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ちょっと納得な一章


 結局、女の子を目的地まで案内することにした。

 国道にも関わらず左右を青々とした田んぼに挟まれ車も滅多に通らない、そんな田舎全開の道路を二人で歩く。快晴の空の下、まっすぐと続く田舎道、今のオレたちを後ろから見れば青春映画のワンシーンみたいな絵柄だろう。

「でも本当によかったの?」

「ぜんぜん問題ないから」

 サンダルをかぽかぽ鳴らしながら隣を歩く女の子は申し訳なさそうにこちらを覗き込んでくる。でもオレはやることに困って水を撒いていたのだから、これはちょうどいい暇つぶしになりそうで逆にありがたいくらいだ。それに目的地までは大した距離じゃないし、おそらく十分もすればその柏制作工場までたどり着くことができるだろう。

「でもなんでそんなところに行きたいんだ? その工場ってもう潰れてるんだろ?」

 廃墟ツアーでもやるんだろうかと不思議に思っていると、なぜか女の子のほうまで不思議そうに小首を傾げる。

「えと、あたしも知らなくて……。よく分からないまま連れてこられちゃったから」

「連れてこられたって、誰に?」

「あの人」

 そう言って女の子が指差す先、道路脇に堂々とそびえるイチョウの木陰に人影が一つ。バス停でもないのに何をしているのだろうか。

 さらに近づくとそれはやはり同い年くらいの女の子のようで、見るからにへばっていた。大きな団子を乗せたような髪形が特徴的で、世の中をなめきったような半開きの目がだるそうなことこの上ない。そして近づいてきたオレたちに気がつくと小さく手を振り、やはり気だるげな声をあげた。

「さ~く~ら~ちゃん~、遅い~」

「ごめんね。なかなか人が見つからなくて。あれ、和三君はまだ戻ってないの?」

「そうなのよ~、もう干からびそうだわ~」

 お団子ヘアの女の子はへなへなと木にもたれかかると「ふぇぇ」と悲鳴のような奇声を上げ、サクラと呼ばれた女の子はそれを心配そうに支える。

「………………」

 連れてこられたって、この気だるげ少女にだろうか。どうやら他にもメンバーがいるらしいが、これは一体のなんの集まりなんだ。やっぱり廃墟同好会みたいなものか? と、頭一杯に『?』マークを浮かべているオレに気がついたのか、お団子ヘア少女はゆらりとこちらに視線を向ける。

「……あら~?」

「あ、この人が廃工場に連れてってくれるって」

「ど、ども」

「……じ~」

 ものすごく興味津々な視線を浴びる。

「えーと……? あの……」

「……じ~」

「な、なんかオレの顔についてる……?」

 今朝はトーストだったからご飯粒なんて付いてないはずだが……、とか思っていると、△の形をしたその口から思わぬ言葉がこぼれた。

「あなた、最中君じゃないの~?」

「え」

「最中君でしょう~?」

「な、なんでオレの名前……」

「だってあなた、合気道部の部長さんじゃない~」

「そうだけど」

 オレが合気道部だってことを知ってるってことは、まさか同じ高校か……? そう言われてみれば、この髪型とだるそうな表情には見覚えがある気がする。具体的に言えば部活の予算委員会とかに顔出したときに、その議席の一番真ん中に座っていたような……。

「……あ、生徒会長か!? 大福あずき生徒会長!」

「ぴ~んぽ~ん」

 思い出した。『めんどくさくない学校運営』を公約に対抗馬なしの選挙で見事当選、以来活動してるんだかしてないんだかよく分からない生徒会長として我が校を統治してきたあの大福あずきだ。同じ学年でもクラスは別だからよくは知らないが、そういえば何度か顔を合わせたことがあった。

「だとすると、もしかして君もウチの生徒か?」

「あ、うん」

 お嬢様風女の子にも確認を取ってみるとあっさりと肯定。

「あたしもあずきちゃんと同じ学校だよ。そっか、どこかで見たことあるなぁと思ったら、同級生だったんだね。私は二年G組の善哉ぜんざい桜っていうの、よろしくね」

「えと、二年D組の最中もなか練切れんせつな。よろしく善哉さん」

「うん。でも善哉って苗字はちょっと強そうで好きじゃないから、桜でお願い。呼び捨てでもいいから」

「私もあずきでいいわよ~。大福って苗字はちょっと太ってそうだから~。ちなみにあと一人、くず和三かずみ君ってのがいるわ~」

 善哉桜に大福あずき。葛和三という名前は聞いたことがないが、おそらく同じ学年なのだろう。学校の外で同級生と知り合うというのも妙なものだがそれにしても、じゃあこいつらは一体なにをしに工場なんて目指してるんだ? ウチの高校に変な部活などなかったと思うが。

「じゃあえっと、あずき。潰れた工場なんかに行ってなにするつもりなんだ? 地元民のオレでもぼんやりとしか存在を知らないような場所だぞ?」

「そうそう、そろそろ教えて欲しいなあずきちゃん」

 しかしあずきはにやりと笑うだけで話そうとしない。

「それは現場に着いてからのお楽しみよ~。ともかく、こんなところで出会ったのも何かの縁よ~、私たちを柏制作工場まで連れて行ってちょうだいな」

「まぁ、もとからそのつもりだからいいんだけどな」

 よく分からないがとりあえず目的地を目指そう。着けば教えてくれるそうだし。



 二人を連れて歩くこと十五分。ゾンビのようにゆらゆら歩くあずきに合わせたせいで少し余計に時間はかかったが、道に迷うこともなく目的地に到着。

 大きい道から外れて住民しか通らないような砂利道を進むと、その先にはぽっかりと開けたスペースがある。周りを緑いっぱいの木々に囲まれ、下手すると異世界へ紛れ込んでしまいかねないほどひっそりとしたその空間はセミの合唱に埋め尽くされていた。

 もしや精霊でも住んでいるのではと思ってしまうような年季の入った平屋建ての民家、もしや精霊でも遊んでいるのではと思ってしまうような空き地、そしてその間に挟まれるようにして、件の廃工場は建っていた。

「工場って言うからもっと大きい建物だと思ってたけど、意外と小さいんだね」

 確かに。以前来たときはちょっと見ただけだったけれど、こうして改めてみるとなんというか、……しょぼい。敷地はその隣にある民家よりちょっと大きい程度だし、すぐ後ろには小山の斜面が迫っていて圧迫されているよう。敷地をぐるりと囲むブロック塀はところどころ崩れかけて、門の横に貼られたプレートの文字もほとんど読むことが出来ない有様だ。建物自体もこじんまりとしていて、工場というより倉庫といった感じ。錆び付いたトタンの壁は青々と茂ったツタ植物に侵食されつつある。

「ここ、なんの工場だったんだ? 制作工場ってえらくアバウトなネーミングだけど」

「さぁ~? 制作する工場だったんじゃない~?」

「なんでお前が知らないんだよ……」

 ますますもって一体なんの為にこんなところへやってきたのか。桜とともにいぶかしげな視線を送ると、あずきはすいっと塀の向こうを指差した。

「最中君、ちょっと中を覗いてみてちょうだい~。きっと今は暑いからじっとしてるんだわ」

 言われるままにコンクリートブロックの隙間から工場の敷地を覗き込んでみる。

「じっとしてるって、怪獣でもいるのか」

 見えるのは当然工場の外壁だけ――かと思ったらなんだか地面に違和感。土とかアスファルトとかじゃなくて、なんというか、もふっとしてそうな質感の地面だ。一面に絨毯でも敷いてあるのだろうかと目を凝らしてみて、ようやくその正体に気がつく。

「――ぶっ!?」

「その反応だと、やっぱりいたみたいね~」

「え、なにが? ねぇねぇ最中君、なにが見えるの?」

 のんきな二人の声を背中に、しばらく思考が停止。な、なんだこれは一体どういう状況だ……。

 いるのである。工場の建物とコンクリート塀の間は約五メートルほど離れているが、その間には数え切れないほどのそれがいる。全身を毛で覆われていて、しっぽがあって、頭には三角の耳があって、にゃあと鳴く……。

「な、なんだこの猫たちはああああっ!?」

「猫? 猫ってあの、猫?」

「猫だよあの猫! それも一匹や二匹じゃない!」

 猫ねこネコ、所狭しと猫がいる。白黒茶三毛、仔猫から年老いた猫、雑種もいればちょっとお高そうな気品溢れるやつまで、老若男女より取り見取りの猫たちが我が物顔でくつろいでいる。

「おいあずき、これ一体なんだ!?」

「猫よ~」

「見りゃ分かる! そうじゃなくて、なんでこんなことになってるんだ!? こんな大量の猫、ペットショップでも見たことないぞ!」

「それを調べるために、ここまで来たのよ~」

「え」

「ふふん~、情報は真実だったと明らかになったことだし~、そろそろ私たちがここに来た理由を発表しましょうか~」

 そして大福あずき生徒会長はででんと背筋を伸ばし、


「この猫たちを、私たちの手で追い払います!」


 と声高々に宣言したかと思うと、すぐにもとのゾンビスタイルへと戻った。どうやら猫背じゃないと落ち着かないらしい。

「……は?」

「えっと、どういうこと?」

 困惑顔の二名に対してあずきは不満げな表情を浮かべる。

「なに~? 文句あるの~?」

「いや、文句って言うか、唐突過ぎてなにがなにやら」

「追い払うって、どこか連れていくってこと?」

「いや~、別に? この工場から解散させられればなんだってい~のよ。わかるかしら~、猫がこんなに密集していることのリスク。猫は群れをなすような動物じゃないからストレスになるだろうし、不衛生だから病気でも流行れば一気に広がっちゃうし、なによりご飯は取り合いになるはずでしょ~? テレビとかで猫屋敷が問題になるのは、なにも人間の迷惑だけの話じゃないのよ~」

「それは、まぁ」

 思わぬ正論には頷くしかない。

 人間が責任を持って飼うなら問題はないが、この猫たちは恐らく野良。廃工場ということは誰かが管理していると言うわけではないだろうし、放っておけばずっとこのままだろう。なぜこんなにも集結しているのかは分からないが、いずれにせよ良い環境ではないのは明らかだ。

「このためにわざわざ選りすぐりのメンバーをそろえてこんなところまで来たんだから~。私が自ら行動するなんてもう天変地異クラスの特例措置だわ~」

「選りすぐり?」

 ということは桜を連れてきたのにもなにか理由があるということだろうが、なぜか当の桜がぽかんとした顔をしている。

 じゃあまずは桜ちゃんから紹介するわね~、とあずきは桜の肩を叩く。

「この善哉桜ちゃんは、語学の天才~! 英語はもちろんのこと、ドイツ語中国語フランス語その他もろもろ、話せる言語は十を超えるほど~! それどころか、ちょっと天才がいきすぎて動物の言葉まである程度理解できてしまうというドリトル先生レベルの女の子なのよ~!」

「動物の言葉!?」

 そんなまさかと桜を見やると照れたように頬を赤くしている。本当なのか!

「すげぇな……」

「そ、そんなことないよ……っ。言葉なんて聞いてれば自然と分かってくるものでしょ? 赤ちゃんとかだってただ聞いてるだけで話せるようになるんだし、あたしがすごいってわけでは……っ」

 えへへ、とか笑いながらサラッと恐ろしいことを言う。ならもう五年も英語を学んできたオレがどうしてこのザマなのか説明してもらいたいところだ。

「てことは猫の言葉も分かるのか?」

「あ、うん。おばあちゃんが猫飼ってたから」

 おばあちゃんが猫飼ってたら猫語が分かるもんなのか。

「まさに適材適所でしょう~? そしてお次は葛和三君……、はどこいったのかしら~?」

 きょろきょろと辺りを見回す団子頭。葛和三って、さっき道端で話してたやつか。

「え、あずきちゃんが連絡したんじゃないの?」

「してないわよ~。じゃんけんに負けたからジュースを買いに行ってもらって、……あ、そういえば置いてきちゃったわね~」

「……おいおい」

 ちなみにさっきの場所の近辺に自動販売機などないから、その葛君とやらはかなり遠くまで歩かされているはずだ。かわいそうに。

「そ、そんな。この場所を連絡してあげようよ……! きっとあたしたちのこと探してるよ!」

 慌てて携帯電話を取り出す桜。しかし突然の笑い声がその手を止める。

「ふははははは! それには及ばんよ!」

 声のしたほうを見ると、そこには一人の暑苦しい男が立っていた。

「あ、和三君だ」

「あれがそうなのか」

 でーんと仁王立ちしているそいつは、なぜか白衣を風になびかせており、手には三本の缶ジュースを握っていた。面長の顔にふとぶちメガネ、髪はオールバックというインパクトのある風体だが、そういえば何度か廊下ですれ違ったことがあったかもしれない。

 そして男はずかずかと歩み寄ってくると、桜にはオレンジジュース、あずきにはりんごジュースを渡してから自分は缶コーヒーのプルタブを開けた。

「待ち合わせ場所に誰もいなかった時点で状況は九十七%理解した。だから僕も人に道を聞いてここまで来たと言うわけだ」

「さすが和三君ね~」

「そして君がこの二人をここまで案内してきたのだろう?」

「あ、うん」

「まてよ、その顔どこかで見たことがあるぞ……? 同級生確率八十%だ」

 どういう計算で出したんだその数値。

「今ちょうどメンバー紹介の途中だったのよ~。最中君、これがマッドサイエンティスト葛和三君よ~。進路希望にマッドサイエンティストと書き、先生に科学者とか研究者って書きなさいと再提出をくらって、それでもマッドサイエンティストと書いて再提出したツワモノなの~」

「ふふん、マッドサイエンティストでなければ意味がないのだ。マッドにこそ科学者の本分がある。かといってマッド科学者でもなければマッド研究者でもない。真実は、マッドサイエンティストなのだ!」

 ふんぞり返ってワケのわからないことを言う白衣の男。真夏だというのに長袖なんて着て暑くないのだろうか。

「……そういえば二年に科学馬鹿がいるという噂は聞いたことがあったような。科学室を無断で使用してしかられたり、放送部の機材を無断で改造して弁償させられたりとか逸話があるらしいな。たしかにマッドだ」

「最高のほめ言葉だ」

 なんでそんな誇らしげに缶コーヒーを飲めるのか、誰か科学的説明をば。

「そして和三君、こっちが最中練切君よ」

「ん? 三人だけだと聞いていたが、そうか現地調達したのだな?」

「いや、オレはただ案内しただけ――」

「そうなのよ~」

「え。いやいやいや、なんでオレも参加する流れになってるんだ。道を訊かれてここまで案内しただけだろうがよ」

 しかしあずきは人の話を聞こうともせず、とぼけた顔でオレの紹介を始めてしまう。

「最中練切君はね~、その類まれなる巻き込まれスキルに目をつけたのよ~。たまたま道を訊いたのが同級生だったなんて、なにか運命的なものを感じるわ~」

「そうだねー。誰もいなくて困っていたところでやっと見つけたのが同じ学校の同じ学年だったなんて、ちょっと不思議かも」

「まてまて桜、騙されるな。それにオレにはお前たちみたいに役立ちそうな特技はないぞ」

 英語はおろか国語の成績も悲惨だし、化学の実験では薬品を間違えて居残りさせられるレベル。猫を追い払うのに有効なスキルなんて持ち合わせていない。

「なに言ってるのよ合気道部部長のくせに~。その高い戦闘力を存分に発揮してちょうだいな~」

「……猫相手にどうしろってんだ」

「そこは、ほら、臨機応変に~」

「……お断りする」

「人でなし、甲斐性なし、根性なし、ろくでなし~」

「なんでそこまで言われるんだ!?」

「二学期が始まったらありとあらゆる嫌がらせをしてやるわ~。生徒会長が本気で人を貶めたらただじゃすまないわよ。全校生徒の前で意味もなく名前を連呼してあげるから覚悟してなさい~」

「………………」

 怖い。なにが怖いって、一切表情を変えずに嫌がらせ宣言をするその半開きの目が怖い。

「どうするの~?」

「……まぁ、手伝うくらいなら」

 がくりと項垂れて参加に同意。その、なんだ、どうせヒマだったし……。別に嫌がらせが怖いとかじゃなくて、ほら、猫も心配だし……。

「よぉし、話もまとまったところで、ちょっと中に入ってみようかしらね~」

 そう言ってあずきは工場の門へと歩き出した。桜、葛和三の両名はその後ろに続き、オレもしぶしぶついて行く。

「……はぁ」

 理解した。今朝の夢とずぶぬれの黒猫はこの布石だったのだ。これはもう、きっと運命みたいなもので逃れられなかったのだ。

 猫相手に合気道の技をしかける自分を想像してなんだかめまいがした。



 錆びて硬くなった門をなんとか開け、敷地の中へと足を踏み入れる。

「う、わ……」

 そこはやっぱり猫だらけ。

 暑いのは苦手なのか日陰に固まってそれぞれくつろいでおり、毛づくろいをしているやつ、ぼーっと座っているやつ、ごろんと寝転んでいるやつ。まとまりのないことこの上ないが、ということはなにか目的があって集まっているわけではないのだろう。最高級の大トロ刺身を差し出してもこれだけの数を集めるのは難しそうだが、こいつらは一体どんな理由で集結しているのだろうか。

「猫度一五〇%だな」

「想像よりずっとすごいわね~。ってなにをしてるの桜ちゃん~?」

「えと、あはは……」

 なぜか桜は門の外から恐々と中を覗いていて、よく見るとその顔はちょっと引きつっているように見える。

「ちょっと猫に話を聞いてみてくれないかしら~?」

「え、……あたしが?」

「他に誰が猫語を理解できるって言うのよ~?」

「そ、そうだよね……」

 すると桜は少し躊躇ってから、おずおずという表現がぴったりなくらいおずおずと中へ入ってくる。もしかして猫が怖いんだろうか?

 ちょうどそこに一匹の猫が近づいてくる。体の大きなトラ猫で、右耳の先が三角に欠けているのが特徴だ。敷地内に侵入してきた人間四人をやや警戒しているのだろうか、微妙な距離感を保ってこちらをじっと見つめている。

「あら、ちょうどいいところに~。さぁ桜、その能力をここに示しなさい~」

「ええー……」

 桜はしぶしぶ前に進んでしゃがみこみ、トラ猫の顔を覗きこむ。

「あの、こんにちは……」

「うにゃあ」

 猫に話しかける女子高生というのは実にシュールな光景だが、なにやら挨拶が成立しているようにも見える。

「今のはなんて言ったんだ?」

「えっと、挨拶みたいな……」

「にゃあおー」

「今のは?」

「たぶん、暑いって」

 ふーむ、言われてみれば確かにそう言っているような気がしないでもない。信じがたいことだが、桜のドリトル先生スキルは嘘ではないらしい。そこであずきは更なるリクエストを出した。

「じゃあ私たちは怪しいものじゃないって伝えてもらえるかしら~?」

「……う」

 あずきのリクエストに桜はなぜか申し訳なさそうに俯いてしまう。

「どうしたの~?」

「あのね、あずきちゃん……」

「……?」

「あたし、会話はできないんだ」

「……?」

 お団子ヘアがきょとんと首をかしげる。

「でもいま猫語を翻訳してくれたじゃない~?」

「うん、猫の言葉は分かるよ。でもね、人間と猫じゃあ口の形が違うから、あたしには発音できないの」

「……あ~」

「確かに」

「なるほど理にかなっている」

 一同納得、それもそうだ。いくら語学の天才で猫の言葉がわかると言っても、猫と同じ声を人間が出せるわけがない。人間がどれだけにゃーにゃー喋ってみても所詮は人間の声ということだ。

「……ごめんね、せっかく選んでくれたのに期待に応えられなくて」

「い、いいわよ~、いずれにしても有用なスキルであることに変わりはないわ~」

 だいたい、理由も告げられずに連れてこられたのだから悪いのは全面的にあずきであって、桜が気に病むことは一つもありはしない。

「で、でも、この猫ちゃんは落ち着いてるみたいだし、あたしたちが敵じゃないって分かってくれてるんじゃないかなっ」

 するとトラ猫はその通りだと言わんばかりにうにゃあと鳴くと、とことこと日陰の猫だまりへと戻っていった。

「今のはなんて言ってたんだ?」

「なると、って」

「……なると? あのぐるぐるした練り物のなるとか? それとも渦潮で有名な海峡のなるとか?」

 なんの脈絡があってそのワードが出てきたのか。

「きっとあの猫の名前なのよ~。なるとちゃんって言うんだわ~きっと」

「ほんとかよ……」



 建物のまわりをぐるっと回ってみると、そのすべての日陰には猫の姿があった。決して広い敷地ではないものの、これほどのすし詰め状態となると全体で何匹いるのか数えるのも恐ろしくなってくる。そしてざっと見ただけでも工場の壁は五箇所に穴が開いていて、猫なら自由に出入りができる状態になっていた。つまり屋内にもいるということだ。

「中に入ってみましょうか~」

 工場の正面は大きなシャッターとなっているが、外から開けることはできないようで、その代わりに脇には安っぽいアルミ製の扉がつけられていた。中に入るにはここからしかないだろう。

「どれどれちょっと見せてもらおうではないか」

 葛はそう言うと丸い取っ手へと手を伸ばし、ぐっと押してみる。しかしドアはピクリともしない。

「さすがに鍵がかかってるみたいね~」

「ふはははは、心配するな。この僕にかかればこんな鍵の一つや二つぐらい一瞬でピッキングしてみせるさ! いいか、まずは溝のない鍵にベーキングパウダーをまぶしてだな……」

「なぁ、葛」

 なにやら本気でピッキングしようとしているマッドサイエンティストに声をかけると、ずばしっと左手が伸ばされた。

「これは繊細な作業なのだ、静かにしていてくれたまえ。それと、僕のことは和三と呼んでくれればいい。婿養子になることを考えるくらい、クズという苗字で呼ばれるのには抵抗があるのだ。具体的には百キロオーム程度だ」

 なんでどいつもこいつも自分の苗字にコンプレックスを抱いているのか。まぁそれはいいとして、ちょっと気になったことが一つ。

「あまりにありがち過ぎて指摘するのも悪いんだけどな、その扉、一回引いてみたらどうだ?」

「ははは、押してだめなら引いてみろとでも言うのか? まぁいい、その可能性も〇%というワケでは――」

 がちゃり。

「………………」

「……まぁ、そんな日もあるさ」


 鍵などかかっていなかったドアを開くと埃っぽい空気が漏れ出し、四人は少し躊躇しつつも中に入ってみる。

 工場の容積は学校の体育館をやや小さくした程度で、二階の窓から射し込む光が空気中のチリに反射して白い帯となっている。大抵の機材は運び出されてしまったのか中は思ったよりもがらんとしており、中央を一台のベルトコンベアが横切っている以外に機械らしい機械は置かれていない。そしていたるところには案の定、めいめいにくつろいでいる猫たちの姿があった。といっても外ほど過密な状態ではなく、まだいくらかの余裕を持って点在している。

「む……、ちょっと蒸し暑いわね~……。それに埃っぽいわ~」

「ずっと閉めきってたんだろうからしょうがないだろ。ところどころの壁に穴が開いてなかったらもっとひどかったさ」

「猫たちもこの蒸し暑さはイヤみたいだね。外よりずっと数が少ないみたい」

「ねぇ和三君、あのシャッター開けられないかしら~?」

 あずきが指差すのは壁の半分を占める大きなシャッター。あれを開ければさっきいた工場正面の門へとつながり、換気効果はバツグンだろう。

「ふむ、やってみよう」

 和三はずかずかとシャッターのそばまで近づいて、あごに手をあてながらなにやら思案を開始する。

「ここが廃工場であることを加味すれば、電気が通っていないのは明白、九十九%。つまりどうにかしてこのシャッターを物理的な方法で開けなければならないわけだが、ふむ、てこの原理だろうか……」

「………………」

 いや、二度目はない。ないだろう。ないと思う。……でも、あれは気になる。シャッターの横にある制御パネルっぽいあの箱、しかも緑色のランプが点いてる。煌々とランプが点いているのだ。あのフタを開いて中のボタンをぽちっと押せば、シャッターは勝手に上がってくれると思うのが普通ではないか。

 そんなまさかとは思いながらも、ちょっとそこまで近づいてみる。そして真剣に長い棒を探し始めた和三の横で制御パネルを開いてみると、ご丁寧に『開閉』と書かれたシールが貼ってあったりした。これは、押さない手はないだろう。

 ぽちり……、うぃーん、がががががが……

「………………」

 開いていくシャッターを呆然と見つめる白衣の男。なるほど、マッドだ。

 あずきは自信ありげに『選りすぐり』だのと口にしていたが、実際のところどうなのだこれは。知識だけはありそうだが結果に結びついていない自称マッドサイエンティストと、無敵かと思われたが実は聞き取り専門だった猫語翻訳機能。いや、桜のほうは十分に有用なスキルではあるが……。

「ん? どうしたんだ、桜は」

 ふと気がつけば桜が入り口のそばで小さくなっている。体育座りで膝の間に頭を入れており、その表情は腕に隠れて見ることができない。なにごとかと近づいてみると、桜の顔の真下にはぽたぽたと落ちる透明な水滴。見ればその肩は小刻みに震え、微かな嗚咽まで漏らしているではないか。

「……う、うぇ……」

「お、おい、泣いてるのか……?」

 驚いて声をかけると、桜は膝の間からゆっくりと顔を上げる。その目は赤く充血していて大粒の涙が……、と思ったが涙はでていない。ならこの水滴はなんだ。

「……ぁう~」

「お前……」

 そして桜の顔を見て思わず脱力する。きらりと輝く透明な水滴、それは涙でもなんでもなく、ただの鼻水だった。 

「……ううう、あだし、ねごあれるぎーなの……」

「それは致命的だな……」

 ずるずると鼻をすする女子高生。さっき敷地内に入るのを渋っていたのはこれが原因か。

「…………あずき、お前の人選は本当に確かか?」

「ふ、ふふふ~、……痛いところを突いてくるわね~」



 工場内部をひとしきり見て回ったが、猫が集まってくる原因になりそうなものは特になし。給湯室があったので入ってみたが空の冷蔵庫が見つかっただけで、部屋の戸棚を全て開けてもエサらしきものは見当たらなかった。

 念のため工場内をぐるりと回るキャットウォークにも上ってみてはいるものの、めぼしい物は特に無い。

「ふぅ……」

 やれやれと手すりに体を預けてしばし休憩。積もった埃が袖に付いたが、もうそんなことは気にならないくらい全身埃まみれだ。

 ここから工場内を見下ろしてみても得に発見はなく、和三がぼろいベルトコンベアを興味津々でいじくりまわしているのが見えるくらい。他に見えるものと言えば、のんびり昼寝をしている猫たちの背中くらいか。

「ん、そういえばここにはいないのか」

 ふと気になって見渡してみるが、キャットウォークだというのに猫の姿が見当たらない。高いところが好きな猫なら喜んで階段を上がってきそうなものだが……、などと考えて、しかしすぐに理由が分かる。単純にここは暑いのだ。温かい空気は上へと昇るのだから、より天井に近いこの付近は下よりも温度が高く、もこもことした毛皮を着ている猫たちにとっては決していい環境ではないのだろう。

 せめて窓くらい開けておこうか。ずらりと並んだ窓を全て開け放てばこの蒸し暑さも少しは解消されるだろうし、このまま昼を過ぎてさらに気温が上がればここはサウナになりかねない。

 手近な窓に手を伸ばして力任せに開けてみると、ふわりと涼しい風が吹き込んでくる。

「おお、いい風……」

 汗をかいた肌にはそれがとても心地よくてつい窓から身を乗り出してみた。

 窓からはさっき通ってきた道が見下ろせる。雑草が伸び放題の砂利道はいかにも田舎の夏といった感じで、普段はやかましいとしか感じないセミの合唱も雰囲気作りに一役買っている。遠くを見ればのどかな町の風景。山間とまではいかないものの、田んぼの多いこの町にはやっぱり夏が似合うと再確認する。

 そして視線は上へと移り、白い雲がぽっかりと浮かんでいる青い空に心奪われ、……なぜだか猫と目が合った。

「え」

 一瞬雲かと思ったが、真っ白なそれにはどう見ても目と鼻と口がある。猫だ。なにしてんの、とでも言いたげな表情でじっとこちらを見ているが、それはこっちのセリフ。どうやらこの建物には屋上があるらしく、その端っこからこの猫は顔を覗かせているようだ。

「……あぶないぞ。いくら猫でもそっから落ちたら死んじまうだろ」

「うにゃ」

「なるほどそうか。それじゃあ仕方ないな」

「にゃぁお」

「うんうん、その気持ちは分かるぞ」

「にゃおん、ごろごろごろ……」

「……悪い、知ったかぶりした。本当はオレお前の言葉分からないんだ。なにか言いたいなら桜に言ってやってくれ」

「にゃあ?」

 すると白猫はちょっとがっかりしたように顔を引っ込める。それでなぜだかこっちも申し訳ない気分になって窓から顔を引っ込めた。

 今、ちょっとだけ会話できたような気がする。これでオレも桜に一歩近づけたということか。

「………………」

 それにしても今の猫、どうやって屋上に行ったんだろうか? 注意して工場内を見渡してみると、キャットウォークの終端に上へと続く階段があることに気がついた。なるほどあれが屋上へ続いているのか。猫が入り込んでいたってことは扉も開いているのだろうし、ちょっと行ってみよう。

 そう思ったところで下から間延びした声。見るとあずきが半開きの目でこちらを見上げている。

「最中く~ん」

「どうした? なんかあったのか?」

「おなかすいた~」

「………………」

 脱力……。しかしまぁ、そろそろ十二時を過ぎるし昼飯時であるのは確かだ。

「それにしても、猫たちはメシどうしてるんだろうな?」

「さあ~? 誰かがあげてる様子はないけどね~」

 これだけの猫が集まっているのだからそこには必ず食料があるはずだ。猫たちのくつろぎ具合は飼い猫を髣髴とさせて、エサに困っているようにはどうにも見えない。敷地の後ろは小さな山になっているから探そうと思えばネズミの一匹や二匹いるだろうが、それにしたって全ての猫が腹を膨らませるには程遠いだろう。

 一番考えられるのは人間がエサをやっているという可能性だが……。

「……って、ん?」

 視界の端に動くものをみつけて目を凝らすと、壁に開いた穴から一匹の猫が工場内へともぐり込んできているところだった。正面のシャッターが開いているのになんでわざわざそこから入るのか。

「あら~、なるとじゃない」

 さきほど門のところで挨拶をしたトラ猫、仮称なるとだ。人間たちの視線を完璧に無視して、なるとは一直線に中央のベルトコンベアへと歩いていく。

 そばに和三がいても気にする様子はなく、トラ猫はぴょんとベルトコンベアへと飛び乗ってそのまま制御パネルの上まで移動する。

「あそこがなるとお気に入りのポジションなのかしらね~」

「猫って変なところ好きだったりするよな」

 などと暢気な会話を交わす我ら人間たちをよそに、なるとは一度だけ周囲を見渡してから鼻で大きく息を吸う。

 そして、それは始まった。


「うなーーーーーっ! うなーーーーーっ!」

 なるとが突然大きな声で鳴き始めると、周りでくつろいでいた猫たちが一斉に顔を向けて立ち上がり、ぞろぞろとベルトコンベアの周辺へと集まりだした。

「うなーーーーーっ!」

 工場の外にいた猫たちも次々に集結し、ベルトコンベアはあっという間に猫で埋め尽くされた。

「うおお!? なんなのだこれは!」

「桜! なんて言ってるんだ!?」

「な、なるとが猫たちを呼んでるみたい……!」

 おそらく敷地内にいた全ての猫がなると中心に集まってきているのだろう、その数は百匹を優に超えている。白黒茶、様々な毛色がひしめきあって絨毯のような模様を作り、思わず息を飲んだ。

「うなーーーーーーっ!」

 下にいたあずきたち三人は慌てて壁際へと逃げるが、猫たちはそれに一切の興味を示さずに中央のなるとだけを見てそれぞれ鳴き始めた。工場の外を見るとあれだけいた猫たちの姿はすでになく、本当に全ての猫が集まっているようだ。

「にゃあにゃあ」

「ふにゃー」

「にゃーお」

「桜、これは……?」

「え、えと……、早くしろ、みたいなことを言ってる」

 確かに猫たちはなるとに対して何かを催促しているように見える。

「うなーーーーーーっ!!」

 そしてなるとはひときわ大きく声をあげると、操作パネルにある一番大きなボタンをその前足で踏み押した。

 ぴっ、ごとごと……、うーーーーーん。

 工場内にベルトコンベアの稼動音が響く。シャッター同様にその電源は未だ生きていたようで、巨大な箱から伸びているベルトがぐるぐると動き始めた。

 そしてオレたち四人は呆気に取られて立ち尽くした。

「……おいおい」

「うそ……」

 ベルトコンベアによって運ばれてきたもの、それは猫のエサ。小さいビスケットがベルトの上に敷き詰められており、猫たちのもとへとまるで回転寿司のように流れていく。そしてベルトの端から端までビスケットが行き届いたところでなるとはもう一度足元のボタンを踏みつける。

 ごうん、という音とともにベルトコンベアは動きを止めて、それを合図に猫たちが一斉にその上へと飛び乗った。そして一心不乱にエサを食べ始める。

 茶色や緑色をしたビスケットの量は尋常ではなく、これだけ大勢の猫が自分勝手に食べても奪い合う様子が見られないほどだ。

「かりっ、かりりっ」

「がふがふっ」

 百匹以上の猫たちが一斉に食事を始めたの見届けてからようやく、なるとは操作パネルから飛び降りて自分もエサに口をつける。その顔は実に満足げに見える。

「うわー……」

「すごいわね~……」

 一方の人間たちは呆然としたままその光景を見つめている。さすがにこれは予想の範疇を超え過ぎているだろう。

「……桜、今あいつらはなんて言ってるんだ?」

「おいしい、って……」

 だろうな。オレにも分かった。


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