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マシン・レコード  作者: 平田公義
第二章
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~狼煙~ 脱出計画

(いつき)たちは『サテライト』を右往左往しながら、ある一室にたどり着いた。

 そこは、更衣室で宇宙服や〔AW〕パイロットスーツ、その試作品が両脇にあるロッカーに収納されている。

 部屋には中心線を引くように横たわったベンチがあり、彩子(あやこ)(おと)が座っている。疲労が出始めたのか、どことなく覇気がない。


「とりあえず、これを上に着て」


 そういって、(いつき)はロッカーから見慣れた〔AW〕パイロットスーツを彩子(あやこ)(おと)に差し出す。

 今、(いつき)が着ている緊急用宇宙服に似ているが、その性能は雲泥の差がある。重力加速度、Gへの耐久性や酸素ボンベの量など、はるかに機能が向上されている。宇宙遊泳には、背中の小型のバックパックの生命維持装置に、二回りほど大きいオプション推進装置を取り付ける必要があるが、大概〔AW〕の操縦席内に搭載されている。


「わかった……。ほら、あんたも」

「あい――、っん」

「ああ、ごめん。足の傷、大丈夫?」


 彩子(あやこ)(いつき)からパイロットスーツを受け取ってから、隣の(おと)の様子を窺った。(おと)を発見したときは暗くてわからなかったが、彼女の右足首にも破片が埋没していた。今は除去されて、緊急パックの応急処置で包帯が巻かれている。


 (おと)は頷いて、包帯が巻かれた足首を軽く擦った。


「無理しちゃダメよ? 手伝うから」


 彩子(あやこ)はそう言って、(おと)のパイロットスーツの着替えを手伝い始めた。


「あなた、面倒見がいいのね?」

「何、その以外って感じの意見。別にいいでしょう? それより、どうやって着せるの、これ?」


 (いつき)は着ていた緊急用宇宙服を中途半端に脱いで、その手を休めた。

 少しうんざりした気分が立ち込めてくる。


「ああ、ごめん。説明書とかって、ロッカーの中にない? これくらいできるようにしておかないといけないでしょう?」

「え、えぇ、まぁ……」

(おと)、教える」

「そう? じゃぁ、そうして」


 (いつき)(おと)の提案にのって、自分の着替えに戻る。

 彩子(あやこ)はそのあたりをわきまえていた。(おと)のちぐはぐなレクチャーを受けながら、パイロットスーツの着付けをしているのだから。

 

 出会って数分足らずで、団結できるのはこの状況を早く脱したいと思うからだろう。そうでなければ、誰かひとりヒステリーを起こしていてもおかしくない。

 

 意志の強さ。並大抵ではない精神力を有している証でもある。


「あ。これ、食べる? 金平糖」


 (いつき)はつなぎのポケットから金平糖が入った紙袋をベンチに置いた。

 

「ありがとう」


 彩子(あやこ)は紙袋から金平糖を一粒とって口の中に放り込む。 

 気持ちの悪い口の中で、甘さが広がる。


「やっぱ、甘い」

(おと)も」


 そういって、パイロットスーツを着込んだ(おと)が同じく金平糖を手に取る。

 彼女には金平糖のごつごつした形状が珍しく、ひとしきり眺めてから口の中に運んだ。

 

「あまっ。あまあま!」


 人生初の金平糖に(おと)は驚きを隠せなかった。

 この砂糖を固めただけの甘さは、新鮮で、少し背徳的に感じられた。砂糖を舐めるのは、行儀が悪いと言い聞かされてきたから。


「水も飲んでおいて。『ガーデン1』まで、かなり時間がかかる」

「え? どんくらい?」

「半日くらい、かな。それに〔AW〕だから、かなり厳しいかも」


 (いつき)も金平糖を口の中に放り込んで、そういった。


「一応、逃げ出す算段はできたってわけね?」

 

 彩子(あやこ)は真剣なまなざしで、(いつき)の方を見た。

 (おと)の着付けも終わって、自分の支度は一度中断。

 今は、これからの計画について確認する必要があると思えた。


 (いつき)もパイロットスーツのファスナーを下げたまま、ベンチに腰を下ろした。


「それだって賭け事だから、絶対安全は保障できない」

「いまさら気にすることじゃないでしょう、そういうの。贅沢言ってられる状況じゃないんだし」

「諦める、ダメ。みな、がばる!」


 彩子(あやこ)(おと)は覚悟を決めていた。

 死体の山を垣間見ながら、その恐怖に足を取られそうになりながらも、諦める選択をしない。

 

 (いつき)はそんな二人を見て、自身が一番踏ん切りがついていないと思い知らされる。

 一度、深呼吸をして彼女も覚悟する。


「わかった。いい? これからいうことを、よく聞いて」


 彩子(あやこ)(おと)が頷く。


「わたしたちはこれから、〔アル+1(プワスワン)〕という機体に乗って、ここを脱出する。三人乗りだけど、操縦はわたし一人で十分できる」

「それって、〔AW〕?」

「ええ、〔AW〕の始祖と呼ばれた機体。旧式だけど、そこらの機体よりかずっと航続距離は長い」


 (いつき)は気に入っていた機体〔アル+1(プラスワン)〕で脱出する計画を打ち明けた。機体性能を知っているが故の判断だ。

 

「船、ない?」


 (おと)が言った。


「小型船も考えたけど、正直怖いところがある」

「どして?」

「…………。人が死んでるから」


 (いつき)の言葉に、(おと)は表情を曇らせる。

 そうなるのをわかっていたが、こればかりは避けて通るわけにはいかなかった。


「あのさ、その……。それだとなんで船はなしになるの?」


 彩子(あやこ)が遠慮がちに問う。


「さっきの部屋の状況を見ると、内部で何か爆発した感じだったでしょ? どう考えても、事故じゃない」

「そういうのは、(おと)に――――」


 言いかけて、彩子(あやこ)は口を噤んだ。

 (おと)はあの場所で生き残った証人だ。だが、事態を言及できるほど、心の傷は癒えていない。


 しかし、(おと)はゆっくりと口を開いた。


「あてる。みな、ぐじんに……」

「ぐじん? 軍人ってこと」


 (いつき)が静かに問いただすと、(おと)は痛みに耐えるように頷いた。


「何よ、それっ」


 彩子(あやこ)は怒りを抑えてつぶやく。

 軍人はいけ好かないと思っていたが、個人の思い過ごしだと思いたかった。


 (いつき)は二人の反応を見て、話を続ける。


「軍人、『地球平和軍』だとしても、そこはどうだっていい。問題なのは、人殺しがこの程度で終わるとは思えない、ということ」

「じゃぁ、船で脱出しようとしている人たちは――――」

「わからない。ただ、本当に虐殺をする気なら、『サテライト』の空調を止めればいい。もしかしたら、ここの労働者だけを狙ったものかもしれないけど」 

「にしては、被害のあったところ、なかったわ……」


 (いつき)たちはいくらか別の部屋の様子も見たが、どこも無傷。同時にどこももぬけの殻だった。

 

 労働者を含めて脱出する動きがあったと推測される。


「そうね。それに、空調がまだ生きてるのも気になる……」


 避難勧告が出て二時間経つが、空気の循環機能はいまだ損なわれない。

 その事実は、どうあってもおかしい。普通、予備電池は脱出に必要な時間を稼ぐ程度しかない。大体一時間あれば、全職員を脱出させることはできる。


「ぐぜん、違う?」


 (おと)が不安そうに言う。

 (いつき)は少し思案してから、首を横に振った。


「隔壁だって降りてるから、偶然にしてはできすぎてる。動きを限定してるみたいじゃない?」

「それじゃ、この騒ぎは誰かが仕組んだってこと?」

「おそらく。しかも、個人レベルでできることじゃない」


 ここの救難システムを抑えて、原発を止め、それ以前の太陽光発電の故障ももしかしたら。

 (いつき)だって、確信があるわけだはない。だが、あの惨状を目の当たりにして、そういう連想ができてしまった。

 

 彩子(あやこ)はまさか、と口を動かした。

 

「これは計画的な襲撃よ。それも、怪しまれないで」

「それでも、やっぱり人を逃がすのはおかしいわ」


 彩子(あやこ)は怯えながら、疑問をぶつける。

 ここを乗っ取るなら、(いつき)も言ったように、全員窒息死させればいい。自分たちは宇宙服なりを着て安全を確保して、そのあとで生き残った人を掃討する。それが効率的というものだ。


「そのあたりの詮索は後にしましょう。それで、船で逃げないのは追手が来る場合が考えられるから。第五埠頭の船はとっくに出港してるだろうし、そのあとで船がここを脱出すれば怪しまれて止められる。そうなったら最後、何が待ってるかわからない」

「まさか、その〔アル〕なんちゃらって機体で逃げるのは――――」

「もちろん、自衛手段があったほうがいいでしょう?」


 (いつき)の発言に、彩子(あやこ)は戦慄した。

 

 もし追手が来たら、戦う。戦って生き残る。


 (おと)も目を丸くして驚いたが、不思議と嫌がる様子はない。


「これが、わたしの妄想だってオチになることを祈ろう? さて、そろそろ移動しましょうか」


 (いつき)は立ち上がって、金平糖の紙袋をつなぎのポケットに仕舞い込む。

 それからパイロットスーツのファスナーを上げて、気密保持をする。

 

 彩子(あやこ)はその直感めいた推理を否定したかったが、脳裏に過る血塗れの部屋が身の危険を感じさせた。理性ではなく、本能的に危ない場所にいるのだと。


「ねぇ、(いつき)。あんたの言ってることが事実だとしたら、通路をうろちょろするのは危険じゃないかしら?」

「監視カメラはどれも動いていない。まだ、『電力停止』を装ってるみたい。でも、敵は動いてるでしょうね。だから、これを使おうと思うの」


 (いつき)はベンチに置かれていた懐中電灯で床を照らした。

 そこには蝶番と金属の枠があった。


「床下収納?」

「違う、配線通路。これなら、見つかりにくいし行きたい場所に出られる」


 彩子(あやこ)は照らされた開き蓋を見て、不安になる。

 しかし、止まっている余裕はない。行動してこそ、解決することだってある。

 

「上等よっ! やってやろうじゃない!」

 

 不安な気持ちを繕うように、彩子(あやこ)は言った。


「じょーとー!」

 

 続いて、(おと)が便乗した。特に意味はわかっていないが、士気向上を狙ってのことだ。

 

「それよりも、早く着て」

「あ、ごめん」


   

 

 

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