うから」
彩子はそう言って、音のパイロットスーツの着替えを手伝い始めた。
「あなた、面倒見がいいのね?」
「何、その以外って感じの意見。別にいいでしょう? それより、どうやって着せるの、これ?」
樹は着ていた緊急用宇宙服を中途半端に脱いで、その手を休めた。
少しうんざりした気分が立ち込めてくる。
「ああ、ごめん。説明書とかって、ロッカーの中にない? これくらいできるようにしておかないといけないでしょう?」
「え、えぇ、まぁ……」
「音、教える」
「そう? じゃぁ、そうして」
樹は音の提案にのって、自分の着替えに戻る。
彩子はそのあたりをわきまえていた。音のちぐはぐなレクチャーを受けながら、パイロットスーツの着付けをしているのだから。
出会って数分足らずで、団結できるのはこの状況を早く脱したいと思うからだろう。そうでなければ、誰かひとりヒステリーを起こしていてもおかしくない。
意志の強さ。並大抵ではない精神力を有している証でもある。
「あ。これ、食べる? 金平糖」
樹はつなぎのポケットから金平糖が入った紙袋をベンチに置いた。
「ありがとう」
彩子は紙袋から金平糖を一粒とって口の中に放り込む。
気持ちの悪い口の中で、甘さが広がる。
「やっぱ、甘い」
「音も」
そういって、パイロットスーツを着込んだ音が同じく金平糖を手に取る。
彼女には金平糖のごつごつした形状が珍しく、ひとしきり眺めてから口の中に運んだ。
「あまっ。あまあま!」
人生初の金平糖に音は驚きを隠せなかった。
この砂糖を固めただけの甘さは、新鮮で、少し背徳的に感じられた。砂糖を舐めるのは、行儀が悪いと言い聞かされてきたから。
「水も飲んでおいて。『ガーデン1』まで、かなり時間がかかる」
「え? どんくらい?」
「半日くらい、かな。それに〔AW〕だから、かなり厳しいかも」
樹も金平糖を口の中に放り込んで、そういった。
「一応、逃げ出す算段はできたってわけね?」
彩子は真剣なまなざしで、樹の方を見た。
音の着付けも終わって、自分の支度は一度中断。
今は、これからの計画について確認する必要があると思えた。
樹もパイロットスーツのファスナーを下げたまま、ベンチに腰を下ろした。
「それだって賭け事だから、絶対安全は保障できない」
「いまさら気にすることじゃないでしょう、そういうの。贅沢言ってられる状況じゃないんだし」
「諦める、ダメ。みな、がばる!」
彩子と音は覚悟を決めていた。
死体の山を垣間見ながら、その恐怖に足を取られそうになりながらも、諦める選択をしない。
樹はそんな二人を見て、自身が一番踏ん切りがついていないと思い知らされる。
一度、深呼吸をして彼女も覚悟する。
「わかった。いい? これからいうことを、よく聞いて」
彩子と音が頷く。
「わたしたちはこれから、〔アル+1〕という機体に乗って、ここを脱出する。三人乗りだけど、操縦はわたし一人で十分できる」
「それって、〔AW〕?」
「ええ、〔AW〕の始祖と呼ばれた機体。旧式だけど、そこらの機体よりかずっと航続距離は長い」
樹は気に入っていた機体〔アル+1〕で脱出する計画を打ち明けた。機体性能を知っているが故の判断だ。
「船、ない?」
音が言った。
「小型船も考えたけど、正直怖いところがある」
「どして?」
「…………。人が死んでるから」
樹の言葉に、音は表情を曇らせる。
そうなるのをわかっていたが、こればかりは避けて通るわけにはいかなかった。
「あのさ、その……。それだとなんで船はなしになるの?」
彩子が遠慮がちに問う。
「さっきの部屋の状況を見ると、内部で何か爆発した感じだったでしょ? どう考えても、事故じゃない」
「そういうのは、音に――――」
言いかけて、彩子は口を噤んだ。
音はあの場所で生き残った証人だ。だが、事態を言及できるほど、心の傷は癒えていない。
しかし、音はゆっくりと口を開いた。
「あてる。みな、ぐじんに……」
「ぐじん? 軍人ってこと」
樹が静かに問いただすと、音は痛みに耐えるように頷いた。
「何よ、それっ」
彩子は怒りを抑えてつぶやく。
軍人はいけ好かないと思っていたが、個人の思い過ごしだと思いたかった。
樹は二人の反応を見て、話を続ける。
「軍人、『地球平和軍』だとしても、そこはどうだっていい。問題なのは、人殺しがこの程度で終わるとは思えない、ということ」
「じゃぁ、船で脱出しようとしている人たちは――――」
「わからない。ただ、本当に虐殺をする気なら、『サテライト』の空調を止めればいい。もしかしたら、ここの労働者だけを狙ったものかもしれないけど」
「にしては、被害のあったところ、なかったわ……」
樹たちはいくらか別の部屋の様子も見たが、どこも無傷。同時にどこももぬけの殻だった。
労働者を含めて脱出する動きがあったと推測される。
「そうね。それに、空調がまだ生きてるのも気になる……」
避難勧告が出て二時間経つが、空気の循環機能はいまだ損なわれない。
その事実は、どうあってもおかしい。普通、予備電池は脱出に必要な時間を稼ぐ程度しかない。大体一時間あれば、全職員を脱出させることはできる。
「ぐぜん、違う?」
音が不安そうに言う。
樹は少し思案してから、首を横に振った。
「隔壁だって降りてるから、偶然にしてはできすぎてる。動きを限定してるみたいじゃない?」
「それじゃ、この騒ぎは誰かが仕組んだってこと?」
「おそらく。しかも、個人レベルでできることじゃない」
ここの救難システムを抑えて、原発を止め、それ以前の太陽光発電の故障ももしかしたら。
樹だって、確信があるわけだはない。だが、あの惨状を目の当たりにして、そういう連想ができてしまった。
彩子はまさか、と口を動かした。
「これは計画的な襲撃よ。それも、怪しまれないで」
「それでも、やっぱり人を逃がすのはおかしいわ」
彩子は怯えながら、疑問をぶつける。
ここを乗っ取るなら、樹も言ったように、全員窒息死させればいい。自分たちは宇宙服なりを着て安全を確保して、そのあとで生き残った人を掃討する。それが効率的というものだ。
「そのあたりの詮索は後にしましょう。それで、船で逃げないのは追手が来る場合が考えられるから。第五埠頭の船はとっくに出港してるだろうし、そのあとで船がここを脱出すれば怪しまれて止められる。そうなったら最後、何が待ってるかわからない」
「まさか、その〔アル〕なんちゃらって機体で逃げるのは――――」
「もちろん、自衛手段があったほうがいいでしょう?」
樹の発言に、彩子は戦慄した。
もし追手が来たら、戦う。戦って生き残る。
音も目を丸くして驚いたが、不思議と嫌がる様子はない。
「これが、わたしの妄想だってオチになることを祈ろう? さて、そろそろ移動しましょうか」
樹は立ち上がって、金平糖の紙袋をつなぎのポケットに仕舞い込む。
それからパイロットスーツのファスナーを上げて、気密保持をする。
彩子はその直感めいた推理を否定したかったが、脳裏に過る血塗れの部屋が身の危険を感じさせた。理性ではなく、本能的に危ない場所にいるのだと。
「ねぇ、樹。あんたの言ってることが事実だとしたら、通路をうろちょろするのは危険じゃないかしら?」
「監視カメラはどれも動いていない。まだ、『電力停止』を装ってるみたい。でも、敵は動いてるでしょうね。だから、これを使おうと思うの」
樹はベンチに置かれていた懐中電灯で床を照らした。
そこには蝶番と金属の枠があった。
「床下収納?」
「違う、配線通路。これなら、見つかりにくいし行きたい場所に出られる」
彩子は照らされた開き蓋を見て、不安になる。
しかし、止まっている余裕はない。行動してこそ、解決することだってある。
「上等よっ! やってやろうじゃない!」
不安な気持ちを繕うように、彩子は言った。
「じょーとー!」
続いて、音が便乗した。特に意味はわかっていないが、士気向上を狙ってのことだ。
「それよりも、早く着て」
「あ、ごめん」




