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Like A Wind  作者: 白銀
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終章 「ウインド」

 終章 「ウインド」


 川のほとりに、レイシェとリアがいた。スラッグは周りの風を感じて二人を捜し当てた。かなり広い範囲でジオ・フロントの天井は破壊され、大きな穴が地面に開いていたが、両翼になったスラッグの能力は風の力も軒並み強力になっており、認知範囲が拡大していた。そのため、そう時間をかけずに二人を探し出す事ができた。

 レイシェは気絶したままだったが、リアは右腕と片目を失ったスラッグを見ても何も言わなかった。

 リアは、アンジェからレイシェを預かったらしい。被害が広がった時に死なせないようにしてくれと言われたのだそうだ。

 その説明を、スラッグは川で身体を洗いながら聞いた。血まみれになった服は、捨てる事にした。特に上半身の服は片腕の部分が途中で千切れている。

 着替えが終わったところで、スラッグは木に背中を預けて右腕を押さえた。今になって痛みが激しくなってきた。左目も、奥の方からずきずきと痛んでくる。

「じっとしていてね」

 言い、リアは背に翼を生やすとスラッグの左腕をどけ、輝きを帯びた手で右腕に触れた。

「……治療、できるのか?」

「ええ、治癒というよりは、復元だけどね」

 小さく苦笑し、リアはスラッグの腕に力を放ち続ける。

 身体が再生していくのは、見ていても不可思議な光景だった。暖かな光に包まれて、腕が伸びていく。心地良い暖かさは傷口から身体の中にまで浸透するほどのものだ。ゆっくりと、時間はかかったが、白い光で覆われた腕が、指先まで形作られた。その光が、傷口だった場所から消えていく。

「傷痕は完全に消せないわね」

 復元された腕と、破壊されていない身体との境目には傷痕が残った。痛みはもうないが、傷痕が消える事はないのだろう。

「腕があるだけでもありがたいよ」

 苦笑し、スラッグは言った。両腕に戻っただけでもありがたい事だ。願ってもいなかったのである。

「次は目ね」

 言い、リアはスラッグの左目に手を被せた。

 暗闇だった左側の視界が、白く染まる。同時に、痛みが消え、暖かさが広がって行った。

「こっちも、傷は完全に消えないわ」

「いいよ、見えれば」

 スラッグは小さく笑んだ。

 左目の視界が戻った。川を覗き込んで顔を見れば、そこには翡翠色の左目があった。瞼には縦に深い傷痕が残っているぐらいだ。生活に支障はないどころか、失ったままでいるよりは遥かに良いだろう。傷痕が残っただけで、元の五体満足な身体に戻ったのだから。

「……レイシェは?」

「そろそろ気付くと思うわ」

 木に背中を預けると、スラッグはリアに問うた。

 アンジェは、レイシェの身体に軽い衝撃を送り込み、気絶させたのだという。

「ジオ・フロントはどうするの?」

 不意に、リアが尋ねた。

「どうしようもないよ。内壁は俺には修理できないし……」

 スラッグは答え、今まで戦っていた方角へ視線を向けた。

 ジオ・フロントの天井は壊れたままだ。だが、それを修理する事はスラッグにはできない。地上でも地下でも、既に内壁の素材を作り出す技術が失われていると言ったのは、リアだ。素材が無い上に、ジオ・フロントの修理の知識の無いスラッグには修理はできないだろう。ジオ・フロント内に自己修復機能があれば、時間はかかっても放って置けば大丈夫だとは思うが。

「それよりも、俺の傷を治しても良かったのか?」

 リアは中立の立場ではなかったのか、そう問いかける。スラッグとアンジェのどちらにも加担しないと、リアは言っていたのに、戦闘後にはスラッグの治療をしてくれた。

「怪我人がいれば大抵治すわ。地上でも、地下でも、ね」

 言い、リアは微笑んだ。

 つまりは、アンジェが勝っていれば、リアはアンジェの傷を治したという事だ。自分の力が必要な人がいれば、使う。それが彼女の理念なのだろうか。

「……ぅん……」

 不意に、隣に寝かされていたレイシェが呻き声を上げた。

 そうして、ゆっくりと目を開けると、飛び起き、周囲を見回した。

「こ、ここは?」

「進行方向を少し進んだところね」

 場所の解らないスラッグに変わり、リアが答えた。

「――アンジェは……?」

 リアを見て、スラッグを見て、レイシェははっとしたように言った。

 何か言おうか迷っているリアにスラッグは小さく首を振り、レイシェに向き直ると口を開いた。

「アンジェは、俺達とは別の道に行ったよ。……旅に、出たんだ」

「え……?」

 その言葉に、レイシェがスラッグを見る。リアは視線を逸らしていた。

「相当俺が嫌いになったらしくってな……」

 苦笑し、スラッグはレイシェから視線を逸らした。

「そんな! あの後、どうなったのよ!」

「……和解したよ、したけど、さ」

 苦笑いしかできなかった。

「アンジェはどこに向かったの?」

「場所は、知らないよ」

 地上に来たばかりだから、そう付け加える。

「じゃあ、どっちに向かったの?」

 レイシェの言葉に、スラッグは無言で顔を逸らした。

 目線は、さっき戦った場所とは違う方向でもあり、スラッグ達が向かっていた東の方角とも違う方向へと向けた。それが答えだというかのように。

「リアさん、黙って見てたんですか?」

「私はアンジェに嫌われてるからね」

 スラッグに視線を向けてから、リアはレイシェに苦笑した。

「そんな……」

 レイシェが顔を伏せた。

「……私、アンジェの後を追うわ」

 暫く考えていたレイシェは、やがて、顔を上げてそう言った。

「……本気、なんだな?」

 その真剣な青い目を見つめ、スラッグは問う。レイシェは、しっかりと頷いた。

「そんなに、アンジェが好きなんだな……?」

 感情を押し殺し、スラッグは問う。

 レイシェは――頷いた。

 スラッグは目を閉じ、大きく、ゆっくり深呼吸すると、目を開けてレイシェを見る。

「……なら、ここで別れよう」

「え? 何言ってるの?」

 理解できないとでも言うように、レイシェが首を傾げた。

「俺は、アンジェを追う気はないんだ」

「どうして? 一緒に行きましょうよ……」

「言っただろ、俺はアンジェに嫌われたんだ、って……」

 誘うレイシェに、スラッグは言った。

「でも……」

「早くしないと追いつけなくなるぞ。もう、あれからだいぶ経ってるんだから」

 尚もスラッグを誘おうとするレイシェに、スラッグは言った。

「……解った」

 残念そうに頷き、レイシェは荷物をまとめ始めた。

 一人分、食料を分けて纏め、レイシェは自分の持って来た荷物の中に入れた。携帯用の調理器具は、リアが自分自身の旅のために一式持っていたため、スラッグとレイシェが持っていた一セットはレイシェに持たせる事にした。

「本当に、行かないのね……?」

 別れる直前にも、レイシェはスラッグにそう言った。

「ああ……」

 早く行けと、言いそうになるのを堪える。

「……じゃあ、またね、スラッグ」

「……さよなら、レイシェ」

 背を向けるレイシェに、スラッグは別れの言葉を告げた。

 もう、二度と会う事はないだろう。遠ざかって行くレイシェを見届けて、スラッグは座り込んだ。炎と水は干渉し合うが、風と水は直接干渉し合う事はない。そういう事なのだろう。

「あれで本当に良かったの?」

「言えねぇよ……。俺が殺した、なんて」

 立ったままのリアがかけた言葉に、スラッグは顔を伏せたまま答えた。

 殺した、とは言えなかった。レイシェを守るために覚醒した力で、レイシェが惹かれたアンジェを殺した。考えてみれば酷いものだ。

「彼女も不憫ね……」

 好きな人は、レイシェを想うアンジェに殺されてしまった。それを知らず、気を使ってスラッグが旅に出たと言えば、アンジェを追いかけると言ったレイシェ。

「あなたはどうするの?」

「……今なら、ジオ・フロントにも戻れるしな」

 顔を伏せたまま、スラッグはおどけて言った。だが、リアに隠した伏せた頬を涙が伝う。

「仕方ないわね、少し付き合ってあげるわ」

 苦笑交じりに溜め息をつき、リアは言い、スラッグの肩に手を乗せた。

「悪ぃな……ほんと……」

 リアに見えぬように涙を拭い、スラッグは立ち上がった。

 大きく息を吸い、吐き出す。それで強引に気分を入れ替える。拭い去れない感情は、心の内に押し込んで。

「……さてと、これから、どうすっかな」

 青空を見上げて、小さく呟く。

 今まで地下で暮らしてきたが、今は地上にいる。地下と違う事は数多くあるだろうが、生きていくためには何かしなければならないだろう。狩猟で生きていけるわけではないのだ。街へ行き、生活資金を稼ぎ、生きていかなければならない。

 何をする事だってできる。地下でも、地上でも、それは変わらない。スラッグは自分の思う通りに選択肢を選んで生きてきた。その結果ならば、たとえレイシェと別れようとも文句は言えない。それが、スラッグの望んだ結果なのだから。

 風が吹いた。柔らかな風が、スラッグの長い髪を揺らす。

 世界は広い。したい事が見つかればそれをすればいいだろうし、見つからなければそれを探すために動き回ってみるのもいいだろう。


 ――風は、自由なのだから。



 ―終―

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